第214話 ライオン丸


 「おう、来たぜガァラ」


 「待ってたぞ、戦風」


 軽い挨拶を交わしながら、彼等は俺達の縄張りに踏み込んで来た。

 相も変わらぬ面子を引きつれ、最近良い魔法袋を手に入れたんだとか何とか、やけに自慢していたのも懐かしい。

 今では俺達の仲間と話をしながら荷下ろしを始めていた。


 「今月はどうだったよ?」


 カイルの仲間達が荷を下ろしている間に、リーダーであるはずのカイルだけは此方によって来て隣に腰を下ろした。

 全く、仲間を率いる頭がこれで良いのかと何度思った事か。


 「ぼちぼちだな。お前等が持って来たリストの魔獣は粗方片付けたが……やはり森全体が大人しくはなっている。喜ばしい事だが、仕入れを考えると悩ましいと言わざるを得ない」


 「ハッハッハ! 獣の大将も金と仕事を気にする様になったか!」


 えらく機嫌良さそうにカイルは言ってのけるが、俺達として死活問題なのだ。

 冬の森は、とにかく辛い。

 食べる物も限られてくるし、そもそも獲物が少なくなる。

 魔獣ならまだしも、普通の獣なんて冬眠してしまう奴らも多いのだ。

 だからこそより深く、魔獣の住まう場所へと踏み込む必要が出て来る。

 そしてコイツ等、ウォーカーが求める素材を集め物資と交換してもらう。

 この流れが、今の所ウチの集落の生命線。


 「保存食も作れる時に作っておいて良かった、悪食の連中には頭が上がらないな。お陰で皆元気に冬を過ごせた」


 「なら良かった、悪食も度々こっちには顔見せてるんだろ?」


 「あぁ、この前も山の様な食材を置いていった。倉庫に入りきらなくなったとか何とか」


 「旦那の所は食う量もすげぇが、獲って来る量がイカれてるからな……ガキ共も狩りに出る様になってからは、そりゃもうスゲェ量になってるだろうよ。依頼達成率もギルド内トップだぜアイツ等」


 「だが魔獣は一定量から減らずに闊歩し、野生動物は相変わらず少ない」


 「不思議なモンだな、あれで絶滅しないんだから」


 二人して雑談しながら、大きなため息を溢していた訳だが。

 そんな俺達を見ていたチビっこいのが、眉を寄せながらオタマで頭を引っ叩いて来やがった。


 「二人共辛気臭い。別に良いじゃない、今食べて生きていけるんだから。世界がどうとか、周りの環境がどうとか言う前に、まずは今日のご飯。難しそうな話をしてるフリして、二人共頭が良くないんだから、答えなんか見つかる訳ないでしょ?」


 白い兎の耳を生やした獣人、イルが怒った様子で調理器具を振り回している。

 コイツも昔はガリガリの瘦せっぽちで、力の無い瞳を浮かべていた筈だったんだけどな。

 料理を教えてもらって、魔獣肉を昔より食う様になって。

 国のウォーカー達と関り持ち、普通に飯を食える様になってからは随分と逞しく育ってくれた。

 今じゃ俺の手に余る程に。


 「そうは言ってもな、イル。俺らは今後も狩りをして稼いで、カイルみたいな奴らから物資を買わないとやっていけな――」


 「ガァラ、塩胡椒忘れてる。それじゃただただ味の無い肉焼きになるよ、タレだってタダじゃないんだから、後付けにばっかり頼らないの。下味はしっかり付けて」


 「あ、はい」


 ピシャリと怒られてしまい、言われた通りに肉塊に塩胡椒を振って行く。

 今日はデカくて良い鹿が獲れたからな、久しぶりに見た目からして豪華なスペアリブを焼いてみようと思った訳だ。

 なのだが。


 「ちょっと炭使い過ぎじゃない? 幾つかこっちに寄越して、それじゃ火力強すぎてすぐ焦げちゃうって。ほんと、いつまで経っても適当に物を使うんだから……ガァラ、そろそろ自覚持ってよね? 食材無駄にしても皆は文句言わないかもしれないけど、それは“言えないだけ”であって全部許している訳じゃないんだよ? そりゃガァラが居ないと狩りが上手く行かない事も多いけど、それ以上の人が出てきたらどうなると思う? その日から滅茶苦茶怒られる様になるよ?」


 「だぁもう、うるせぇうるせぇ! 悪かったって! ちゃんと旨いもん作るから、そんなに怒るなイル!」


 これ以上続くと飯を作っている間ずっとお説教されそうなので、うがぁっと吠えながら反論してみた訳だが。

 相手からは「焦げる焦げる! ちゃんと面倒見て!」と更に怒られてしまった。

 子供は育つ、何て言うが。

 随分と逞しく育っちまったもんだ……などと大袈裟なため息を吐いてみれば。


 「どこのパーティでも、やっぱり飯を作れる奴は強いんだな? 逆にこういう能力がある奴らを低く見るパーティは、軒並みトラブル続きって感じが目に見えて来てるよ」


 カッカッカと笑いながらカイルがそんな事を言ってのけるが、言った後に彼自身も盛大にため息を溢した。


 「……お前の所もか?」


 「おう……ザズが最近料理上達して来てな。肩身が狭い」


 「どこも変わんねぇなぁ……」


 二人揃って何度目か分からないため息を溢しながら、俺は目の前の肉の面倒を見るのであった。


 ――――


 鹿肉は良いぞ。

 なんて事を言いたくなるくらいに、コイツの肉は好きだ。

 骨付き肉を豪快に適当に焼いても旨い。

 とか言葉にしてしまうと、イルに滅茶苦茶怒られるので絶対に言わないが。


 「ホレ、お前等も食え。まだ肉は有るから気にするな」


 「悪いね、獣の大将。ご馳走になるぜ」


 仲間達に混じり、戦風の連中も一緒に料理を囲む。

 今日は鹿肉の焼き料理が各種、そして木の実や薬草を使ったスープに、ウォーカー達から貰ったパン。

 だけだったはずなのだが。


 「こうも寒くては敵わんからな。ホレ、皆こっちも啜れ。温まるぞい」


 戦風の術師、ザズが大きな鍋でシチューを作ってくれた。

 新しい料理の知識を持って来てくれたり、余った肉を凍らせて貰ったりと。

 色々世話になっている術師という事もあってか、皆今ではカイルよりザズの爺さんの方に懐いている気配さえある。

 という訳で、チラッと隣の本来のリーダーに視線を送ってみれば。


 「な? こうなるんだよ」


 本人はハハハと乾いた笑いを洩らしながら、俺と一緒に鹿肉を手に取った。

 まぁ、いいか。

 どうせ今シチューを貰いに行っても行列が出来ているのだ、俺達はこっちを食べながら待つとしよう。


 「んじゃまぁ、食うか」


 「おう……」


 二人して齧り付いたのは、先程まで俺が焼いていたスペアリブ。

 鹿の場合は肋骨が随分細いが、それでもやはり骨付きの肉ってのは良い。

 手で持ってガブッと行くのも、脂身が少ない肉を骨から歯で削ぎ落す様な食い方も好きだ。

 こればかりは俺が獣人だからなのだろうか? なんて思ったりもした訳だが、どうやらそんな事は関係ないらしく。

 カイルも同様に豪快にガジガジと噛み付いている。


 「あちっ! けどやっぱうめぇなぁこう言う所の肉は。ガァラも結構腕上げたんじゃないか?」


 「俺もこの部位が一番好きだ。料理に関しては……せめてコレだけでも上手く作れないと、イルがな……」


 「あぁ、ね」


 苦笑いを浮かべながらも、バグリともう一口。

 炭火によりじっくりと焼いた骨付き肉はしっかりと中まで火が通っており、最後にタレを付けて軽く焦がしてあるので香りも良い。

 噛み付いた時に焦げた表面はパリッと音を立て、そのまま噛みしめればじんわりと広がって行く肉の旨味と、下味として付けた調味料のお陰で整った味わいが楽しめる。

 以前の俺達なら考える事も出来なかった程の豪華な飯。

 それが今では、サボったり運が悪かったりしなければ毎日の様に食べる事が出来る。

 色々と教えてくれた奴らと、度々俺らの所に足を運んでは物資を置いていってくれるウォーカーには感謝しかない。


 「もう二人共、スペアリブばっかり食べて。皆の分も残しておいてね?」


 呆れ顔を浮かべたイルが、二つの器を持ってこちらに歩み寄って来た。

 どうやら俺達の分のシチューを貰って来てくれたらしい。


 「そこまでの量は食ってねぇから心配すんな、お前も食えよ。イル」


 「はいはい頂きます。あ、今度の依頼書も貰っておいたから。後で確認してね」


 「お、おう」


 もはや俺よりきっちりし始めた白兎少女からシチューを受け取り、情けない声を上げてみれば。

 隣からはカッカッカと軽快な笑い声が聞えて来る。


 「イルも本当に逞しくなっちまったな、昔のちっこい白兎だった頃が懐かしいよ」


 「もう、アレから何年経ってると思ってるの? いつまでも子供じゃいられないよ」


 「時の流れは恐ろしいねぇ。弟君は元気かい?」


 「カイルもすっかりおじちゃんになっちゃって。元気も元気、ガァラと一緒に毎日狩りに出てるくらいだよ」


 えらく緩い雰囲気で話している二人。

 そういや、カイル達を連れて来たのはコイツだったな。

 随分と懐かしい記憶を思い出しながら、受け取ったシチューに口を付けてみれば。


 「おっ? 鶏肉か?」


 プリプリとした、食感の良い肉が入っていた。

 そのお陰なのか濃厚な乳の味と全体のコクはあるが、すっきりと言えば良いのか。

 他の肉を使った時の様なしつこさの様なものがまるで無い。

 腹に溜めるなら脂! という気がするが、スープなんかであればこちらの方が好きかもしれない。

 それ以外にもシチューに溶け出す程に煮込まれた芋や野菜の数々。

 じんわりと優しく広がっている味わいを、口全体で味わいながら喉の奥へと流し込んでみれば。

 思わず「ほおっ」と間抜けな声が上がってしまう程に、腹の奥から温まってくる。

 やはり、旨い。

 こういった物は流石に山の中で全て集める事は出来ないので、ウォーカー達が来た時のお楽しみという感じ。

 その為か、今日に限っては皆肉よりも先にシチューを堪能している御様子。

 誰も彼も緩い笑みを浮かべながら、嬉しそうに熱い吐息を吐き出していた。


 「街に行けば、こういうもんが毎日食えるんだよな……」


 皆の様子を伺いながら、ポツリとそんな事を呟いてみれば。


 「ま、頑張って仕事すりゃな。いい加減お誘いを受けるかい? 獣の大将さんよ」


 相変らず気安い感じの声を上げるカイルに、苦笑いを返した。

 彼等の話を聞く限り、ここ数年であの国は随分と変化を遂げた様だ。

 ずっと森で生活している俺達には、いまいちパッ想像する事は出来ないが……それでも、以前よりも獣人達も過ごしやすいだろうとの事。

 確かにあの国にはカイル達“戦風”も居れば、“悪食”の連中も居る。

 だからいざって時には頼れる存在が居るのは間違いないのだが……。


 「俺はまだ、話した事もない人族達を信用出来そうにない」


 その環境に仲間達全員を放り込む覚悟が、どうしても出来なかった。

 もしかしたら、何か起こってしまったら。

 そんな事ばかりを考えて、最後の一歩が踏み出せずにいた。

 だというのに。


 「だははっ! んなもん当たり前だろ。俺だって話した事ねぇ奴らを信用したりしねぇよ」


 戦風のリーダーは、くだらないとばかりに笑い飛ばしたではないか。

 思わずポカンと呆けた顔を浮かべてしまったが、相手は未だ笑いながらイルの頭をポンポンと軽く叩いている。


 「俺だって御大層な人生を生きてる訳じゃねぇから、恰好良い事は言えねぇけどよ。別に疑っても良いんじゃねぇか? 誰だってそんなもんだ、人族だ獣人族だって話をデカくするから動けなくなるんじゃねぇの?」


 そういう、ものだろうか?

 過去の経験から、種族間の争いや蔑みは俺達にとって非常に身近なモノなのだ。

 ソレを味わった事がない奴らには分からない、というだけの話なのかもしれないが。

 もう今となっては、全ての人間にこの感情を理解してもらおうなんて思っちゃいない。

 平和に生きている奴等に、わざわざこちらの苦しみを押し付けるのは……俺等を迫害して来た奴等と同じになった様な気がしている。

 昔だったら、こんな事考えもしなかっただろうが。


 「ま、試しに行ってみるくらいでも良いんじゃねぇか? 駄目だったらまた森に戻ってくりゃ良いだけの話さ。それに、コイツ等も十分逞しくなったみたいだしな」


 続く言葉に、思わず呆れた笑みを溢してしまった。

 そうか、それくらい気楽で良いのかもしれない。

 一度行ってみて気に入れば残れば良いし、気に入らないなら帰ってくれば良い。

 そしてカイルの言う通り、仲間達も昔とは違うのだ。

 いつまでも俺ばかりが守ってやろうとしなくても、既に戦う術も生きる術も手に入れている。

 だったら、そろそろ良いのかもしれない。


 「カイル……いや、戦風のリーダーに頼みたい事がある」


 改めて、相手に向かって頭を下げた。

 これは彼を友人として頼るのではなく、“俺達”が“戦風”に頼み込む事例。

 個人の我儘ではなく、全体を巻き込む程の“責任”が伴う行動なのだから。


 「入国の際と、ウォーカーギルドでの仲介を頼みたい」


 「へっ、やっと決断したか。待ってたぜ、ガァラ。お前等! 旅支度を始めろ! 獣の大将がやっと重い腰を上げたぞ!」


 カイルが叫べばそこら中から歓喜の声が上がり、皆それぞれ準備を始める。

 あぁ、なんだ。

 古臭い拘りを抱いて渋っていたのは俺だけだったのか。

 恐らく戦風の連中は皆気付いていたのだろう、コイツ等が再び街の生活に憧れていた事を。

 更に言うなら、仲間達は俺が判断を下すのをずっと待っていてくれた訳だ。

 何も言わずに、ただただいつかと。


 「すまねぇ、戦風。世話になる」


 「おうおう、世話してやらぁ。ウォーカーになるなら、お前は俺の後輩になる訳だからな」


 相も変わらず軽い笑みを浮かべながら、戦風のリーダーはバシバシと背中を叩いて来るのであった。


 ――――


 「ウォーカー登録を頼みたい、人数分」


 「結構なお金になっちゃいますけど、大丈夫ですか?」


 「えぇと……」


 受付嬢を前に、困り顔を浮かべていれば。


 「ツケで構わん」


 奥から強面の男が出て来て、そんな事を言い放った。


 「支部長、良いんですか? そんな事しちゃって」


 「構わん、“そういう約束”だったからな」


 彼がそう言い放てば、受付嬢は登録手続きを始めてくれた。

 支部長……って事は、コイツがココのトップなんだよな?

 つまり、これからは俺等にとっての大将にもなる訳だ。


 「話は聞いている、改めて名を聞こうか」


 それだけ言って、彼はニヤッと少々いやらしい笑みを浮かべていた。

 だからこそ、こちらもニッと口元を吊り上げながら答えてやる。

 舐められない様に、甘く見られない様に。


 「ガァラだ。よく覚えておいてくれよ? 俺等は結構強ぇから、すぐに有名になっちまうぞ?」


 「それは楽しみだ……期待しているぞ、ガァラ。これから、よろしく頼む」


 こうして俺達の大半はウォーカーになった。

 戦えない面々には他の仕事を紹介してもらい、全員が初日から何かしら仕事が貰えるという好待遇。

 だったら、それに答えてやらなければ。

 働けば働く程金が入って、旨い物が食えると言うのなら。


 「行くぞお前等! ここにある依頼を片っ端からこなして、今日の飯代を稼ぐぞ!」


 「「うおぉぉぉ!」」


 叫び声を上げながら、俺達は依頼書を適当に引っぺがしてギルドから駆け出した。

 さぁ、仕事だ。

 とにかく狩りまくって、街に残ってる奴らにも旨いもん食わせてやらねぇとな。


 ――――


 「行っちゃいましたねぇ、依頼書だけ剥がして」


 「はぁ……アイリ、後で手続きの方も教えてやってくれ。ん? 何をしている?」


 了解で~す、なんて気の抜けた返事をする受付嬢が、何やら難しい顔をして一枚の用紙と向き合っていた。

 そこには、パーティ申請書の文字が。


 「また勝手に名付けようとしているのかお前は……」


 「だってこの手続き終わらせなきゃ、ソロの連中が集まってるだけって事になっちゃうじゃないですか」


 何だかんだでしっかりと仕事をこなしてくれているのは分かるが……仮だったとしても、結構適当な名前を付けるのだ、コイツは。

 悪食なんて、最初はその名を嫌がっていたくらいだしな。


 「決めたっ! コレで行きましょ!」


 「今度は何と名付けたんだ?」


 ズビシッ! と掲げられた用紙を受け取って、彼らのパーティ名に視線を落としてみれば。


 「……これはまた、御大層な集団が出来てしまったものだな」


 「んじゃそれで決定って事で~判子押しといて下さいねぇー」


 本日登録した、獣人ばかりのパーティ。

 リーダーの男の影響で、随分とギルド内でも目立っていたのは確かだ。

 そんな彼等に与えられた、その名前は。


 「パーティ、“獣王”か」


 はてさて、彼等はどれくらい“やってくれる”のか。

 そしてこの名前を聞いた時に、どんな反応を示すのか。

 叶うなら、獣の王と言う名にふさわしいウォーカー達に育ってくれる事を祈るばかりだ。

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