第207話 新しい仲間 2


 「おはよぉ、よく眠れたかな?」


 扉を開いてそんな声を上げてみれば、その子はビクッと肩を震わせてみせた。

 部屋の隅に隠れる様にして、頭から毛布を被っている。

 何というか、うん。

 昔のボクを見ている様だ。


 「あはは、ごめんね急に。初めまして、ボクはノアって言うんだ。一応孤児院では年長に当たる感じだね、何かあったらいつでも相談してね?」


 年長と言うか、何というか。

 既に成人もしているし、どちらかと言うと孤児院に勤めていると言った方が正しいのだが。

 それでも皆ボク達の事を年長って呼ぶのだ。

 いつまでも子供扱いされているみたいで、反論したりもしたが“大人組”は皆ニヤニヤしながら話を受け流すだけ。

 唯一初美さんだけは、皆を大人組と呼ぶと「皆ももう大人ですから、自覚を持ちなさい」と言ってくれるが。


 「あ、あの……」


 「うん? 何かな?」


 毛布に包まった彼女が、少しだけ顔を見せてくれた。

 おや、珍しい。

 黒髪に、黒目……ではないか。

 赤銅色っぽい瞳の女の子だった。

 まるで悪食のリーダー達みたいで、ちょっと羨ましい。


 「私、本当に何も出来なくて……お手伝いも上手く出来ないし、仕事だって……奴隷だからお仕事しなきゃっていうのは分かるんですけど……でも、本当に何も出来なくて」


 ガタガタと震える彼女は、随分と幼かった。

 これくらいの歳の子でも、人は子供を奴隷として売ってしまうのか。

 凄いな、ボクには理解出来ないや。

 金銭的な事を考えれば、もっと育ってからの方が何倍もお金になるだろうし。

 それ以外で言えば、その感覚は理解したくもない。


 「だから、その。凄く申し訳ないと思うんですけど、私は全然駄目なので、その……また売っちゃった方が良いと思います。ここに居る人達は皆私より大きいし、ちゃんと仕事してるし。でも私は、体力も無いし、知識も無いし、だから……」


 「ふーん? 別に良いんじゃない?」


 「……え?」


 彼女は呆けた顔を浮かべながら、ポカンとした顔を此方に向けた。

 まぁ、そうだよね。

 奴隷と言うのは、とにかく道具として使われる存在。

 買ったその日から役に立てなければ、価値無しと言われる事もあるそうだ。

 ミナミさんもそんな環境に居たのかと思うと、皆よく耐えたなぁって思ってしまう。

 もしかしたら魔人のボクより、同じ人間なのにずっと辛い経験をしたのかもしれないのだから。


 「それじゃまず、出来る事を探そうか。皆と一緒に、ご飯を食べよう。ここに来てからも全然食べてないって聞いたよ?」


 「だって、私は何も出来ないから……ご飯を食べる資格なんて……」


 「ご飯を食べるのに資格はいらないよ。生きていれば腹が減る、だったら食いたいから仕方なしにでも働く。そしてせっかく食うなら旨いもんが食いてぇじゃねぇか。だってよ?」


 「……えっと? 誰かの言葉ですか?」


 「そ、ウチのリーダーの言葉」


 にへへっと緩い笑みを浮かべながら、彼女の手を取った。

 引っ張り上げて立ち上がらせてみれば、あぁなるほどと納得してしまう。

 院長も問題視するくらいに、細い。


 「奴隷として役に立つかどうか、食べる資格がどうとかって話だったよね? だったら、僭越ながらボクが最初の命令を出すね?」


 そう言って、彼女の顔面に向かってビシッと人差指を向けた。

 まるであの時の様に。

 ボクの記憶に残る、悪食からの最初の命令を彼女にも与えてみた。


 「君に最初の仕事だ。“好きなモノ”を探してごらん。色々食べて、お腹いっぱい食べて。自分はコレが好きだってモノを見つけてみせなさい。そして、ボク達に教えて? そしたら、また作ってあげるから。お腹いっぱい、君の“好きなモノ”を食べさせてあげる。ソレが、君の最初の仕事だよ」


 まるでこのセリフを言われた時のボクの様に、彼女は呆けていた。

 まぁそうだよね、急にこんな事を言われても訳が分からないよね。

 でも、きっといつか分かる。

 ボクはいっぱい見つけたから、“好きなモノ”。

 美味しい物も、大好きな場所も、ずっと一緒に居たい皆も。

 だから君にも見つけて欲しい。

 せっかくココにたどり着いたんだ、だったら悲しい顔を浮かべている時間の方が勿体ないよ。

 皆で笑って、いっぱい食べて、未来を見た方がずっと楽しい。

 何たってココは、世界から嫌われる存在のボクでさえ受け入れてくれた場所なのだから。


 「良いんですか? 私は、何の役にも……」


 「役に立たないなら、これから役に立てるように頑張れば良いんだよ。何も無いなら、これから積み上げていけば良い。それを許してくれる環境があるのが、ココ……孤児院であり、“悪食”だよ」


 そう言ってから、彼女の腕を引っ張った。


 「いこっ! 朝食だって戦争だからね! 遅れたらみんな食べつくされちゃう!」


 「でも、もう随分と遅くなっちゃいましたし……私は残飯とか……」


 「甘いよ、ここでは残飯なんてほとんど残らないからね。魚の骨だって焼いてバリバリ食べる連中ばかりだよ」


 「ひぃぃ」


 そんな訳で、ボク達は食堂へと走った。

 お腹いっぱい食べる為に、生きていく為に。

 この女の子にも、いつかきっとそう思える時が来ると信じて。

 ボクだって昔の経験から言えば、誰かと奪い合う様に食べる事なんて考えられなかったのだ。

 でも、ここではソレが普通だ。

 奪い合いに負けたからと言ってお腹を空かせる事は無いが、それでも美味しい物を皆で食べると言うのは良いモノだ。

 ボクの大好きなモノ、その一。

 皆で食べるご飯。

 こればかりは、不動の一位なのである。

 こんな事を言うのは恥ずかしいので、リーダー達には言って無いけど。

 でもそれでも。

 手を引くこの子もそうなってくれれば良いなと、自然と思ってしまうくらいには。

 ボクもこの環境に慣れたという事なのだろう。


 ――――


 「んで、こうなった訳だ」


 「ごめんねぇ……他に思いつかなくて」


 「うんにゃ、上々だよ。あの子も、報告にあったよりずっと表情豊かになって来たしな」


 朝はノアに任せてしまい、その後の予定も自由で構わないと言ったのは確かだが。

 まさか女物の服を買いに来ることになるとは。

 まぁ女の子と言えばお洒落、綺麗な服を身に纏って嫌な気分になる女子は居ないというくらいだしな。

 この買い物の護衛に俺達が選ばれたのなら分かるが、まさか補佐役として呼ばれるとは思わなかったが。

 とはいえ、丁度良かったのかもしれない。

 何たって。


 「ふぅん……白い色が似合うね」


 「えと……ありがとうございます」


 物凄く真剣に選んでいるエルに、顔を真っ赤にした問題児。

 彼女の名前は“アリア”。

 なんでも現在九歳。

 もうすぐ十歳になるとの事だが、どう見ても満足な食事が与えられていたとは思えない体型。

 早い段階でたくさん飯が食えれば、今後は問題ないだろう。

 今の所無理やりにでも食え食えとやらないと、遠慮ばかりで食べようとしないが。


 「何か、エル。凄いね?」


 「アイツは度々イリスさんの所の護衛に行ってるからな、その影響だとさ。服装に関しても気を使うんだと。前に夜会の護衛を務めた時なんか凄かったんだぜ? ビシッと決めて、ギルさんよりそれっぽかった」


 「うわぁ、見たかったなぁ……それ」


 などと会話している内にも、二人はなにやら袋を抱えながら戻って来た。

 そして、問題のアリアの服装はと言えば。


 「おぉ、似合ってるじゃねぇか。真っ白ワンピースに、ちょこちょこアクセントのピンク。見違えたよ」


 「で、でもこんなの買ってもらって良いんでしょうか? 私はまだ何も……」


 「気にしない気にしない、ボク達の指示でお買い物に来ている訳だし。似合ってるよ、アリア」


 皆から褒め殺され、真っ赤な顔で下を向いてしまうアリア。

 多分褒められる事自体に慣れていないのだろう。

 ノアも昔はこんな感じだった。

 今では無理矢理服選びに付き合わされ、適当な返事をすると殴られる程になっているが。


 「うっし、そんじゃ服も決まった所で旨い物でも食いに行くか! 遊びに行くのでも良いけど、お前らどっちが――」


 「ノイン、珍しく多いよ」


 声を上げた瞬間、エルが小さくそんな事を耳打ちして来た。

 ほぉ、こりゃまた。

 まだまだ居るもんだねぇと、呆れたため息が零れてしまう。


 「ちょっと“釣り”にでも行こうか、アリア。悪食に関わる以上、こういう訓練もいずれは受けるからさ。今の内に予行練習しておこう」


 「釣り、ですか?」


 不思議そうな顔を浮かべる彼女に向かって、満面の笑みを浮かべて見せた。


 「そ、俺達も散々経験したんだけどさ。若い連中だけで動くと結構“魚”が寄ってくんのよ。だから釣り。んで、お前がどんな所に預けられたのか、どんな奴らが守ってくれる所なのか、ちゃんと見ておけよ?」


 それだけ言って彼女の頭を撫でまわしてみれば、結構強めにエルから手を叩き落とされてしまった。

 え、何? 駄目だった?


 「ノイン、無遠慮に女性の頭を触るモノじゃない。彼女の今の髪型は、この服装に合わせて整えた状態だよ」


 「あ、うん。ごめんなさい」


 どうやら、エルの方が女性のあれやこれに詳しくなってしまった様だ。

 まぁ、貴族の護衛を度々受けているからね。

 エルがもう一度彼女の髪型を整えた後、俺達は路地裏に進むのであった。


 「一応言っておくが、俺達がいるから今日はこっちに進むって事で。普段はこんな道入っちゃ駄目だぞ?」


 「えっと……?」


 理解してない様子のアリアを連れて、そのまま突き進んでみれば。


 「止まれ」


 早速、“釣れた”様だ。


 「どこのどちら様? 見ず知らずのおっさんと楽しく会話する趣味はないんでね、早い所要望を言ってくれると助かるんだが」


 ヘッと笑いながら言葉を紡いでみれば、周囲に増えていく気配。

 エルの言っていた“珍しく多い”連中が集まって来たみたいだ。


 「ハハッ、肝の座ったガキだな。こっちじゃあまり聞かないかもしれないが、俺達は他所じゃ結構有名な――」


 「あぁぁ~つまり、最近この国に来たお上りさんって訳だ? 気を付けた方が良いぜ、おっちゃん達。イージスは最近結構厳しい国になったからよ、あんまりやらかすと火傷じゃすまない」


 呟いてみれば、ノアが腰に下げたバッグから盾を二枚此方に放り投げて来た。

 ソイツを手に装備して構えてみたが、相手からは笑い声が漏れる。

 まぁそうだろうな。

 こっちは平服、しかも俺が装備しているのは盾だ。

 誘拐が目的なんだか、持ち金が目的かは知らないが。


 「アリア、よく見ておけ。お前も孤児院で、“子供達だけ”でも仕事する事になる。だから、こういう馬鹿にも絡まれる事は増える。つまりはまぁ、人を撃退する術も今後覚える必要があるって訳だ」


 そう言いながら、ガツンガツンと盾を打ち合わせた。

 その結果、相手からは非常に楽しそうな笑い声が漏れたが。


 「なぁ坊主達、この人数に勝てると思ってんのか? 随分と自信があるんだなぁ、名前を聞いておいてやるよ。何だったら所属する場所に遺言書も届けてやるから、書く時間でもやろうか? 俺達の目的はお前らの持ち金と、そっちのお嬢ちゃん二人だ」


 ご丁寧に説明しながら、どいつもこいつも剣を抜き放った。

 ま、分かりやすい人攫いって所だよな。

 だったら、遠慮などする必要は無い様だ。


 「エル」


 「ん」


 俺とは反対側、真ん中に居るノアとアリアを守る様な位置に突っ立ったエルが、二本の槍を静かに構えた。

 その槍は何処までも真っ黒で、そして随分と変な形をしている。

 更に言うなら、俺の盾だってそうだ。

 つまりはまぁ、“そう言う物”って訳だ。


 「試作品を試してみようじゃねぇか!」


 「試しきれるまで、ちゃんと立っていてくれるか不安だけどね」


 俺達の新しい装備。

 真っ黒い盾から、ジャキンッ! と飛び出した二本の刃。

 それは細かく、だが力強く振動し始め。


 「その面白そうな盾も頂こうか!」


 馬鹿が一人、真正面から突っ込んできて剣を振り下ろした。

 ほんと、馬鹿だねぇ。

 盾持ちの相手に真正面から分かりやすい攻撃してどうすんだか。


 「あらよっと。おっさん、もうちょっと鍛えた方が良いぜ?」


 軽く受け流した相手の剣が振動している此方の刃と接触したかと思えば、ビックリする程簡単に両断してみせた。

 コイツはスゲェ、絶対に刃には触るなと言われた理由が分かる気がする。

 そんでもって、二本の槍をぶん回すエルの方は。


 「小僧! この人数に敵うと思うなよ!?」


 「はっ! 片手で一本ずつ槍って馬鹿じゃねぇのか? 武器の使い方も知らねぇのかこのガキ!」


 どうやらエルの方には人数ごり押しで攻め込んだらしい。

 しかし、今の装備のエルにはむしろ悪手だ。


 「槍の欠点。接近された時、多数の相手が周りに居る時の取り回しの悪さ。ソレを解消させたのが、俺の“悪食シリーズ”だよ」


 呟いたエルがトリガーを引き絞り、ガチリと音がする程槍が回転してみれば。

 彼の槍は所々で分裂し、中央は鎖で繋がっている状態に変わる。

 まるで鞭の様に振り回しながら、全身を使って自由自在に動く二本の槍を振り回していくエル。

 コレはもう、範囲攻撃という他ないだろう。

 彼が動く度槍が届く範囲の外敵が巻き込まれ、端から片付けられていくのだから。

 そして、もう一度トリガーを引き絞れば。


 「シャァァ!」


 すぐさま元の槍の形に戻り、普段通りの戦闘を繰り広げるエル。

 コイツの暴走っぷりは、俺でも止められる気がしない。

 三馬鹿同様、絶対に喧嘩したくない相手に育ってしまった訳だ。


 「まだやるか? 俺達に喧嘩を売るなら、ちょっとこの国で今後の保証は出来ないぜ? 今もそうだが、逃げ延びても“捕食者”を敵に回す覚悟を決めな」


 ギュンギュン唸る盾を構えながら、眼の前の男達に鋭い瞳を向けてみれば。

 根元から切断された長剣を構えて、ジリジリと後退してた。


 「俺達にこんな事をして、ただで済むと思うなよ!?」


 「そりゃこっちのセリフだ、手を出す相手を見誤ったな」


 相手のリーダーがやけに格好の良い台詞を吐きながら長剣を投げ捨て、ナイフを構えて来る。

 なのでこちらも振動するブレードが突き出した盾を構えてみる訳だが。

 どうやら、もうこれ以上戦う必要ない様だ。

 ふぅ、と息を吐き出して盾に刃を戻す。


 「何のつもりだ?」


 相手の親玉は、非常に不快そうな瞳を此方に向けて来るが。


 「周りをもっとよく見ろよ、アンタ等はもう終わりだ」


 そう呟いた瞬間、“黒い義手”が彼の頭を掴んだ。


 「よう、随分好き放題暴れてくれたみたいだな? 盗賊団を名乗ってる人攫い風情が。ちょっとお話を伺いましょうかねぇ?」


 その言葉と共に、燃え上がる目の前の男性の髪の毛。

 流石に焦ったのか、すぐさまナイフを彼の胴に向かって振るってみせる訳だが。


 「残念だったなぁ、これでも王宮騎士なのよ俺。あんまり舐めてくれるなよ? お前らが使ってる安物とは違うんだよ」


 彼の鎧にぶつかった刃先は呆気なく折れ、カキンッと情けない音を上げて折れた刃の欠片が地面に転がった。

 それもその筈、彼が……姫様の護衛騎士団であるギルさんが着ている鎧は、悪食シリーズと大差ない程頑丈な物なのだから。


 「おっと、もう降参かい? わりぃな。この国の兵士やら騎士やらは、そんなもんじゃ効かねぇ程装備整えてもらってんだ。全員取り押えろぉ!」


 そう言ってからギルさんが目の前の男を地面に叩きつけ、周りの集団も何処からか現れた騎士たちに拘束されていく。

 全く、見事なもんだ。

 傍から見れば、騎士というより斥候の集団の様だ。

 どこにこれだけ潜んでいたのかと聞きたくなるくらいに、次から次へと銀色の鎧を纏う騎士が現れ相手を捕らえていく。


 「ギルさん、こんな事して仕事増えないっすか? 巡回してる兵士に任せれば良いのに」


 「安心しろ、今回は“英雄譚”が視えたって事で元々俺らの仕事だ。良かったな坊主達、お前らも“そっち側”の一員だぜ?」


 「ははっ、嬉しいような嬉しくない様なお知らせですよ」


 などと会話をしている内に、盗賊の皆様は騎士団によって捕縛されていくのであった。

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