第199話 悪食からの依頼


 「支部長ー、依頼書来ましたよー?」


 「ほぉ、ついに来たか……この依頼が」


 一枚の依頼書を眺めながら、ポツリと呟いた。

 依頼主は、何とも珍しい事に“悪食”の名が記載されている。

 アイツ等も今まで忙しく動き回っていたから、随分と後回しになって来たこの大仕事。

 募集人数も桁違いな上、求めている人材は普通のウォーカーよりもギルドの解体職人を欲しがっていた。


 「アイリ、ギルドとしてこの依頼を掲示する事を許可する。しかしメンツは厳選するように。モノがモノだけに、ネコババする様な馬鹿が出たら問題だ」


 「ですねぇ。素材なら平気かもしれませんけど、“あっち”を取られたら皆ブチギレそうですし」


 「むしろギルドとしては素材の方が問題なんだよ……いいから、当日までに人を集めて面接だ。忙しくなるぞ」


 あいあーい、なんて気の抜けた声を上げながら、アイリは依頼書をヒラヒラさせて部屋から出て行った。

 事の重大さが分かっているのかいないのか。

 というか悪食に入ってから、アイリも随分と緩くなってしまった気がする。

 昔はそれなりにキッチリした受付嬢だったのに……どうしてこうなったのやら。

 仕事はしてくれるので、文句はないが。

 無いのだが……ため息は零れる。

 まぁ良い、此方もこちらで仕事を終わらせよう。

 今日から数日は、ウォーカーの面接に多くの時間を取られてしまうだろうからな。

 改めて気を引き締め、目の前の書類の山に鋭い眼光を向けるのであった。


 ――――


 「いやぁ、結構集まったなぁ」


 「街中からも人を集めたからな、仕方ねぇよ」


 「ありがたいけど、何か申し訳ないねぇ」


 俺達が依頼を出した結果、随分と多くの人々が動いてくれた。

 顔馴染みのウォーカー達も結構な数が居るし、何故か王族絡みの連中まで居る。

 後者に関しては依頼を出した訳では無いのだが、姫様がどうしても参加したいと言い出したそうで。

 聖女を貸してくれと声は掛けていたので、まぁ良いとしよう。

 そして今回の目玉、というか最重要人物達を見回した。


 「おう、悪食。今日は解体所を閉めてまで全員参加したんだ、さっさと見せてくれよ」


 「私たちが参加しちゃっても良かったのか、未だに疑問なんだけどねぇ。ま、役に立てるところは役に立つからさ」


 何てこと言ってくるのは、ギルドの魔獣解体所の皆様と街のお肉屋さんの皆々様。

 魔獣解体のプロと、精肉する為のプロを招集した訳だ。

 ちなみにギルドの方は大丈夫なのかと確認してみれば、これも経験になるという事で快く支部長が許可してくれたそうな。

 実際は貴重な素材を少しでも無駄にしない為の配慮なのだろう。

 俺達も解体には随分慣れたつもりではいるのだが、やはりプロには敵わない。

 という訳で。


 「ま、そんじゃそろそろ始めるか」


 「「「うぉぉぉぉ!」」」


 さて、本日は何故こんな人数を集めたのかと言えば。

 単純明快、俺たちだけでは手が足りない獲物を捌くからである。


 「頼むぜ聖女コンビ」


 「はーい、地面一帯に“プロテクション”と“浄化”を掛け続ければ良いんですよね?」


 『量が多いからね、その辺に肉を置いても汚れない様にしないと。そんじゃ行くよー』


 「『“プロテクション”!』」


 声を上げたドラゴン聖女が、ふんすっと気合いを入れた様に微笑みを向けて来る。

 いよしっ、問題ないみたいだ。

 ホームと孤児院の柵も取っ払って、だだっ広い空間に彼女が魔法を行使したのを確認してから。


 「全員準備しろぉ! マジで時間との勝負だ! アナベル!」


 「はいっ! “氷界”!」


 ウチの魔女様に周辺一帯を冷やしてもらうと同時に、皆揃って道具を構えた。

 ウォーカー達はそわそわと落ち着かない様子を見せ、解体職人たちは今か今かとワクワクしている御様子。

 ではお見せしよう、俺達が狩った最大級の獲物を。


 「南!」


 「いきますっ!」


 掛け声と共に、南がマジックバッグから引き抜いたソイツは。

 ずぅぅんと重い音を上げながら、再び地上に君臨した。

 中途半端に解体したせいで、所々甲殻が無かったり腕がなかったりする“白竜”。

 なので今回、皆の手を借りて一気に片付けてしまおうという訳だ。


 「かかれぇ! 全員突撃ぃ!」


 「「「うぉぉぉ!」」」


 突撃命令と共に、俺達は一斉に竜に向かって飛び掛かるのであった。


 ――――


 「こらぁ悪食! なんでこんな半端な事しやがった! 勿体ねぇだろうが!」


 「すんません! 人手が足りなかったんで無理矢理剥がしました!」


 「額が割れてる……勿体ねぇぇぇ!」


 「そっちは僕がやりました! ごめんなさい!」


 結果、解体職人さん達から滅茶苦茶怒られた。

 やはりプロから見ると俺達はまだまだの様で、貴重なドラゴン素材の影響もあってか皆様が般若みたいな顔をしている。

 それでもビックリするくらいの速度で進んでいく解体。

 初めて竜を見たというのにも関わらず、骨格は“鎧トカゲ”って呼ばれる奴とほぼ一緒との事で。

 すいすいと甲殻や鱗を剥がし、次から次へと“素材”に変わっていく。

 更には。


 「あ~あぁ……血抜きが甘いねぇ。まぁこれだけデカいなら、アンタ達だけでやろうって方が無理か」


 「マァジですんません……結構早い段階で無理って判断になってバッグに仕舞ったんで、そんなに時間は経ってないと思うんですけど」


 「不幸中の幸いだねぇ。ホラ、肉剥がしてくから運んどくれ。おらぁ! ウォーカー連中! ボケッと突っ立ってねぇでさっさと手伝いな!」


 此方もこちらで、皆から怒られていた。

 職人怖い。

 いつもだったらウォーカーの方がそう見られている筈なのに、今だけは皆バタバタしながらも指示に従っている。

 一つ一つのパーツがいちいちデカいので、職人達では重くて動かせない。

 なので何人ものウォーカーが集まり、解体しやすい様に部位を移動させたり、解体の際に支えたりと皆揃って大忙し。

 その後切り離された部分から孤児院の子供達がバッグに放り込み、食料の保管庫へと運んでいく。

 そっちはそっちで手を回して、吊るして貰ったり凍らせてもらったりと、あっちでもこっちでも人が動き回っていた。

 普段そこまで解体しないウォーカー達にとっては、本当に慣れない事の連続でさぞ疲れる仕事だった事だろう。

 コレが普段職人たちにお願いしている仕事だよ、皆改めて感謝するように。

 などと思いながら、ウンウンと頷いて回りを見回していれば。


 「こらぁ! 悪食のリーダーがサボってたら示しがつかねぇだろ! お前もこっちこい! 竜の頭落とすぞ!」


 「さーせんっしたぁぁ!」


 俺も俺で、解体職人たちから尻を叩かれる。

 結局の所皆バタバタしたまま、日が暮れて行くのであった。

 そして、誰しも疲れ切った表情を浮かべた頃。


 「お、終わったぁ……」


 誰かが呟いた瞬間、皆揃ってその場に腰を下ろした。

 現在目の前にあるのは、見事なまでに綺麗に並んでいる竜の骨や甲殻。

 そして丁寧に剥がされた鱗なんかもズラッと並んでいる。

 後は駄目そうな肉や内臓の数々、こっちは後で焼却処分……だった筈なのだが、何でもどっかの研究所に持っていくらしい。

 金くれるなら別に良いよって言ってみれば、ギルド職員が嬉しそうにそれらを回収し始めた。

 しかし、改めて見てもでっけぇなぁ……。

 思わずため息を溢しながら、竜骨を眺めていれば。


 「北山さーん、そろそろ魔法解除しちゃっても良いですかぁ?」


 とんでもなく長時間魔法を行使して下さった聖女様と魔女様が、此方に向かって手を振っていた。

 グッと親指を立てて掲げてみれば、足元のプロテクションは消え去り、周囲を包んでいた冷気も何処かへ行ってしまった。

 まるで冷房を切った後の部屋に居るかのように、瞬時にムワッとした空気が立ち込めて来るが……この熱気は俺達皆から発せられているのだろう。

 気温とか関係なしに、滅茶苦茶あちぃ。

 ぐてぇっと全員揃って地面に寝転がってみれば。


 「『“リザレクション”!』」


 聖女様からは全員に対して回復魔法が掛けられ。


 「もう少しの間涼しくしておいた方が良さそうですね」


 一体何の魔法を使ったのか。

 アナベルが上空に向けて掌を向ければ、雪が降って来たでは無いか。

 え、凄い。

 全然寒くないのに雪降ってる、涼しい。

 誰しもが呆けた顔のまま上空を見上げていれば。

 そこら中から、グゥゥという腹の虫が鳴り響く音が聞えて来た。


 「そういや、朝から始めて何も食ってねぇもんな……」


 ポツリと呟いてから、勢いよく立ち上がり周囲を見渡した。

 すっげぇ疲れたけど、聖女様のお陰で体力も全回復したのだ。

 であれば、やる事は一つだろう。


 「皆お疲れ! お前ら! ドラゴンが食いたいかぁぁぁ!?」


 「「「うおおぉぉぉぉ!」」」


 叫びながら拳を振り上げてみれば、全員が拳を振り上げて答えてくれた。

 いよしっ。なら、飯の時間だ。

 一日中働いてくれた奴等なのだ、こっちだって精一杯おもてなししなければ。


 「悪食は集合! 飯作んぞ! 今日はドラゴンパーティじゃぁい!」


 ハイテンションのまま叫んでみれば、そこら中に散らばっていたメンバー達がこちらに集まって来る。

 孤児院の子供達も全員使って、分担しながら作らなければ絶対に間に合わないだろう。

 という事で、各々に指示を出そうとしてみれば。


 「皆様、お疲れさまでした。ほら皆、お手伝いして頂いた皆様に冷たいお茶を配って来て?」


 パンパンッと手を叩くクーアが登場してみれば、後ろからは待機組の孤児院の子供達がお盆も持ってゾロゾロと群衆の中を練り歩く。

 労いの言葉を掛けながら、一人一人に飲み物を配っていく子供達。

 そして。


 「リーダー。この人数でも足りそうなお米とパン、既に用意してあります。箸休めなどの野菜も準備してあるので、あとはメインの料理を作るだけですよ?」


 ニコッと微笑むクーアが、今だけは本当に神の使いに見えた。

 終わるタイミングを見計らって、昼間から準備してくれていたのだろう。

 あれ、おかしいな。

 ウチのシスター、ちゃんとシスターだった?

 思わずそんな事を思いながらポカンとクーアを眺めていれば。


 「何を考えているのか大体分かりますので、怒りますよ? 私だって悪食の一員ですから、これくらいは当然です」


 ちょっとだけいつもの黒いシスターに戻りながら、ポカッと緩い拳で鎧を殴られてしまった。

 とりあえず、感謝。

 これで時間が一番取られる“主食”の手間は短縮出来たって訳だ。

 後はスープ系だが……チラッと西田に視線を送ってみれば。


 「こればっかりはどうしようもねぇって、今から作るしかねぇ」


 なんて事を言いながら、ハッハッハとばかりに両手を拡げてみせるが。


 「コーンポタージュとコンソメスープは出来てます! お腹空いちゃった人は、並んでくださーい! ご飯が出来るまでの繋ぎとして、ご賞味くださーい!」


 ドワーフメンツが大鍋を運び、その前を歩くノアが大きな声を上げた。

 そして当然の如く、今までくたばっていた面々は一斉に列を作った。

 おぉ、こりゃまた。


 「ほれ、一杯飲んでから仕事を始めりゃ良い。お前らの仕事が終わるまでは、周りを飽きさせねぇ様に酒盛りでもしておくさ」


 何てことを言いながら、ドワーフ達が悪食メンツに酒を配り始める。

 ソイツをグイッと一気飲みしてから、トールとガツンと拳を合わせて。


 「うっしゃぁ! やるか! 今日は肉祭りだ!」


 「「ドラ肉! ドラ肉!」」


 お客達にはちょっとの間スープと酒で我慢して頂いて、俺達はさっさと飯を作っちまおう。

 なんて思って、片っ端から調理道具を並べてみれば。


 「私たちも混ぜておくれよ。それこそ、“専門家”が居た方がアンタ達も楽になるだろう?」


 街のお肉屋さん達が、皆揃って立ち上がってくれた。

 コイツはまた、面白い事になって来た。

 肉は基本焼けば食えるんじゃ! くらいな感覚の俺等の元に、肉の専門家が加わったのだから。


 「うぉっしゃぁ! 今日はマジで祭りだ! 全員調味料だのなんだの惜しみなく使え! 野菜も大根丸のをガンガン使え! 中島から許可は貰ってるからなぁ!」


 思い切り叫んでみれば、そこら中から雄叫びが上がる。

 ついでに言えば此方に走り寄って来た大根丸が、協力するぜとばかりに野菜を渡して来た訳だが。


 「お前、コレは……ちょっと」


 「ピギュッ!」


 大根丸から、ドデカイ大根を渡されてしまうのであった。

 何か、共食いみてぇ……とか思ってしまう。

 しかしながらコイツはやる気十分で、今にも他の野菜を取りに行きそうな意気込みだ。


 『いやぁ久しぶりのドラゴン料理、楽しみだねぇ』


 どっかの聖女ドラゴンがそんな言葉を放ち、俺は考えるのを止めた。

 そういやコイツ、共食いどころか自分の体食って喜んでるんだもんな。

 やはり世界は広いと言う事か、それともまだまだ異世界に馴染み切れていないのか。

 それは分からないが。

 なるべく考えない様にしながら、俺達はドラゴン肉を相手にし始めるのであった。

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