第222話 おまけのおまけ


 「んで、結局こうなった訳だが」


 「いやー、予想以上にダメージがデカかったねぇ」


 月明かりが周囲を照らす時間帯。

 俺達は建物の影に忍びながら身を伏せていた。

 思い切り溜息を溢してみれば、隣で寝そべっている東もアハハと困った声を上げる。

 夕食後、東西北に初というメンツで各々知っている怖い話の数々を披露した訳だが。

 とても予想外な事態に発展した。

 皆、妙に怖がるのだ。

 ちなみに現地メンバーからその手の話を聞いてみれば……どうやらこちらのゴーストという存在は、予想以上にゲームに出て来る“ゴースト”って奴に近いようで。

 半透明の人がフヨフヨ浮いていたり、彼等が怒るとポルターガイストを起こして襲って来たり。

 はたまた墓守の様な存在、“ネクロマンサー”って奴が特殊な魔術を使って、死してなお研究を続けているなんて話が多かった。

 つまり、お話的にあんまり怖くないのである。

 この場所に行くと何とかって奴のゴーストが住み着いている、とか。

 何とかって人が魔術を使って墓場からゾンビを大量発生させた、とか。

 しかもちゃんと対処した所まで話がある為、後味の悪さの様なモノが欠片も無い。

 聖職者が光魔法を~、聖水を武器に掛けて攻撃して~などなど。

 なんというか、聖水さえ手に入れば俺等でも討伐可能な気がして来る話ばかり。

 というかアレか、光魔法だの聖職者だっていうなら勇者と聖女を連れて来れば全て解決な気がする。

 片方はブレスで全てを無にしてしまう恐れがあるが。


 「日本の怖い話って、身の危険がって言うよりゾッとする、もしくは後々まで続いて解決しないって話多いしねぇ」


 「だぁな。むしろ“こっち側”の話は、物理で何とかなるって話ばっかり出て来るとは思わなかったよ」


 二人して、孤児院裏の畑を眺めながらため息を溢す。

 まぁ、結局何が言いたいかと言うと。

 脱落者が多数出た。


 「結局残ったのはアナベルさんだけだもんねぇ……妙にガクブルしてたけど」


 「アイリはともかく、まさかクーアまで駄目だったとはな……」


 聖職者、おい聖職者。

 お前そっちの担当じゃないのか。

 安心した瞬間にもう一声とばかりに脅かして来る系の話がクリティカルしたらしく、珍しく涙目でガグブルしていたウチのシスター。

 アイリの方は、どんな状況を作っても物理が効かない&逃げられないというお話全般が無理だった御様子で、二人揃って仲良くお風呂に向かう羽目になった。

 ゆっくり温まっておいで、目を開けたまま頭洗ったりするんじゃないぞ。


 「いやぁ、しかし南ちゃん大丈夫かな」


 「白に任せて来たし、大丈夫だろ」


 南に関しては尻尾を倍くらい太くしながら耳を畳み「だ、大丈夫です! 私も付いて行きます!」なんて拳を握っていたのだが。

 厨房から水の垂れる音が響いただけでも飛び上がり、フシャー! と猫みたいに威嚇していたので、白の部屋に連行して置いて来た。

 恐らくそっちも今頃風呂にでも入っている事だろう。

 白は二回目の風呂になってしまったかもしれないが、きっとアイツなら付き合ってくれるはずだ。


 「しっかし、怖いのは分かるが……いや、そこは慣れの問題か」


 「だと思うよ。僕等はフィクションとして聞けるからまだしも、当人達からしたら新しい恐怖に直面した瞬間だったんだろうねぇ」


 「いやさ、確かに出たら怖いよ? 幽霊。けどよ、魔法のある世界での幽霊ってヤツと、海で会った鮫の化け物が後ろから迫って来るのどっちが怖いって聞かれたら……鮫じゃね?」


 「北君は特に、喰われかけてたもんねぇ。いやはや、流石は[餌]の英雄。鮫は勿論、海老も蟹もご馳走様でした」


 「ただでさえ嫌な称号を更に妙な事にすんな、微妙に納得しちまうだろうが」


 なんて雑談を交わしながら地面でのんびりしている俺達。

 今の所、な~んも無い。

 若干ビビってたアナベルにも西田が付いてるから、アイツなら多分空気は明るくしてくれるだろうし。

 初美と中島ペアも全く問題ないだろう。

 むしろ初美が興味津々でワクワクしているかもしれない。

 珍しくテンションが上がってたからね、楽しそうで何よりだよ。

 そして最初は仕事が~なんて言っていたドワーフ組は。


 「ウワッハッハッ! お前等の居た所のゴーストは随分陰湿でおっかないのぉ! どれ、仕事が一段落したら儂らも幽霊とやら拝みに行くから、ちゃんと捕まえておけよ?」


 とか言って工房に戻っていったので、心配するだけ無駄。

 流石寿命の長い方々は怖い物知らずだ。

 そう言う意味では、この手の話をカナにしたら興味津々で付いてきそうだな。

 望の方は嫌がりそうだが。


 「他のメンツからも特に連絡なしだなぁ」


 「まぁそんなもんでしょ。時間的にはそろそろなんだけどね、やっぱり子供達の勘違いだったのかな?」


 地面に寝そべりながらジッとしているのは、狩りの影響で随分慣れているので問題無し。

 暇ではあるが、この程度で飽きた疲れたと言う程ヤワではない。

 などと思っていた、その時。


 「お? 状況に変化あり、何か来たぞ」


 「ういうい、信号出すね」


 相手からは見えない様に掌で隠しながら、東がチカチカとライトを点灯させる。

 普段は白や西田なんかが監視の際に使う魔道具だが、本日は各ペアに一本ずつ持たせている。

 という訳で、離れた場所からも僅かに光が返って来たのを確認。

 いよし、それでは幽霊の正体を拝ませてもらおうではないか。

 暗闇に目を凝らし、僅かに動く畑に植えられた野菜の葉を睨んでいれば。


 「ピギュ」


 知っている奴が、顔を出した。


 「……叫んで良い?」


 「駄目だよ? 心の中だけにして?」


 お前かよ大根丸ぅぅぅ! 結局てめぇかぁぁぁ!

 予想はしてたさ、だって畑だもん。

 どうせこんな事だろうと思ったさ、でも期待外れも良い所なんだ。

 ピギュじゃないんよ! 夜中に畑の見回りですかお疲れさまです!

 とか何とか、心の中で叫び声を上げていれば。


 「あん?」


 チカチカと、別の位置から信号が。

 また何かを見つけた様だが……今度は何だ? 非常食が出て来たか?

 アイツリスの癖に妙にデカいからな、夜中にあんなのが飛び出して来たらそりゃびっくりするだろうさ。

 もはや諦めた気持ちで、再び畑に視線を向けてみれば。


 「シッ、北君。何か聞こえない?」


 「……何だ? 鉄の音だな。小動物二匹ならこんな音立てねぇぞ」


 コレはまた期待出来そうな展開になって来た。

 今度は何だ? 何が出て来た?

 ここまで期待させて盗人だった場合、全員でフォーメーション鹿をかます自信があるが。


 「なっ!? 北君見て! アレは……ポルターガイスト、って言って良いのかな? どうなんだろう、あんまり怖くないんだけど」


 驚いた声を上げた東だったが、最後の方は困った様な笑みを浮かべている。

 それもその筈。

 視線の先には、兜がひとりでに動いていたのだ。

 この情報だけだったら相当だが……何というか、こう。

 ピョコッピョコッてな感じに動き、ソレに合わせて兜が鉄の音を立てている。

 更に言うならあの兜、俺が昔使っていたモノだ。

 もっともっと言うなら、大根丸にプランター代わりにくれてやり、今では畑の隅に何故か置かれていた筈だったもの。

 そいつが何故か勝手に動き回り、夜のお散歩中の大根丸に向かって進んでいく。

 カシャンッ、カシャンッと音を立てるソレは、確かに室内から聞いたら不気味に聞こえたかもしれない。

 しかしながらどう見てもこれは……小動物達の御同類が紛れ込んだ様にしか思えないのだが。


 「あぁもう良い、解決だ解決。東、斥候組に確保の指示出してくれ……」


 「あはは……予想外ではあるけど、予想内の事態になっちゃったねぇ」


 二人して呆れた声を洩らし、ライトをチカチカさせた次の瞬間。


 「確保! 勝手に動く呪われた兜、ゲットです!」


 すぐさま飛び出した初美が生き生きした様子で兜を掻っ攫って行った訳だが。

 呪われた兜とか言うな、昔ソレ使ってたの俺だぞ。

 今一度ため息を溢してから、彼女の元へと歩み寄ってみれば。


 「初美、中身は何だった? お前の望み通り空っぽだったか?」


 「もしくは元の持ち主の生首が~! ヒー! ってパターンだったら、北君の首が二つになっちゃうね」


 もはや幽霊だ何だという雰囲気は完全になくなり、東もおかしな事を言い始める始末。

 更に残る面々も近寄って来て。


 「な? 結局こんなもんだってアナベルさん、ビビるだけ無駄無駄。怖いは怖いで楽しめば良いのよ」


 「で、でも本当に生首とか入ってたら……」


 「その場合リーダーの存在そのものがホラーですね。弔ってあげましょうか、しっかりと成仏できる様に」


 随分と気の抜けた様子で、中島までおかしな事を言っている。

 殺すな殺すな、俺の首はまだ繋がってるよ。


 「んで? 結局中身は何だった? マジで空っぽって事は無いんだろ?」


 何かもう疲れたとばかりに初美に問いかけてみれば。

 彼女は先程までのテンションは何だったのかという程、ポカンとした顔を浮かべながら兜の中身を此方に見せて来た。

 そこには。


 「北山さんの生首が新たな大根丸になってしまいました」


 「お前まで俺の首落そうとするんじゃねぇよ……って、おい待った。どういうこった?」


 彼女が見せて来た兜の中には、ウチに居る大根丸より二回り程小さいマンドレイクが必死にしがみ付いていた。

 両手足をピンと伸ばし、兜から落ちるかとばかりに踏ん張っておられる。

 何だコイツ……いやホント何だコイツ。

 大根丸より小さいし、色もオレンジだし、妙に細い。

 大根って言うより……人参?


 「あれ? この子の葉、見覚えが……」


 そんな事を言いながら中島が兜の中を覗き込み、しばらくジ~っと観察した結果。


 「多分、元々この兜に植えられていた植物だと思います。兜から葉っぱが出て来たと、子供達が見せに来た事がありましたから。そうなると、えぇと」


 「大根丸ジュニア……」


 「そう、なるんですかね?」


 あははっと困った笑みを浮かべる中島を他所に、とりあえず大根丸(小)を兜から引っ張り出してみれば。


 「プギュゥ……」


 兜から出た瞬間脱力し、全てを諦めた様子で此方を見上げて来るマンドレイク。

 諦めんのはっや!? 他の奴らみたいに抵抗したり走ったりしないのかよ。


 「餌でもやってみるか、人参丸に」


 「まぁた丸かよ。大根丸、ライオン丸。今度は人参丸、マジで適当……」


 「まぁうん、覚えやすくて良いじゃない。妙に拘った名前とか付けられても僕らも覚えられないし」


 そんな訳で、新たなマンドレイクをゲットした。

 裏庭で。

 コレも支部長に報告しねぇと不味いんだろうなぁ……何てことを考えながら、俺達は撤収する流れになったのであった。

 結局ネクロマンサーって奴にならない限り、俺達はそういう現象とは関われないって事なのかねぇ。


 ――――


 「つー訳で、畑に出た幽霊の正体は新しいマンドレイクでしたよっと」


 「なんじゃいつまらん、と言いたい所だが。まさかマンドレイクが増えるとはな……なんと言ったか? 人参丸じゃったか?」


 「だから言った、幽霊なんか居ないって」


 「でも、これで一安心ですね」


 色々あったが、結局は新種マンドレイクが発生したというウチにメリットしかない状況に終わり、こうちゃんと東は「結局こんなもんかぁ」と溜息を洩らしながら帰って行った。

 残る面子もヤレヤレと首を振って戻っていく中、参加しなかった組に事情を話した所。

 南ちゃんとアイリさんは非常に安堵した息を洩らし、アナベルさんは「変な汗をかきました」とか言ってさっさと風呂に向かってしまった。

 残る白ちゃんとクーアさん、そして一段落したらしいドワーフメンツを含め、俺等は酒盛りを始めた訳だが。


 「つってもまぁ、ゴーストなんてのは見えん聞こえん触れられんが当たり前だからな。お前さん達が語った様な状況であれば、確かに恐怖するだろうが……見方を変えれば羨ましくもあるな」


 「どういうこった?」


 やけに意味深な発言をするトールに視線を向けてみれば、ドワーフの面々は皆神妙な顔をしながらグイッと酒を呷っていた。


 「儂等みたいな長く生きる奴等にとってはな、見送る奴等の方が多いんだ。だからこそ、ゴーストになってでも声を聞かせて欲しいって思う事もあるもんよ。例え昔に戻れなくても、酒の席を共にしてくれりゃ嬉しいと思うもんさ」


 「そう言うもんかね、やっぱ」


 「そういうもんさ。ま、知り合い限定の話になっちまうがな。誰とも分からねぇ輩が急に現れたら、流石に儂等でも気味が悪いと思うさ」


 カッカッカと笑うドワーフ達に、此方も笑いながら酒を注いでやれば。


 「確かに、若くして命を落とした子供達に声を掛けてあげたい、謝りたい。そう思った事は数えきれませんけど……これも、私の我儘なのでしょうね。皆穏やかに眠ってくれているのなら、ソレが一番だって……今ではそう思います」


 こちらもこちらで、やけに意味深な発言をするシスターが一人。

 やっぱり皆色々と背負ってるって事なのかね。

 なんて思いながら、クイッとグラスを傾けてみれば。


 「お酒の席だからって事で聞くけど。西はどう思う? もしも大好きな人が居なくなったら、やっぱり幽霊になっても会いたいって思う?」


 皆の様子に影響されたのか、白ちゃんまでそんな事を言い出してしまった。

 陽気な酒飲みメンツで集まっていると言うのに、なんちゅう事を聞いてくれますかねこの子は。

 などと思ったりもするが。


 「どうかな、確かに会いてぇなって思う事はあるかもしれんけども。それが出来ちまったら、いつまでも引きずるんじゃねぇかな。だから、生きてる内に伝えられる事は伝えるべきかなって」


 「へぇ……西らしくない事言うじゃん。酔った?」


 「ハハッ、そうかもな」


 ボヤキながらグラスを揺らしてみれば、ガチャッと食堂の扉が開き。


 「良かった、皆さんまだ起きていましたか」


 何だか髪の毛が生乾きの魔女様が、慌てた様子で入って来たではないか。

 風呂上りなのだろう、上気した肌が妙に色っぽい。


 「アナベルさん随分早かったね、急がなくても酒盛りはまだまだこれからよ?」


 「いじわる言わないで下さいニシダさん、そもそもお風呂の怖い話をしたの貴方じゃないですか。思い出してしまって、慌てて出て来ちゃいました……」


 はぁ、と大きなため息を漏らす魔女様にグラスを渡し、酒を注いでみれば。


 「西、ホラ。生きてる内に伝えないと」


 隣から、白ちゃんにゲシゲシと蹴りを貰ってしまった。


 「時と場合によると思わない? そういうの」


 「チッ、やーいヘタレー。北と同類~」


 「うっせ」


 「えっと、何のお話でしょうか?」


 不思議そうに首を傾げるアナベルさんを他所目に、俺達は罵り合い。

 ドワーフの面々は大いに笑い、シスターは呆れた雰囲気でグラスに口を付ける。

 まぁ、俺等なんてこんなもんだ。

 そしていつもの酒飲みメンツとなれば、余計に。


 「アナベル、髪生乾き。西に乾かしてもらうと良いよ」


 「え? あぁでも、私の髪長いので……大変ですよ?」


 「やってもらう事には抵抗ないんだ。西、GO」


 「ハッ! やってやろうじゃねぇか! ニート時代に美容師でも目指そうかと入学願書まで書いた俺を舐めるんじゃねぇ!」


 「入学した訳じゃないんだ」


 「ほぼ人間恐怖症になり掛けてた社会人を舐めるなよ?」


 「わぉ、西も結構悲痛な人生だよね。アナベル、西が慰めてほしいって」


 「えぇと、どうしましょう……膝枕とか、します?」


 「うっ!? ぐっ!?」


 「西、GO」


 「そこはもうガーっと行けガーっと! ヘタレてる場合じゃねぇぞニシダ! 男を見せんか!」


 「う、うるせぇよ酔っ払い共!」


 そんな訳で、本日も遅くまで酒盛りが続いていくのであった。

 あぁくそ、いつも通り平和ですよコンチクショウ。



 ※※※

 近況ノートに、『三馬鹿男飯に関してのお知らせ』をUP致しました。

 ご確認頂ければ幸いです。

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