第209話 きっと死ぬまで


 「優君、お疲れ様」


 その一言と共に、望がバスケットを持って歩み寄って来た。

 今は仕事中。

 そして彼女が来たという事は、そろそろ良い時間なのだろう。


 「毎日ありがと、望」


 「いえいえ、普段私に出来る事ってあんまりないから」


 困った顔を浮かべる望が、こちらにバスケットを差し出して来た。

 それを受け取ってから門番達に視線を向ければ、誰しも親指を立てて返してくれた。

 どうやら、向こうは問題ないらしい。

 という事で、ありがたく休憩を取らせてもらおうでは無いか。


 「今日は何処で食べる?」


 「ここは南門だから……あっち! なんかおっきい木があってね? 木陰が気持ち良いんだよ?」


 なんて、緩い言葉を交わしながら二人で歩き始めた。

 俺は前回の探究者の一件以降も、こうして国の門を守る仕事に就いている。

 昔に比べればずっと緩いというか、平和な毎日だったが。

 魔獣が国まで進行してくる事も無ければ、たまに怪しい奴等をひっ捕らえるくらいの仕事。

 労働時間を考えると、結構なドブラックになるだろうが……まぁ、こればかりは文句はない。

 俺が償う為に始めた事だ、許される日は来なかったとしても彼等彼女等が平和に過ごしてくれるならそれで良い。

 そんな事を思いながら、望に促されて大きな木の木陰に入って腰を下ろした。

 門からそう遠い場所じゃないし、食事をしながらでも遠目に様子が伺える。

 良い場所だ。

 何て事を思いながら、バスケットを開いてみれば。


 「お? 今日の弁当は何だか豪華だな」


 中から出て来たのはパーティーなんかで登場する様なでっかいチキンやら、フライドポテトやら。

 まるでファーストフードを思い出してしまう内容だが、“向こう側”に比べればずっと大きいし豪華だ。

 そして何より、今ではそういう料理さえ手軽に食べられなくなってしまった身の上である以上、こういうのは前以上に嬉しく感じる。


 「もう、やっぱり覚えてない……」


 嬉々としてチキンを引っ張り出そうとしていた俺に対して、望は少しだけ唇を尖らせていた。

 不味い、もしかして何かやってしまっただろうか。

 何かの記念日とか? いやでも望と正式にお付き合いを始めたの何て、ここ数年の事だ。

 記念日はちゃんと覚えているし、何か印象に残りそうな日はしっかりと記憶している。

 だとしたらなんだ? 彼女が俺の元に帰って来てくれた日?

 いや、それも時期が違ったはず……なんて、一人悶々と考えていれば。


 「毎年毎年、良く忘れられるね? 今日は優君の誕生日だよ?」


 ムスッとした様子の彼女は、ちょっとだけ怒った顔で此方の口にデカイチキンを突っ込んで来た。


 「ほんと、変りましたねぇ~自分の事は後回し、どっかの誰かさん達みたい」


 呆れ顔を溢しながらも、彼女は柔らかく微笑んで見せた。

 誕生日、そうか誕生日なのか。

 今年もまた、俺の生まれた日が来たのか。

 そんな事を思ってしまうくらいには、忙しい毎日だった。

 朝から晩まで警備をして、緊急の際にはそちらに駆けつけて。

 去年も、その前も望からこんな風に怒られた気がする。


 「もう一年過ぎたのか……」


 「早いよねぇ、忙しいと余計に」


 二人揃って年寄りみたいな台詞を溢しながら、口に突っ込まれたチキンを噛みしめた。

 旨い。

 最初は買って来たりだとか、どこかの食事処に食べに行く事も多かったが。

 悪食やグリムガルド商会にお願いして、料理を教わっているらしい。

 その結果、現在は大体一人で俺の弁当を作ってくれている様だ。

 ということでコレも、きっと彼女が作ってくれたモノなのだろう。


 「今更だけど、“いただきます”。あと、めっちゃ旨い」


 「南ちゃんがね? フライドチキンの極意を極めようと日々奮闘しているので、ちょびっとだけ知恵を分けて頂きました」


 何てことを言いながら、にひひっと笑う幼馴染。

 聖女と呼ばれ、“竜人”という種族になってしまった彼女。

 人とは違う角と尻尾を生やしながらも、昔より伸び伸びと暮らしている俺の恋人。

 何も恐れず、何に対しても積極的に動く彼女の姿が……昔よりもずっと魅力的に映っていた。

 きっと、コレが本来の彼女の姿だったのだろうと思えるくらいに。

 望は今まで以上に色々なモノに興味を示し、すぐに実行する女の子に変わっていった。


 「うん、凄く美味しい。こっちのパイは?」


 「あ、そっちはミートパイ。甘い物より、お仕事中はお腹に溜まる物の方が良いかと思って。悪食の皆から教えてもらったんだよ? 覚えてる? お婆ちゃんシスターさん」


 「あぁ、あの人か。あんまり喋った事無いけど、優しそうな人だよね」


 他愛もない会話をしながらミートパイを一切れ掴み上げ、バクリっと口に含んだ。

 パリッとするパイ生地と、バターの香り。

 そして噛みしめてみれば奥からじゅわぁっと溢れて来そうな肉の旨味。

 今までパイと言えば甘いイメージが強かったが、コレは凄い。

 パイでもご飯になるのだと認識が改められてしまった。

 サクサクと歯触りの良い表面と、奥から来る口に広がる様な肉と調味料の旨味。

 何より、コイツは腹に溜まる。

 すぐさま一切れ食べ終わり、改めてフライドチキンに齧り付いてみれば。


 「あぁぁ~最高に異世界飯堪能してる気分」


 「外で豪快に食べるのって、何か気分いいよね」


 そんな事を言いながら望もパクッとフライドチキンに齧り付いていた。

 カリッ、サクッ! と言えば良いのか、どう揚げたらこう言う食感になるのか。

 まるでどこかのファーストフード店みたいな食感を再現しながらも、使っているのは魔獣肉。

 ジワリジワリと口に広がって来るのは果てしない旨味の波。

 今では街の肉屋なんかも協力して、魔獣肉の食用の為に動いているらしい。

 だからこそ、そこら辺でも平気で魔獣肉が買える。

 もちろん未だに魔獣肉への嫌悪感を持った人間だって居るし、魔獣食の者は街から追い出すべきだと抗議する連中も出てきている。

 やはり常識を変えると言うのは一筋縄ではいかない、当たり前だけど。

 しかしながら今の食料問題や、魔獣肉をブランドとしての差別化。

 そしてある種問題を抱えた食料の為比較的安価で販売される事が多く、貧民に行き渡るという思いがけない成果も見せている。

 そのお陰で魔獣肉の需要は増え、ウォーカー達は今まで以上に忙しく、そして丁寧な仕事を求められる様になった訳だ。

 こんなに旨いのになぁと思ってしまうのは、俺が嫌悪感を持たない人間だからこその感想だと分かってはいるのだが。

 それでも、やっぱりコレを食わないのは勿体ないと思う。

 俺からしたらこの世界の食べ物全てが未知の存在であるからこそ、呑気で居られるんだろうが。

 それこそお伽噺でも語られる程、小さい子も知っている様な内容。

 それくらいに浸透した“常識”。

 全ての人が受け入れるなんて“ずっと先”の話なのだろう。

 何て事を思いながら、空を見上げて旨い弁当を喰らう。


 「なに、考えてる?」


 急にボケッとした俺の様子が気になったのか、望が此方の顔を覗き込んで来た。

 この国に戻ってからは相変わらず“聖女”って恰好をしている訳だが、それでも角や尻尾の影響もあり、やはり聖女らしいかと言われれば首を傾げてしまう見た目だ。


 「今はさ、こうして平和だけど。俺等が居なくなった後はどうなるんだろうなぁって。なんつうか、自惚れしてる訳じゃないけどさ……強い奴がいっぺんに呼ばれた感じがない? 今って」


 そんな台詞を洩らしながら、食べ終わったフライドチキンの骨をガジガジしていれば。

 隣に座る彼女はクスクスと緩い笑みを溢した。

 最近はいつもこんな調子なのだが、俺は結構真面目に考えて居るのだ。

 ハズレと呼ばれながらも上り詰めた悪食、そして今でこそまともに仕事をしている俺。

 勇者と呼ばれる存在だって、英雄と呼ばれるアイツ等だって寿命には勝てないのだ。

 そしてそれは、今を生きる他の強いメンバーだって。

 だから、と言う訳では無いが。

 後の世界に残す何かが必要なのだろう、なんて柄にも無く思ってしまった訳だが。


 「多分、大丈夫じゃないかな」


 相変らず望は笑うのだ。

 本当に、よく笑う様になった。

 昔みたいに、どこか遠慮した様な雰囲気も無く。

 ただただ今を楽しむみたいに。


 「悪食でもね、若手が凄く育って来てるんだよ? 今じゃ方角メンツから一本取れるくらいに」


 「は? マジ!?」


 おいおいおい、それが本当だとしたら相当なもんだ。

 俺だって魔法全開で行けばどうにかなるかもしれないが、肉弾戦のみとかって言われたら勝てる気がしないぞ。


 「それに国の方も凄いよ? ギルさんを初めとした新しい騎士団の立ち上げで、新人さんをビシバシ教育してるの。逃げ出しちゃうんじゃないかってくらいに。でもエレオノーラさんとかイリスさんが訓練に混じる事で、どうにか意地張って逃げ出さないで居るんだって」


 「まぁ~確かに。あの見た目の二人が平気で乗り越えてる試練を、辛いからって逃げ出せねぇわな……」


 絶対姫様だ、あの人がやりそうな煽り方だ。

 普段ニコニコして優しそうな顔をするが、相手の心境を探ると言うか、逆撫でするのめっちゃ上手いからなあの人。

 それこそ新騎士団の面子としては、自分よりひ弱そうに見える女性陣が平然とこなす訓練に音を上げる事など出来ない状況になっているのだろう。

 何たってこの国の“貴族”の位は非常に曖昧になって来ているのだから。

 貴族でも平民でも、実力があれば成り上がれる。

 逆に言えば家柄が良くても理由も無く成果が残せない、もしくは怠惰な態度を取る貴族は端から淘汰されていると聞く。

 というと言い方が悪いので、サボる貴族は上から眼を付けられやすくなったと言っておこう。

 そんな中、今の騎士にまで上り詰めようとした人間達は、それだけ根性がある上に現在も頑張っている人達だ。

 だとすれば自らよりも幼く、見た目だけなら勝てそうと思う様な女性が困難を平然とクリアしていけば、意地にもなる。

 多分俺もイリスさんとかに負けそうになったら、意地でも立ち上がる筈。


 「後はウォーカーの人たちも凄いみたい。魔獣肉の件もあるけど、依頼が物凄く増えて皆頑張ってるみたいだよ? 新人の教育にも協力的なクランが増えたとかで、支部長さんがニコニコしてた」


 「あの人は……経営と表情が比例するんだから……」


 ちょっと普段からニコニコしているギルドの支部長というのは想像できないが、それでも何となく予想が出来てしまった。

 あれだろ? 悪食とかと関わった時は相変わらずの表情で怒鳴り散らしてるんだろ?

 知ってる知ってる。

 あの人って、堅物に見えて結構表情豊かだよね。


 「あ、そうだ。初美も騎士団と兵士の教育係になるらしいよ? 戦力の底上げだとか……」


 「それは……止めて上げた方が良いんじゃないかな……」


 割と顔を合わせる初美だが、今はそんな事をやっているのか。

 俺、称号から得られた魔法を使わない限りアイツに瞬殺される自信がある。

 それくらいにヤバいのだ。

 対人戦も、レベルも。

 ひぇぇっと背筋を冷やしていると、隣に座る望は今一度緩い笑みを溢しながらクスクスと笑った。


 「だからさ、あんまり難しく考えなくても平気じゃないかなって。私達は、ちょっとした変化を加えただけかもしれないけど、ソレをきっかけに変わって来てる。皆強くなってる、だから優君や悪食の皆が全部背負う必要は無いんじゃないかなって」


 柔らかい笑みで彼女は空に向かって手を向けた。

 雲一つない晴天の空に、少し前なら敬遠されそうな角を生やした聖女が。


 「私にとってはさ、周りの皆が皆主人公みたいだった。それくらいに輝いてたし、失敗もした。でも結果として生きてるし、こうして幸せな環境が手に入った。これってさ、凄い事じゃない? 物語の主人公みたいに、誰か一人の力で変えた訳じゃない。その場に居た皆で変えたんだよ? その内に一人に、私も加わってれば良いなぁって。思っちゃったりする訳ですよ」


 ニシシッと子供みたいに笑う彼女は、本当に昔のままだ。

 本当に楽しかった時、望は子供みたいに笑う。

 こんな表情をさせたくて、どれ程試行錯誤した事か。

 なんて、今では随分懐かしい記憶だが。


 「だけど、俺はまだまだ償わなきゃいけないから」


 それだけ言って、弁当の残りを勢いよく口に放り込み始めた。

 何やら門の前でトラブルが起きたらしい。

 遠目からだから、何が起きたかまでは分からないが。


 「分かってる。ソレが優君の罪であり、罰だもんね。私も付き合うよ、一緒に償うよ……ずっと」


 やけに優しくて嬉しくもあり、俺としては申し訳ない御言葉を頂きながら。


 「ごっそさん。ちょっと行って来るわ」


 「いってらっしゃい、優君。夜は悪食の皆が誕生日パーティーしてくれるって言ってたから、残業は無しだよ?」


 「おうよ、任せとけ」


 胸の鎧を叩きながら笑みを浮かべ、思い切り大地を蹴った。

 さぁ、今日も仕事だ。

 東西南北の防衛ラインになれ、その命令は今も継続中。

 だったら。


 「おいソコ! 何をモメてる!? 報告しろ!」


 今日も今日とて、俺は過剰戦力の門番としてのお仕事を続けるのであった。

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