第225話 新たな黒鎧


 「ったくもぉぉ……良いよなぁお前等ん所は。親父さんも優しいし、母ちゃん達も優しいし」


 翌日も外に出た俺は、思い切り溜息を吐きながらセイとイースを眺めた。

 が、二人からは更に呆れたため息を頂いてしまったが。


 「いや、昨日のってホー君が悪いだけでしょ。ちなみに僕等も、ホー君と同じ量の宿題あるからね? あと訓練の時は、ウチの母さんも怖いよ。流石にハツミさん程ではないけど……」


 「あれ? お前等も同じ勉強やってんの? 二人は度々授業出てるから免除されてんのかと思った……って事は、今度から宿題も写させてもらえば――」


 「それを許すと思いますか? お目付け役が付いている意味を忘れないで下さいね?」


 本日もまた俺達に付いて来たミナミから、ピシャリと叱られてしまった。

 そっか、そうだよね。

 ミナミが付いている以上、絶対無理だよね。

 俺が頑張ったりする時は両親にも良い報告だけをしてくれるが、ズルしたりサボったりすれば、そっちもキッチリと報告する彼女。

 常に監視されている様で、少々息苦しいと感じてしまう事もあるが……。


 「で、でも全員が十五歳成人になるまであと数日。その後は俺達が自分で決めなきゃなんだから……今の内に色々教えてもらっておいた方が良いんじゃない?」


 「セイは相変らず真面目だなぁ。つか、お前ん所はどうなん? そっちも訓練だと結構厳しかったりする?」


 その質問に対し、セイはうーんと首を傾げながら。


 「ウチは、あんまり無いかも? 父さんは植物関係と料理、母さんは魔法知識を教えてくれる感じだし。戦闘に関してはナカジマさんとか、ハツミさんにお世話になってる事の方が多いかなぁ?」


 どうやら、セイの所が一番平和みたいだ。

 しかしクロムウェル家に関しては、一番勉強量が多いイメージ。

 セイのお父さんは森の植物関係に詳しいし、薬や毒の知識も豊富。

 一応父親と同じ戦闘スタイルを取ろうとしているみたいだが、どちらかと言えば確かに院長のナカジマさんや、対人戦を得意とするハツミさんに近い戦い方。

 とは言えそれも仕方のない事。

 だってあの人……どう足掻いても真似できない程の速度で移動するのだ。

 というか俺等の親父達は皆人間じゃねぇよマジで。

 アレで狩りの成果が悪いから前線から引いてるって何よ、どういうことなの。


 「なぁミナミ。何で親父達ってあんまり戦闘系の仕事しない訳? 対人戦は強いけど、獣相手が苦手とかあるの?」


 という事で、一番彼等に詳しそうな彼女に話を振ってみれば。

 ミナミは少々困った様な笑みを浮かべながら乾いた笑いを溢していた。

 それはもう見た事無い程、ハハハハ……と。


 「どうしても、デメリットを背負いながら仕事をしないといけない条件が付いてしまったんですよ。というか、ご主人様方の専門は本来獣狩りですよ? どちらかと言えば対人戦の方が苦手でしたね、食べない相手は可能な限り殺さないという人達ですから」


 「うへぇ、あれで対人戦より獣が得意とか……つか、その悪い条件って何な訳? 流石に病気か何かって訳じゃないよな? 歳の割にアレだけ元気だし」


 なんだろう、全然想像出来ないけど。

 そしてこの話題にはセイとイースも興味があったのか、皆揃ってミナミに視線を向けてしまった。

 だが。


 「もう少し皆様が大きくなったら、恐らく本人達から教えてくれると思います。変な事を教えて、無駄に気負われても困ると言っていましたから。そしてこれは、皆様が狩りをする際に私が距離を取る事にも関わっているんですよ? 色々と弊害が出てしまいますから」


 「つまり?」


 「内緒です。悪食ルールでは二十歳が成人として認めらますので、それまでは我慢でしょうか?」


 「「「えぇ~……」」」


 そんな訳で、雑談は終了。

 本日も森の浅い場所を探索しながら、実戦というモノを経験する。

 毎晩槍の稽古は親父やエルに見てもらってるし、他の皆だってそうだ。

 着実に強くなってる、そう実感できる程には狩りも出来る様になって来たが……今の所森の奥深くへと進む許可は出ていない。

 でも、もう少し経てばウォーカーに登録できるのだ。

 そして、俺達三人の現状の目標。

 それはウォーカーになって、ダンジョンへ潜る事。

 セイはまだ見ぬ物品に期待しており、イースはダンジョンその物に興味があるらしい。

 俺はと言えば、目指すはダンジョン攻略。

 最奥に住まうボスを倒したという栄光を手に入れ、親父を見返してやる事。

 だからこそ、もっともっと強くなりたい。

 その目標を胸に、俺は今日も槍を振るうのであった。


 ――――


 「ねぇホーク、二槍流にはしないの? ホークのお父さんみたいに。基本的に一本は最初に投げちゃうよね?」


 「いやぁ、なんつぅか。当然重いってのもあるんだけど、未だに慣れないんだよな……親父とかエルとか、よくあんなに振り回せるよ。意味分かんねぇ」


 セイの言葉に思わず唸りながら、本日の収穫物である肉を焼く。

 昼飯の時間だ。


 「振り回すって意味ではホー君もやってるけどねぇ、本来槍は突くものなのに。凄い独特な戦い方で、僕には考えらんないよ」


 「むしろどんな相手でも容赦なくぶん殴るお前の方が、俺には信じらんねぇよ……」


 米と火の面倒みるイースもそんな事を言って来た。

 確かに俺の槍の使い方が妙なのは良く分かっている。

 だが、生まれた頃からあの槍捌きを見て来たのだ。

 兵士とかが、普通に槍を使っている所を見た時の方が違和感を持つ程。


 「でもアレだよね、振り回す割に仲間には絶対当たらないんだから凄いと思うよ。そういうのも怖いから、俺はナイフとか小さいの使ってるし」


 「おだててもちょっと今日の味付けに拘るくらいで、他には何も出ねぇぞーセイ。むしろビビリの癖に的確にサポートに入るお前の方がすげぇよ、合わせようとしても俺には良く分からん」


 「アハハ、確かに主軸がイースなのかホークなのか迷う事はあるかな。そう考えるとバランス悪いのかもね、俺達」


 スープをかき混ぜるセイの言葉に、うーむと首を傾げてしまう。

 主軸、主軸かぁ。

 確かに俺もイースもグイグイ前に出るから、サポートする側からしたら分かりづらいのだろう。

 これまではどうにか勝ちを取る為に、皆必死だった訳だが。

 今となってはそういう事を考える余裕が出来て来たという事。

 それは良い事だと思うが、また新しい問題が出て来てしまったのも確か。


 「俺もサポートに回った方が良いんかなぁ。イースがやっぱ最高戦力って感じあるし、ぶん殴った相手に対して俺とセイが追撃、みたいな?」


 「うーん、僕はそれでも良いけど。それだと二人とも動き辛くない? セイ君は武器を持たない僕相手だから簡単に合わせられるけど、ホー君がそこに入るとどうしても槍のリーチが長い分……ねぇ?」


 「た、確かに……その辺親父達はどうしてたんだ? 戦闘スタイルとしては、ほぼ一緒な訳だし」


 肉をひっくり返しながら、すぐ近くで見ているミナミに問いかけてみれば。

 彼女はクスクス笑いながら、空を見上げた。

 なんか、遠い目をしているのは気のせいでしょうか。


 「正直、滅茶苦茶でした」


 「「「滅茶苦茶」」」


 「そう、滅茶苦茶。でも不思議と連携出来るんですよ、自分の役割がハッキリしている上、迷う前にご主人様が指示をくれましたから。アズマ様が正面から受け止め、ニシダ様が数を減らし、ご主人様が二人の作ってくれた隙に大物を穿つ。そして私が全体サポートという感じでしたかね。人数が増えてからは、それはもう滅茶苦茶です。あっちに行ったりこっちに行ったり、でも指揮官が居れば意外と上手く回るものです」


 と、いうことらしい。

 つまり状況に合わせて全員を動かす人間が居れば、今のままでも問題ないって事なのだろうか?

 現状で言えば、俺がその位置に付くべきなのだろうが……正直、出来る気がしない。

 自分の事で手一杯になってしまい、二人に助けられる事の方が多いくらいだ。

 やっぱり仲間を増やしたりした方が良いんだろうか?

 とはいえ、今は俺達の中でも誰がリーダーとかって決めている訳でもないしなぁ……交渉は誰がするんだって話になる。

 俺達はただ悪食という環境の中に生まれ、ずっと一緒に居た仲の良い三人組というだけ。

 だからこそ、誰が上だ下だと思った事は無い。

 でもリーダーを決めるって事は、そう言う事なんだと思う。

 なんとも、難しい話だ。


 「問題を先送りする訳じゃねぇけど……まずは飯だ!」


 「汁物も大丈夫だよぉー」


 「お米も丁度焚けたかな? 丼用意するね」


 各々テキパキと動き、すぐさま目の前には旨そうな丼物が完成した。

 本日は兎肉を使った照り焼き。

 野菜も結構使っているので、肉野菜炒めみたいになっているが。

 丼ご飯の上にソレを盛り付け、刻みネギと胡麻を少々。

 大盛り丼の隣には、セイが作ってくれた味噌汁が湯気を上げていた。

 うんむ、これだけは親父達と肩を並べられるくらいには成長した気がする。


 「それでは、私は周囲の警戒をしていますから。食事が終わったら声を掛けて下さい」


 「ミナミの分も作ってあるっての。良いから食えよ、毎回そうしてんじゃん」


 「これはこれは。でも、食事中も警戒を怠らない様に気を付けて下さいね?」


 「わ、わーってるよ! たまに強襲掛けられるけど……」


 そんな訳で、皆揃って手を合わせてから。


 「「「いただきます!」」」


 「はい、頂きます」


 食前の挨拶を済ませてから、ガッと丼飯を掻っ込んでみれば。

 思わず、はぁぁ~と深い息が漏れる。

 兎肉は柔らかいし、旨い。

 なんにでも合う、とか言ってしまえるのは慣れにはなるのだろうが。

 それでも、結構好きだ。

 淡白な味わいと言えるソレは、結構脂の少ない個体が多いが。

 しかしやはり、魔獣の肉は旨い。

 調味料の味と良く絡むし、野菜との相性も抜群。

 シャキシャキと食感の嬉しい炒め野菜と共に、この肉と米を一気に掻っ込んでみれば、それはもう止まらないという位に一気に食べられてしまう。

 更に言うなら、野営飯ってのは速さ勝負。

 バッと食って、ガツンと腹に溜める。

 すぐに片づけて戦闘態勢を整える。

 これ、マジで大事。


 「はぁぁ……丼物からの味噌汁。超安心する」


 「それはどうも。今日はねぇ、トマト入れてみた」


 「トマト!?」


 思わず味噌汁の中を覗き込むが、それっぽいものは見当たらない。

 はて? と皆で首を傾げていれば。

 ケラケラと笑うセイが、鍋の中からオタマでデッカイトマトを掬い上げているでは無いか。


 「丸ごと放り込んで酸味を出すの。二日酔いの時とかに効く気がするって言ってたけど……まぁ俺達にはまだ関係ないね。まだお酒飲む許可貰ってないし、でも結構おいしいでしょ?」


 「「うんまい」」


 「えぇ、とても美味しいです。皆様こちらはビックリする程腕を上げましたね」


 という訳で、俺達は野営飯を満喫するのであった。

 今日はあんまりデカい獲物が狩れなかったけど……親父達、コレで納得してくれるのなかなぁ?


 ――――


 「おう、お前等。ガキ共の装備、出来とるぞ」


 三人揃って工房に足を向けてみれば、扉を開けると同時にトールの声が聞えて来た。

 更には満足気な顔を浮かべている残るドワーフ三人と、魔女様が一人。


 「悪かったなお前等、また御大層なもん作らせちまって」


 「なぁにを言っておるか。コレが儂等の仕事で、お前達の息子たちの成人祝いとくりゃ気合が入るのは当たり前じゃろうがい」


 相変らず豪胆な雰囲気で笑うドワーフ達に呆れた顔を溢しながら、部屋の奥へと視線を向けてみれば。

 そこには三体の黒い鎧が座っていた。

 俺達が使っている“捕食者の鎧プレデター”より、随分と小さいが。

 これも今後、どんどんと背を伸ばして行く事だろう。

 使い手の成長に合わせて、何度も手直しを入れながら。


 「いいねぇ、カッチョイイじゃんよ。流石悪食装備、んで武器は? どんな感じになった?」


 「全く、ウチの旦那様は。早く武器も見たいのは分かりますが、もう少しちゃんと感想を残して下さいよ。ホラ、此方です。それぞれに合わせて、色々と工夫と付与を兼ね備えてますよ」


 呆れた声を洩らすアナベルが、壁に向かって掌を向ける。

 現状アイツ等はマジックバッグを持っていない。

 だからこそ、俺等に用意する様な山の様な武装という訳では無いが。


 「いやぁ、やっぱり皆の新作は見惚れちゃうね。鎧もそうだけど、武器もしっかりしてるのが見ただけで分かるよ」


 「そう言って貰えて何よりです。とは言え、皆様の武具を作るよりずっと楽ですけどね? 何たって、三人共魔法が使えますし」


 「「「それは言わないで」」」


 声を揃えてみれば、工房組からは盛大な笑い声が漏れる。

 が、しかし。

 これはちと、アイツ等には高級過ぎたかもしれんな。

 だがまぁ、生き残る為には良い装備は必須。

 この辺を出し惜しんで、誰か一人でも欠けるような事態になるよりかはマシだ。


 「これで準備も整ったんだ、せいぜい本人達に頑張ってもらおうじゃねぇか」


 ヘッと鼻を鳴らしながら、子供達の鎧に触れてみれば。


 「なぁに格好つけておるかキタヤマ。アレもコレもといちいち注文を付けて、儂等を困らせた挙句。息子の稽古はこの中で一番厳しくしておる親馬鹿が」


 「う、うっせぇな! それで生き残れるなら、こんくらい良いだろ!?」


 「嫌われねぇ様になぁ? こうちゃん」


 「むしろ僕等も、もう少し厳しくした方が良かったかなぁ……?」


 なんてことを話し合いながら、俺達は新しい装備を確かめていくのであった。

 最初からこの装備となると……うん、やっぱり調子に乗らない様にキツく言っておかなければ。

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