第220話 東西南北 3


 「はぁぁぁ……」


 お湯に身体を浸ければ、思わず気の抜けた声が漏れてしまう。

 ホームに新しく作られた、大きな浴槽。

 なんでもご主人様達の拘りがあったらしく、ドワーフの皆様と長い事話し合い、更には中島様まで本気で取り組んで完成したのが、コレ。

 前に別の村で入った温泉とは違い、こちらは銭湯というらしい。

 孤児院の方にも大きなお風呂があるが、そちらとはまた違った雰囲気。

 悪食のメンバーだけなら、こんなにも大きくしなくても良かったのでは? という感想が零れてしまう程、広い。

 身体を洗う場所も必要以上にズラッと並んでいるし、その全てにシャワーや鏡まで設置されているという徹底ぶりは、一体いくら掛けたんだと言いたくなるが。

 材料費や特殊な物以外は全て悪食技術職の皆様によって作られている為、コレと言って不満の声は上がっていない。

 それどころか。


 「はぁぁ……溶けそうです」


 一度味わってしまえば、癖になる気持ち良さ。

 アナベルさんの付与魔法によって湯沸かしも簡単な上、大型設備という事もあって黒船にも使われている魔力吸収装置が使われている。

 あの付与はかなりの手間が必要だと言っていた筈なのに、長い目で見れば此方の方が得だという事で実装したらしい。

 まぁ確かにお風呂の度に術師の手を借りたり、魔石を使う訳にもいかないので非常にありがたい限りだ。

 魔女とドワーフ組の最近の課題は、もっぱらこの技術の小型化らしい。

 私達の黒鎧の様に相手の血液から吸収するのではなく、直接的でない方法で魔力を吸収させるというのは、やはりどうしても大型の魔法陣になってしまうのだとか。

 難しい事は良く分からないが、何かもうあの人達が技術革命を起こしそうになっている事だけは分かる。

 皆凄い。

 私なんて未だに外に出て狩りをするか、最近は木を切ってばかりなのに。

 そんな事を思いながら、浴槽に背を預けて気の抜けた声を上げていれば。


 「南、お疲れ」


 「お疲れ様です白さん、そちらもお仕事終了ですか?」


 「ん、最近人が増えて来たから、どうしてもこの時間」


 「孤児院の方も、なんというか繁盛していますねぇ……」


 「だね。孤児や奴隷を集めるだけなら、出費しかないけど。今では有料でも授業に顔を出す子達も多い」


 もはや学校ですね、ハッハッハ。なんて笑いながら中島様がどんどん事業拡大していくので、いくら手があっても足りなり足りない。

 私も度々お手伝いに行く訳だが、昔に比べれば子供の数も凄い事になっているのだ。


 「いやぁ、皆様凄いですよねぇ。全員何かしら手に職を付けて、前線から退いても立派に生きてます」


 「今日の南はちょっと年寄り臭い?」


 「酷い言い様ですね。でもまぁ、私も色々と考えてしまいまして」


 近くの席で身体を洗い始めた白さんと、まったりしながらそんな会話をしていれば。


 「お、今日は二人共いるじゃん」


 「お邪魔しますね、お二人共」


 「後は初美さんが来れば皆揃いますけど……今日も帰りが遅いでしょうね」


 悪食大人組……いや、今ではその表現もおかしいのか。

 アイリさんにアナベルさん、そしてクーアさんまで。

 どうやら今日は、皆お風呂の時間が被ったみたいだ。

 コレだけ広い銭湯だと言うのに、並んで腰を下ろして体を洗い始める。

 やっぱりこの広さはやりすぎだったのでは?


 「でも確かに、皆ウォーカーって雰囲気では無くなって来た、かも?」


 「ん? 何の話?」


 ポツリと呟いた白さんの声に、皆様顔を向ける訳だが。

 そうなのだ。

 アイリさんは相変らず受付嬢、アナベルさんは魔術研究と講師。

 白さんとクーアさんは、中島様と共に孤児院の運営に力を入れている状況。


 「先程白さんと話していたんですが、皆様それぞれ手に職を持っているなと思いまして。私だけ未だに以前同様というか、ほぼ木こりになってしまいました」


 そんな事を言ってため息を溢してみれば、皆様からはクスクスと笑い声が返って来る。


 「以前同様も何も、未だにあの三馬鹿と一緒に居て疲れないのは、南くらい」


 「あはは、確かに。たまには外に出て思いっきり暴れたいー! って気分にはなるけど、皆ずっと動き続けるからね。流石に毎日だと疲れるって」


 「ご飯の時以外常に動いてますからね、皆さん。シーラに転移した辺りで、休憩って言葉をどこかに置き忘れて来てますよ」


 「私としましては、適度に休んで欲しいのですが……アレで至って健康なのですよね、体力お化けです」


 何だか凄い言われ様だが、確かに度々休憩を挟むという意識は私にもあまりない。

 ご飯の時には凄くまったりするし、最近は木を切っているだけだから余計に。

 言われてみれば確かにそうだ。

 普通のウォーカーだったら、何度も小休憩くらいは入れるだろう。

 魔獣が逃げる様になってしまってからは、休憩している暇があれば索敵するくらいしないと、本当に時間が足りなくなってしまうのだ。


 「という訳で、そこは南の特記した部分だと思う」


 うんうんと頷きながら、白さんが浴槽に入って来て隣に腰を下ろす。

 その後他の皆様もゾロゾロと入って来て、やはり並んで背中を浴槽の壁に預けた。

 ……何度でも言うが、やはり広すぎではなかろうか。

 ココのお風呂を使っている面々に比べて、使用しないスペースの方が圧倒的に多い。

 こういう事に関してドワーフ組まで関わると、皆様から自重という言葉が消え去るのだ。

 そして中島様まで加われば、それはもうやりたい放題。


 「でもまぁ他の仕事というか、役割りが欲しいって言うなら別の事を始めてみるのも良いんじゃない? 三馬鹿もウォーカーに拘りがあるって言うより、他にやる事が無いからとりあえず目の前の事やってる感じだし」


 アイリさんがそんな事を呟いて来るが、他の事……他の事かぁ。

 私が出来る事と言ったら、解体場で働く事くらいだろうか?

 でも、その場合は。


 「ご主人様達が、地味な仕事だと飽きてしまいそうですね……」


 「フフッ、やっぱり四人で動く事前提なんですね」


 クスクスと笑うアナベルさんから、微笑ましいと言わんばかりの顔を向けられてしまった。

 とはいえ彼女の言う通り、あまり独り立ちなどは考えた事が無かった気がする。


 「まぁ南さんの称号もありますし、それも自然なのかもしれませんが。これが普通の女の子なら、嫁入り準備とか提案する所ですかね」


 「南が彼氏の一人でも連れてきたら、まずは三馬鹿を倒せないと交際さえ許してくれなそう」


 クーアさんの言葉に、白さんが呆れた声を洩らすが。

 交際、交際かぁ。

 いまいちピンとこない単語であるのは確かだ。


 「恋人や夫婦という感覚が、未だにパッと想像出来ませんね。悪食の皆様は勿論好きですが、そういう好きとは違うモノでしょうから」


 ご主人様達に拾われる前までは、人との繋がりさえ怖いと感じていた奴隷だったので余計そう思ってしまうのかもしれないが。

 私の場合、誰かと生涯を添い遂げたいとか、誰かを独占したいという気持ちはほとんど無い。

 ご主人様方と一緒に居られるのなら、それで良いというか。

 御三方がバラバラになってしまったら嫌だな、という気持ちはあるが。

 ただ皆様と共に生きていたいとしか考えていないのだ。

 以前望さんには話した事があったけど、今もあまり感情の変化はない。


 「肉欲が絡んで好きと言えれば、そう言う事って聞いた事がある」


 「白さん……それは流石に直接的過ぎる気が……」


 とんでもない事を言い出した白さんに、呆れ顔のクーアさんがため息を溢している。

 しかし、ならなおの事多分私の“好き”は家族愛というモノなのだろう。


 「普通の男集団が奴隷の若い女の子なんて買ったら、それこそ欲望塗れになりそうなもんなのに。アイツ等完全にお父さん状態だったもんね、肉欲じゃなく肉食欲だよ。もっと食えもっと食えって、南ちゃんばっかり食べさせようとしてたわ」


 「最初の頃は南さんの服も、アイリさんにお願いしていたんでしたっけ? 確かそんな事を聞いた気が」


 「そうそう。いや、女性服売り場で鎧三人が唸り声上げながら選んでたら怖いけどさ。白ちゃんが加入してからは、随分と自主的に買い物してくれる様になって……お姉さんは嬉しいよ」


 「誰も彼も、年上メンツが両親か兄姉目線で草」


 そう言われてしまうと、本当に昔から皆さんにもお世話になりっぱなしだ。

 そしてアイリさんの言う様に、ご主人様達は私の事を妹や娘の様に見ているのだろう。

 私もあまり他人の事は言えないが。

 これまで家族愛というモノさえ知らなかった私は、それを得て満足してしまっているのは間違いないと思う。


 「まぁ、結婚だけが人の幸せという訳でもありませんし。お堅い立場の貴族という訳でも無いので、ゆっくり考えれば良いかと思いますが。悪食に居る以上、仕事に困るという事はありませんよ」


 クーアさんの言葉に、ひとまずこの話題は終着という雰囲気にはなっていたのだが。


 「そういう二人は、どうなの。アイリさんとアナベル」


 白さんの一言に、ビクッと反応するお二人。

 はて、と首を傾げて見せる訳だが。


 「ま、それなら皆ココに残りそうだし、いいんじゃない?」


 「白ちゃーん? 大人をからかうのは感心しないなー?」


 「べ、別に私達はそういうのでは……」


 何やら硬い表情をしながら、アイリさんとアナベルさんが言い訳を始めてしまった。

 あっちはあっちで、何やら状況に変化があったらしい。


 「まぁ、問題はキタヤマ様ですねぇ……何たって言い寄っている相手が相手ですし」


 「確かに、絶対に尻込みしてる。北、ヘタレだから」


 お二人の事はとりあえず放置する事になったらしく、クーアさんがため息を溢せば便乗してくる白さん。

 まぁ、確かに。

 何たってご主人様に求婚した相手というのが。


 「王族、ですからねぇ。お話を受けた場合、ご主人様は王宮へ行ってしまうんでしょうか?」


 はぁ、とため息を溢して天井を見上げてみれば鼻先に水滴が落ちて来た。

 本当にそういうお話になってしまった時、私はどうすれば良いのだろう。

 今後悪食は、どうなってしまうのだろう。

 そんな不安は、少しだけある。

 いつまでもこのままという訳にはいかない、それは分かっているのだが……それでも。


 「そうなったら南ちゃんだけは着いて行っちゃえば良いんじゃない?」


 「はい?」


 ふと、アイリさんがおかしな事を言い出した。


 「確かにそうかもしれませんね。奴隷という立場がある以上、契約を交わしているキタヤマさんの所有物という扱いになりますから。それに、相手も性格的に嫌だとは言わないと思いますが」


 アナベルさんまで、これまたおかしな事を言い始める。

 いや、でもそれはご主人様が嫌がるんじゃ……ただでさえ奴隷云々の事を言うと、皆あまり良い顔をしないのだから。


 「二人共甘い。北の事だから、もしもの時は王宮ぼっちを恐れて南に頭下げて来る可能性大。もしくは話を受けてもホームで暮らすって条件を出す可能性」


 「流石にソレは……あるかもしれませんね」


 「あり得るかも」


 「ですねぇ、もしくは立場が嫌で逃げるか」


 皆揃って、そんな事を言い始めてしまった。

 本当に、どうなる事やら。

 なんて事を考えれば、思わずため息が零れてしまうのであった。


 ――――


 色々とこれからの事を予想して話していた訳だが、当たり前だが答えなど出る訳も無く。

 お風呂から上がり、長湯して火照った体を冷まそうとテラスへと皆揃って足を運んでみれば。


 「また何かやってるし……」


 「多分、しばらくはこのままなんでしょうねぇ」


 「平和ですねぇ」


 大人組はお酒を片手に、庭先へと視線を移した。

 そこに居たのは。


 「うーむ……やっぱしまだ魔石の消費が激しいのぉ」


 「サイズを落せば、もうちょっと長時間稼働出来るんじゃねぇ?」


 「でも南ちゃんのチェーンソー見ると、これくらいデカくしたいよなぁ」


 「魔力充電式にすると、もっと馬鹿でかくなるんだもんね。どうにかならないものかなぁ」


 ドワーフの皆様と、ご主人様方が新作チェーンソーを試していた。

 それはもう楽しそうに、新装備を弄り回している。

 傍から見ると新しい玩具で遊んでいる様にしか見えないが、如何せん物が物騒だ。


 「出力を落せばまぁ、このサイズでももっと動くんじゃろうが……切るのに時間が掛かるようじゃ本末転倒だしのぉ」


 「もう諦めて、斧と鋸をもっと派手にしてみるか? だったら簡単じゃぞ?」


 「悪食シリーズくらいに切れ味があれば随分と楽になるか? ちと刃を鍛えてみるか」


 あぁでもないこうでもないと騒ぎながら、木こり道具を弄り回している皆様。

 ほんと、こういう所はこれからも変わらない気がする。


 「ま、心配するだけ無駄。どうせ三馬鹿はどこ行っても結局集まる」


 「あはは……確かに、そんな気がしますね」


 溜息を溢す白さんもお酒を飲み始め、私も一口……と手を伸ばした所でヒョイッと遠ざけられてしまった。

 し、白さんにまで子供扱いされている?


 「コレ、結構強いヤツだから南は駄目」


 「はぁ……白さんも変わりましたねぇ」


 「当然、私は余計に変わらないと不味い」


 「と、言いますと?」


 「内緒」


 何やら気になる事を言いながら、静かにグラスを傾ける白さん。

 皆それぞれ変わらない所もあれば、変わっていく所もあるという事なのだろう。

 私自身あまり自覚は出来ていないが、それでも。


 「何となく、どうなろうとこの空気は変わらない気がします」


 「今日の南は、やっぱりちょっと年寄り臭い」


 「だからそれは酷いです」


 そんな事を言い合いながら、今日も一日が終わろうとしていた。

 特別ではない私達は、きっと明日も明後日も普通に仕事をして生きていくのだろう。

 いずれ大きな変化が訪れるとしても、多分それはもう少し先の事で。

 例え変化が起きようと、皆が言う様にあまり心配しなくても良いのかもしれない。

 結局は、行き当たりばったり。

 それもまた、昔から変わらないモノの一つなのだろう。

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