第208話 新しい仲間 3
「な、なんですかコレ……」
「初めて見ると焦るよねぇ、分かる分かる」
訳の分からない武器を使いながら、周囲の男達を圧倒して見せた二人。
まさかここまで戦闘技術が卓越しているとは思わなかった。
だって二人共、何というか……すごく普通の人に見えたから。
片方は盾で薙ぎ、弾き。
ついでとばかりに相手の武装を破壊していく。
あの変な音がする刃は何だろう? 鉄同士がぶつかり合っているのに、そう言う音じゃない気がする。
更に言えば、私の服を選んでくれていたもう一人の彼。
えらく細かい所まで気にするから、“孤児院”でもトップレベルの位を持っているとか、実は貴族様なんじゃないかと思っていたのだが。
この光景を見ると、戦闘員にしか見えない。
見た事も無い分裂する槍を振り回し、相手を寄せ付けないどころか圧倒していく。
こんなの、普通あり得ない。
貴族であれば周りに雇った護衛を侍らせていて、平民ならもっと泥臭い殴り合いになる筈なのだ。
だと言うのに、彼等は何だ?
戦闘の事は良く分からない私でも、目を奪われてしまう程綺麗に戦っている。
「コレが君を受け入れた施設、そして君を守ってくれる“悪食”だよ? ちょっとは安心出来たかな? 法の内のトラブルなら、君を迎えに行ったナカジマさん達が対処してくれるし、法外な事態であればこうやって皆が守ってくれる。それにね? あぁ、やっぱり来た」
私の視線の先では、銀色の鎧を纏う男性がマントを揺らしていた。
見間違いで無ければ、彼はこの国の紋章を背負っている。
つまりはまぁ、この国の騎士。
ロイヤルナイトに価する位の人物という訳だ。
だというのに。
「最近街中でよく見かけますけど、暇なんですか? ギルさん」
私達を襲って来た連中を彼らが取り押さえた後、ノインと名乗った男性がそんな言葉を紡いでいる。
あり得ない。
高位の騎士様にあんな軽口を平民が叩けば、即断罪されてもおかしくないというのに。
「まぁ~あんまり間違ってねぇかな。姫様も仕事が順調だし、外敵はお前らウォーカーが大抵“食っちまう”からな。お飾りなんて言われても文句は言えねぇよ」
騎士様の方も、そんな軽口を溢しているでは無いか。
なんだ、これは。
というか、私はどんな施設に買い取られた?
思わず身震いしながら、その身を抱いていれば。
「大丈夫、一応大丈夫だから。意味が分からない人たちに、意味が分からない程保護されるっていうのも不安の種かもしれないけど……アハハ。とりあえずはさ、何かしてみようよ。そして何かが出来た時、物凄く褒めてくれる場所だからさ」
そう言って、私を抱いたお姉さんは笑うのであった。
一体全体、どう言う事なのだろう。
ひたすらに混乱しながら、彼女の事を見上げていれば。
「うんとね、君は“自分の価値”について悩んでるみたいだったから。ホラ、これで分かるかな?」
彼女が今まで被っていたデッカイ帽子を取り去ってみれば、そこには見た事も無い“角”があった。
“魔獣を食べれると魔人に変わる”、それは人類の敵なのだと教わって来たソレだったが。
「ボクは“魔人”だよ。でもね、君達が聞かされていた内容とは随分と違うと思う。これも、関りを持たなければ分からない事だった。でも悪食は魔人にも関わり、常識なんか知った事かって蹴っ飛ばしたんだよ。だからこそ、ボクは皆と一緒に生活できる」
それだけ言って、彼女は私の頭を撫でてくれる。
「ボクが怖いかな?」
その言葉に、首を横に振った。
とても暖かい。
まるで母に抱きしめられているかの様に、安らいだ気持ちになる。
「皆が怖いかな?」
その質問にも、首を横に振った。
私に服を選んでくれたエルという男性は、ビックリするくらい紳士的だったし、戦っている時も美しかった。
そしてノインと名乗った彼も、戦うその姿は非常に頼もしい。
まるで彼の後ろに居れば、何も不安になる事が無いと言わんばかりの安心感を与えてくれた。
戦闘ド素人の私が、こんな感想を抱く事自体異常なのだ。
それくらいに、あの二人は強いという事。
そして、すぐさま集まって来た騎士様。
私が買われた組織は、そういった国の上層部とも関りがあると言っても過言では無いのだろう。
だったら余計に、私なんかが何の役に立てるのか。
なんて、思ってしまう訳だが。
「周りの人が怖くないなら、まずは好きな物を探そう? 怯える事も、遠慮する事も無いんだ。だからこれからは好きな事を見つけて、仕事に出来そうな才能を伸ばして行こうか。もちろん怠惰な態度は駄目だよ? でも、結果が残せなくても努力は認められる。だから焦らないで? ゆっくりと、自分にあった“何か”を見つければ良いんだよ」
そう言いながら、彼女は優しく私の事を包み込むのであった。
抱きしめられたのなんて、どれくらいぶりだろうか?
戦闘が始まった瞬間からずっと、この人も私の事を守ってくれている。
思わず目尻に涙を浮かべながら、彼女の体温を感じていれば。
「ふざけるなっ! こんな仕事で人生棒に振るってたまるかよ!」
捕らえられた男の一人が拘束を振り解いて、隠していたナイフを手にこちらに向かって走って来た。
偶然なのか、それとも報復なのか。
それは分からないが。
だが彼の血走った瞳は、間違いなく私の事を見ている気がした。
「ヒッ!?」
「大丈夫、何の問題も無いよ。だって――」
彼女が呟いた瞬間。
男の顔面には盾が、腹には槍の石突が叩き込まれた。
「ボクたちには、“悪食”の後継者が付いてますから」
この状況において、一切動じる事も無く私に笑みを向けていたこの人は。
どれ程の信頼を仲間に置いているのだろか。
それにこの人も、あまりにも場慣れしている。
普通なら驚いたり、叫んだりしてもおかしくない状況だったのに。
彼女はニコニコしたまま私の事をスッと後ろに隠しただけ。
こんなの、完全に二人を信頼してなければ出来ない行為だ。
もしくはこのお姉さんもあの二人くらいに強いのか。
「二人共、大丈夫か?」
「全く、最後まで諦めが悪い。弱すぎて手加減の方が難しい、なのに害虫ばりに迷惑を掛けて来るね」
二人の“悪食”は、やけに軽い言葉を残しながら武器を肩に担ぐのであった。
そして。
「悪いお前ら! 大丈夫だったか!? いや、大丈夫じゃない訳無いか……」
騎士団の隊長だろうか?
黒い義手の騎士様が慌てた様子で此方に駆け寄って来たかと思えば、伸びている相手を見て呆れたため息を溢した。
「なにやってんですか、ギルさん。一回捕らえた獲物逃がしちゃうとか」
「騎士の恥、減給」
「だぁもう、悪かったよ。今新人を教育しててな、ちゃんと言い聞かせておく」
なんて台詞と共に、騎士様が彼等に謝罪している。
ほんと、何なんだろう。
「さて、それじゃ改めて遊びにでも行こうか。それともお腹空いた?」
「え、あの……普通こういう場面に立ち会ったら、取り調べとかで何日も潰れたりするものじゃ……」
「ん? あぁ~多分平気だよ。今回は“英雄譚”も視えてた事態だったみたいだし」
「はい?」
周りにいっぱい人が居たり、目撃者程度ならそんな事は無いだろうが。
私の事を売ったお父さんも、何度も兵士さん達のお世話になっていたから、その度に数日は帰ってこなくなったものだ。
だというのに。
「お、そっちもそっちで新顔か? 俺はギルってんだ。たまに孤児院にも顔を出すから、よろしくな?」
凄くニコニコした騎士様に、普通に握手されてしまった。
王宮騎士とこうして触れ合うなんて、普通に生きていたら考えられない事態だろう。
思わず硬直してしまい、どうしたものかと冷や汗を流していれば。
「ギルさん仕事仕事。挨拶は今度ウチに来た時で良いでしょ」
「姫様に報告事案、減給待ったなし」
「だぁぁもう止めろ止めろ、エルはいちいち恐ろしい事言うんじゃねぇよ。そんじゃまたな。勤勉な坊主達を見習って、俺も仕事に戻るわ」
やはり軽い雰囲気のまま、彼は伸びている男を肩に担いで去っていった。
おかしいな、私の知っている常識的なモノが次から次へと壊れて行っている気がする。
妙に強い孤児院の年長組に、やけに親しそうな様子のロイヤルナイト。
更には魔人のお姉さんに、取り調べも無しに解放されるという異常事態。
本当に、私はどういう施設に迎え入れられたのだろうか?
――――
「ん、問題なし」
「強くなりましたね、あの三人も」
現在他人様のお家の屋根の上。
言葉を交わしてみれば彼女は弓を下ろし、ズーム機能付きのサングラスを外した。
「別に私に任せてくれても良かったのに。私は南みたいに奴隷の経験はない、だから、全然平気」
「まぁ、今のお二人なら大丈夫だとは理解しているんですけどね」
困り顔を浮かべてみれば、白さんが妙にムスッとした表情で此方を睨んで来た。
分かってはいる、いるのだが……彼女達ばかりにそう言う子を任せてしまうのは、ちょっと違うと思うのだ。
周囲の人間の応用力を上げる、変に特別扱いしない為にも他の人間に任せる。
理由は色々とあるが、南さんと白さんは“強い”。
だからこそ、心の痛みを隠してしまう。
大丈夫だからと言って、笑みを浮かべてしまう。
これでは彼女達二人を特別扱いしている様だが、かと言ってトラウマをわざわざ刺激する様な真似も違うだろう。
何が正解かなど答えは無いのかもしれないが、それでも全体で対処出来るならそれに越したことはない……と思っていたのだが。
「中さんは心配性。私はもう、そこまで子供じゃない」
「大人だって、心の傷はいくつも持っているモノですよ」
「でも、仕事と割り切って動くのも大人」
「グゥの音も出ませんね……」
やけに頼もしい少女……もう彼女の年齢を考えたら女性と言った方が良いのだろうが。
彼女はムスッとした様子で、軽いゲンコツを此方の背中に押し当てて来た。
「守ってくれようとするのは良いけど、過剰なのは嫌。私だって、もう守られるだけの存在じゃない」
「分かってますよ、分かってるんですけどねぇ」
ふぅと息をついてみれば、ソレが余計に気に入らなかったのか。
白さんからベシベシと続けざまに殴られてしまった。
「それじゃ、いつまで経っても対等になれない」
「別に下に見ている訳じゃありませんよ?」
「そうじゃない、中さんも結構な朴念仁」
そんな言葉を洩らしながら、彼女は屋根から飛び降りていった。
やれやれ、やはり女性の扱いというものは男にとっては難しいものですね。
なんて、ため息を吐いていれば。
「帰りに居酒屋、中さんの奢り」
建物の下から、そんな声が聞えて来た。
「昼間から飲むんですか?」
「今日の仕事は終わった、なら後は自由。中さんもたまには羽目を外す事も大事」
それは貴女が呑みたいだけでは……二十歳を越えてからというモノ、彼女は酒の楽しさを覚えてしまったらしく。
結構な頻度で西田さんやドワーフ組と飲んでいる光景を見かける。
新たな酒豪が生れてしまったと、北山さんが嘆くくらいには。
「一軒だけですからね……」
呆れたため息と同時に私も跳び降りてみれば、ニッと口元を上げて白さんの姿が。
これ、絶対一軒だけじゃ済まないヤツだ。
「こうやって無理やり休ませないと、全然休まない中さんが悪い」
「またそんな事言って、帰ってシスターから怒られても知りませんからね?」
「今日はもう伝えてあるから平気、朝帰りでも問題なし」
「それは別の意味で誤解を招くので止めましょうか」
そんな訳で、我々は昼間から居酒屋に向かって足を向けるのであった。
これは本当に、私が気を使い過ぎていたのかもしれない。
しかしそれでも気に掛けてしまうのが年上というモノなのだが。
「中さん、あんまり難しく考えてばかりだと禿げるよ」
「そう言う事を言わないで下さい……」
白さんだけは私に対して常にこんな調子なので、本人の言う様にあまり気にしない方が良いのかもしれない。
一回り以上も違う女性に、逆に気遣われる様では威厳も何もあったものではない。
「サラさんの所に行こう、あそこの料理美味しい」
こちらの心配など知った事かとばかりに、いつも通りの様子の白さんが機嫌良さそうに笑いかけて来る。
「えぇ、そうしましょうか。向こうも向こうで試作品が出来たと言っていましたし、是非この機会にウチの新作も売り込んで――」
「中さん」
「……すみません、普通に飲みに行きましょうか」
今だけは仕事の事は忘れろと、無言の圧が襲い掛かって来るのであった。
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