第218話 東西南北


 「おはようございます……ごしゅじんさまがた……」


 未だボヤァっとする頭を振りながら、テントから這い出してみれば。

 何だか良い匂いがする、どうやら朝食の準備に間に合わなかった様だ。

 これではいけないと、必死で眠気を飛ばそうとしてみるも。


 「良いって、南ちゃん。眠いならまだ少し寝てても良いんだぜ?」


 「いえ、そう言う訳には……」


 クルクルとスープをかき混ぜる西田様がそんな声を上げるが、流石にココでもう一度寝床に潜る訳にはいかない。

 何たって私は奴隷で、皆様に買われた存在なのだから。

 なんて、今更言葉にしたらむしろ怒られてしまいそうだが。


 「本当に大丈夫? 寝てて良いよ? ご飯できたらちゃんと起こすから」


 誰よりも甘やかそうとしてくる東様も、同じような事を言って来るが……駄目だ、寝るな。

 ここ最近野営に出ても平和な事が多いから、余計に気が緩んでいる気がする。

 昔ならもっと気を張っていた筈だ、周りを常に警戒していた筈だ。

 だというのに……獲物が皆逃げていくのだ。

 多分レベルか称号のせいだとは思うのだが、こればかりはやはり厄介と言う他なかった。

 野営をしても安全に夜を過ごせるのは良いが、いつもの四人で狩りに出るとこういうまったりした空気になってしまうのだ。

 今までの私達の狩りは、基本的に迫って来る脅威に対抗するモノだった筈。

 だというのに、今では強襲を掛けないと獲物が獲れない。

 何とかこの状況を打破できないかと、本日もまた森に突入している訳だが。

 結果はこの通り、テントの中でも熟睡出来てしまう程平和なのだ。


 「ちゃんと仕事をしませんと、ご飯が食べられませんから。起きます……というかすみません、寝坊しました」


 西田様と東様に頭を下げてから、バシャバシャと魔法で生み出した水で顔を洗う。

 少しは眠気が飛んでくれたが、まだちょっと眠い。

 駄目だな、敵意の一つでも向けられれば一発で目が覚めるのだが。

 こうも平和だと、どうしても……とか思っていたその時。


 「っ!?」


 ズドォォン! というとんでもない音が耳に届き、遅れた振動が空気を震わせて周囲の木々がざわめき出す。

 この音には随分慣れた気でいたのだが……寝起きで久々に聞くと、やはりとんでもない。


 「お? 森林伐採してる筈なのに、環境破壊してる奴がいるぞ?」


 「突撃槍使っちゃったかぁ……そんなにでっかい木でもあったのかな? また街道作るって言ってたけど、こういう依頼ばっかり受けてる気がするねぇ最近」


 のんびりと声を上げる二人は、凄まじい音が聞えた方向に視線をやってからため息を溢した。

 これですよ、最近はこんな事ばっかりなんですよ。


 「ウォーカーは元々何でも屋ですけど……何というか、狩人ではなく別の職人になった気分です」


 「狩ろうと思えば狩れるんだけど、ふっつぅに若いのに任せちゃった方が早いってのがな」


 「大物じゃない限り逃げちゃうからねぇ。罠使ったりすれば狩れない事も無いけど、あんまり効率よくないし」


 なんて事を言いながら、私の前に朝食が用意された。

 朝日を浴びてキラキラと輝くコンソメスープ、今日はキノコが入っている様だ。

 最初期に飲んだスープを思い出して、思わず頬が緩む。

 そして焼き立てのパンのスライス。

 マジックバッグに入れておいたのだろうソレの上に、スクランブルエッグと厚切りのハム。

 溶けたチーズと黒胡椒が少々。

 思わずふにゃっと顔が緩んでしまいそうな朝食を目の前に出され、静かに手を合わせた。


 「「「いただきます」」」


 皆して声を上げてから、ガブッとトーストに齧り付いてみれば。

 あぁもう、なんというか。

 いつも通り、美味しい。

 ふわふわのパンだって、ホームでクーアさんが焼いてくれた物だ。

 しかも柔らかい味を運んで来るスクランブルエッグは、この周辺で獲れる青鶏の卵であり非常に濃厚。

 更に言えばスライスハムと表現して良いのか分からない程、厚切りのお肉が乗っかっている状態。

 そして食べる度に、みょ~んと伸びる程質の良いチーズ。

 シーラや飯島との交流のお陰で、こういった物もどんどんと質が良くなって来ているのが分かる。

 どれも味を主張してくるが、皆上手い事まとまって極上の朝食と言えるだろう。

 しかしながら、これでは満足しないのが悪食な訳で。


 「やっべ、レタス挟むの忘れた」


 「あとはマスタードとか欲しいよねぇ。あはは、僕達も結構寝ぼけてるのかな」


 美味しい物を食べながら、更に美味しくなる方法を探していく。

 本当に、昔から変わらない。

 なんてことを思いながら、西田様の作ってくれたスープを一口啜れば。


 「ふぅ……本当に、安心します」


 スープを飲んだ感想としてはおかしいのかもしれないが。

 それでも、やはりそう思ってしまう。

 口の中には様々な旨味を含んだスープが通り過ぎ、身体の奥底まで届けばホッと温かい息を吐き出す様な安心感。

 何より、吐息にすらスープの残り香が返って来るのだ。

 美味しいご飯と、美味しいスープ。

 本当に、この環境に馴染んでしまった。

 ついでに言えば、誰か一人が居ない状況は昔なら相当不安になった事だろう。

 だというのに、先程の爆発音を聞いた後では。


 「す、すまねぇお前ら……すんげぇ邪魔な木があったから突撃槍使っちった」


 疲れた声を上げながら、ご主人様が森の奥から現れるのも簡単に想像が出来ると言うもの。


 「あんまし魔石消費すんなよぉ? タダじゃねぇ上に、こうちゃんのは特にコスパ悪いんだから」


 「だねぇ。僕もブースターは気軽に使えないよ……皆が集めて来た魔石端から使い切っちゃう」


 二人共、やれやれと首を振りながらご主人様の食事を準備していく。

 当の本人は結構ショックなのか、大きなため息を溢しながら地面に胡坐をかく訳だが。


 「ご主人様、手を洗って下さい。どうぞ、水です」


 「あぁ、わりぃな。サンキュ南。しっかし……ほんとろくに狩れねぇな。木材相手にしてばっか」


 「仕方ねぇって、皆逃げちまうんだから。“鎧”を使えばだいぶ狩れるが、採算が合わねぇ」


 「緊急時以外、絶対鎧使っちゃ駄目だからね? 魔石の消費、突撃槍以上に洒落にならないレベルだから」


 言葉を交わしながら、いつもの四人で朝食を口に運んだ。

 とても穏やかで、いつも通りの時間。

 昔で言えば考えられない様な、気持ちが落ち着く瞬間。

 奴隷として売られていた時では想像も出来なくて、彼等に買われてからだってもう少し警戒していたのに。

 今では、こんな生活が当たり前になっていた。


 「やはり“竜殺し”の称号ですかね?」


 「そうなって来ると、邪魔だよなぁ……この称号。消えねぇかな」


 「確かに竜狩ったけどよ……違うじゃん。凍らせて奇襲したのと、竜の死体一匹片づけただけよ? 俺等」


 「間違いなくドラゴン倒したけど。自信満々に竜殺しって名乗れるかって言われると、ねぇ?」


 御三方は不満そうな顔を浮かべながら、もりもりと朝食を口に運んでいく。

 でも分かる。

 この称号が原因で獣が逃げていくなら、正直いらない。

 戦闘力は格段に上がっているのに、前より効率が悪い上に疲れるのだから。


 「何処かに魔獣の巣でもあれば良いんですけどねぇ」


 ぼやきながら残ったパンを口に放り込めば、皆様からは興味深い視線を向けられてしまった。

 なんだろう、妙にギラギラしている気がするんだが。


 「前のダチョウみたいな、アレか?」


 「帰ったらアイリさんに聞いてみるか? 最近見つかった上に、まだ手を出されてない巣はねぇかって」


 「久々にがっつり狩って、まとまったお金稼ぎたいよね」


 とはいえ、巣があるなら他の人たちも手を出そうとするだろう。

 そして現状、私達はそこまでお金に困っている訳ではない。

 若手も育ち、クランメンバーとして正式に登録した者達も多い。

 それらの報酬なども全て、“悪食”に支払われ分配される状態になっているのだ。

 もちろん成果によって多少の色を付けたり、大物を狩った時にはボーナスを出したりと、中島様が色々と手を回してくれている様だが。

 かといって私達もサボる訳にはいかず、こうして狩り以外の仕事も受けているという訳である。

 しかしそもそも、竜の素材やシーラで狩った大物の素材などなど。

 結構な数を売り払ったので、悪食の資金としてはかなり潤っているのだ。

 特殊な素材もたんまり残っている状態で、一番お金が掛かるのは私達ではどうしようもない金属類と国に支払う税金くらい。

 食費は狩りと畑でだいぶ安く済み、人が増えれば事業を拡大して更にお金を増やす。

 つまり、クランとしてはかなり上手く行っている……というかもはや働かなくても良いくらいに、上手く行きすぎている状態なのだが。

 御三方の場合仕事をしていないと落ち着かない様で、狩りに出る事を止めようとはしない。


 「このままでは新しい武具を作って貰っても、ろくに試せませんね」


 そう言いながら、籠手に取り付けられたクロスボウをコンコンッと叩いてみる。

 持ち帰った素材を使って改造してもらったり、新しいナイフの類も新調してもらったのだが……最近では活躍する場面がない。

 今では武器より木々を切る為の道具や、まとめて薙ぎ倒す為に黒戦車の手綱を握っている事の方が多いくらいだ。


 「だなぁ。こんなんじゃ鈍っちまうよ……アレか? 行きたくはねぇけど、ダンジョンでも行ってみるか?」


 「あーダンジョンなら確かに魔獣も襲って来るかもな……全っ然ヤル気でねぇけど」


 「魔石が集まるのは確かなんだけどねぇ、それだけなんだよねぇ」


 やはり食べられない獲物はあまりそそられないのか、皆揃って大きなため息を溢している。

 でもまぁ確かに。

 ダンジョンと言えば魔石回収は勿論だが、やはり一番の目的はレアドロップなのだ。

 一攫千金や、珍しいお宝。

 そういう物を求めてウォーカーはダンジョンに潜る。

 しかしながら、私達が行った所で……。


 「魔石の補充くらいの感覚にしかなりませんからね。戦闘の感覚を忘れない為に、という事ならまぁ……はい」


 そもそもダンジョンに身体を慣らしに行くってなんだ。

 もはや私も感覚がおかしくなっている気がする。

 昔に比べればずっと強くなったからといって、敵対する相手を舐めてかかったりするつもりは無いが。

 それでも得られる物が少ない事が最初から分かっていると、やる気も出ないというモノだろう。


 「とにかく、今日の仕事を片づけてしまいましょう。あまり気が抜けている状態では、流石に危険ですから」


 残ったスープを一気に飲み干してから声を上げれば、皆様方も残りのご飯を口に押し込んでから立ち上がる。


 「だな。グダグダしてたって金が入って来る訳でもねぇし、気を抜いてて大物に齧られたら元も子もねぇ」


 「ちっと気合い入れ直しますかぁ、うっし! 仕事すんぞ!」


 「木こり用装備もせっかく作って貰ったんだし、いっちょ頑張りますかぁ」


 グリングリンと体を動かしてから、それぞれ装備を手に取った。

 北山様と東様はドデカい斧を、西田様は分厚いのこぎり

 そして私は。


 「ちょっとでも魔力が使えれば、俺等もそっち使えたんだけどなぁ……」


 「やろうとすると、どうしたって魔石無駄にする結果になるからな」


 「もう慣れたけどさ、やっぱり魔力放出? くらいは出来て欲しかったなぁ」


 ご主人様方が、羨ましそうな視線を此方に送って来る。

 もちろん私の事を見ている訳では無く。


 「そこまで大きな魔力を使っておらず、動きも単純ですから。ドワーフの皆様がもう少し燃費を良く出来るかもって仰っておりましたよ? そしたら少ない魔石でも長時間使用可能になるかもしれないと」


 私の手に握られているのは、“チェーンソー”という木を切る為の道具。

 刀身の幅が広い長剣の様な形をしており、サイズも結構なモノ。

 私が持つと些か巨大に見えてしまうが、驚くほどに軽いのだ。

 そして、よく切れる。


 「ま、無いものねだりしても仕方ねぇしな。んじゃ今日も木こりになんぞー、いつも通り周りはよく見る事。お互いに近い所で作業すんじゃねぇぞ? デカめの木を切る時は一声かけてサポートに入ってもらう事。安全第一なぁー?」


 「「うーい」」


 「了解しました」


 という訳、本日のお仕事も始まった。

 街道作りを全て私達が担っている訳ではないので、指定の場所まで切り開けば依頼達成。

 木材はマジックバッグで回収し、お持ち帰り。

 今までが狩りの仕事ばかり受けていたからからこそ、未だ違和感が残るが。

 本来ウォーカーはこういう仕事だってあるのだ。

 何でも屋に相応しいお仕事と言えるのかもしれないが、正直私も木こりになるとは思わなかった。

 昔の私だったら、体力的にも身体能力的にも不可能だったに違いない。

 でもそんな事を言い始めたら、過去奴隷商で売られていた頃の私には信じられない事の連続なのだ。

 今ではこんなに大きくなったクランの初期メンバーであり、竜を狩ったパーティの一人。

 本当に、人生とは何が起こるか分からないモノだ。


 「切りまーす!」


 大きな声を上げ、返事を返して来る皆様が離れた場所に居る事を確認してから魔力を放てば。

 手に持っていたチェーンソーが唸り始め、豪快に木々を切断していく。

 以前の様に忙しくも無いし、常に身の回りを警戒する必要も無い。

 これまでの経験があるから“物足りなさ”の様な感覚になってしまうのも分かるが……多分すぐに慣れるのだろう。

 何だかんだ言って、どんな仕事でも皆楽しそうに笑いながらこなしているのだから。

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