第201話 半分下さい
「お席、御一緒してもよろしいですか? エレオノーラ様」
「おや、コレはイリス様。どうぞ此方に」
そんな事を言って場所を開けてみれば、彼女が率いる“部隊”が我々の近くに腰を下ろす。
王宮に仕える、我々と同じ“ロイヤルナイト”の称号を持ち。
姫様の指示に従う“騎士”の集団。
フォルティア家の御息女であり、学生時代から優秀な成績を残した……所謂“優等生”。
家の影響もあり、姫様に気に入られ卒業と共に今の立場に上り詰めたパーティ。
なんて、この言葉の羅列なら以前の私だったら毛嫌いする対象そのものだった訳だが。
「本日は長い時間お疲れさまでした。皆様くらいだと、少々厳しかったのではないですか? あぁ、馬鹿にしていると言う訳では無く……その、女性として」
気安い感じに話しかけてみれば、彼女の方からもクスクスと緩い笑みが返って来た。
「それはもう、途中からお腹がぐぅぐぅ鳴って大変でした。皆様手を止めることなく、一日中動き続けるんですもの。貴重な食材の為とはいえ、やはり覚悟が違いますわ」
二人揃って笑っていれば、周りの緊張も解れたのか。
私たちの仲間達と、彼女のパーティメンバーも気安く話し始める。
これで良いのだ、今のこの国は。
位や立場など気にしない、それくらいが丁度良い。
位で言えばイリス嬢の方が上位だし、生まれで言えば向こうの他のメンバーは私よりかなり低い立場だったと記憶している。
しかしながら、我々にとっては関係ないのだ。
全員が全員、姫様を守る立場にある仲間達なのだから。
「そういえばエレオノーラ様は、もう“ラーメン”は食べましたか?」
「それがまだなんですよ……忙しいのも含め、悪食の面々にはやはり少しだけ距離を置かれてしまっている様で、なかなかお願いしづらいというか。もちろんグリムガルドのお店に行けば食べられない事は無いのですが……」
「最初はやっぱり“悪食ラーメン”が食べたいですよね……わかりました、私の方からお願いしてみます! なので一緒に行きましょう!」
「いえ、しかし……」
「以前言っていましたよ? ツンデレお嬢が中々顔を見せない。忙しい時に限って顔を出す癖に、アイツは普段何やってるんだって」
「ツ、ツンデレお嬢……」
もはや定着してしまった呼び名ではあるが、意味も分からなければ何か不満のある呼び方。
しかも彼らは料理店を開いている訳でもないので、本当にご飯を催促しに行くような形になってしまう。
だからこそ、色々遠慮していたのだが。
「今度また一緒に食べましょう、エレオノーラ様!」
そう言って笑うイリス嬢は、とてもではないが高位貴族のご令嬢には見えなかった。
「では、エレオノーラとお呼びください。イリス様」
「え?」
不思議そうに首を傾げる彼女に、静かに頭を下げてみせた。
本来なら、もっと形式ばったやり方をすべきなのだろうが。
多分、“違う”のだろう。
「位や地位、そういったモノに拘っていないのは重々承知しております。しかしながら、友人と認めて頂けるのであれば、やはり“様”を付けられては落ち着きません。ですから、どうぞ私の事はエレオノーラと」
本来なら、立場的に彼女の方が命令できる立場なのだ。
だからこそ、間違った事は言っていない。
そして何より、彼女から気遣われている様な感覚が何とも落ち着かなかったのだ。
なので、いっその事今この時にキッパリと呼び名を変えて頂こうと頭を下げた筈だったのだが。
「では、“権利”を利用して宣言させて頂きます。今後私達のパーティ、貴女方のパーティにおいて遠慮は不要、敬語も無用。そして私は、貴女の事をエレオノーラさんと呼ばせて頂きます。貴女の方が年上ですし、おかしくないですよね? なので、私の事はイリスとお呼びくださいませ。“様”などいりません、私たちは姫様を守る“盾”であり“剣”なのですから」
そんな答えが、相手から返って来た。
思わず視線を上げてみれば、彼女は緩く微笑みながら。
「悪食の皆様が距離を置く理由、多分そう言う所ですよ? あの方々は堅苦しいのを兎に角嫌いますから。それこそ、ご飯食べに来た! って言えば、普通に食べさせてくれる方々です。だから、もう少し肩の力を抜きましょう? エレオノーラさん」
クスクスと笑いながら、彼女は此方に向かってスプーンを差し出して来た。
「実はですね、ニシダ様から試作段階のデザートを頂いて来ました。なんと、トレントフルーツをふんだんに使った杏仁豆腐です。内緒ですよ? こんなのがあると知れたら、それこそ皆催促しに行ってしまいますから」
本当に、もう何というか。
悪食に関わる人間は、何故こうも緩くなるのか。
王族、貴族、平民、貧民。
それどころからもっと細かい上下関係さえ「知るか」と言わんばかりにぶち抜いていく。
そんな彼らだからこそ、私だって期待してしまった。
堅苦しい思考に押し固められた私が、初めて友と呼びたいと思ってしまった相手。
貴族出身のウォーカーの立場である私に“役立たず”と正面から言い放ち、仲間になった受付嬢までもがお尻蹴っ飛ばして来た程。
そんな常識外れな彼らは、いつの間にか英雄として祭り上げられていた。
本人達は、非常に嫌がっている様子だが。
「いいのでしょうか?」
「いいんじゃないですか? この国は今、そういう国です。だったら位や立場が違っても、一緒に甘味を食べて秘密にするくらい、どうって事ありません」
自信満々に言い放つ彼女から差し出されるスプーンに乗った品を、口で受け止めてみれば。
「ははっ……トレントが作る果実と言うのは、これ程までに甘いのですね」
「えぇ、本当に。これからもこっそりとデザートを貰うつもりですから、共犯者になって下さいね? エレオノーラさん」
「えぇ、了解しました。イリスさ……いえ、イリス。私たちは、共犯者です」
そんな事を言いながら、二人して笑い合うのであった。
あぁ、本当に。
随分と緩い国になったものだ。
それはきっと、人によって良し悪しが変わるのだろうが。
しかしながら、私にとっては。
誰でも“友達”になって良いんだというこの感覚が、嫌では無かったのは確かだ。
――――
「なんですか、何なんですか! 私だけのけ者ですか!」
「ご安心を、姫様。私も一緒です」
皆様の食事会を羨ましく眺めつつお腹を鳴らしていれば、結局最後まで私たちの元には料理は運ばれてこなかった。
勿論持ってこいと踏ん反り返っていた訳ではない。
私だって皆様と一緒に列に並んだのだ。
気配をなるべく消して、ギリギリ惜しい所までは到達したのだ。
しかしながら、ハツミ様によって毎度回収されてしまった。
「姫様、いけません」
「姫様、駄目です」
「姫様、いい加減にして下さい」
「姫様、本当に怒りますよ? 自分の立場を理解していますか?」
なんて台詞を、今日何度聞いた事か。
でも、だって! 食べたいんですもの! 竜!
お伽噺にしか出てこない代物ですよ!? でも遺骸は目の前に出現したんですよ!?
それはもう驚きました。こんなにも大きいのか、こんなにも雄々しいのかと。
確かに私は皆様の解体を手伝う事が出来ませんでしたとも。
解体道具を片手に飛び出そうとしたら、ハツミ様から今までにない程痛い手刀を頂いてしまいましたとも。
しかしっ! 食べたいのです! 皆美味しそうに食べているのです!
こんなに美味しいのかという程幸せそうな表情で、周りの皆様は食べているのです!
なのにっ、何故ッ! 私は毎度遠く離れた席に戻されなければいけないのか!?
そして何故支部長まで隣に捕らわれているのか! 全てが謎です! 不満です!
ふんぎゃぁぁ! と暴れてみれば、ハツミ様がそれはもう大きなため息を溢してから。
「あぁ、ハイ。宴も終わった様ですし、ココからは皆様の時間ですから。もう存分に楽しんでください。私は警護を外れますからね? 流石に疲れました、もう知りません」
目元をピクピクと痙攣させるハツミ様が言い放った瞬間、此方にはカートを押した悪食の皆様が近寄って来た。
途中、ハツミ様に酒瓶を渡していた様にも見えるが。
「はいはい、お待たせしましたっと。流石にこの人混みの中に特攻するのは無茶ってもんだ姫様。ただでさえ大騒ぎだったんだからな」
キタヤマ様がそんな事を言い放つが、私はバタバタと暴れながら椅子を揺らした。
はしたないかもしれないが、後ろ手に縛られているので仕方がない。
コレが王族にやることなのか?
いや、近くに置いているのがハツミ様だから間違いなくやる。
こればかりは私が彼女を選んだ影響なのだろう。
「いや、え? 縛られてんの? 支部長も? なんで?」
「こっちは飛び火だ。姫様だけでは辛いだろうと言う事で……」
「初美、意外とヤルのな……」
「アイリが悪ノリした影響だ。最近姫様と仲が良いからと」
「あぁね、お疲れ支部長。二人分って聞いてたけど、納得だわ」
そんな会話と共に、私たちは解放された。
だからこそ、早く早くと期待の眼差しを向けてみれば。
「コース料理、って程洒落た物じゃねぇが。でもま、昼間食ってたヤツよりかは拘ったつもりだぜ?」
カッカッカと笑いながらも、目の前に並べられていく料理。
まずは前菜。
今悪食のホームにはマンドレイクが居る。
だからこそ、どんな野菜だって侮れない。
もしかしたらコレも、マンドレイクが関わった野菜かも知れないのだから。
「王族や貴族に出す料理じゃねぇだろうけど、まぁ今更だよな。でも旨いから、食ってみ?」
目の前には、ほうれん草のお浸し。
上に鰹節が振り掛けられている、ごく一般的なモノに見える。
しかし、口に運んでみれば。
「あぁぁ……味が深いです、コレは駄目になってしまうヤツです」
「うむ、旨い。マンドレイクが来てから、野菜もとんでもない事になっているな」
支部長とは対照的な言葉を残しながら、クネクネと体を動かしてみたが。
コース料理とは順番に運ばれて来る物。
そしてコレは前菜、次は次はと期待しながら待っていると。
「ホイ、お次は魚。サッパリ系といや、これかなと」
そう言って追加された料理は、数々のお刺身。
物凄くいっぱいある上に、見た目が凄い。
何たって木の船に乗っているのだ。
ドワーフの皆様が作ったのか、それとも子供達の作品か。
しかし凄いのは見た目だけじゃない。
一つ口に運んで見れば、思わずフフフと変な笑い声が漏れてしまった。
どれを口に運んでも、味が濃い上に上品。
じんわりと広がる魚の旨味と、海の幸特有の“次”が欲しくなる感覚。
醤油とワサビを合わせて次から次へと口に運んで、今ではお許しが出たお酒を口に運んでみれば。
非常に、さっぱりする。
思わずホゥっと緩い吐息を吐いてみれば。
「さて、メインの登場だ」
悪戯っ子の様に笑うキタヤマ様の後ろから、ニシダ様が走って来た。
「おっしゃぁぁ! 最高のタイミングだぜ! 食え食え! 多分一番旨い瞬間だぜ!?」
そんな事を言いながら、私達の目の前に置かれたのは。
「これは……まさか。まさかっ!」
「そっすね、お待たせしました。正真正銘“ドラゴンステーキ”ですよっと。結構気を使って焼いたんで、旨い筈です」
そんな事を言いながら、キタヤマ様とニシダ様がニヤリと口元を上げてみせる。
“竜”のステーキ。
もう絶滅してしまった魔獣の、しかも最強種の。
食べきってしまえば次は無い、ものっ凄く貴重なお肉。
支部長と二人でゴクリと唾を呑み込み、ナイフを入れてみれば。
「あぁ……何という事でしょう」
非常に柔らかい。
色々と手を加えた、所謂“高級肉”であればこれに近い感覚は味わえるのかもしれない。
でも、口に入れてみればその違いがはっきりと分かる。
溶ける、この表現が一番近いのだろう。
しっかりと肉の旨味が口に広がり、確かな満足感を得る事が出来る。
脂っぽいという感覚にもならず、この肉の脂なら飲めると言い切ってしまいたくなる程。
それくらいに、清々しいまでにお肉の美味しい所だけを運んでくるのだ。
「はーい、こっちもお待たせ。偉い人に出すモノじゃないかもしれないけど、やっぱりガブッて行きたいかなって思って」
そんな声を上げながら、今度はアズマ様とミナミ様がでっかいお皿に持って現れた。
な、何だアレは。
先程のステーキが肉の良さをしっかりと味わう食べ方だとすれば、今度のモノはお腹に溜める為に食べると言わんばかりの代物。
骨が着いたままのお肉。
タレを塗りながら焼いたモノだろう、とても良い香りが部屋中に広がっていく。
そして何と言っても見た目が凄いのだ。
ドンッと肉塊が置かれて、これでもかと言わんばかりに存在を主張している。
「切り分けた方が良いですかね? 一応手に持つ事の出来るサイズにはしたのですが」
そう言ってミナミ様がナイフを取り出すが。
「ガブッてやってみたいです!」
「私も、そのまま頂こう。アズマが言っていた様に、ガブッと行きたい」
という訳で、二人揃って手掴み。
「ちなみにどこの肉?」
「指先。流石に肋骨とかデカすぎて無理だって」
そんな会話が聞えた気がするが、もう気にしない。
一抱えもありそうなお肉を前にして、飛び出している骨の部分を掴んで持ち上げてみれば……結構な重量だ。
悪食の皆様がよくやっている“マンガ肉”の小さくした物、という様な見た目。
それでも私からしたら凄く大きいし、普段ならこんな食べ方絶対許されないだろう。
非常に野生的、まるで獣にでもなったかの様な気分でガブリと齧りついてみれば。
「んん~~~!」
タレと、表面を少し焦がしてある影響なのだろう。
パリッと気持ちの良い食感が感じられたかと思えば、中から溢れ出して来る肉汁。
そしてやはり竜のお肉は、どの料理も別格。
もう口の中が美味しさでおかしくなってしまうんじゃないかって思う程だ。
これが、竜の肉。
凄い、美味しい。竜、美味しい。
「旨い、実に旨い。凄いな、竜の肉と言うのは。流石は伝説上の生き物だ」
私が口を開く前に、支部長が感想を述べてしまった。
そして。
「お? 支部長でもそんな感想が出て来るって事は、貴族ラインでも合格って事か? “こっち側”でも“向こう側”でも、馬鹿みたいにたけぇ肉は食った事がないからな。この程度なら高級店で食える、とか言われたらどうしようかと思ったぜ」
なんて、キタヤマ様が冗談交じりに言い始めた。
ほほぉ? つまり彼らはまだ私達に……というか貴族などに対して距離がある御様子。
これだけやって、これだけ色々行動を共にしたのに。
未だに気安く接する事が出来ない壁があると。
そうかそうか、そう言う事か。
今回の料理はとても美味しいし、文句のつけ所などないのだが。
それでも一言言わせて頂こう。
私もそろそろ、覚悟を決めないといけない立場ではある訳だし。
「キタヤマ様。少しだけ、貴方の人生を縛ってもよろしいでしょうか?」
「え、何。急に怖い事言い始めじゃん……」
私の言葉に、ビクビクし始めた彼を見ながら微笑みを溢した。
もう知らない、私は王族だ。
だからこそ、今だけは全力で我儘になろう。
そんな事を思い、マジックバッグからとある書類と物品を取り出して彼に渡した。
そして。
「王命です」
「ハハハ、姫様もこう言うドッキリをする様になったんですね。流石に俺でもコレは騙されませ――」
「王命です!」
それだけ叫べば、彼は笑顔を浮かべたまま固まってしまった。
しかし、ここで適当に終わらせると本当に冗談という事にされてしまうだろう。
なので。
「王命……ですからね。絶対に従え、とは言いませんけど……」
最後の最後でちょっと弱気になってしまったが、彼は非常に困り顔を浮かべながら。
「あぁ~いやぁ、その。ちょっと考える時間を頂ければなぁ……と。でもま、なんというか、ありがとうございます?」
明後日の方向へと視線を向けながら、ポリポリと首を掻くキタヤマ様。
その様子を見て、静かに瞳を閉じた。
私の誘いを受けたとしても、断ったとしても。
今後しばらくは彼の様子を見張ろうと思う。
中途半端な状態で、返事を決めないまま逃亡する可能性が一番高い気がするので。
ちゃんとお返事を頂くまでは、色々と監視の目を光らせる必要があるだろう。
そう、静かに決心した瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます