第202話 名前
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今回のお話は三馬鹿男飯外伝『蒼碧の小物屋』要素が関わってきます。
未読の方は、そちらも読んで頂ければよりお楽しみ頂けるかと思います。
どうぞ、よろしくお願い致します。
※※※
「ニシダ、これも持って行きなよ! 皆で食ってくんな!」
「ひえぇ、ドラゴン祭りから暫く経つってのに。皆オマケがすげぇなぁ……」
「だっはっは! ありゃ確かにびっくりする程旨かったからね。こんなもんじゃ礼には足んないよ! あ、でも貴重なモノだってのは分かってるさ、また食わせろなんて言わないから安心しな」
「あはは、そりゃどーも」
両手にいっぱいに持った物品を、どうにかこうにかマジックバッグに突っ込んで行く。
今日の夜もつ鍋が食いたいって話になり、街の肉屋に買い物に来ただけなのだが。
「いやはや、影が薄い俺でも馴染んで来たって事なのかねぇ」
人当たりの良いこうちゃんや東ならまだしも、俺が買い物に出た時にこれだけオマケを貰えるのは珍しい。
まぁ普段は肉屋よりも、調味料やら何やらを探しに行く事の方が多いのだが。
あと一番よく行くのは酒屋か。
「影が薄い、ねぇ。よく言うよ全く」
呆れ顔の肉屋のおばちゃんと手を振って別れ、その場を離れた。
さて、目的は達成した訳だがどうしたものか。
一直線に帰っても良いが、せっかく出て来たのだ。
もう少し物色してから帰ろうか、なんて事を思っている時。
「ありゃ? こりゃまた珍しい」
知った顔が花屋の店先で困った顔を浮かべている。
彼女が一人で出かけるのは割と珍しいというか、大体はアイリさんと一緒に買い物に出ていたと記憶していたのだが。
とはいえお出掛け中の女性を影から観察する趣味も無く、見かけても声を掛けない程の淡白な関係という訳でもないので。
「アナベルさーん、どしたの? 今日は一人でお出掛け?」
そんな声を上げながら、手を振って歩み寄ってみれば。
「あら、ニシダさん。奇遇ですね、こんな所で。お花を買いに……って訳ではないですよね?」
「まぁね、俺等は花より肉なんで。今日の晩飯は期待して良いよ?」
グッと親指を立ててみれば、彼女はクスクスと小さな笑みを溢した。
いやぁ、ホント。
同じクランの仲間に対して毎度こんな事を思うのもアレかも知れないが、美人だわこの人。
ここ最近ではアイリさんの影響か、色んな服を着る様になったし。
花屋の店先って影響もあって、とてもじゃないが“魔女”と恐れられていた人にはとても見えない。
「そんで? 何買うか迷ってる感じ? ちょっと花に関しては詳しくないから口出しは出来ないけど、毒草とか薬草なら分かるけどね。あ、ていうかお邪魔な様なら俺は撤退致しますが」
冗談交じりに言い放ってみれば、彼女は未だ小さな微笑みを溢しながら店の方へと視線を向けた。
「せっかく休みに街中で会ったんですから、少しくらい付き合ってくれても良いじゃないですか。それから、ニシダさんのそう言う所良くないですよ? 最後に絶対予防線を張る癖。私たちが皆を邪魔に思う事なんてありませんよ」
「ハッハッハ……いや悪い、こればっかりは結構癖になってて」
「ゆっくりで良いですから、直しましょうね?」
ちょっと痛い所を突かれて、大人しく両手を上げてみれば。
まるで年上の優しいお姉さんって雰囲気で注意されてしまうのであった。
見た目的には、完全年下なのにね。
情けないおっさんも居たもんだ。
なんて事を思いながら、俺も花屋に視線を向けた。
「しっかし、どれも満開だねぇ。用途によって花は選ぶもんだって聞いた事はあるけど、俺には違いも名前もわかんねぇや。どれも綺麗なんだ、好きな花を選ばせろって言ったら……流石に空気読めないって怒られるんだろうな」
なははっと困り顔で笑ってみれば、アナベルさんは少しだけ意外そうな顔を見せた。
「こう言っては失礼ですけど、花に興味ない人って“綺麗だ”と表現しないと思ってました」
「え? あぁ、そうなんかな? でも実際綺麗だと思うぜ? 買った所で育て方も、綺麗な飾り方もわからねぇから、本当に言葉だけになっちまうけど」
確かに彼女の言う通り、本当に興味が無いのであれば見向きもしないモノなのかもしれない。
でも、結構俺は好きだった。
満開の花とか見ると、おぉ~咲いてんねぇ! みたいな感想を残したりするくらいだが。
そして色とりどりの花々ってのは、結構安らぐのだ。
森で狩りをしている時に、ふと見つけた綺麗な花。
チラッと視線に入るだけではあるけど、何となく得をした気分になる。
“向こう側”で相当疲弊した過去があるから、リラクゼーション効果に飢えているだけかもしれないが。
「ちなみに、ニシダさんはどの花が一番好きですか? 用途も今後も考えず、今見てコレが一番かなってモノあります? 私もちょっと、どれを買おうか迷ってしまって」
我らが魔女様は、そんな事を言いながら困り顔を浮かべていた。
見かけた時の表情はソレかと今更ながら納得して、店内を見回した。
好きな花って言われても、俺には本当に知識も何も無いからなぁ……薬になったり毒になったりする花なら記憶しているが、そんなもん選んでも仕方ないし。
ふーむと唸りながら、店内に足を踏み込んだ。
現在、いつも通り黒鎧。
こうちゃんや東の鎧と比べれば、まだ見た目は大人しいが。
それでも花屋に踏み込む恰好ではない事だけは分かる。
店員さんも物凄い眼差しを此方に向けて来るし。
という訳で、さっさと決めてしまおう。
そんな事を考えてから、ビシッと一つの花を指差して見せた。
「何となくだけど、これかなぁ。花自体はちっこいのに、集まってデカく見せてるのが好きだな。あとめっちゃ白い、ビックリするくらい白い」
物凄くいい加減な言葉の羅列になってしまったが、それでも気に入ったのは確かだ。
なんかばあちゃん家で似たような花を見かけたことはあったが、確か白じゃなかった筈だ。
名前何だったかな、朝顔……は違うな。
アレは小学の時に育てたから覚えてる。
紫陽花? で良いんだっけ、確か。
結構特徴的なんだが、花の名前って覚えずらいんだよ。
しっかり調べた訳でもないし、記憶しようと思った事も無いのが原因かもしれないが。
とまぁ結局名前さえ分からない訳だが、綺麗な白色。
三馬鹿の俺達には似合わない気がするが、アナベルさんが持っている所を想像すると非常にマッチしている気がする。
うんうんと、頷いて見せれば。
「えっと、こちらをお買い上げですか?」
店員さんが恐る恐ると言った様子で声を掛けて来た。
あ、やべ。
大袈裟に動きすぎて、完全に購入を決めた物だと勘違いさせてしまった様だ。
どうしたものかとアナベルさんに視線を向けてみれば。
「それが、ニシダさんの好きな花……なんですか?」
ちょっとだけ気まずそうに、彼女は視線を逸らしていた。
あぁ~こりゃやっちまったか?
もしかしたら縁起の悪い花だったり、変な名前とか付いてるヤツを選んでしまったのだろうか?
気分を害してしまったのであれば、ここはもう素直に謝るしかないのだが。
「いいですよね、私も好きですよ! しかも色の違いで呼ばれ方も違うんです!」
やけに元気な様子になった店員さんが、そんな事を言い始めた。
きっと、とても花が好きなのだろう。
俺みたいな見た目の黒鎧に、ここまで初見でグイグイ来てくれる人は珍しい。
「確認なんですけど、悪い意味の花……って訳ではないですよね?」
「えぇそりゃもう。というか男性でコレを選ばれるなんて、とても素晴らしいと思います!」
「は、はぁ。どうも。まぁ確かに、パッと見で一番好きかなって感じでしたけど……」
なんだか彼女の勢いに呑まれながらタジタジになっていれば、店員さんはその花を幾つか手に取りながら、満面の笑みを浮かべて来た。
そして。
「いいですよね、“アナベル”。品種がちょっと違ったりもするんですけど、白い紫陽花はそう呼ばれているんですよ?」
「ブフッ!」
店員さんは、とんでもない爆撃をぶっこんで来た。
思わずダメージを食らいながら、恐る恐る魔女様へと視線を向けてみれば。
「ソレ、いただきます……」
「毎度ありがとうございますっ!」
真っ赤な顔をした彼女は、視線を逸らしながら俺の選んだ花を購入するのであった。
いや、過去にノリと勢いでプロポーズした身ではあるんだけども。
違うじゃん、こういうのは。
知らずに選んだ訳だけども、なんかキザな事をしたみたいで滅茶苦茶恥ずかしいじゃん。
思わず俺の方も視線を逸らしながら、ガリガリと首元を引っ掻いてしまった。
あちゃぁ、これは違う意味で気まずいヤツだぞぉ……とか思いながら、店員さんが花を包んでくれているのを待っていれば。
「あの、ニシダさん。もしもこの後時間がある様でしたら、もう少しだけ付き合って貰えませんか?」
「え、あ、はい。俺なんかで良ければ喜んで」
お互い何となくギクシャクしながらも、この後の予定が決定した。
勘違いするな、俺。
女性と二人で出掛けるってのも中々貴重な経験ではあるのだが、相手はアナベルさんだ。
悪食という名の“家族”として接して来た仲なのだ。
だからこそ、変な勘違いとかしたら火傷では済まなくなる。
とかなんとか思っている内に店員さんからは花を渡され、支払いを済ませて店を出た。
「ほんと、時間は取らせませんので……なんというか、すみません」
「いえいえいえ、大丈夫っす」
全力で首を振ってみれば、彼女は少しだけ微笑んでから。
「でも、すみません。これは、私の自己満足に付き合わせる行為ですから」
少しだけ寂しそうに笑う彼女の顔が、やけに印象に残ったのであった。
――――
「ここです」
「へぇ、こりゃまた立派なお店です事」
「営業はしていませんけどね? でも過去の王族も眠っている場所という事で、国の管理の下、手入れは欠かしていないらしいです」
え、そんな所に入っていいの? とか思ってしまう訳だが。
門番です、というよりかは見張りのバイトしてますって感じのお爺ちゃんに何やら書類を渡していくアナベルさん。
その後門を開けてもらった所を見ると、ちゃんと許可は貰っている様だ。
あとなんか慣れた感じがしている、結構な頻度でココに来ているのだろうか?
色々と考えてしまう訳だが、まぁ国が管理する地だったとしても姫様しょっちゅうホームに来るし、許可を貰うタイミングなんていくらでもあるのだろう。
そんな様子の俺を見て、色々と察してくれたのか。
「最近ですよ、ココに来る様になったのは。今までは、許可を頂く程王族と親しくなる機会なんてありませんでしたから」
と、言うことらしい。
まぁ良いか。
家族の間にだって隠したい事の一つや二つはあるだろうし、何より彼女の表情を見る限りあまり突っ込んで良い内容とも思えない。
ここが何なのか、何をしに来たのか。
何も聞かされぬままついて来た訳だが、今だけは静かに後に続こう。
いつもの軽い雰囲気で絡むのは違うだろうし、何よりも凄く静かな場所だ。
こんな所であまり騒がしくするのは、それこそ“空気が読めない”ってなもんだ。
なんて、思っていたのだが。
「……え?」
建物に近づいた時、そんな声を上げてしまった。
「どうかしました?」
俺の声に反応して、アナベルさんが不思議そうに此方を振り返って来るが。
いや、だって、え?
振り返った彼女の向こうにある建物。
多分お店……だったのだろう。
そこに飾られている看板には、間違いなく日本語で店名が書かれていたのだ。
“蒼碧の小物屋”。
でかでかと書かれたその看板の下に、“こちら側”の文字で同じ店名が書かれていた。
これって、過去の異世界人がこの店を立ち上げたって事なのか?
しかもそんな場所に昔の王族が眠ってるとか。
何故だかブルッと背筋が冷えた気がして、ブンブンと顔を左右に振ってみれば。
「ニシダさん?」
不安そうに此方を覗き込んで来たアナベルさん。
ありゃりゃ、またやってしまったか。
俺は彼女の付き添いで来ただけであって、この場所を調べようとしている訳では無いのだ。
それに、先ずは彼女の用事が最優先だろう。
好奇心で口を開くのは、今は違う。
「あぁ、その。大丈夫、何でもない」
ニカッと笑って見せたが、生憎と今は兜を被っているのだ。
これじゃ伝わらないかと思い、兜を脱ごうとしたのだが。
「良かった。それじゃ、行きましょうか」
フフッと緩い笑みに戻った彼女が、再び歩き始めた。
……うーん。
こうちゃんがよく表情兜だとか、兜を被っていても雰囲気で表情が分かるとか言われるが。
そう言う時って、今の様な気分なんだろうか?
確かにこうちゃんは分かりやすいとは思っていたが……まさか俺まで同じ様な扱いを受けてしまうとは。
何となく納得できない気分で脱ごうとした兜を被り直し、再び彼女の後に続くのであった。
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