第211話 クーア
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今回の話は限定近況ノートに先読みとして上げているSSになります。
その他お話も掲載しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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「おやクーア、また何か作ってるのかい?」
そんな事を言いながら私と同じ教会に居た、悪食に保護された“シスターマリア”が厨房に顔を出した。
もう随分な歳だし、もう少しゆっくりしてもらいたいのだが。
本人曰く“悪食”の元に来てから、体が若返った様に軽いと言って元気に動き回っている。
「シスターマリア、コレは皆のオヤツですから。つまみ食いはダメですよ?」
「良いじゃないか一つくらい」
緩い笑みを浮かべながら、焼き上がったクッキーを一つ齧るマリア。
旨い旨いと言って次に手を伸ばそうとするので、ベシッとその手を叩く。
「食べるなら手伝ってください、減らされるだけでは困ります」
「はいはい、了解だよ」
そう言われる事が分かっていたかのように、すぐさまエプロンを付けて私の隣に並ぶ。
てっきりクッキー作りを手伝ってくれるのかと思っていたが、隣で何故か野菜やお肉を準備し始めた。
「あの……シスターマリア?」
「他の子が居ないのにそんな他人行儀な呼び方するんじゃないよ。悪ガキクーアだったくせに」
「……マリア、皆の前でソレ言ったら怒りますからね?」
私は、彼女が管理していた教会で育った。
自由奔放で、神様の像の前でお酒を飲む様な豪快な人だったマリア。
なんでこの人はシスターなんかやっているんだろうと、子供の頃から何度も思った程。
奴隷として売られる訳でも無く、かと言って親に育てられる事も無かった私は彼女の元へと預けられた。
我が家は、とにかくお金が無くなってしまったのだ。
それに借金も出来てしまった。
だからこそ尚更私を売って少しでも足しにすれば良かったのに、両親はそうしなかった。
「シスター……どうか、どうかお願いします。この子は、私達の宝なんです。情けない事を言っている事も、身勝手な事を言っている事も重々承知しておりますが……どうか」
「良いよ、置いていきな」
必死に頭を下げる両親と、グラス片手に軽い調子で返事をするシスター。
両親を見たのは、ソレが最後。
風の噂で聞いた限りでは、二人共身を削る様に働いたが……外に出た時に魔獣に襲われたらしい。
別に迎えに来てくれると淡い希望を抱いていた訳じゃない。
売られるでも、捨てられるでもなく、私はこの教会に“託された”。
普通に生きられる事に感謝すれば良いのか、それとも私を投げ出した事を恨めばよかったのか。
当時の私にはその判断が出来ず、そして問う相手も居なくなったと聞いたその頃、随分“荒れた”のだ。
「おい嬢ちゃん、一晩いくらだ?」
「白金貨一枚」
「ハハッ! 随分と高ぇお嬢ちゃんじゃねぇか」
夜の街を徘徊してみれば幾度となく声を掛けられ、付いていくフリをして相手のサイフをスッた事もある。
そして、財布の中のお金を見て思うのだ。
私の両親は、“コレ”に苦しめられていたのかと。
「はぁ……帰ろ」
路地裏でため息を溢してから、教会へと戻ろうとしたその時。
路地の先から人の気配を感じて思わず身構えた。
「お、居た居た。間違いねぇ、この子だよ」
「覚えてっか? 一昨日君にスられたお兄さんだよぉ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべた男連中が、数人こちらに向かって歩み寄って来た。
あぁ、ここまでか。
随分と冷めた感情で、彼らが近づいて来るのを眺めていた。
抵抗する事も、暴言を吐く事もない。
私は、ココで色々と“終わる”のだと覚悟を決めた。
だというのに。
「おう、若い連中が成人してもいないガキを大人数で取り囲むってのはどうなんだい? 財布をスられた? そりゃお前らが下半身ばかりに集中してるからだろうに。自分の警戒心の無さを棚に上げてんじゃないよ」
背後からそんな声が聞えて振り返れば、そこには弓矢を構えたシスターの姿が。
「うっ、シスター……コイツアンタの所の子かい?」
「あぁそうだよ、だからさっさと離れな。女を買うなら、今度からちゃんと“商売”している相手を選ぶんだね」
彼女がそう言い放てば、男達は両手をあげて去っていく。
正直、何が起きたのか分からなかった。
「ホラ、帰るよ?」
まるで何でもない風に、彼女は私の頭を撫でた。
「怒らないの?」
「怒る必要がどこにある? 金を稼ぐ手段ってのは色々だ。お前はお前に出来る事をやって金を稼ごうとした。それだけだろう? だがちっと相手を見る眼が良く無いね、そっち方面も色々と教えてやらないと、火傷しそうだ」
シスターはカッカッカと笑いながら、私の手を引いて教会へと戻っていった。
やがてくたびれた教会が見えて来た頃、彼女はポツリと漏らしたんだ。
「いいかいクーア。私はシスターで、ココは教会だ。でもね、神様なんていやしないんだよ。もし居たとしても、単なる傍観者さ。私は“教会”の人間だけど、神様を信じちゃいない。でもね、“人の善意”って奴は信じてる。気まぐれでも良い、ふとした瞬間に良い事をしたくなった。ソレでも良い、それだけで救われる人間が居る。その善意を糧に、私達は生きているんだ」
振り返った彼女の眼には、何処までも真剣さを感じる力がある。
言葉自体は何の事やらって感じではあったが、“もうやるな”と強く叱られた気がした。
「どうすれば、シスターになれますか?」
「心の傷を癒す事、身体の傷を治す事。今のシスターに求められているのは結局そこさね。だから、治癒魔法を覚えな。適性ある無しに関わらず、とにかく覚えな。結果がついて来なくても、偉大なシスターになれなくても。子供の擦り傷を治して、“もう大丈夫”って言ってやりゃ結構どうにかなるもんさ」
なんて事を言いながら、この人は笑うんだ。
いつも通りの、荒っぽい笑みを浮かべて。
だからこそ。
「私が貴女に代わるシスターになってみせると言ったら、賭けますか?」
「いいねぇ、そういうの大好きだ。白金貨を賭けてやるよ」
「そんなお金ない癖に……」
「出世払いで良いだろう? なってみなよ、立派なシスターに。皆に好かれて、それこそ神様にも好かれてるんじゃないかって程の聖職者に。そん時には、私は遠慮なくシスターを辞められるよ」
「縁起でもない……」
「目指すだけなら自由だよ、やりたいようにやってみな」
そんな事を言いながら、彼女はニカッと笑いながら教会へと私をひっぱり込んだ。
そして。
「私が教えてやれることは少ない。だけども、やる事は多いよ? いくら神様に祈った所で床は綺麗にならないし、ベッドもフカフカにはならい。だからこそ、私達が頑張るのさ。その覚悟があるのなら教えてやるよ、シスターって奴を。いつでも笑って、いつでも相手の望む答えを紡ぐ。まるで世界の操り人形にでもなった様な気で、私達は神の声ってヤツを聞こうと必死で足掻くのさ」
「で、その結果は?」
「クソッたれ、だね」
「実に貴女らしいです」
シスターとして何処までも呆れてしまう答えの彼女に、思わず笑みが零れた。
久々に笑った気がする、こんなにも感情を表に出した事はこれまでにあっただろうか?
そんな風に笑える程、豪快な答えだった。
「これからお前はシスタークーアだ」
なんて事を言われてから、随分と忙しく時間が流れ始めた。
今までは好きな服を着たところで何も言われなかったが、この日からは修道服を着る事が義務付けられた。
薄汚れた鏡に映る自分を見た時、思わず笑ってしまった程だ。
なんというか、やんちゃしていた小娘が修道服をどこかで盗んで来た様な見た目。
眼つきは悪いし、目は死んだ色のままだし。
などと自虐的な事を考えていれば、すぐさまシスターマリアから引っ叩かれる訳だが。
「おら、ボケボケしてる暇はないよ。掃除洗濯は勿論、お客……じゃなかった。迷える子羊たちの相手だってあるんだ。それにウチは貧乏教会だからね、街に出ておこぼれとお恵みを集めに行く仕事も待ってるよ」
「貧乏人に暇はないってことですね」
「その通りだ、働きな。そんでもって、いっぱい勉強しな。それがアンタの仕事であり、将来を生き抜く術にもなる。昨日で甘ったれた悪ガキは卒業したんだろ?」
ケッケッケと意地汚く笑う彼女は、懐から煙草を取り出して火をつけた。
「紙巻きたばこを買うお金はあるんですね」
「ぶわぁぁか、昨日懺悔しにきた迷えるメーメーに頂いたんだよ。金が無いからってね、まさかの煙草を置いて行きやがった。売って少しでも金にするのが利口なんだろうが、相手にとっちゃ“私に差し出せる唯一の物”だったんだろう。なら、吸ってやらなきゃ可哀そうだろ」
「吸いたいだけではなくて?」
「どうかね。そうかもしれないが、煙草なんて吸ったのはウン十年ぶりだよ」
などと言いながら、彼女は口から煙を吐き出した。
今の所煙草は吸った事は無いが……見てくれ的にどうにもアレが美味しいとは到底思えないんだが。
そんな事を思いながら彼女の事を眺めていれば。
「そんな羨ましそうに見なくても、成人したら酒もたばこもやらせてやるよ」
「別に、どっちでも良いです」
「そうかい、興味ないなら強制はしないけどね。でも、そういうモノを知っていて相手の話を聞くのと、全く知らずに綺麗事を並べるのは違うよ?」
「どういうことですか?」
思わず首を傾げてしまう発言だったが、彼女は再び笑いながら煙草の火を消した。
そしてそのまま此方に背を向け、「仕事を始めるよ」なんて言葉と共に歩きはじめる。
シスターマリアの後に続く訳だが、しばらく静かになってしまった背中を見つめる事しか出来なかった。
「クーア。あんた、なんで意味も無く悪い事をしようと思った? しっかり理由があったなら、あんな真似は繰り返さないだろう?」
教会の中を掃除している時、彼女からそんな言葉が上がった。
もしかして、改めて今までの事を怒られるのかと身を固くした訳だが。
「大人はね、そう言う時に酒やたばこに逃げるんだよ。一番手近で、安く済むからね。もちろんそれ以上に悪い方向へ手を染める奴もいるが……今話しているのは、そういうことじゃない。分かるかい?」
「……さっきの話の続きですよね?」
呟いてみれば、彼女は頷きながら静かに此方を振り返った。
いつもは見ない様な、少しだけ疲れた顔をして。
「子供はね、変に自由を与えちまえばアンタみたいにすぐ無茶な真似をする。自身に返って来るだろう悪意に気付けないからね。でも、大人ってのは違うんだ。周りを警戒して、自分の立ち位置を揺るがす行動を嫌う。だからこそ、自分だけで完結する発散方法を選ぶんだよ。酒、煙草、賭け事。その他にも色々あるだろ? そうやって、不満だらけの毎日から逃れようとするのさ」
「しかし、独り身ならまだしも……」
「そうだね。結婚して子供が出来て、そんな状況でも抜け出せない奴は多い。逆に言えばこれまでの不満は変らず、責任だけが増したって場合だってあるんだよ」
よく、分からない。
結婚して子供が出来て、それは幸せな事だろう。
しかしながらソレを責任が増えただけと考えるなら、そもそも結婚も子作りもしなければ良いだけの話だ。
などと思いながら、乾いた瞳を向けていれば。
「いいかい? 基本的に人間ってのは自制心が効かない生き物だと認識しな。イライラしたら当たり散らすし、ヤリたきゃ適当な相手を探して交尾する。でも仕方ないんだよ、動物なんだから。そこを否定しちまったら、正しさだけを求めるなら、人の数は減る一方だろうね。しかしどうだい? この世にははみ出すばかりに人であふれている。馬鹿らしいだろう? 正しい行動ばかりを求めて、ソレを教える教会ってヤツは」
「つまり、何が言いたいんですか?」
これでもかと両手を拡げながら豪語する彼女に、再び首を傾げてしまった訳だが。
「なに、随分簡単な話だよ。いつかお前もそう言った“逃げ”に走りたくなる時は来るかもしれない、そしてここへ来る連中はソレに味を占めちまった様な奴らばかりだ。だから、経験するのも話を聞く分には悪くないって事だよ。それから、世界はそんな人間に溢れている。だからこそ、“タダで信用するな”って話だ。良い話には裏がある、良い顔した儲け話なんか出されても、今後はホイホイ着いて行くんじゃないよ。それこそ、周りを皆警戒しな」
「……はい、シスターマリア」
それだけ言って、私たちは掃除を続けた。
なんとなく匂いが抜けない気がしたが、あぁ……彼女の煙草の香りかと、思わず頬を緩めてしまうのであった。
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