第三部 1章 アフターストーリー

第223話 三人組


 鬱蒼とした森の中、息を顰めながら相手を見つめる。

 そして、ここぞと言うタイミングで飛び出した。


 「うっしゃぁぁぁ!」


 手に持った槍を投擲してみれば、獲物はソレを避けながら此方に視線を向けるという器用な真似をしてみせた。

 やるじゃねぇの、鹿の癖に。


 「カバー!」


 そう叫べば木々の影から小柄な影が飛び出して来て、獲物の前でナイフを構えた。

 しかし、非常にへっぴり腰。


 「絶対無理だってぇ! ねぇ無理! こんなの俺等が狩れる訳ないじゃん! 何かいつもよりデカいよ!? 最初の投擲で決められなかったんだから逃げようよ!」


 ピーピーと叫ぶ彼が震える刃先を相手に向けている間に、隣からもう一人が突っ込んで来る。

 俺達を追いに抜き、デカい身体を捻って右の拳を構えてから。


 「どぉっせい!」


 三人の中で一番体の大きいソイツが、獲物に向かって拳を叩き込めば……間違いなく“効いた”のであろう。

 フラフラと頭を振って怯んだ様子を見せた瞬間に、先程まで泣き言を叫んでいた仲間がナイフを滑り込ませた。

 あいっ変わらず、二人共特徴がはっきりしていて羨ましい。

 そんでもって、俺はと言えば。


 「うっしゃぁ! 叩き込むぞ!」


 一人にぶん殴られて、もう一人に追撃で後退した魔獣に対し、新しく準備した槍を叩き込んだ。

 決まったぜ、なんて思ってみたが。


 「のわぁぁ! コイツまだ生きてるって! 全然生きてる! 助けて!」


 槍をブッ刺した獣は暴れ始め、どうしたモノかと仲間たちに視線を向けてみれば。


 「あぁもう、適当に刺すから……もっと習いなよ、槍」


 片方は随分落ち着いた様子で魔獣の首をゴキリと捻じり、もう片方はナイフ片手に思いっきり距離を置いていた。


 「だから危ないって言ったじゃぁん……無理だよぉ、俺達だけじゃ絶対いつか失敗するってばぁ……」


 非常に情けない御言葉を頂く訳だが、俺達は“パーティ”を組んでいるのだ。

 だったら、三人でどうにかまともな姿を見せないと。

 それこそ親父たちだって納得してくれないだろう。

 俺達がウォーカーになる事を。


 「っせぇなぁ。今回は狩れたじゃねぇかよ……」


 気まずい気持ちを吐き捨てる様に呟いてみれば。

 俺達の中で一番小さくて、気の小さい斥候が声を荒げる。


 「一人に頼ってばかりの狩りは、絶対に駄目だって! 今回も“イース”が居なければ絶対俺等が死んでたって! “ホーク”の脳筋!」


 「“セイ”! お前はそんな事ばっか言ってるから、いざって時にビビッて動けなくなるんだよ! もっと気合いを入れろ気合いを!」


 ウガァっと吠えてみれば、魔獣にトドメを刺したイースが呆れ顔を浮かべながら此方に近付いて来た。


 「ホー君もセイ君も、その辺で良いんじゃない? 僕等の性格が、あっちにいったりこっちにいったりしているのは昔からだし。今更セイ君を攻めても仕方ないよ、むしろ良いサポートだったと思うけど。それに比べてホー君、毎回言ってるけど目立てばパーティの役に立ってるって訳じゃないんだよ? もっと気を付けようね」


 落ち着いた様子のイースが、やれやれと首を振ってから此方に視線を向けた。

 あ、あれ? これもしかして、俺が一番役に立ってない?


 「えぇと、俺が槍を刺さなかった場合は……」


 「結果は変らなかったかな? 僕が相手の首を折って終わり。つまり、さっき言った様にもっと槍練習しようね? あの一撃で終わってれば、僕は相手の首を折る必要は無し。むしろ最初の投擲で狩れれば、戦闘さえ無かったよね」


 「う、うっす。いつもお世話になっております」


 「ホーク……口だけは達者だもんねぇ」


 「あ、てめぇ! こらセイ! 今なんて言った!?」


 「ひぃぃ!」


 などといつも通りの会話を繰り返しながら、追いかけっこを始めてみれば。


 「いつまで遊んでいるつもりですか? 今しがた狩った命を無駄にするおつもりですか? 私達は食べる為に狩る、“食べる以外の目的ではなるべく殺すな”。それは全員に共通する家訓だった気がするのですが……今狩り取った鹿。そちらはそのままで良いのですか? ほら、早く。やるべき事が分かっているのに、何故遊んでいるのでしょうか?」


 いつの間にか現れた、俺達の教育係が静かな声を上げる。

 教育係、なんて御大層な名目を掲げてはいるが。

 結局はウチの親父の奴隷なのだ。

 何故か俺達の親父全員に尽くそうとする彼女を見ていると、些か哀れに思えて来るが。


 「今日も来たのかよ、ミナミ」


 「えぇ、私は貴方達のお目付け役ですから」


 クスッと、彼女は普段通りに笑って見せるのであった。

 俺達よりずっと年上なのは分かるが、実年齢が未だ掴めない。

 親父より年下なのは確かだが……彼女は獣人だ。

 種類によってにはなるが、獣人は人族より長く生きる事もある。

 エルフやドワーフなどと比べれば鼻で笑う様な年月かもしれないが、それでも俺達よりも長く生きるのだ。

 そして、彼女はと言えば。


 「解体してから、帰りましょうか。今日は皆様集まっていらっしゃいますから、美味しい物が食べられるかもしれませんよ? あぁそうそう、シーラからは海鮮が。飯島からはお菓子がと言っていた気がします」


 「海鮮! 海老は!? 蟹は!?」


 「お菓子! 飯島からの贈り物なら新しい菓子があるよね!? すぐ帰ろう!」


 セイとイースは非常にテンションが上がった様子で、今しがた狩った獲物の解体を始めた。

 本来はコレが正しい、獣狩りのルーティンとしては。

 こうするべきなのだ、ミナミに言われた通り仕事をこなすべきだ。

 だが、しかし。


 「……反抗期というものは、なかなか抜けませんね」


 「うっせぇなミナミ。俺だって色々考えてるんだよ」


 「考えた結果の行動がコレとは、未成熟な思考には恐れ入りました」


 「だからなんで、そんないちいち喧嘩売る様な言葉を――」


 なんて、噛み付こうとした俺の頭に彼女は掌を乗せ。


 「それでも常に“誰か”と居られて守ってもらえると言うのは、幸せな事ですよ? “当たり前”になってしまって忘れてしまうかも知れませんが、人によってはそれさえも奪われてしまうのです。だから……もう少し皆と頑張れる様に勉強しましょうね? 実技を含めて」


 「……はい、すみませんでした」


 俺は、昔からミナミには弱かった。

 だって綺麗だし、凄くお姉さんって感じがするし。

 親父と喧嘩した時には、いつも仲裁に入ってくれるのも彼女。

 今回もまた、似たような状況になっていしまった様だ。


 「貴方のお母様が心配していらっしゃいましたよ? 宿題はどうしたのかって」


 「うっ……」


 「お父様は、使い終わった槍をそのまま武器庫に放置した事を大層怒っていらっしゃいました」


 「うぅっ……」


 どちらも心当たりがあり、間違いなく頭を下げる事例である事は間違いないが。

 それでも、俺くらいの年齢では色々あるのだ。

 だからこそ、反発ばかりしてみせても良かったのだが。


 「私も一緒に謝りますから、ね? お二人はホーク様の事を案じて怒っています。だからお二人が何故怒っているのかを理解して、もう一度考えて、これからどうすべきか答えを出しましょう? 大丈夫です、一緒に居てあげますから」


 クスッと笑って見せる彼女の笑顔に、思わず気まずくなって顔を背けたが……こればかりはどうしようもないだろう。

 家に帰れば、直面する問題な訳だし。


 「で、でも俺……前回は頑張ってデカイの仕留めたし」


 「えぇ、その辺りも私の方から口添えしましょう。貴方が頑張っていると、確かに伝えましょう。ご主人様が感情的になる様なら、私が止めますから」


 「また、その……いきなり怒鳴られたら」


 「以前ご主人様が声を張り上げたのは、ホーク様が無茶な行動……もとい仲間を危険に晒す指示を出したからです。当人もなかなかどうしてあの頃は……って、今更言っても仕方ありませんね。とにかく、そう言う訳ですから。あまり感情的にはならず、相手が何を思ってその言葉を紡いでいるのか。そこを理解する事が大事です、私も共に居ます。だから、聞いてみましょう? まずは聞く、理解する、そして行動で示す。コレが出来ない人間は、大体薄っぺらい言葉を紡ぐようになってしまいます」


 そんな事を言いながら、ミナミは俺に向かって柔らかい笑みを溢すのであった。


 「ですが皆様はそうではないでしょう? しっかりと良い子に育っています。反発しても良いです、喧嘩したって構いません。でも自分勝手な理由で相手を拒絶してはいけません。例え自分勝手な判断を下すとしても、それに伴う理由が無ければ誰も付いて来てはくれませんよ? そしてその信頼とは、行動で勝ち取る物です。言葉とはその信頼の上に成り立ち、皆を安心させる為に使うべきです」


 彼女の言葉は、いつだって考えさせられてしまう。

 その真意が全て理解出来る程頭が良くないから、思わず首を傾げてしまう事もあるが。

 それでも、しっかりと俺達の事を考えて言葉を紡いでくれていると分かるのだ。

 だからこそ、気まずくなって視線を逸らしている訳だが。


 「ホーク様」


 ミナミは眼の前に座り、両手を俺の頬に添えて彼女の方へと向き直した。

 視線の先には、優しく微笑むミナミの笑顔がある。

 これで俺よりずっと年上っていうか、オバサンとも呼べる年齢とかあり得るんだろうか?

 いくら獣人だからとはいえ、見た目が若すぎる気がするんだが……。


 「今言ったばかりですよ? まずは行動で示しましょう。いつまで解体をお二人に任せるおつもりですか?」


 「あっ!」


 振り返ってみれば、せっせと働く二人の姿が。

 やってしまった。


 「ふ、二人共! 今手伝いに行くから!」


 ミナミの手を引き剥がしてから、俺も解体作業に加わった。

 解体ってのは意外と大変なのだ。

 力はいるし、体力もいる。

 しかも臭いのなんのって、慣れない頃なんて全身真っ赤にして街に戻ったくらいだ。

 狩ったら解体、喰える所と売れる素材は持ち帰る。

 それが、俺達が目指す“ウォーカー”ってやつなのだから。


 ――――


 「た、ただいまぁ……」


 「「戻りましたぁ!」」


 「ちょっ、二人共声でかいって!」


 セイとイースが玄関先で大きな声を上げてしまった為、“ホーム”の皆が次々と顔を出して来る。

 わりと珍しいというか、周りでは聞いた事もない状況だが……俺達は、皆同じ家に住んでいるのだ。

 クラン“悪食”のホーム。

 生まれてからこれまで、ずっと俺達はココで育ってきた。

 皆の家族も居れば、クランメンバーだって共に過ごしている。

 金が無くて家が建てられないから一緒に住んでる、という訳でも無さそうなのに……謎だ。

 特に俺の場合は、母親がその……結構偉い人な訳で。

 こんな所に住んでいたら、街に居る友達には絶対信じてもらえないだろうが。

 俺の行動も含めて。


 「ん、おかえり。皆ちゃんと外で鎧洗って来た?」


 ドデカイ籠に山の様な洗濯物を突っ込んだシロがひょこっと顔を出し、声を返してくれた。

 この人はミナミと同い年の人族……の筈なんだが、やはり見た目が若い。

 ショートカットの真っ白い髪を揺らしながら、いつも通りの半目を此方に向けて来る。

 実はハーフエルフですって言われても、俺は驚かねぇぞ。


 「おかえりなさい、皆。今日も狩りに出てたのかな? 怪我はしなかったかな?」


 「ホーク、お前また何かやらかしたのか? キタヤマが怒ってたぞ? いい加減成長しろバカタレ」


 「キタの教え方が分かり辛いなら、俺が教えるから。いつでも声掛けて」


 現在悪食の代表とも言って良い三人。

 魔人のノアに、リーダーのノイン。

 そして槍の先生でもあるエル、俺と違って二槍使いだが。

 誰も彼も気安い感じで声を上げるが、街中でコレをやられると妙に目立ってしまって恥ずかしいのだ。

 この人達も、結構有名なので。


 「えぇと……その」


 「「ただいまぁ!」」


 セイとイースだけは、何の心配も無いのか元気な声で挨拶を交わしている。

 いいよなぁお前等の所の両親はすげぇ優しくて、ウチの親父なんかすぐ怒るのに。

 などと、恨めしい視線を二人に送っていれば。


 「ホーク戻ったか、皆も。おかえり、ちゃんと狩れたか? 怪我はねぇな?」


 「「大丈夫でーす!」」


 通路の奥から、ドスドスと重い足音を立てながら近づいて来る黒鎧が一体。

 獣の様な兜に、ビリビリと肌で感じる様な覇気。

 しかもノインの話によると怒っているらしいので、余計に恐ろしく見えて来る。


 「た、ただいま親父……えぇっと、槍の件なんだけど……」


 「ソレに関して話がある、ちょっと付いてこい」


 う、うわぁ。

 これ間違いなくお説教だよ……絶対怒られるヤツだよ。

 思わずため息を吐きながら肩を落としてみれば。


 「ご主人様、本日皆様はなかなか大型の魔獣を仕留めています。ですので、あまり――」


 「心配すんな南、今日はちと別件だ。工房に行く、お前も来るか?」


 「お供させて頂きます」


 何やら良く分からない会話がくり広げられたかと思えば、玄関の扉を開いた親父は振り返り、早く来いとばかりに視線を向けて来る。

 もう慣れた、とは思っているんだが。

 怒られると分かっている前だと、やはりそのデカい背中が怖い訳で。

 何度目か分からないため息を溢しながら、俺一人だけ親父の後を追うのであった。

 今日のお説教は、優しめだと良いなぁ……。

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