第206話 新しい仲間


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 今回のお話はサポーター限定近況ノートに上げたSSになります、先読み的な感じで。

 その他限定SSも投稿されておりますので、どうぞよろしくお願い致します。


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 「ねぇ、アンタろくな能力ないんでしょ? だったら売れ残り確定だし、ご飯もいらないよね?」


 そんな事を言われたかと思えば、私に用意されたご飯が周りの子達に持っていかれてしまった。

 ここは奴隷商。

 しかも私は大した能力もなく、身体も小さい。

 その為労働力として見込めない、戦闘でも役に立たない。

 だからこそ、本当に安い金額を付けられてしまったのだ。

 安い奴隷の扱いはとてつもなく悪い。

 高い奴隷は個室が与えられている程なのに、私が押し込まれているのは十数人も詰め込まれている広い檻。

 そしてこの中でも、上下関係は発生している。

 値段の高いか安いか、それだけで立場が決まる。

 奴隷の価値は、基本的に労働力として使えるかどうか。

 それは普通の仕事だってそうだし、戦闘なんかでもそうだ。

 私はまだ、そのどちらの条件も満たしていない。

 幼すぎるのだ。

 貴族なんかで言えば愛玩動物の様に扱われたり、その他の事にも使われる……なんて聞いた事はあるが。

 結局の所まだ成長しきっていない上にやせ細っている私には、買い手なんかつかない。

 奴隷として買った所で、“使える”様になるまで育てなければいけないのだから。

 買った後でも手間とお金がかかる奴隷。

 厄介者以外何者でもない私を、誰が買ってくれると言うのか。

 他の奴隷達に歯向かう勇気も持てず、ただ黙って食事が持っていかれる光景を見つめながら、静かに膝を抱えた。

 もう、いっその事死んでしまいたい。

 ただただお金が無いからという理由で、口減らしの様な感覚で売られた私。

 たった数年生きただけで、こんな牢獄の様な場所に押し込まれてしまうなら……生まれて来たくなんかなかった。

 もはや涙さえ零れない程に乾いてしまった瞳で、ぼんやりとしていれば。


 「旦那、こっちは本当に安い奴隷で……どうせならもっと良い奴隷を紹介しますから。色々居ますぜ? 見目麗しいのから、すぐ戦闘に参加できるような奴隷だって。見たところ懐が寂しいって訳じゃないんでしょう?」


 「私が求めているのは、“その手の子供”ではありませんので。我々が手を出さずともしっかりと生きていける能力があるのであれば、そちらは我々が関与する必要性は低いですからね」


 「えぇと……」


 暗い地下室に、奴隷商人と誰かの会話が聞えて来た。

 その瞬間皆揃って鉄格子に引っ付く様にして、各々自らの強みをアピールしていく。

 私は何が出来る、私はアレがどうだとか。

 凄いな、皆自慢できるものがあって。

 何も無い私は、皆が食べている途中で投げ出した残飯を這う様にして集める事しか出来なかった。

 コレを食べないと、私は生きていけないから。

 死んでしまいたいといくら願っても、誰も殺してくれないから。

 生きている以上、お腹が空いて苦しいから。

 そんな事を考えながら、散らばったパンの欠片を集めていれば。


 「ナカジマ様、数名……不味い子達がいます」


 「その様ですね、少し急ぎましょうか」


 女性の声が聞えた。

 珍しいな、女の奴隷を売っている場所に女性を連れて来る人はなかなかいない。

 建物内には男の奴隷もいるので、絶対に居ないと言う訳ではないが。

 などと思いながらも、視線は向けずに残飯を集め続けた。


 「店主さん、すみませんが鍵を此方にいただけますか?」


 「いえ、流石にそれは……どれにするのか教えてくれれば、こちらで連れ出しますから――」


 「もう一度言いますね? 鍵を此方に。ご安心下さい、勝手に奴隷を逃がしたりは致しませんので。どうやらすぐに手を施した方が良い子供が居る様ですから」


 「……こっちも商売でやってるんでねぇ。お客様だからとはいえ、あまり勝手な事をさせる訳には行かないんですよ」


 なんだか、ピリピリした空気が広がり始めた。

 奴隷商人とお客さんが喧嘩するのはたまにある事だ。

 だからそれ程珍しい事とも思えず、拾い集めたパンを口に運んでみれば……ガリッていった。

 小石がついちゃったかな、まぁ何でも良いや。

 そんな事を思いながらも、再びパンクズを口に運んだ瞬間。


 「っ!?」


 私にでも分かる程、恐ろしい空気が何倍にも膨れ上がった。

 ゾッと背筋は冷たくなり、冷や汗が止まらなくなる。

 それは周りの奴隷達も同じだった様で、皆鉄格子から離れたり、尻餅を付いたりしている。


 「では言い方を変えましょう。現在国のトップが変わり、奴隷の扱いもかなり厳重になっております。奴隷商売の仕組みが昔から存在している為、すぐに全てを改善する事が出来ないのは分かっていますが……しかしこの様な生活環境にある奴隷が居ると知れれば、どうなるでしょうね? 大事にしなくとも、このお店の奴隷は質が悪い、商品を管理する態勢さえ整っていない。なんて話が出回ると、どうなってしまいますかね?」


 「……チッ、好きにしな」


 なんて会話の後、ガチャッと鉄格子が開く音がした。

 そして。


 「大丈夫ですか? これを飲んで下さい、でもまずはうがいからですかね? 先程のパンにゴミが付いていたようですから」


 私に向かって水筒を差し出して来る……シスター?

 こんな暗闇の中でも金色に輝く髪、吸い込まれそうな程真っ青な瞳。

 その全てが、美しいと感じる程。

 奴隷商に関わる事の無さそうな女の人が、優しい笑みを浮かべていた。


 「……天使様?」


 ポツリと、そんな言葉が零れた。

 もしかして死期の近い私を迎えに来た、とかだろうか?

 ぼうっとする頭で、馬鹿な事を考えていれば。


 「違います、私はただの人間。貴女と一緒ですよ」


 ニコッと柔らかく微笑む彼女は、温かいその手で私の掌を包んでくれたのであった。


 ――――


 「新しい子達が入りました。ノイン、普段から大変だとは思いますが、少し注意してあげて下さい」


 本日あまり良い噂を聞かない奴隷商で、数名の子供達を買って来たという話は聞いていた。

 しかし院長いわく、一人だけ少々問題がある子が混じっているそうだ。

 何でも随分と幼い段階で奴隷に出され、心を閉ざしている様な状態だとか。

 俺は十五の時だったから、色々と心の準備も決心も出来たが。

 これが十にもならないちびっ子だった場合、そういう訳にも行かないだろう。

 ミナミから聞いた話では、奴隷商で売られている安い奴隷の生活は地獄だと聞いた。

 そんな環境に急に放り込まれ、ろくに食べ物も与えられず、周りの奴隷達からも虐げられる。

 想像する事しか出来ないが、想像しただけで生きる希望さえ失ってしまいそうだ。


 「了解です。けど、この手の案件ならシロやミナミにお願いした方が適任じゃないですかね? 俺はその……完全に理解してやれる訳じゃないですから」


 二人なら、同じとは言わなくても似た経験をしている。

 俺なんかより、ずっと共感は得られると思うのだが……。


 「もちろん彼女達に任せた方が、言葉にも説得力はあるでしょう。しかし、今の若手のリーダーは君だ。どうしても無理なら我々で対処しますが、どうかお願い出来ませんか?」


 「いやまぁ、そういう事にも慣れろって事ならやりますけど……なんか含んだ言い方ですね」


 ナカジマさんの言葉に思わず首を傾げてみれば、彼は少しだけ困った様子で笑って見せるのであった。


 「私が気にし過ぎているだけかもしれませんが……あまり“共感出来る”という理由だけで二人に任せたくないんですよ。それっぽく言うのなら全体に仕事を回す為、今後同じ状況でも対処出来る人間を増やす為。私個人の意見で言うのなら、その……二人にあまり昔を思い出す様な真似をして欲しくないんです。もちろん保護した子が最優先にはなってしまいますが、彼女の姿を見て二人が傷つかない訳ではないんです。なんて、本人達に言ったら怒られるんでしょうけどね」


 つまりはまぁ、ナカジマさんにとってあの二人も守る対象だって訳だ。

 戦闘能力で言ったらまた違うのだろうが、今言っているのは心の問題の方だろう。

 しかも悪食じゃ、やけに上の者が下の者を守るという認識がある。

 相手の実力や心の強さを知っていても、そこを言い訳にせず小さな痛みにさえ気を使ってしまうのは、この人らしいと言えばらしいのだが。


 「知りませんよ? 未だ過保護に扱われてるなんて知られたら、反感買うと思いますけど。特にあの二人は」


 「でしょうね。だから貴方にお願いしているんですよ、ノイン。貴方が新人の面倒を見るのなら、どこからも角が立ちませんから。それにこちらはこちらの仕事もあります、適材適所という事で」


 それを都合の良い人材という気がしないでもないが、まぁこればかりは俺の仕事だろう。

 ただし。


 「“俺達”で対処させてもらいますよ? 院長からすればノアを使うのも気が引けているんでしょうが、そこはこっちで判断させてもらいます。ノアとあの二人じゃ、決定的に違う箇所だってあるんですから」


 「保護されている立場を自覚しているか否か、という所ですかね。頼もしくなりましたね、ノイン。君に若手のリーダーを任せて良かった」


 そう言って笑うナカジマさんだったが。


 「そういう言い回し、オヤジ臭いですよ? なんかあの三人を思い出します」


 「ははっ、元々私はリーダー達より年上ですから。それより、彼女の事を頼みますね」


 「えぇ、コレも年長組の仕事です。ミナミとシロに比べれば、“そういう意味”じゃ俺達やノアの方が適任かもしれません。なんたって、甘えられる誰かを知ってるんですから。後がなく対等に立とうとする人間と、助けてくれる奴等を知ってる奴は、根本から違うもんです。ちょっと嫌な言い方になっちゃいますけどね」


 「自覚して、受け入れて。それでも、たとえ虚勢でも胸を張る。大人になりましたね」


 「だぁかぁらぁぁ」


 「ハハハ、すみません。私も良い歳ですからね」


 そう言って笑うナカジマさんも、初めて彼を見た時に比べれば白髪が増えた。

 人族の一生は、他種族に比べれば短い。

 だからこそ、たった数年でこうも年月を感じてしまう。

 こればかりは仕方のない事なのだが。


 「俺は、ちゃんと成長してますかね……未だ皆の世話になってばっかりで、一人前になり切れない俺は」


 グッと拳を握りしめながら、そんな事を呟いてみれば。


 「それこそ、成長した証ですよ。誰かに迷惑を掛けている事を自覚し、誰かの助けになろうと動き、そしてまだまだ自らは未熟だと言葉に出来る。一括りに“大人”と言っても、ソレが出来ない人間の方が多いくらいですから。君は、ここに来たあの時よりずっと大人になりました。これからも期待していますよ? 悪食のリーダーを継ぐのでしょう? きっとソレは、君にしか出来ない事だ」


 彼は何処までも優しい笑みを浮かべながら、そんな言葉を返してくれるのであった。

 あぁくそ、この人の言葉はいつだって優しくて厳しい。

 言葉の節々に俺を子供扱いする気持ちを隠しながら、それでも認めてくれている。

 “先生”。

 その言葉がやはり、一番しっくり来る気がするんだ。

 俺は、この人から多くの事を学んで来た。

 狩りも、戦闘も、人の動かし方だって。

 今回みたいな事を含め、人の生かし方や生きていく術さえ教えてもらった。

 時に厳しく、常に優しく。

 この人は、俺達の見える所ではいつだって笑っている人なのだ。


 「ナカジマ先生。俺、ここに来られて良かったよ」


 思わずニヘラッと緩い笑みを浮かべてみれば。


 「そうですか。そう思ってくれる場所を作れたのであれば、本望です。ならばノインも、引き継いでくださいね? 誰もが最後に逃げ込める場所がココである様に。責任重大ですよ?」


 「ははっ、キッツイ。けど、頑張ります」


 「よろしい、楽な仕事などありませんからね」


 ホント、この人は厳しい人だ。

 そんでもって、ここまで大きくなってしまった悪食を継ぐというのは、生半可な気持ちでは務まらない。

 だからこそ、今一度気を引き締める必要があるのだろう。


 「ノインに対して今更言う事ではないかと思いますが。貴方の盾は皆を守れる盾です。その盾の内側を、守っている皆を安心させる盾であってください。悪食のリーダーとは、そう言う存在ですから」


 「ほんっと、仕事が多いっすね。“デッドライン”やりながら“楽園の守護者”やれって事ですもんね。“疾風迅雷”はエルにでも任せます」


 「全てを一人で背負う必要はありません、が。リーダーともなれば誰よりも背中で語る事が多くなるでしょう。今から彼等に教わっておく事ですね」


 「ひぇぇ、了解です。せんせ」


 二人して笑みを溢しながら、俺は院長室を後にした。

 さってと、そんじゃ仕事しますかね。

 俺達のパーティの仕事もあるから、空いた時間でって事にはなっちまうが。


 「ノア、エル」


 「ん」


 「終わった!? 何だって!?」


 物陰からすぐさま姿を現したエルと、通路の向こうから慌てて走って来るノア。

 俺達の話が気になっていた御様子で、さっさと聞かせろとばかりに隣に並んで来た。

 今の俺にはパーティが居るのだ。

 だったら、俺一人で抱える必要など無いのだろう。

 どっかの頼もしい誰かが、周りの皆を頼りまくっているみたいに。


 「なに、大した事はねぇさ。いつも通りちびっ子の世話だよ」


 そんな事を言いながら、“問題”の彼女の資料を二人にも見せてやるのであった。

 さぁて、それじゃ。

 まずは腹いっぱい食って、遊んで、ここに馴染んでもらわねぇとな。

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