第200話 竜喰らい


 もはや難しい事は考えない。

 何たって人数が居るのだから、とにかく焼け、焼けば食える。


 「ふははははっ! ドラゴン肉が鉄板一面に並んでいるぜ!」


 高笑いを溢してみれば、鉄板の端っこで肉屋のおばちゃんが真剣な顔をしながら何か焼いてる。

 アレは……タンか?

 それも竜のモノなので、当然デカいが。


 「へぇ、面白いねこの肉は。えらくデカいのに、こんなに扱いやすい」


 「なんかおかしいのか?」


 ブツブツと呟く彼女に声を掛けてみれば、相手からは呆れた顔が返って来た。


 「逆に聞くけど、おかしいと思わなかったのかい? こんだけデカい動物だよ? 自分の体を支えるだけだって相当な筋力が必要だ。野生のデカい生き物の旨い部分ってのは、かなり場所が限定されてくるんだよ。とにかくデカければ旨そう! ってのは分かるけどね、魔獣肉だったとしてもコレは異常さ」


 そんな事を呟きながら、ジュージューと良い音を立てていたスライスしたタンを差し出して来るおばちゃん。

 ありがたくパクッと口でお迎えしてみれば、口内に広がる肉の旨さとタン独特のコリッとした歯ごたえ。

 しかしながら、牛や豚に比べて随分と“食いやすい”と言えば良いのか。

 柔らかい上に、癖が少ないのだ。

 そして流石は肉のプロ、やはり焼き加減から味付けまで完璧である。

 思わず体を震わせながら「ふぉぉぉ!」と声を上げていれば。


 「わたしゃ魔法に関しても詳しくないから分からないけどさ。まるで“魔法を使いながら”じゃないと生きていけない様な生物だったんじゃないのかねぇ? 体のデカさの割に筋肉が貧弱過ぎる、とてもじゃないが野生動物には見えない。魔獣肉も捌く様になってから妙な肉に関わる事も増えたけど、コイツは異常だよ。普通の魔獣が進化したって言われても、首を傾げちまうね。まるで食う為に育てられた家畜、もしくはそれ以上の何かに見えちまうねぇ」


 やけに不穏な事を言いながら、おばちゃんは他の肉にも鋭い眼差しを向けて行く。

 俺等としては、ドラゴンうめぇ! で終わった話だったのだが……。


 「なぁおばちゃん。これさ、とある変な気に入らねぇ奴から聞いた話なんだけどよ」


 「前置きが長いね……なんだい?」


 思い切り溜息を溢しながら、もう一枚こっちに肉を差し出して来るおばちゃん。

 ソイツを口に放り込んでから、静かに“アイツ”の言葉を思い出した。


 「竜ってのは、人を減らす為に“神様”ってヤツが無理矢理作った進化個体なんだとよ。そう言われたら、おばちゃんは信じるか?」


 なんて、言葉を溢してみれば。

 彼女はハッ! と豪快に笑って見せた。

 しかし。


 「わたしゃ神様なんぞ信じちゃいないがね、でも竜の中身を見たら……何となくそうなのかなって思っちまうよ。生物として不完全、まるで形だけ整えたハリボテみたいだ。でもこれは、ただの肉屋の感想だ。専門の人間からしたら、常に魔法を使って生きていてもおかしくない! なんて言われちまうかもしれないねぇ。なんたって、相手は竜なんだから」


 「だよなぁ、俺等には分かる訳ねぇか」


 結局真相は闇のまま。

 まぁ世界の真理を調べるぜ、みたいな熱意は持ち合わせていないのでどうでも良いが。

 それでも、やはりちょっと気になってしまう。


 「チェスの駒があるだろう? 要はそんなもんなんじゃないかね?」


 「というと?」


 不思議な表現をするおばちゃんに視線を向けてみれば、彼女はニッシッシと軽い笑みを浮かべてみせた。


 「どんな役割、どんな責任があったとしても。真っ二つに裂いちまえば、中身なんてどの駒でも一緒なんだよ。何故その駒として生まれたかを考えたって、私達にはわかりゃしない。つまり、どういう事だと思う?」


 ニッといやらしく笑う彼女は、俺に答えを求めて来た。

 だが、俺には御大層な答えなど考えられる訳も無く。


 「どの駒でも、生き残って勝った奴が強ぇ。そんでもって理由も原因も、“中身”だって“ポーン”の俺等には関係ねぇ。旨いって食えりゃそれで良い」


 「ま、そう言うことだ。アンタ等らしい答えが聞けて良かったよ、またウチにも肉を買いに来ておくれ」


 「……今度内臓処理を教えてくれ、アレだけはマジで未だに出来ない」


 「野生のはおススメしないよぉ? 内臓ってのは、ただでさえ手間が掛かるんだ」


 なんて会話を繰り広げながら、俺達は肉を焼き続けるのであった。

 難しい事は分からん、そういうのは専門家か主人公様に任せる。

 という訳で、俺達は何も考えず飯を食うのだ。

 目の前に、最高に旨い肉があるのだから。


 「うっし、そろそろ良いだろ……お前ら! 丼に米盛って並べ! 牛カルビ丼……じゃなかった、竜カルビ丼だぞ!」


 そう声を上げれば、怒涛の如く迫って来るウォーカーと職人たち。

 ほんと、賑やかになったもんだ。

 とか何とか呆れた笑みを浮かべながら、順番待ちをする奴等の丼にドラ肉を並べて行くのであった。


 ――――


 下味を付けて、焼いただけの肉が皿の上に乗っていた。

 此方は悪食の旦那に無理言って、数枚だけ貰って来たモノ。

 それとは別に、丼飯が用意されている訳だが。


 「大将、いつまで見てるの? 早く食べようよ」


 「ザズもだぜ……勘弁してくれよ。アンタ等二人が良く観察した所で、大したモノが作れる訳でもないんだからさぁ」


 リィリとポアルからそんな御言葉を頂いてしまい、思わずウッと唸ってしまうが。

 でも、凄く綺麗なのだ。

 そこらの店で並ぶ肉とは違い、とても高級そうな見た目をしている。

 まるで旦那に以前食わせてもらった“大トロ”みたいな雰囲気だ。

 見た目からしてスゲェ、本当に陸の生物の肉かよコレ。

 だが二人の言う通り俺には見た目以上の違いなど分からず、とりあえず頂きますと手を合わせてみれば。

 仲間達も同じように食前の挨拶を済ませ、丼飯をがっついていく。

 だが、最初は。


 「まずは、コイツからだ」


 ポツリと呟きながら、下味のみの焼肉を口に放り込んだ。

 その瞬間、思わず無言で頷いてしまった。

 しっかりと肉の味が口内に広がりながらも、溶ける様な脂身まで旨いと感じる程。

 しつこ過ぎず、俺の様な歳でも迷う事無くがっつき「旨い!」と叫びたくなる様な味わい。

 体を動かす仕事をしているから、ウォーカー以外の同年代と比べればまだまだ食える体質だと思っているが。

 やはり昔と比べれば、油物系統に弱くなった気がするのだ。

 揚げ物は旨いが、毎日食べたいとは思わないし。

 デカい肉も、何かを成し遂げた時にはガッと食いたくなるが……やはりリィリやポアルの様に全力で食べられないお年頃になってしまった訳だ。

 だが、コイツは旨い。

 じんわりと広がる肉の旨味に、脂身だって他の物よりもずっと上品だと言えるだろう。

 貴族が好む肉はやけに柔らかかったり、霜降りだなんだと脂が多かったり。

 終いにはどのやり方の熟成がどうのこうの、どこの産地でどういう処理だと口うるさく並べる割にただただ脂っぽいと思ってしまった。

 それなのに値段だけは目玉が飛び出るんじゃないかって程高い。

 そう言ったモノも食った事はあるが……コイツは違った。

 しっかりと味わいを口の中に拡げ、小難しい事を考える前にふんわりとした後味だけを残してスッと過ぎ去っていく感じ。

 本当にゆっくり、一口一口大事に食いたいを思ってしまう程だ。

 たまにレモンなんか垂らしてみたり、野菜と一緒に食うのも良いかもしれない。

 最高の酒の肴になりそうだ。

 肉をメインに置いて、酒を合わせて楽しむ方針になりそうだが。


 「コレが、竜の肉か……いくらでも食えそうだ……」


 そんな感想が思い浮かんでしまう程、バランスの良い肉だと言えよう。

 俺達ウォーカーなんてのは、結局ケチな商売だ。

 戦って、稼いで、皆で酒を飲みながら飯を食って。

 だからこそ、小難しい工程はいらない。

 ただ焼いて食う肉だって、皆と食えば旨いのだ。

 そう言う感覚で生きて来た俺達としてはお高い店に入るより、やはり悪食の作る飯の方が非常に美味くに感じる。

 大人数でワイワイ騒ぎながら飯を喰らい、たまにこうして珍しい肉なんかが出てきたりして。

 最高じゃないか、こんなの。

 今では“戦風”として結構名前が知れているから、リーダーとして務めようとは思っているが。

 コレが無名だったり、底辺パーティだったら間違いなく旦那に頭を下げてでも“悪食”に入れてもらっていた事だろう。

 それくらいに、悪食飯は俺達の願望を叶えてくれるのだ。

 そんでもって今日出されている“珍しい肉”は、間違いなく過去最高の物だろう。

 貴族連中が大金払って食っている肉より、ずっと旨い。

 だというのにコイツは、ウォーカーだからこそ食える。

 食い物一つで何をと思う奴もいるかもしれないが、この特別感こそが俺達の生きがいであるのも間違いない。


 「あぁ……最高に旨い」


 思わずほっこりと頬を緩ませながら呟いてみれば、ザズが此方に器を差し出して来た。


 「こちらもニシダから試作品を貰って来た。魚介スープ、今後使うラーメンの汁だそうだ。深い、非常に深い」


 そう言われてしまったからには、啜る他あるまい。

 此方も肉と交換するかの様に、彼の持っていたスープを受け取った。

 そして一口。


 「あぁ、なるほど……コイツは“深い”。海鮮には詳しくねぇが、来るぜ。俺も海に行きたくなって来た」


 一口啜れば暴力的な程口に広がる海鮮の香り。

 そして、一体何がどうなったらこの味になるんだと疑問ばかりが浮かぶ様な、訳の分からない旨味が口の中で暴れ回った。

 思わず口内全体で楽しみ、静かに飲み込んでみれば。

 ふぅっと吐き出した息と共に鼻に抜ける海鮮の残り香。

 人によっては癖が強いとか、嫌いな人も居るのかもしれない。

 しかしながら、“気に入った”人間にはとにかく刺さる。

 絶対にまた食いたいと思わせる味と風味が、そこにはあった。


 「コイツはまた……行きたい所が増えちまったな」


 「あぁ儂もじゃ……叶うならこの手で竜を討伐し、そして食べてみたい」


 俺が渡したドラゴン肉を齧りながら、ザズはしみじみと声を放った。

 分かる、非常に共感できる。

 伝説に残る様な強敵が居て、滅茶苦茶強くて。

 更にはこれだけ旨いのだ。

 自分達の手で討伐したとなれば、達成感も含めどれ程旨く感じてしまうのか。

 想像するだけで胸の高鳴りと涎が止まらなくなってくる。


 「どうでも良いけどさぁ、早く食べないと冷めるよ?」


 「あと竜はもう居ないからな? いくら食おうと思っても、世界中探しても見つかる可能性の方が圧倒的に低いからな?」


 ポアルとリィリが、非常に冷めた言葉を放ってきた。

 だぁもう、全く。

 これだから若い連中は、ロマンが足りない。

 思い切り溜息を溢しながら、俺達も丼に手を伸ばしてみれば。


 「ん? お前ら、それなんだ?」


 二人が不思議な物を食べていた。

 やけに分厚い肉と野菜が挟まったパン。

 丼を食い終わった二人は、モッシャモッシャとそんなモノを口に運んでいた。


 「アズマから貰った、うんまい」


 「なんでも“マンガ肉”の原点は、竜の馬鹿デカイ肉を焼く所から始まるとか何とか。えらく悟った様な顔で、じっくり焼きながら配ってたよ? 竜肉と野菜たっぷりのサンドイッチ、通称ドラゴンサンド」


 「「俺(儂)等の分は!?」」


 「いやぁ流石に、長蛇の列が出来てるのに多めには貰えないでしょ」


 ポアルの一言と共に、俺とザスは丼飯を一気に搔っ込んだ。

 うめぇ、滅茶苦茶うめぇ。

 しかし、今だけは味わって分析している時間ではない筈だ。

 何たって、竜肉は有限なのだ。

 ならば今この時に腹いっぱい食っておかなければ。

 しかし、うめぇなぁコレ。

 先程のシンプルなのも良かったが、しっかりと味が付けられているこっちも絶品だ。

 なんというか、肉の良い所を良い所取りしている感じ。

 タレにも良く絡み、濃厚な肉の味を味合わせてくれるのに、しつこくない。

 丼物を食う時の表現がガツガツ食う、だった場合。

 コイツは非常にサラサラと入ってしまう感覚とでも言えば良いのか。

 本来なら一口一口味わいながら、じっくりと噛みしめたい所だが。


 「「ご馳走様でした! アズマは何処だ!?」」


 「二人共、食にうるさくなったねぇ」


 「竜肉に関しちゃ仕方ないと思うが、コイツ等は最近ずっとこんなだからなぁ……」


 二人から呆れた声を貰いつつ、長蛇の列を前にクルクルと巨大肉を回すアズマを発見した。

 ならば、やる事は一つ。

 最後尾に並ぶまでよ!


 「いってらっしゃーい」


 「アズマに美味かったって言っておいてー?」


 緩い声を聞きながらも、俺達はその列に加わるべく全速力で走り出すのであった。

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