第219話 東西南北 2


 「ま、こんなもんよな」


 「収入がぁぁ……四人分としては情けねぇよぉ」


 「やっぱり魔獣の巣を潰すしか……」


 証明書だけ貰って、私達はギルドを後にした。

 まぁ、木こりとしては相当な金額だったとは思うが。

 それでも以前の異常な程狩りまくっていた時に比べれば、やはり収入は減ってしまう訳で。

 ご主人様方は嘆きながら、ビタンビタンと何度もカウンターに身を打ち付けたが報酬は変わらず。

 呆れ顔のアイリさんに見送られつつ、私達は帰路に着いた。


 「え、えっと。確かにいつもより安くなってしまいましたが、コレも王族からの依頼です。普通よりずっと報酬は良いんですよ? ほら、何か軽く食べてから帰りませんか? たまには気を晴らすのも必要ですから」


 そんな事を言いながら、軽く周囲を見回してみれば。


 「うぉ、なっつかし。いつか食った焼き肉屋か」


 そこには、私が最初に食べさせてもらった焼き肉屋さんが。

 確かに懐かしい上に、感傷深い場所とも言えるだろう。

 お肉はいつでも自分達で集めていたので、特にこういうお店にはあまり足を踏み入れなかったし。

 とはいえ、これは軽くという雰囲気のお店では……。


 「お、いいねぇ。たまにはお店焼肉も悪く無いかも」


 なんて事を言いながらノッシノッシと店に向かって歩いて行く東様。

 え、ここで食べるの? 軽食どころじゃなくなってしまうけど。


 「普段食えねぇ物の店ばっか行ってたけど、こういうのは雰囲気も大事だよな。ビール飲もうぜビール」


 西田様も乗り気な様子で、二人は気にした雰囲気もなく店に入って行ってしまった。

 なんというか、今更だけども……やっぱりご主人様達は異常だと思うんだ。

 これからホームで夕食もあるのに、その前に焼肉って。


 「こんな所で食べちゃったら、夕飯どうするんですか……」


 「ま、何とかなるだろ。南もまだまだ育ちざかりなんだからいっぱい食わねぇと」


 「育ち盛り……なんですかねぇ?」


 昔に比べれば確かにちょっと背が伸びた気がする、あとは当たり前だがちゃんとお肉も筋肉も付いた。

 そして栄養が沢山取れた影響なのか、髪質も良くなって来たので試しに伸ばしてみたりしている訳だが。

 ペタッと胸の鎧に触れてみれば、ここだけは全然変わっていない気がするのは何故だ。

 こちらの成長期は終わってしまったのか。

 というか二十歳超えている訳だが、まだ成長するんだろうか?

 色々と疑問を抱きながら、ご主人様に続いて私も焼き肉屋へと足を向けた。

 夕飯、入るかなぁ?


 ――――


 「おぉ~いくら食べ放題って言っても、“向こう側”じゃ考えられない量だよねぇ」


 「つか今の食う量考えると、“向こう側”じゃ食べ放題の店以外いけねぇよ俺等。回転寿司でも破産しそうだわ」


 のんびりした感想を残しながら、大皿に山盛りのお肉様をご主人様が端から焼いていく。

 なんだか、本当にあの頃に戻ったみたいだ。

 ワイワイとした空間に、目の前で次から次へと焼かれてくれる大きなお肉。

 この空間が、この人達の空気が“暖かい”と感じたのをよく覚えている。


 「ホレホレ、肉職人に付き合ってたら酒が進まねぇだろ? まずは乾杯しようぜ」


 そんな事を言いながら、西田様が全員分の飲み物を配っていく。

 もちろん私の前にはジュースが置かれてしまったが。

 肉焼くのは任せろと言われてしまい、飲み物のおかわりは西田様が一番多いだろうという事で注文もお任せする形になり、私と東様が皆様の取り皿などなどを準備しているが……いつもと比べれば若干の手持無沙汰。

 という訳で空いた皿の片付けなどを担当しようと回収していた訳だが、ふとココで疑問に気付いた。

 まだ食べていないと言うのに、何故早くも皿が空いている?


 「あ、あのご主人様? 流石に一気に焼き過ぎでは?」


 その答えは目の前に広がっていた。

 肉焼き網の上に、所狭しと並べられた肉肉肉。

 端っこの方で野菜も焼かれているが、今日は四人しか居ないのだ。

 こんなにいっぺんに焼いたら焦がしてしまうのでは?

 なんて事を思いながら、モクモクと上がる白い煙を眺めていれば。


 「大丈夫大丈夫、ちょっとくらい焦げてもカリカリして美味しいから。あ、ほらご飯も来たよー」


 相も変わらずのんびりと声を上げる東様が、店員さんが運んで来た山盛りの丼ご飯を受け取って行く。

 凄いな、もう完全に軽食の域を越えた。

 ホームで食べている様な量になっちゃった。


 「あれ? このお店、前はご飯なんてありましたっけ? その後狩りに出かけた時に、初めてお米があるって知った様な雰囲気でしたけど」


 「あ、確かに。メニューにあったから普通に注文したけど。あれかね? いつも買ってる所の米農家さん達が頑張ってんじゃねぇの?」


 「北君ザ、適当。あれじゃない? 米売って貰ってる場所の話をした時、姫様がやけに食いついて来てたから何か手を回してくれたのかな? 米はあればある程良い! みたいな事言って中島さんと難しい顔しながら話し合ってたよ?」


 なんだか、姫様も本当に行動が大胆になって来た気がする。

 私が初めて彼女の事を見たのは、シーラから帰って来た後の戦場だったのでもっとピリピリした雰囲気を保っていた訳だが。

 最近ホームに訪れる姫様は、何だか物凄く緩い。

 ご飯を食べている時とか、本当に王族なのだろうか疑いたくなってしまう程。

 いや、でもまぁ……他の国の王族もあんな感じだし、どこも似たようなものなのだろうか?

 しかし度々初美さんが大きなため息を溢しながらお酒を飲んでいる姿を見かけるので、やっぱり色々と問題行動なのだろう。

 そんな事を思っている内にも次々とお肉が焼き上がり、取り皿の上には肉の山が出来ていく。


 「ほらほら食え食え、難しい事は頭の良い奴に任せて俺等は飯食おうぜ」


 「だーもぅ、皆ジョッキ持てジョッキ。今日は店飲みだぜぇ~」


 「それじゃお肉も焼き上がった所で、乾杯しよっか」


 緩い笑みを浮かべながら、皆様一斉にジョッキを掴んだ。

 私も慌ててグラスを掴み、掲げてみた訳だが。


 「何に対して乾杯すれば良いですかね?」


 結構その場のノリとテンションで、かんぱーい! なんて声を上げる事はあるが。

 最初の一杯目という訳で、何かしらあった方が“らしい”のかな? と思って言葉にしてみたが。


 「きょ、今日も生き残れたから?」


 「木こりで死んでたら、絶対ウォーカーとか出来ないよね。まぁ不慮の事故とかもあるから、一概には言えないけど」


 「あ、あれぇ? 俺等今日も木を切って来ただけなのに、ホームに帰る前に酒と肉食って良いのか?」


 不味い、余計な事を言ったかもしれない。

 こう見えて、本人達は狩りの成果で若手に負けている事を結構気にしているのだ。

 それに稼ぎの問題でも、私達はあまり優秀とは言えなくなってしまった。

 エルとノイン、そしてノアのメンバーは貴族絡みの仕事も受けているし、頻繁にダンジョンアタックを掛けているみたいだ。

 他の初期悪食メンバーに関しても、それぞれ他の仕事をこなしながら確実に稼ぎを出している。

 つまり、ウォーカー一本で過ごしているのは私達だけになる訳だ。


 「む、難しい事を考えるのは止めよう! そうしよう! な!? 今日いっぱい食って、明日はもっと稼ごうぜ! よし、お前等かんぱーい!」


 「「か、かんぱーい!」」


 「なんか、すみませんご主人様方。乾杯、です」


 若干気まずい雰囲気になりつつも、皆揃ってジョッキをぶつけ合った。

 ひとまず口の中を潤してから、いざお肉へ。

 なんて思って箸を伸ばしたその先、受け皿のもっと先の網の上に再び並べられていくお肉。

 そしてソーセージの類もゴロンゴロンと並べられていく。


 「ご主人様、一旦食べてからにしません?」


 「いいか? 南。食い放題ってのはな、いつだって時間との勝負だ。焼いている間に喰う、喰い終わる前に注文を繰り返す。これが基本だ」


 「今の悪食の食欲だと、お店が大赤字になりそうな意見ですね」


 あははっ、と乾いた笑いを浮かべながらメニューを覗き込んでみれば。

 おや、意外とお高い料金に設定してあるらしい。

 ウォーカーギルドが近いから、大食いがやって来る時の対策という事だろうか?

 まぁ、良いか。

 確かにそれなりの金額を払っている以上、食べなければ勿体ない。


 「では、頂きます」


 「「いただきまーす!」」


 山盛りのお肉のてっぺんから一切れ箸で掴み取り、このお店特性のタレに付けてからご飯に乗せる。

 やっぱり大きい、口をいっぱいに開けないと入りそうもない。

 なんて、いつかも思った様な感想を思い浮かべたが、でもやっぱりココは一口で。

 ガブッと噛みついてみれば、ピリッとする甘辛のタレが舌先を満足させる。

 続いて噛みしめたお肉からは旨味たっぷりの脂と、しっかりとしたお肉の味。

 必死にモグモグと噛みしめてから、追撃とばかりのご飯。

 まさにこの組み合わせ、大正解と言える程の満足感が襲って来る。

 そんな風に思えるのも、ご主人様達と共に色々な物を食べたからこそなんだろうが。


 「本当に……懐かしいです。もう何年前でしたっけ? でも数年しか経っていないんですよね。随分と昔の記憶の様に思えます」


 あの頃の私は、まだこの人達を疑っていた。

 どう使われるのかと、怯えていた筈だ。

 でもここへ連れて来られて、お腹いっぱい食べて。

 全てが“暖かい”環境というのを、初めて感じた瞬間だったかもしれない。


 「南ちゃんも、あの頃よりいっぱい食べられる様になっただろう? ガンガン食いねぇ、俺が食おうとしてたカルビもくれちゃるぜぇ」


 「焼いたのはご主人様ですけどね?」


 「ハハッ、本当懐かしいね。それじゃ、せっかくだしスープもまた頼もうか。すみませーん! ポタージュ一つお願いしまーす!」


 何だか本当にあの頃に戻ったかの様な雰囲気で、皆して食べろ食べろと急かして来る。

 あぁもう、本当に変わらないな。

 思わず笑みを溢しながら次のお肉に齧り付いていれば。


 「お? 珍しい連中が居るじゃねぇか。よう、悪食方角メンツ」


 「あら、皆様なら焼肉はホームでやるモノだとばかり思っていましたが。こんばんは、相席してもよろしいですか?」


 急に声が聞えて来たかと思えば、そこにはアイラム夫婦。

 そしてギルさんの腕には、彼の娘さんが抱かれていた。

 もう三歳くらいだったかな?

 ソフィーさんが孤児院に勤めている事もあり、この子もまた白さんに構い倒されているのは言うまでもない。


 「そういう事でしたら、“ソラ”ちゃんは此方に。家でも育児は大変でしょうから、外食の時くらいはゆっくり食べて下さい」


 そう言ってから立ち上がり、両手を差し出してみれば。


 「こんな所でまで気を使わなくて良いんですよ? 南ちゃん。貴女もお仕事帰りでしょう?」


 「いえ、大丈夫です。私もこういう仕事は嫌いでは無いので、なんというか……習慣みたいなモノです」


 「わりぃな、御言葉に甘えさせてもらうわ」


 アイラム夫婦からそんな言葉を頂きながら、二人の子供であるソラちゃんを抱っこしてから一緒の席に腰を下ろした。

 やはり孤児院で預かっている影響なのか、食欲は旺盛な様で早速私の取り皿に手を伸ばす。


 「コラ、まずは手を拭いて。それから、どうするんでしたっけ?」


 「いたーきます!」


 「はい、よろしい。では、私と一緒に食べましょうか」


 そんな訳で、山の様なお肉を三歳児と一緒に崩す事になった訳だが。


 「おぉ? 旦那、奇遇じゃねぇか! 俺等も一緒にいいかい?」


 「悪食じゃねぇか! お前等最近木こりやってるって話は本当か!? ガハハッ! 随分堅実に生きるようなったじゃねぇか!」


 どうやら今日は、よく知り合いに会う日だったらしく。

 黒腕のギルさんの次には、戦風の面々まで登場した。

 しかも、最近ウォーカー登録をしたという“獣王”の面々まで引き連れて。

 コレはまた、随分騒がしくなってきてしまった。

 しかしながら、私達“ウォーカー”にとってはこれくらいが丁度良いのだろう。


 「ギルが来たかと思えば、今度はカイルにガァラかよ。ったく、ぞろぞろと引き連れて来やがって。座れ座れ! 入口で集団が立ち止まってんじゃねぇよ。店員さーん! テーブルいくつか借りて良いっすかぁ!? あ、お前等ちゃんと食い放題料金払ったんだろうな!?」


 ご主人様達はすぐさま行動に移し、テーブルをくっ付けてからドンドンと肉を焼き始める。

 これまでの倍以上の量を、三人がかりで。

 懐かしいと、昔の記憶に触れていた所だと言うのに。

 そんな暇はなさそうだ、この人達と一緒に居る限り。

 彼等三人と一緒にいる以上、次々に人々が集まって来る。

 昔では想像出来ないくらいに、これまで以上に“暖かくて騒がしい”環境が生れていく。

 この三人に最初に選んでもらった、最初に仲間に入れてもらったのが私なのだと思うと、何だか不思議な気分だが。


 「みなみー」


 「えぇ、食べましょうかソラちゃん。育ち盛りですもんね、遠慮せずいっぱい食べて下さい」


 微笑みながら、膝の上に座る幼子にご飯を与えていく。

 私も、少しは成長出来たという事なのだろうか?

 あの時ご主人様達から貰った言葉を、若い子達に言ってあげられる機会が訪れたのだから。

 なんて事を思いながら、昔と同じ場所で、昔とは違う環境で。

 皆揃って焼肉を満喫するのであった。

 ワイワイと騒ぎ合いながら食べるご飯が、やっぱり私は好きだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る