第204話 楽園の守護者


 「ぬあぁぁぁぁ……もう駄目。書類仕事飽きた」


 「アイリー、まだ休んじゃ駄目だよぉ?」


 キーリから丸めた書類でポコポコと頭を殴られてしまうが、もはやヤル気が彼方まで飛んで行っている。

 いつになったら私は悪食一本で生きて行けるようになるのだろうか。

 というか、いつになったら完全に引き抜いてくれるんだろうか。

 いつかはきっと! なんて思いを馳せながら受付嬢兼用でウォーカーをやっている訳だが。


 「ウチのリーダーは適当だし、支部長が絶対辞めさせてくれないし。二人は何だかんだ仲良いから、私には現状維持の未来しか見えなぃぃ」


 「大変だねぇ、アイリも。私はウォーカーとして働くなんて想像も出来ないよ」


 「いや、むしろ逆なのよ。受付仕事の方が辛いのよ」


 「見てれば分かるけど……そう言う事じゃなくてね? 全く、アイリはもう少しゴリラ癖直そうよ。それじゃいつまで経っても貰い手が見つからないよ?」


 「ゴリラ癖って何!? どういう事!? 私最近そんな風に言われてんの!?」


 今、とんでもない新情報が飛び出した気がする。

 言った本人は呆れ顔で「今更でしょ」とか仰っている訳だが。

 え? 本当に?

 二つ名ゴリラから、ゴリラ癖がある女に変わったの?

 どっちが良いのかなんか分からないが、とりあえずゴリラである事は間違いないらしい。

 ふざけんなよ? 何処のどいつだ、そんな事を言い始めたのは。

 なんて思ってギルド内に鋭い視線を向けてみると、皆揃って目を逸らした。

 容疑者が多すぎて絞り込めない、困った。

 などと遊んでいれば。


 「受付さん、随分可愛いね。どう? 仕事終わったら俺と食事とか」


 やけにキザッぽい台詞吐くウォーカーが、玄関を抜けてから一直線にこちらに歩み寄って来た。

 最近は外国との交流もあり、知らない顔が随分増えたのは知っていたが。

 なんか多いぞ、ここの所。


 「はぁ? 誰よアンタ」


 「アイリー! 仕事中仕事中!」


 思わず眉を顰めながら口を開いてしまったが、キーリからポカポカと殴られて正気に戻った。

 今は受付嬢だった、危ない危ない。


 「いらっしゃいませ、イージスのウォーカーギルドへようこそいらっしゃいました。他国のウォーカーの方ですか? でしたら先ずは、此方のギルドでも登録手続きをお願いできますでしょうか? もちろんランクやレベルを加味した上で、相応しいお仕事をお願いさせて頂きま――」


 「今の俺に一番ふさわしい仕事は、君をベッドに誘う事かな? おっとすまない、先ずは自己紹介――」


 「どっせぃ!」


 相手の言葉が終わる前に、右の拳をぶち込んだ。

 盛大に吹っ飛んでいくイケメン風を吹かせたウォーカーが一名。


 「だからそういうの不味いってアイリぃ!」


 「いや、だって、ねぇ? あ、でも加減はしたわよ?」


 「加減しても人が吹っ飛んでいくからゴリラって言われるんでしょ!?」


 酷い御言葉を頂いた気がしたが、吹っ飛んだ相手もムクリと起き上がって……再び微笑んだ。

 おぉ、意外。

 結構根性のあるタイプの様だ。


 「素晴らしい、もしかして貴女はウォーカーから受付嬢になった口ですか? 強い女性は、俺の大好きなタイプでして――」


 「その辺にしたらどうだ? ウチの支部であまり問題を起こされても困る。ナンパなら他所でやってもらおうか」


 鼻血を噴射しながら立ち上がった彼の真後ろに、支部長が立っていた。

 物凄くおっかない顔で見下ろしながら、片手に大きなバスケットを持って。


 「おかえりなさーい。外の仕事とか言いながら、悪食ホームでご飯買って来ましたね? サボりですよサボり」


 「黙れアイリ、お前はもう少し昔のお前を思い出せ。今じゃ猛獣と言っても過言ではない」


 「誰がゴリラか!」


 「お前だ馬鹿者!」


 何て会話を繰り広げていれば、鼻血を出した彼は支部長に食って掛かるかのように、彼の襟首を掴み上げた。


 「どこの誰だか知りませんが、良い雰囲気の所を邪魔しないで頂けますか?」


 あ、コイツ駄目だ。

 身体能力も大した事無ければ、観察力も終わってる。

 駆け出しとかであれば、まだ微笑ましい瞳を向けてあげられるが。

 どうにもそう言う歳でも無さそうだし。

 どっかの三馬鹿みたいに三十路間近で登録した訳でもないだろうに。

 なんて、呆れたため息を溢していれば。


 「あぁ、これは失礼。どうにも“良い雰囲気”には見えなかったものでな。自己紹介が遅れてしまってすまない、私はこの支部を預かっているクロウ・ヴァーブルグだ。以後お見知りおきを」


 額に青筋を拵えた支部長が、ニコォっと満面の笑みを浮かべる。

 うわぁ、あんなだからウチのリーダーに顔面凶器とか言われるのに。

 むしろウチのリーダー以外、そんなふざけたセリフを本人に言う人も居ないけど。


 「え? あ、もしかしてここの支部長……」


 「だからそう言っている。それで、本日はどんな御用かな? 受付嬢にぶん殴られて吹っ飛んでいる様では、少々魔獣相手は厳しいかもしれん。訓練所か、雑用から始めた方が良いかもしれないな。こんな事を言われたくなければ、あまりギルドで騒ぎは起こさない事だ」


 「いや、別に俺は――」


 未だ言い訳を続けようとする彼は、言葉が喉に詰まったかの様にビクッと震えてから静かになってしまった。

 一応言っておけば、支部長の強面にビビった訳ではない。

 会話の途中で、支部長もろとも包み込むような影が背後から迫ったのが原因なのだろう。

 入口付近で説教を始めようとしていた支部長、その更に後ろに……“魔王”が立っていた。


 「お邪魔しますよぉ~、アイリさーん。お昼、持って来ましたよー?」


 「なっ、なぁ!?」


 「すまないが余りギルド内で大声を上げないで貰って良いか? ウォーカー以外にもお客様がいらっしゃる。それは他所でも変わらないモノだと思っていたが? それからアズマ、よく来たな。アイリの昼飯くらい、さっき渡してくれれば一緒に運んだというのに」


 「いえいえ、量も多いですから。お得意様だからって頼ってばかりじゃ悪いですし。あ、それからこれ、差し入れです。皆で食べて下さい」


 「おぉ、すまん。今週は休みだったな、ゆっくりしていってくれ。シーラの方から送られて来た珈琲を出そう」


 アズマさんの姿を見て腰を抜かすどこぞのウォーカーに、普通に接している支部長。

 うん、知らない人から見たらさぞ恐ろしい光景だった事だろう。

 ウチのギルドでは、結構普通の光景だが。


 「それで、なんだったかな? アイリと“良い雰囲気”になった他所のウォーカーだったか? 用件を伺おうか」


 絶対わざとだ。

 今の雰囲気を最大限利用しながら、問題を起こしそうなウォーカーにドデカイ釘を刺そうとしている。

 そんな支部長の後ろで。


 「へぇ……僕も個人の恋愛にうるさく口を挟むつもりは無いけど、ねぇ?」


 ガツンガツンと拳を打ち鳴らすアズマさん。

 もはや慣れたが、受付嬢がナンパされている時に一番効果的な見た目をしているのが彼だ。

 キーリも何度か助けてもらったらしく、三馬鹿の中で一番彼に馴染んでいる。

 まぁ要は、初見だとそれだけ怖いって事になるんだが。


 「あの……他国のウォーカーです、一時登録……お願いします」


 「では、カウンターへどうぞ? 今後はあまり目に余る行動はしないことだ。他所では知らんが、ウチのウォーカーは仲間意識が強くてな。それは受付嬢も含まれる」


 「はい……」


 そんな訳で、今回の騒動は幕を下ろした。

 無事解決、順風満帆。

 とか言えれば良かったのだが。


 「アイリさんお待たせ、今日のお昼持ってきましたよー」


 えらく緩い声を上げながら、カウンターにドカッとデカいバスケットを置くアズマさん。

 うん、嬉しいです。

 嬉しいんですけどね?


「ア、 アイリ。まさかこれ全部貴女が食べるの?」


 同僚からはえらくドン引きされた眼差しを向けられ。


 「あぁ……悪食だもんな。なんとなく理解出来るっつぅか……」


 「アイツ等食う量ヤバイもんな。でもアイリもあんなに食べるのか?」


 何か、そこら中からヒソヒソと聞こえて来るんだが。


 「いやでも、あのスタイルだ。全部胸に行っている可能性も……」


 「馬鹿お前、アイリの戦闘見た事あるだろ? 腕力だ腕力、全部筋肉になってんだよ」


 も、もう止めて……。

 プルプルしながらアズマさんに視線を向けていれば。


 「どうしました? あっ、大丈夫ですよ! 今日はアイリさんの好きな、牛ステーキ特盛入れましたから!」


 救いを求めた人に、思い切りトドメを刺された。


 「やっぱ悪食飯がゴリラ化の影響……」


 「いや、服で隠れてるだけでもしかしたらお腹辺りは……」


 もう嫌だ。

 どいつもこいつも嫁入り前の女に対して、ゴリラだ胸だ腹だと言いやがって。

 確かにね、最近は悪食も活動が大人しくなったからね。

 ちょっとお腹周りは不安だよ、前みたいに全力戦闘をずっと続けている訳じゃないからね。

 でも模擬戦いっぱいやってるもん。

 帰ったら毎日の様に子供達の相手してるし、終わったら三馬鹿メンツとだって勝負してるもん。

 だから太ってない……と、思いたいのだが。


 「アズマさん……お昼一緒にしませんか? 私一人では食べきれない可能性も――」


 「え? もしかして何処か体調が悪いんですか!?」


 心配させてすみませんでした、貴方はそう言う人でしたね。

 でも、少しは空気を読んでください。


 「お腹、出てないです……ほら」


 もはや涙目になりながら、制服のシャツをたくし上げお腹を見せようとしてみれば。

 ガタッとそこら中でウォーカーが立ち上がり、此方に向かって走って来る。

 驚きはしたが丁度良い、私のお腹は引き締まっているのだと、この機会に証明――


 「ウオオォォォォ!」


 ビリビリと響く声を張り上げながら、いつの間に大盾を二枚装備したアズマさんがズダンッ! と床を踏み締めた。


 「自重しましょう?」


 今では此方に背を見せる彼は、私の姿を隠す様に盾を拡げている。

 あぁ~、これはアレか。

 防衛してくれているのか。

 ほんと、なんかすみません。

 色々重なって暴走しました。

 なんて事を思いながらシャツを戻してみれば。


 「アイリさん、クーアさんに報告しますからね」


 「そこはリーダーじゃないんだ!? 確かにクーアの方がお説教長いけどさ!」


 割と真面目に、アズマさんからは御怒りを買ってしまったらしい。


 ――――


 「だって水着とか着ればお腹くらい見えるじゃないですか、だから良いかなぁって」


 「そういう問題じゃないんですよねぇ」


 二人してボヤキながら訓練場の端っこでお弁当を口に運ぶ。

 あぁ、美味しい。

 牛ステーキが挟まったサンドイッチ。

 非常にボリュームがあるし、何よりお腹に溜まる。

 しかもシャキシャキと食感の嬉しい野菜と、ガッと食べたくなるステーキソース。

 そんなモノを二人でバグバグと食べていた訳だが。


 「でもやっぱり昔に比べたら太ったんですかねぇ……食べ過ぎてる意識はありますし、動く量はまぁ、模擬戦はしてますけど」


 あははっ、と乾いた笑みを浮かべていれば。


 「そういうのは良く分からないですけど、別に良いと思いますけどねぇ」


 ボソッと気まずそうに呟くアズマさん。

 そう、悪食男性陣なら間違いなくこう答えるだろうと予想出来ているのだ。


 「そう言って頂けるのは嬉しいんですけど、やはり気になるものは気になりますよ。アナベルは一回集中すると食事を忘れる影響なのか、あり得ないスタイルしてますし。クーアはいくら食べても太らないという謎の胃袋。南ちゃんと白ちゃんに関しては今までの栄養不足の影響なのか、成長する事はあっても太る云々の話じゃないし。ハツミちゃんは……激務のせいですかね?」


 最後だけは同情してしまうが、それでも皆変わらないのだ。

 良い意味で変化はあっても、私の様に太るだなんだと気にしている人はいない。

 それこそ、夜中にとんかつなんかを食べてもケロリとしている御様子で。

 ずるい、皆ズルい。

 なんて事を思いながらも、モッモッ! とステーキサンドをがっついていれば。


 「女性ならではの“そういうの”はわかりませんけど、皆美味しそうに食べてくれるから僕は嬉しいですけどねぇ。料理でもやっぱり北君と西君の方が上手いから、僕が作った物でも美味しそうに食べてくれると、もっとおいしい物食べさせたいなって思いますし」


 そんな言葉を洩らしながら、まるでおつまみの様にステーキサンドを口に放り込むアズマさん。

 そういうのはズルいと思うんだ。

 三馬鹿メンツは特に、料理の際には皆楽しそうだ。

 皆と一緒に食べて、皆が幸せそうにしていればしている程。

 そう言う時のこの人達の感情は分かりやすくなる。

 例え兜を被っていても皆の表情が分かるくらいに、明るくなるのだ。

 だからこそ、食べ過ぎちゃうってのもある訳だが。


 「あぁ~もうっ! 馬鹿馬鹿しい! 結局は動いて力に変えちゃえば、余計なお肉は残らないって事ですよ!」


 「あははっ、確かにそうかもしれませんね。僕もあんなに食べてるのに全然太らなくて、やっぱり動いている影響なんですかね?」


 ちょっとビキッと来る発言である事は確かだったのだが。

 ソレ以上に、気になってしまった。

 三馬鹿メンツ、というかナカジマさんとかも含めて。

 男性陣、身体どうなってんの?


 「アズマさん、ちょっとお腹見せてもらって良い?」


 「へ? はぁ、別に良いですけど」


 えらく軽い雰囲気で、アズマさんが鎧を外した。

 そしてまくり上げられた服の向こうには。


 「なっ、え。マジかぁ……コレが“楽園の守護者”の体かぁ……」


 そこには、鉄壁があった。

 まさにバッキバキ。

 普段の食事量からは考えられない程、贅肉? なにそれ美味しそうだね? とか言わんばかりの肉体が、鎧の中には隠れていた。

 物凄く鍛えた男性の背中を見て“鬼神”なんて表現をするが、彼の場合にはお腹に宿っていた。

 いや、すっご。

 こりゃ私がいくら殴っても通らない訳だわ。


 「なんか恥ずかしいですね」


 「あ、ごめんね? お詫びに私のお腹も見る?」


 「遠慮しておきます」


 なんて、いつも通りの会話をしてから私はガントレットを装備するのであった。


 「はぁ……今制服ですよ? 汚したら大変ですよ?」


 「だぁーいじょうぶだって。軽く軽く、腹ごなし程度にお願いしまっす」


 にひっと子供みたいな笑みを浮かべて、手を合わせてみれば。

 大体彼は付き合ってくれる。

 三馬鹿の中で一番面倒見が良い彼は、我儘に答えてくれるのだ。

 他二人なら、そっけなくお断りされるタイミングだとしても。


 「はぁ、もう。仕方ないですね」


 ほらやっぱり。

 鎧を付け直してから立ち上がり、両手に盾を構えて立ち上がってくれた。

 三馬鹿随一の母性というか、我儘を聞いてくれるお母さん体質。

 何だかんだ妥協点を探して、こちらの我儘に答えてくれる癒し枠。

 私を含め、子供達も困った時はアズマさんに頼る傾向があるのは否定できない。

 ……あれ? これって私の精神年齢が低いって自分で言っている様なモノなんじゃ。


 「どうしました?」


 「あ、いえ。なんでもないでーす」


 改めてガントレットを構え無し、脚を開いて腰を落とした。

 あっちゃぁ。

 軽く考えてたけど、ロングスカートってやっぱ動きにくいわ。

 足に絡まって来る事この上ない。

 だがしかし、こっちから吹っかけた模擬戦なので、そんな事は言っていられる筈も無く。


 「いきます!」


 「いつでもどうぞ」


 思い切り踏み込んでから、彼の構える大盾に拳を叩き込むのであった。

 うっひゃぁ、全力で殴っても軽く防がれる。

 防御崩せる気が全然しないわぁ。

 なんて感想を残しながらも、諦めずもう一度拳を握り直すのであった。

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