第205話 楽園の守護者 2


 ドガンッ! なんて重い音が響き渡るモノの、相手はこれと言って怯んだ様子も無い。

 というか、盾に大した傷さえつかない。

 ひゃぁ、やっばぁ。

 ウチのタンク、マジで固すぎ。

 とか何とか考えながら相手の視界から外れ、脇に飛び込もうとしてみれば。


 「はいはいコッチー、アイリさんは分かりやすいですねぇ」


 「あぁもう何で!? 相性の問題なの!?」


 全く見ていない筈なのに、アズマさんはスルッと目の前に大盾を差し出して来る。

 今更どうしようもなく、振り上げた拳を盾に叩き込んでみるが……結果は同じ。

 ろくにダメージは通らず、重い音が響き渡るだけ。

 演出としては上々だろうが、戦闘してはまるで歯が立たない状態。

 もうぉぉ! どうやったらこんなの攻撃が通るのよ!

 とかなんとか、頬を膨らませながら後退してみれば。


 「おぉ!? 今日もアイリの負けか?」


 「流石にアズマの盾を抜くのは無理だろ……俺は賭けねぇからな」


 いつの間にか集まっていたらしいギャラリーが、やけに騒がしい声を上げている。

 それだけならいつもの事だが、今日は何故か支部長まで居るのだ。

 何か美味しそうな骨付きチキンを齧りながら。


 「アイリ、お前とアズマの戦闘スタイルではどうしたって貫く事は出来ない。あるとすれば相手の盾以上の高火力か、小手先の“騙し技”だ。よく考えろ」


 えらく格好良い助言をしてくれているが、必死に鶏肉に齧りついてはモグモグモグモグと。

 支部長は応援に来たのかお昼を食べに来たのかどっちだ。


 「あぁ、もうっ! アズマさん、“装備”も使うからね」


 「はいはいどうぞ~。北君や中島さんの装備なら、ふざけんなっていいますけど。ガントレットなら、まぁ」


 「……発言がもう魔王のソレなのよ」


 そんな事を思いながら、拳を構えてより一層腰を落とした。

 特大の一発、私の趣味全開装備。

 それを準備しながら、どうにか懐に飛び込む。

 私たちの勝負は、そこからじゃないと始まらないのだ。

 という事で。


 「ッシ!」


 まずはかく乱。

 上段下段と織り交ぜながら、拳と足で相手の注意を削ぐ。

 しかしながら身長差のせいもあって、軽く盾を動かす程度で対処されてしまったが。

 だが、それで良い。


 「そこぉっ!」


 相手が私の動きに慣れて来た頃。

 盾と盾の間に向けてガントレットを突き出して、トリガーをひき放った。

 ズドンッと盛大な爆発音と共に、衝撃と煙が広がった瞬間。

 思い切り身を低くして盾の横を走り抜けた。

 私にとっての最大火力を、囮として使う。

 これならいくらアズマさんでも、少しくらい警戒してくれるだろう。

 なんて、思っていたのだが。


 「ほいっと」


 おかしい、なんでだ?

 盾を避けて走り抜けた私の前に、“三枚目”の盾があるのだ。

 思わず「はいぃ?」とか間抜けな声を洩らしてしまったが。

 すぐ近くの盾の内一枚。

 それは彼が“パイルバンカー”と呼んでいる杭で、地面に突き刺さって自立していた。

 彼の使う盾は籠手に装備する様にして固定されている、だから戦闘中には外さない筈。

 そんな認識を、逆に利用されてしまった訳だ。

 だがしかし、今ここで止まる訳にもいかず。


 「んあぁぁぁ、もうっ! “インパクト”ォォ!」


 もはや諦めを含んだ気持ちで、攻撃に魔術を乗せてみれば。

 意外や意外。

 彼は数歩だけたたらを踏んだ。


 「おぉ、今の一撃良いですね。盾の芯にドンピシャでジーンって来ました。凄いですアイリさん!」


 何故か嬉しそうに、彼は大盾から顔を出した。

 でも、通った。

 倒せる云々のレベルではないけど、確かに彼に通用したのだ。

 私の拳が、アズマさんの盾を後退させたのだ。


 「いよしっ! アズマさんが動いたぁ!」


 「え、いや。動きますよ僕も、生き物ですから」


 何やら意味を捕らえ違えたらしい彼が、困った雰囲気を晒しながら再び盾を構える。

 そう、これで終わりじゃないんだ。

 狩りってヤツは、自分の実力が証明できれば終わる訳じゃない。

 だからこそ、最後まで気が抜けない。

 相手に勝つまで、戦い続ける覚悟が必要なんだ。


 「続けていくよ?」


 「どうぞ? いくらでも」


 何やら余裕を振り撒く彼に、ニッと口元を吊り上げてから思い切り姿勢を低くして踏み込んだ。

 殴るべき場所は覚えた、彼の“絡め手”も一度見た。

 ならば、私に出来る事は。


 「真正面から、ブッ叩く!」


 全身の力をフルに使いながら魔力も行使して、ガントレットも準備万端。

 次は絶対にあの盾を逸らして、一発でも鎧に叩き込んでやる!

 なんて、思っていたのだが。

 つま先に、ズルッと良く分からない感触を覚えた。

 それと同時に、身体のバランスが全て崩れていく。


 「え、ありゃ?」


 「アイリさん!」


 アズマさんの叫び声が聞こえたと同時に、天地が反転した。

 最初は何が起こったのか分からなかったが、吹っ飛んだ今なら分かる。

 全力で身体強化を使い、更に速度の乗った体。

 その状態で私は、自分のスカートを踏んづけたらしい。

 思い切り顔面から地面に激突し、その反動で宙に浮かぶほど。

 いったぁ! とか言いそうになったけど、それどころではない。

 急な衝撃と言うこともあり、意識が朦朧としながら体が浮いた。

 やっぱロングスカート、私に合わないわ。

 なんて事を思いながら、大人しく瞼を閉じて午後の仕事をサボろうとしたその時。


 「あっぶな! アイリさん、大丈夫ですか!?」


 大盾を投げ捨て、私の下に滑り込んで来た大きな影が一つ。

 非常に間抜けな自滅行動だったろうに、彼は笑いもせず私の救護に回ってくれた。

 とは言っても、今はとてもではないがお見せできる状態ではないので顔は隠させて頂きますが。


 「だ、ダイジョウブなので降ろして頂けるとウレシイです」


 真正面から地面に激突したせいか、鼻血が噴射したのだ。

 めっちゃ痛い。

 けど、ドバドバしている所を見られたくない。

 そんな訳で、鼻と口元を押さえながら彼の腕の中に納まっていれば。


 「救護班! 急げ!」


 支部長の声と共に、此方に走って来る人々の足音。

 あっちゃぁ……コレはまた、後でお小言言われるかも。

 なんて思いながら、大人しくアズマさんの腕に抱かれていれば。


 「えっと、今度からロングスカート履いての戦闘は無しでお願いします」


 「……あい、ずびばせん」


 壮大な自滅を繰り広げた私は、もはや大人しく謝るしかないのであった。

 コレ絶対帰ってからクーアに怒られるヤツ……なんて、思っていたのだが。


 「あと、予備のスカートとかあります? その、さっきまでのはちょっと使い物にならなそうで」


 やけに視線を逸らすアズマさんが新しい大盾出して、私の体隠している。

 はい? とか間抜けな声を上げてみるが、視線を下ろして初めて自身の状態に気付くのであった。


 「ピギャァァ!」


 「えぇと、タオルとかあるので、とりあえずそれでどうにか……」


 私の全力の一歩は、全く相手に対して効果が無かったが。

 それでも私のスカートに甚大な被害を与えていたらしい。

 思い切り踏み込んだその足はスカートを踏みつけ、ソレを無視して体は前進した。

 結果、脱げた。

 というか、破けてどっかに吹っ飛んで行った。

 今では下半身下着丸出しの状態で東さんの腕に抱えられ、彼の盾により周囲から隠されている。

 流石は楽園の守護者。

 楽園かどうかは知らないが、私の花園は周囲から隠してくれていたらしい。


 「ほんっとぅにすみません……」


 「いえ、その……こっちこそすみません」


 そんな台詞を洩らしながら、私はもはや何も言えなくなって顔全体を隠すのであった。


 ――――


 「んあぁぁぁ、もうっ!」


 夜の酒の席、うがぁっ! と吠えてみれば、周りからは呆れた視線が向けられてしまった。


 「どうしたアイリ、またナンパでもされたか?」


 カッカッカと笑いながら、キタヤマさんに声を掛けられてしまう。

 しかし、違うのだ。

 それくらいなら、ここまで荒れたりはしない。


 「キタヤマさんは、仲間に格好悪い所を見せちゃった時、どう挽回しますか?」


 グビグビとお酒を呷りながら、そんな事を言ってみれば。

 彼はヘッと笑いながらキッチンに戻っていった。

 おぉいちょっと! 何処に行くのよ!? 話聞いてよ!?

 なんて思っていれば、彼はキッチンから新しいおつまみを持って現れ、真正面に腰を下ろした。


 「なんだよ、“また”なんかやらかしたのか?」


 「うっさいですよ。んで、どうなんですか?」


 ニヤニヤする彼に対して口を尖らせてみれば、彼はう~んと唸りながら首を傾げた。

 全く、兜を被ったままだというのに分かりやすい。

 本格的に“飲み”が始まれば外すのだろうが、現状はいつもの厳つい兜を被ったままだ。

 そして、そんなゴツイ黒鎧が言い放つのだ。


 「多分な、挽回とか無理」


 「ちょっとぉ!? 会話終わっちゃいましたよ!?」


 バンバンとテーブルを叩いてみる訳だが、彼は楽しそうに笑っている。

 ちくしょう、こっちは結構本気で悩んでるってのに。

 なんて、恨めしい瞳を向けてみれば。


 「そもそもよ、挽回出来るモノってのは結果やら功績じゃねぇか? 人間相手に使う言葉じゃねぇ……気がするんだよ」


 ほぉ、コレはまた。

 彼にしては珍しく難しい台詞が飛び出したモノだ、なんて思って聞いていれば。


 「なんか失敗しちまったら、相手にはその記憶が残る。だったらこの先その記憶を持ちながら相手と付き合っていく訳だ。挽回云々、取り戻す云々じゃなくて。ソレ込みで付き合っていくしかねぇんじゃねぇの? “向こう側”で覚えたのは、そういう感じだったな。一回やらかせば、その失敗はずっと付いて来るもんだ」


 「今日は随分深い事言いますねぇ……」


 「うっせ、茶化すならこれで話は終わりだ」


 「あぁ! ごめんなさい待って待って!」


 立ち去ろうとするウチのリーダーを必死に止めて、もう一度席に座らせてみせたが……何を話せば良いのやら。

 ポリポリと頬を掻きながら、押し黙っていれば。


 「こうちゃーん、東しらねぇ? ちと仕事を頼もうかと思ったんだけどよ」


 リビングの向こうから、ニシダさんが顔を出した。

 そんでもって、こっちもこっちで気安い感じに。


 「あぁ、東なら庭に居るんじゃねぇか? ジャーキーの下準備を頼んだら、思いの外拘り始めちまって。なんでももう少し手を加えたいんだと、まだ作ってるかもしれん」


 そんな返事を返すキタヤマさん。

 何というか、思わず笑ってしまった。

 三馬鹿は誰も彼もどこか凝り性で、一度何かに集中し始めるとどこまでも真剣になってしまうのだ。

 きっと今でも暗い中、アズマさんはお肉を一枚一枚真剣に観察しながら塩でも振っているのだろう。


 「ったくもぉアイツは、明るい時にやれば良いのに。本当ジャーキー好きだよな」


 「まぁ仕方ねぇだろ。昔は“西君がお金に困らない様に、僕らがおつまみ作って出費減らそうよ!”って言ってたくらいだからな。ツマミにはこだわりがあるんだろ」


 「ぬぉぉぉい! ソレまるっきり俺のせいじゃねぇか! 今から止めて来る、明日にしろって言ってくるからな!」


 ズダダダッと走り去るニシダさんを見送ってから、何だか安心した様なため息が漏れた。


 「ほんと、昔っから仲良いんですね。でも意外です、アズマさんも自分の意見を押し通す事があるんですね? 見ている限り、二人に合わせる事が多い様に見えますけど」


 羨ましいなぁ、なんて思いながら言葉を紡いでみれば。

 今度はキタヤマさんから呆れたため息を溢されてしまった。


 「アイツは結構頑固だぞ? 確かに周りに合わせる事は多いが、“コイツにやってやりたい”って思った事は、ぜってぇ自分でやる。今のジャーキーもだけどよ、東自身がしてやりたい相手が居ると思えば、アイツは意地でも一人でやるんだよ。いくら失敗しても、時間が掛かっても。何度も挑戦して、納得いくまでやっちまうんだ。仕事でもそうだったんだぜ? すっげぇ細けぇの、苦手な癖に」


 「へぇ……それこそ意外です。もっと受動的というか、流されるタイプだと思ってました」


 非常に勝手な想像というか、今までの印象での話だが。

 彼はリーダーの命令には逆らわない。

 というよりも、自分の意見を言わない様な雰囲気があったのだ。

 だからこそ意外と言うか、何というか。

 そんな事を思いながら、グビリとお酒を喉に流し込んでみれば。


 「俺が“守れ”なんて言った影響なのかは知らんが、アイツはビビりの癖に誰よりも先に相手の前に飛び出していく。今じゃ余計にだ。守りたいモンが増えたからって言って、馬鹿野郎って叫びたくなる状況でも先頭に立つんだよ。困ったもんだ」


 ハハッと笑いながら、彼もまた兜を開いてお酒を飲み始めた。

 脱げば良いのに、なんて思ってしまうのは今更なんだろうが。


 「ソレがアズマさんの拘りですか? なんというか、本当に意外ですね。誰しも拘りを持って、譲れない部分がある。ソレが見えて来ただけでも、“家族”になった甲斐があったってもんですかねぇ」


 ふぅ、と息を吐き出してみれば、彼は此方のグラスにお酒注いでから笑うのであった。


 「そう大した事じゃねぇさ。西田は俺等と合わせる時と何か隠したい時、言葉と態度がいつも以上に軽くなる。東は男女問わず、気に入った相手に対して何かやってやりてぇって気持ちが強い。ただそんだけだ」


 カッカッカと笑いながら、彼は再びグラスを傾けた。

 なるほど、多分こういう所なのだろう。

 二人が、皆が彼をリーダーと認めるのは。

 勿論行動や言動、結果も伴っている今では認める以外ないって程まで来ている訳だが。

 それでも、この人は皆を見てくれている。

 自分に合った仕事を割り当てて、その人に合った役割りをどんな事態でも与えてくれる。

 そして何より、認めてくれるのだ。

 自分はここに居て良いのだという、理由をくれる。

 ほんと、人たらしも良い所だ。

 などと思いながら、こちらもグラスを傾けてみれば。


 「あぁ、そういや東。最近お前に弁当届けに行く係誰にも譲らねぇな」


 「ブフッ!」


 思わず、お酒を吹き出してしまった。

 いや、うん。

 急に何を言い出すのさ。


 「支部長が飯買いに来た時も、チビ共が飯を届けに行く時も。ここんとこ、“アイリさんのご飯届けに行ってくるね”って、サラッと外出するなと思ってよ。別に代わるって声を掛けた訳でもねぇけど」


 「気に入って頂けた様で何よりデス……」


 真っ赤な顔でゲホゲホしながら、視線を逸らして見せれば。

 彼は愉快そうに笑いながら、更に酒を注いでくる。


 「昼飯の後の腹ごなしに付き合わなきゃだから~みたいな事は言ってるけどな。ま、口を出すつもりはねぇさ。好きにやってくんな」


 「……あれ? 三馬鹿は女絡みだと制裁が激しいんじゃなかったの?」


 思い出されるのは、キタヤマさんが受けた数々の体罰。

 だというのに、彼は静かに笑って見せるのであった。


 「そんなもん、周りに人が居るからってだけの賑やかしだよ。マジでキツかった体罰もあったがな……だがまぁ周りを含め、全部“冗談”で済む様に気を使ってくれてんのさ」


 「いや、え? 本当に? 一晩土に埋められたりしたよね?」


 「そんな事もアッタナー」


 彼は遠い目をしながら、虚空を眺めた。

 しかし。


 「ま、何はともあれ。騒いでどうにかなる状況ならまだしも、本気だってんなら応援するさ。ギルみたいに、どこからどう見てもネタにしろって雰囲気なら全力で乗るが……そうじゃないなら、まぁなんだ。昔からの付き合いだからな。一人が幸せになんなら、俺等皆で喜べるくらいに仲が良い訳よ。あぁでも、だからって気を使う必要は無いからな? お前はお前で、好きに人生謳歌してもらう方が俺等としても嬉しいからよ」


 「ったく、なんで最後に保険を作るんですかねぇ。貴方達は」


 「性分なんでね」


 そんな事を言いながら、二人してグラスを合わせるのであった。

 まぁ、つまりなんだ。

 私も好きにしろって事なのだろう。

 ほんっと、緩いなぁ“悪食”は。

 普通のクランなら恋愛禁止とか、下手したらリーダーのハーレム状態になったりしてもおかしくないのに。

 ここは、本当に人が集まっただけ。

 ただただ気に入った連中が集まって、後は好きにしろと言う。

 そして何より、“何かあった”時には全員が全力でお祝いしてやるぜと言わんばかりの雰囲気。

 何度も思うけど、緩いなぁ。

 やっぱ、私このクラン好きだわ。

 そんな事を思いながら、私は今日もお酒の入ったグラスを傾ける。

 ここには一緒に飲んでくれる上に、皆して馬鹿になれる面々が揃っているのだから。

 今日だけはちょっと、人数が少ないが。


 「あ~ぁ……今度はもっと可愛いの履いておく様にしよ」


 「え、何それ。ちょっと詳しく」


 「うっさいバーカ」


 そんな会話をしながら、私たちは遅くまでのんびりと今日という日を過ごすのであった。

 いやぁ、のんびりだぁ。

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