第215話 『ただいま』


 ※※※

 限定近況ノートに先読みとして上げているSSです。

 注意

 今回のお話は三馬鹿男飯外伝『蒼碧の小物屋』『英雄の隣には、墓守が立っている。』要素が深く関わってきます。

 未読の方は、そちらも読んで頂ければよりお楽しみ頂けるかと思います。

 その他お話も限定近況ノートに掲載しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 ※※※



 

 「やっと着いたな」


 「そうは言っても、街道もしっかりしてましたし。馬車に揺られただけですけどね」


 まぁ、確かにその通りなのだが。

 国外に出て、こんなに遠くまで来たのは初めてだ。

 旅というより、旅行という感覚に近い安全な遠征なのは間違いないが。

 それでも柄にもなくワクワクしているのが自分でも分かる程だった。


 「いくぞ、ユーゴ。この国はどんな所なのか気になる」


 「ほんっと、海外好きになっちゃいましたね……墓守さん」


 馬車から飛び降りてみれば、シーラとはまた違った匂いが広がっていた。

 なるほど、海が近くに無いとこうも匂いが変わるのか。

 周囲を見渡すと、とにかく緑が多い大地。

 国の周囲には森が広がり、国から離れた場所などでは鬱蒼としていると言って良い程。

 他国に降り立っただけで、違う環境や歴史を感じ取れる様で非常に面白い。

 この国“イージス”は確か、とにかく兵力が集まっている国だと聞いた。

 兵士の数が多く、剣と魔法の国という印象だとか。

 そう聞いていたのだが、城壁の上には大砲が設置され、戦車の類も警備隊に混じっている。

 兵力が更に強化された、という事なのだろうか?

 強い国なのはこの光景だけでも理解できるが。


 「まずは食事だな、知らない物を食べよう。あと珍しい本も欲しい」


 「まずはお世話になった人たちに挨拶。墓守はテンションが上がると礼儀を忘れる」


 続いて馬車から降りて来たルーから、非常に呆れた瞳を向けられてしまった。

 しかし、今は昼時。

 挨拶に行った先で腹を鳴らしては、余計に失礼な気がするのだが。

 とかなんとか自分の都合の良い様に言い訳を考えていれば、レベッカとユーゴも此方に呆れ顔を向けて来る。


 「とりあえず街に入ったらご飯にしましょうか、その後は……」


 「私の方は商会にも挨拶にいかないといけませんね。ユーゴ様は、まず王族への挨拶ですわね」


 なんとも、挨拶回りだけで一日が終わってしまいそうな勢いだ。

 此方の国と協力しているという、シーラからの“グリムガルド商会”。

 今ではイージスの商会各所とも深く関わりがあるらしく、俺達は良い様に手紙を渡す足に使われてしまった。

 そして大本命であるこちらの国の王族への手紙運搬。

 更には、前に世話になった“悪食”への挨拶。

 今回の仕事は前者二つが主となる訳だが、俺としては早く街を見て回りたい。

 “様々な世界を見る”。

 俺の目的の大部分は、コレなのだから。


 「……明日、では駄目か?」


 「墓守さん、リーダーでしょうが」


 門から連なる入国審査の列に並びながら呟いてみれば、ユーゴから後頭部にチョップを頂いてしまった。

 やはり、駄目か。

 そんな事を思いながら、大きなため息を吐いていれば。


 「商会に関しては私だけで構いませんよ? 挨拶して様子を見させて頂いて、手紙を渡してから向こうからお返事を頂く。こうなって来ると商談では無いにしろ、どうしても時間が取られるかと。多分ぞろぞろ行くより、向こうも気を使わなくて済むと思われます」


 意外な事に、レベッカが救いの手を差し伸べてくれた。

 確かに俺達が商人の巣窟に足を踏み入れた所で、何の役にも立たないだろう。

 むしろ失礼の無い様に、一人で行ってくると申し出てくれたのかもしれない。

 流石は貴族令嬢と言った所か。


 「そういう意味では、王城に行くのも俺だけでも良いかもしれませんね。とりあえず到着の報告と、手紙を渡すだけですし。ロングバードで届いた手紙には、堅苦しいのは抜きにして“悪食”のホームで共に食事を、と書いてありましたし」


 そういえば、という具合でユーゴも言葉を紡ぎ、思わずルーと顔を合わせてしまった。

 つまり、俺達は好きに動けるという事か?

 各々の予定が済んだ後、悪食への挨拶の為に集合すれば良いだけ。

 如何せん二人に仕事を押し付けた様で申し訳ない気持ちは湧いてくるが。


 「じゃぁ別行動にしましょうか。二人は街の市場調査というか、珍しいモノを見つけて来て下さい。あ、もちろん俺らの分も買って来て下さいね? それを参考に、お土産の類も決めましょうか」


 もはやお前がリーダーで良いじゃないかと言いたくなる勢いで、ユーゴは今後の予定を発表した。

 何はともあれ、俺とルーはフリーの状態で街中を探索できる訳だ。

 コレは非常に楽しみになって来た。

 何てことを思っている内に、俺達の入国審査の順番が回って来る。

 全員分の身分証を差し出し、そわそわと待っていれば。


 「珍しい“黒い装備”だな?」


 そんな事を言いながら、門番の一人が俺に視線を向けた。

 此方はいつも通りの黒っぽいローブを頭から被っている。

 しまった、浮かれすぎて忘れていた。


 「すまない、フードを取る。こんな見た目だが、奴隷という訳ではない。ウォーカーだ」


 言いながらフードを外してみれば、門番は笑みを崩さないまま手を振ってみせた。


 「いやすまない、別に何かを疑った訳じゃないんだ。ようこそ、イージスへ。楽しんで行ってくれ」


 それだけ言って、身分証を返された。

 他の国では、もう少し色々と聞かれたものだが。

 やはり仕事で数日間立ち寄るだけだ、と証明する書類があったのが違ったのだろうか?

 その辺りは良く分からないが、あっさりと入国する事が出来てしまった。


 「コレは……凄いな」


 「ココが、あの人達の“故郷”」


 ユーゴと一緒に思わず声を洩らしながら、視線をせわしなく周囲に投げる。

 見るからに誰も彼も、生き生きとしていた。

 入口くらいは華やかに、という国は多いと聞く。

 しかしながら、皆良い顔で笑っているのだ。

 露店もすぐ目に入る程に溢れている様だし、路地裏に目を向けても食べ物を求める浮浪者や子供の姿も見えない。

 そういう類は、探せば居るのかもしれないが。

 本当に治安が良いんだな、この国は。

 思わずポカンとした表情を浮かべながら、入国門の前で立ち尽くしていれば。


 「ホラ、早く行く。こんな所で間抜け面してると、田舎者に思われる」


 なんて台詞を投げかけながら、ルーが俺とユーゴを後ろからグイグイと押し始める。

 確かに、先程の行動は自分でもどうかと思う程間抜けだったことだろう。

 フードを深くかぶり直し、俺達の失態を目撃されていないかを確認してみれば。


 「兄ちゃん達、イージスは初めてかい?」


 ばっちり目撃されていた様で、露店のおばちゃんに声を掛けられてしまった。


 「魔獣肉に抵抗はあるかい?」


 「いや、これと言って」


 「なら、食ってみな。旨いよ?」


 そう言って、ホットドックを差し出された。

 受け取ってみれば、パンは非常に柔らかく、香ばしい焼き上がったばかりのソーセージの香り。

 更にはたっぷりと掛けられたケチャップとマスタード。

 これ自体は、特別珍しい食べ物でも何でもないだろう。

 でも、だからこそ。


 「旨いな。魔獣肉もそうだが、マスタードがとても印象に残る」


 「そりゃ良かった。マスタード単品でも売ってるから、良かったらお土産にしておくれ」


 齧り付いてみれば、ウチの国で売っている物と大きな違いが感じられた。

 噛んだ瞬間にパリッと歯触りの良いソーセージの食感と、口に広がるケチャップの柔らかい味わい。

 噛みしめたレタスさえ、まさに新鮮その物というシャキシャキという食感を返して来る。

 そして思わず言葉にしてしまった程、マスタードが印象的だった。

 随分とマイルドな味わいは味の強い魔獣肉とよく合い、後からツンとした辛さを鼻に残す。

 これは、旨い。

 来て早々、良い物に巡り合えたようだ。

 何てことを思いながら、皆してホットドッグに齧りついていれば。


 「そんじゃ、四人分で銅貨二枚。と言いたい所だが、銅貨一枚と半銅貨一枚にまけといてやるよ」


 ニッと口元を吊り上げたおばちゃんは、こちらに掌を差し出して来た。


 「随分と、商売上手だな」


 「ただでさえ露店が多いんだ、これくらいしないと儲からなくてね」


 思わずククッと笑いながら、支払いの前に指を二本立てて見せた。


 「マスタードも二瓶くれ、コイツは旨い」


 「まいどっ!」


 そんな訳で、入国早々お土産を仕入れてしまうのであった。


 ――――


 「これも旨いな」


 「美味しい。お土産、迷う」


 ルーと並びながら、ひたすらに露店を巡っていた。

 串焼き、たこ焼、麺料理から甘味まで。

 ユーゴとレベッカが仕事をしているというのに、初日から食べ歩きをしてしまった。

 申し訳なさを感じながらも、ひたすらに串焼きを齧る。

 まぁ俺達が着いて行ったところで、どちらも役に立てる雰囲気では無いのだが。

 多分黙ったまま隣で座っている置物になるくらいしか出来ないだろう。

 なんて事を考えながら、次は何を食べてみようかと視線を動かしていると。


 「墓守、あの人。前に見た」


 急に真剣な表情を浮かべるルーが、道の先を指差した。

 そこに居たのは、黒いドレスの女性。

 頭にとんがり帽子を載せて、胸には華を抱いている。

 間違いない、以前会った悪食の“魔女”だ。


 「皆の用事が済んだら、悪食のホームで集合。その予定だけど、どうする?」


 口元を汚しながらも、ルーが此方に判断を投げて来た。

 どうしたものか。

 結局後で顔を合わせるなら一緒かも知れないが、せっかく遭遇したのだ。

 このまま無視するというのも、なんだか違う気がする。


 「声を掛けるか。どうせこの後会うんだ、今から一緒に行動しても同じ事だろう」


 「了解」


 「お前はまず口を拭け。その顔で再会するのは、流石に失礼だ」


 ハンカチでゴシゴシと口元を拭うルーを確認してから、俺達は彼女に向かって走り寄った。

 “魔女”とは、世間一般では嫌われる存在だった筈。

 でもこの国では、彼女の避けている様子が微塵も無い。

 誰もが気軽に声を掛け、彼女も自然に笑みを返している。

 本当に、良い国なのだな。

 そんな感想を抱きながら、俺達は後ろから声を掛けた。


 「久しぶりだな、魔女」


 「墓守、ほんとに……。お久しぶりです、アナベルさん。ご無沙汰してます」


 ただ声を掛けただけなのに、早速仲間から呆れた視線を頂いてしまった。

 しかもルーは完全余所行き口調、態度も元貴族らしく静かに凛として見せている。

 ……何か間違っただろうか? それに相手は一度は行動を共にした悪食なのだ。

 初対面と言う訳でもないし、これくらいは別に……と首を傾げて見れば、隣から足を踏み抜かれてしまった。

 痛い。


 「え? あ、もしかして墓守さんとルナさんですか? お久しぶりです、二人共見違えるほど大人になりましたね。近々お客様が来るとは聞いていましたが、皆さんの事でしたか。シーラからのお仕事ですか?」


 驚いた様子で振り返った魔女は、俺達を見てから緩い微笑みを浮かべてみせた。

 魔女とは歳を取らないという。

 その伝承は、間違いなかった様だ。

 俺達と顔を合わせた時と何も変わらない、以前悪食の一員としてシーラに訪れた彼女は。

 本当に昔のまま、時が止まったかのような若々しさで俺達に笑みを返して来た。


 「仕事で来たが、この後悪食の“ホーム”にも挨拶に行く」


 「なるほど、ではまた後で顔を合わせる事になりそうですね。出来ればこのままご案内したかったのですが、ちょっと用事がありまして……」


 少しだけ困った様子の魔女は、胸に抱いた花束に視線を下ろしていた。

 あの花は、確か……。


 「勘違いだったらすまない、墓参りか?」


 「え?」


 彼女が胸に抱いていたのは、菊の花。

 花言葉は高貴や高潔といった、やけに堅苦しい言葉が並ぶが。

 それでも、地域によっては死者に手向ける華だと記憶している。


 「……その通りです、花に詳しいんですね?」


 「本の知識でな。誰か死んだのか?」


 その言葉を紡いだ瞬間ルーから渾身の一撃が放たれ、横っ腹に突き刺さった。

 こ、これは流石に痛い……。


 「すみませんウチの馬鹿が。気を悪くしたのであれば、私からも謝罪いたします」


 えらく畏まった言葉遣いのルーが、魔女に向かって更に頭を下げていた。

 何か、不味かっただろうか。

 ウォーカーとは非常に生き死にの激しい仕事だ。

 だからこそ、あまり遠回しな言い方をしても好かれる事は無いと思うのだが。

 などと考えていると、もう一度足を踏み抜かれた。


 「いえ、大丈夫ですよ。悪食は皆元気です、今から向かおうとしていたのは……そうですね。“昔の家族”の元へ、と言った所でしょうか」


 「なんだか曖昧だな? 以前のパーティメンバーと言う事か?」


 もはや黙れとばかりに、ルーが此方の足を踏みつぶして来る。

 せっかく久しぶりに会ったんだ。

 もう少し会話くらいしても良いじゃないか。


 「そう……かもしれませんね。あの、墓守さん。貴方は“ネクロマンサー”、死者と最も近い位置で触れ合える魔術師。この認識で間違いありませんよね?」


 「あぁ、おおむね間違いない」


 頷いてみれば、彼女は数秒俯いてから決意の籠った瞳を此方に向けて来た。


 「あの、お時間に余裕があれば。私と一緒に来て下さいませんか? 私の“墓参り”に、付き合っては頂けないでしょうか?」


 何やら必死な様子で、悪食の魔女は声を上げた。

 墓参り程度で何を……と言いたい所だが。

 俺の事を知っていて、その力を頼ろうとする。

 これだけで、大体は想像がつくと言うものだ。


 「死者の声は、“残っている”状態じゃないと聞こえないぞ? 既に“逝って”しまっているなら、そこには墓があるだけだ」


 「それなら、それで良いんです。皆無事に“逝けた”という事でしょうから。むしろ、そうであって欲しいと願っています。確認を、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 ギュッと花束を胸に抱く魔女が、俺に向かって強い眼差しを向けて来る。

 初めてだ。

 俺の力を、“良い意味”で使おうとしてくれた人は。

 ネクロマンサーと言えば、普通は嫌われる。

 気味が悪いと、敬遠される存在だというのに。


 「アンタ達には恩もある、同行しよう」


 それだけ言ってから、フードを取り去った。

 恩人と、対面する死者の前で顔を隠すなど無礼にも程があるだろう。

 とりあえず俺達も手向ける為の花を探し、その後彼女の目的地へと足を運んだ。

 アレから俺も色々と成長した。

 だからこそ、俺が墓を作ってやった相手以外とも話くらいは出来るようになった。

 まさかこの能力が他国ですぐさま役に立つは、とてもじゃないが予想していなかったが。

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