第198話 飯島の悪夢


 「ぬぁぁぁ、暇ぁ……」


 「馬鹿者、目の前の仕事を終わらせてから言え」


 お爺ちゃんから厳しい御言葉を頂きながら、書類を片づけていく。

 “飯島”は基本的に国民に緩い。

 しかしそれは皆がしっかりと仕事をこなしてくれるから。

 補助金を手に入れる為に皆努力を惜しまず、税金というよりは主に技術や知識、物品を国民に納めさせている状態。

 腐ってもエルフ。長年の知識と経験により、本気になれば結構凄い物が次々と出て来るのだ。

 そして、それを他国に高く売る。

 皆が皆“珍しい事が好き”という傾向にあり、他所からやって来る商人達に売り物には困らない状態。

 だとしても、いつかは限界が来る。

 一度生み出された物は他の地で複製品を多く作られ、こちらは元祖という名のブランド以外の意味を持たなくなる。

 そうなってしまえば、観光客に元祖を味わってもらうだけの貧しい商売になってしまうのは眼に見えているのだ。

 だからこそ各地に人を送って珍しい料理、珍しい食材、その他諸々なんかも随時募集中な訳だが。


 「魔獣肉を使って新しいメニューもガンガン出て来てるから、しばらくは安泰だろうけどさぁ……暇なのよ」


 「そうやって胡坐をかいていると、すぐ国民に見放されるぞ? それに取引相手もじゃ。我々は常に新しい食文化を切り開いて来た、だからこそ商人は我々を特別視する。だが衰退した、停滞したとあれば……果たしてどうなるか」


 「分かってるってばぁ……」


 それにシーラとイージスの両国と関わった事で、国民達が明らかに“外の世界”へ興味を持ち始めている。

 今までは国民達も補助金を目当てに精一杯働いてくれていた訳だが、この国の補助はあくまでこの島で生活に困らないという保証。

 よって貧富の差はほぼなく、誰しも長すぎる寿命をまったりと過ごしていた訳だが。

 他所の国と直接的に関われば、この平穏は崩れ去る事だろう。

 悪い意味ではなく、皆外の世界に興味を持つ。

 更なる刺激を、更なる挑戦を。

 それはこの島では味わえない娯楽なのだから。

 補助金だけでは手に入らない物を求める人も居る、だからこそより多くのお金を求める者が多発する。

 なので、国の態勢すら色々と変えないといけない訳だ。

 その辺りも、シルフィエットやシーラのお爺ちゃんと色々と相談させて頂いた訳だが……。


 「あぁぁ、もう。やる事は多いけど、暇。というか飽きた」


 グテッとテーブルに上半身を預けてみれば、周りからは呆れた視線が。

 そして祖父からは大きなため息が返って来た。

 だとしても、つまらないのだ。

 この島の未来が掛かっている事は分かっているのだが、その前に私が腐る。

 室内で書類ばかり見ていては、頭からキノコとか生えて来るんじゃないかって程に息が詰まるのだ。


 「ねぇ、ダンジョンがまた活性化したって言ってたよね?」


 「駄目じゃ」


 「流石に屍竜は居ないと思うけど、今度は最奥に何がいるのかな?」


 「駄目じゃ」


 一切取り合ってくれない祖父に、筆を投げつけた。

 平然とキャッチされると、ストレスの発散にもなりはしない。

 あぁもう、暴れたい。


 「だって、アイツ等が攻略してから随分経つじゃない? 深層に何が居るのか、管理者が知っておくのは大事だと思いまーす」


 「安心せい、前よりずっと平和だと報告が入っておる。つまり、深層に行っても大したモノは居ないって事じゃ」


 「ちーがーうーのー! 私も見に行きたいのー!」


 「はぁ……誰に似たのやら」


 大きな大きなため息を溢しながら、お爺ちゃんは鉄扇を此方に投げて来た。

 およ? これは、もしかして。


 「本当に、息抜き程度じゃ。攻略しようなどと思うなよ? 少し旅行に行くようなものだと思って準備せい。儂も着いて行ってやる」


 「お爺ちゃん大好き!」


 「こういう時ばかり孫の特権を利用しおって……」


 そんな訳で、再び活性化した“飯島”のダンジョンに潜る事になった私達。

 前回は色々と例外ばかりが続いたが、今回は順当なダンジョン攻略だ。

 冒険を好む者として、これ以上の事があるのか。

 そんな事を思いながら、書類を無視して鉄扇を拡げてみせた。


 「今からダンジョンに向かうよ! 着いて来たい人だけ付いて来て!」


 「ったく、適当じゃのぉ」


 祖父の言葉と共に、周りの兵士達はバタバタと私の部屋を後にするのであった。

 きっと皆大至急準備に向かったのだろう。

 うん、ごめんね? いつも急で。


 ――――


 兵士達が頑張ってくれている中、私も前線に踏み込んで扇子を振るう。

 久しぶりだ、これ程までに暴れたのは。

 やはり戦闘は楽しい。

 生きているのだと実感できる高揚感と、爽快感。

 暴れ回り、周りから呆れた視線を向けられてしまう程には突き進んだ。

 周りの兵士だって弱い訳じゃない、他国のウォーカーに比べればずっとレベルが高いだろう。

 だというのに、なんか前より進行が遅いのだ。


 「比べるな、馬鹿者」


 お爺ちゃんからそんな言葉を頂きながら、ひたすらに鉄扇を振るう。

 様々な魔獣を魔術の刃が切り裂いて、人一倍働けているし攻略に詰まる事もない。

 更に言えば、今の所コレと言った被害も無し。

 怪我人も居ないのでかなり順調に進めている。

 あとやっぱり、ちゃんとドロップ品もあるし宝箱も出現する。

 だと言うのに、何か違う。

 人数が多い、警戒態勢が厳重。

 理由は色々あるだろう。

 しかしながら、やっぱり何か遅いのだ。


 「んもぉぉ! 前は同じ日数でもっと進んでたのに!」


 思わず“安全地帯”で不満を爆発させてしまった。

 こればかりは仕方がない。

 私の立場もあり、皆慎重になっているのだろう。

 それは分かる、分かるのだが。

 違うのだ。


 「なんか余裕ぶっこいてるみたいで気持ち悪い! 違うじゃん! 前は違ったじゃん! 何なの!? なんかモヤモヤするぅぅ!」


 ジタバタと暴れてみれば、お爺ちゃんから何度目か分からない呆れた視線が向けられてしまった。


 「ほんっとうにまだまだじゃな、お前は。以前は指揮官が良かったんじゃよ。何があっても、どんなに急いでも、どんな状況でも我々に仕事をくれた。だからこそ、儂等はギャーギャー騒ぎながらでも仕事が出来た。しかし今回の指揮官はお前じゃ、そこを前回と比べてみる事じゃ。だいぶ違うじゃろう? 暇な奴も居れば、疲れ切っている奴もいる。もっと精進せい、馬鹿者」


 お爺ちゃんの言葉と共に、周囲に視線を投げてみれば。

 確かに、言われた通りだった。

 私が前線に出張ったばかりに、前衛メンツは出番が少なく体力が余っており。

 逆に補助や援護をするメンツは疲れた表情を浮かべている。

 しかも私の立場上、皆は普段以上に気を使う筈だ。

 普段戦場に立たないからこそ見落としていたが、何処へ行ってもやはり“バランス”は大事な訳だ。


 「ふ~む、今日はカレーにしようか」


 「いいのぉ、前もそんな事があった。しかしながら、前回を超えるカレーが出て来るとは思えんが」


 「言ったな!? ドラゴンカレーより旨いって言わせてやる!」


 そんな事を言いながら、前衛メンツを集めて料理を開始した。

 誰も彼も料理なんて慣れておらず、むしろお疲れの後衛の皆が「手伝いましょうか?」って雰囲気を出していた訳だが。

 こんなの、適当で良いんだ。

 結果、皆で旨いって言って食べられればそれで良い。

 別に私たちは、ダンジョンの中で最高品質の料理を食べようとしている訳ではないのだから。

 なんて、飯島のトップが言ったら物凄く怒られそうだが。

 でも良いじゃないか。

 野菜が不格好に切れていても、肉が変な所で繋がっていようと。

 皆で“美味しい”と言って一緒に食べられるのだから。

 という訳で、慣れない面子と共にデカい鍋でカレーを作った結果。

 周りに居たダンジョンアタック中のエルフ達が、涎を垂らしながら此方に視線を送っていた。

 ならば、やる事は一つだ。


 「食べたい人は皆こっちおいでー! ダンジョンカレーだよぉ!」


 ドデカイ声を上げてみれば、他所のパーティも此方へと足を進めて来る。

 “休憩所”に居た皆が集まって来る勢いで。

 次々と集まって来る相手にカレーを盛り付け、足りなくなればどんどんと次を作る。

 そんな事をしている内に前衛だ後衛だ、同じパーティかどうかという区分も無くなってしまった。

 誰しも得意分野を生かして料理を始め、皆にご飯を食べさせることに夢中になっていく。

 こういうのも、悪くないかもしれない。

 何たって、この国は“飯島”なのだ。

 食事に拘らなくてどうする、食べる事が楽しくなくてどうする。

 ダンジョンの休憩地点に、飯屋や宿屋を作るのも悪くないかもしれない。

 儲けにもなるし、何よりダンジョンアタックしている皆には助かる事間違いなし。

 何かトラブルに巻き込まれても、飯島のエルフたちならレベルが高いから用心棒にもなる。

 何てことを考えながら、ひたすら食事を配っていれば。


 「もう少し、色々と拘ったカレーを出してみるのも良いかもしれんのぉ。ドラゴンカレーには敵わんかもしれんが」


 もっしゃもっしゃと一足先に食い始めているジジィが、隣でそんな事を言い始めた。

 この野郎、私はまだ食べてないのに。


 「お爺ちゃん、ちょっとは手伝おうとか思わない訳?」


 「いやぁ、孫の成長を見るのはいつ見ても良いものじゃのぉ」


 フォッフォッフォと笑う祖父に、思わずムカッと来た。


 「お爺ちゃんだけ、明日から携帯食料ね」


 「まて、それは待っておくれ」


 だったら手伝え、こんちくしょう。

 ひたすら謝り続けるお爺ちゃんを無視して、私たちは皆に食事の提供を続けるのであった。

 でも本当に悪くないかもな、ダンジョンカレー。

 休憩所があったり、持ち運びできる形を用意したり。

 名物的な印象が付けられれば、結構売れるんじゃないかな?

 今度人を動かして、他所の国のダンジョンでも売ってみようか。

 そんな事を考えながら、ひたすらに手を動かすのであった。

 あぁ~くそ。

 また食べたくなって来た、“ドラゴンの贅肉カレー”。


 ――――


 何てことがあった数日後、私たちは“サキュバス”の階層にたどり着いた。

 以前はどっかの黒い獣達が暴れ回って全滅させた、とても印象に残る階層になってしまった訳だが。

 普通に攻略するとなれば、色々と気を付けなければいけない。

 前みたいに全力で正面から、しかも全滅させる勢いでぶち当たる真似なんかしない。

 そんな事をすれば、この階層を抜ける頃には皆疲れ果てている事だろう。

 誰だって親しい人に刃を向けたい筈がない。

 例えそれがサキュバスだと分かっていても、視覚情報が余計に精神を疲弊させるというものだ。

 だからこそ、サキュバスに見つからずに抜けてしまうのが一番な訳だが……。


 「よう、何してんだ? こんな所で」


 馬鹿が一人、警戒心マックスな状態の私たちに対して声を掛けて来た。

 ったくもう、少しは声をおさえなさいよ! なんて、文句を言いたくなった訳だが。

 皆が皆、ビタリと停止した。

 だってコイツが今、ココに居る訳が無いのだ。


 「ありゃ? 今回は随分と大人数だな。エルフのお姫様も、ちゃんとお姫様だったって事かぁ」


 「あんまり変な事言わない方が良いって。普段残念だったとしても、一応王族なんだから……」


 不味い、非常に不味い。

 サキュバスは相手の記憶を読み取り、ある程度は“能力をコピー”してくる。

 だというのに、目の前には。


 「ご主人様、あまり他国のダンジョンで好き勝手な行動は……今はパーティも別な訳ですし」


 「ですよねぇ。ダンジョンアタックの最中に、急に声を掛けられたら誰でも驚きますって」


 いつかのメンバーが、勢揃いしていた。

 黒い鎧の四人組と、角の生えた聖女。

 いや、まって? 本当に待って?

 分かってる、彼らがここには絶対居ないって事は。

 でも、雰囲気がまるっきりあいつ等なのだ。

 だからこそ気を許してしまいそうになるが、間違いなくサキュバス。

 であれば、戦う他ないのだが。

 問題は、化けている相手が“化け物”だって事なんだ。


 「あ、あはは~……皆、撤退するよ~……」


 頬を思い切り引きつらせながらジリジリと後退してみれば、彼等は未だ軽い雰囲気で此方に近寄って来る。


 「なんだよ、どこ行くんだ? どうせなら一緒に進もうぜ?」


 「いやぁ、ちょぉっとお断り申し上げますかねぇ……」


 ヤバイ、眼の前の彼らだけじゃない。周囲から魔物の気配が伝わって来る。

 早い所撤退するか、さっさと戦闘に入らなければ囲まれてしまう。

 なんて事を思った瞬間。


 「よぉ、久しぶりだな?」


 「へ?」


 隣の建物から、また黒いのが出て来た。

 更には反対側の建物からも、屋根の上からも。

 ウゾウゾウゾウゾと湧いて来る。

 あ、これ、駄目なヤツ。


 「全員撤退ぃぃ! 全力で逃げろぉぉ!」


 叫びながら、皆一斉に走り出した。

 この階層に入ってから、そこまでの距離は移動していない。

 だからこそ、すぐに入り口も見えて来る訳だが……振り返ると、とんでもない光景が広がっていた。


 「いぃぃやぁぁぁ! 皆がいっぱいいる上に追っかけて来るぅぅ!」


 「術師は防御魔法! “ブレス”が来るぞい!」


 黒鎧の集団、というか方角メンツが大量に追いかけて来るだけでも恐ろしいのに、そのまた向こうではドラゴン聖女が何か準備しているではないか。

 待て待て待て、駄目だってそれは。

 サキュバスがどれくらいコピー出来るのかは知らないけど、視覚情報だけで人が死ぬってコレは。

 ヒーヒー言いながら走り続け、術師の皆が後方にプロテクションを張ってくれたその瞬間。


 「『ブレスッ!』」


 えらく眩しい閃光が此方に襲い掛かった。

 でも、魔術防壁を突き破る程ではない。

 やっぱりサキュバスだ、見た目を真似しているだけで威力は大した事は無い。

 キタヤマとニシダとミナミは妙に足が遅い、アズマとノゾミは本人達より身軽に動いているが。

 大丈夫だ、これなら逃げられる。

 正面切って対峙しても普通に勝てるかもしれない、なんて風にも思えてしまうが。

 しかしながらあの中に飛び込む度胸はなかった、普通に無理。

 この階層で暴れたアイツ等の記憶を持ちながら、“悪食”と戦うのは無理だって。

 しかも屍竜との戦闘もしっかりと記憶しているのだ。

 どこまでコピーされているか分かったもんじゃない。

 という事で。


 「はいっ! 皆帰るよー! 一目散に帰るよー! 私たちにこのダンジョン攻略は無理だ! 内勤最高ぉぉ!」


 「いやじゃぁぁ! 喰われる! 喰われてしまう! 皆の者、下がれぇぇぇ!」


 お爺ちゃんと一緒に叫びながら、私たちはダンジョンから逃げ帰った。

 なるほど、サキュバスが居るとこういう事にもなるのか。

 まさかまさかの、私達限定の強敵エリアが爆誕してしまった。

 あれで中途半端な位置にある、中間地点みたいなところなのだ。

 もうあそこがボス部屋で良いよ。

 他の人が向かえば普通の階層だけど、私たちにとっては完全にデッドラインだよ。


 「あぁぁ……気晴らしに行ったつもりなのに、物凄く疲れた……」


 「あれはイカン、完全に魔境じゃ」


 地上に戻って来た私たちは、みんな揃ってぜぇぜぇと荒い息を上げていた。

 これはもう、誰かがダンジョンを攻略するのを待つ他あるまい。

 元々難易度の高いダンジョンだったのに、私かお爺ちゃんが参加するだけで更に難易度が爆上がりしてしまうという最悪な仕様。

 駄目でしょ、コレは。


 「今度悪食がこっちに来たら、もう一回攻略してってお願いしてみよ……」


 「多分、あやつ等の事だ。絶対に断られるぞ……何たって大のダンジョン嫌いじゃからなぁ」


 「ですよねぇ……」


 思わず、大きなため息を溢してしまうのであった。

 ちなみに、以前からある“竜の死体処理経験者”の称号は未だ消えず。

 今回のダンジョンアタックで“黒鎧恐怖症”というとんでもない称号が追加された。

 これ、悪食の皆どころかシルフィエットに見られたら相当不味い気がするんだが。

 絶対に誤解を招く、あと反感を買う。

 という訳でステータスカードは見なかった事にして、机の引き出しにしまい込んだ上鍵を掛けた。


 「すまん、儂のも頼む」


 物凄く渋い顔のお爺ちゃんもカードを差し出して来たので、一緒にしまい込んで再び鍵を掛けたのを確認してから……私たちは、海に向かった。

 そして。


 「うぉぉぉらぁぁぁぁ!」


 朝日が眩しい真っ青な海に向かって、鍵を全力で放り投げた。

 キラキラと輝く私の机の鍵は、日の光を反射させながらも随分と遠い所にポチャンッと音を立てて落下する。

 ヨシッ! これで間違っても見られる事は無い、はず!

 ふぅ、とやり切った笑顔を浮かべた次の瞬間には真顔に戻り。


 「……仕事しよっか」


 「そうじゃのぉ……」


 二人揃って、トボトボと城へ向かって足を進めるのであった。

 何やってんだろ、私達。

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