第197話 孤児院 2
「皆さんおはようございます。いやぁ……暑いですねぇ……」
そんな声を上げながら、イリスさんが畑に向かって歩いて来た。
おや、珍しい。
今日はご令嬢自ら顔を出すとは。
「ども、お久し振りです」
「イリスさんおはようございます、暑いですねぇ」
俺とノアが適当な返事を返していれば、エルだけはスッと立ち上がり静かに頭を下げた。
孤児院を支援してもらっている上、今ではウチの商品を手広く扱ってくれている相手なのだ。
多分エルの対応の方が正しいのだろうが。
「今、冷たいモノを用意しますね」
「いつもありがとうエル君。御言葉に甘えちゃっても良いですか? ここまで暑いと、流石に喉もカラカラで……」
「すぐ持って来る」
それだけ言ってからエルは物凄い跳躍をみせ、建物を飛び越えるんじゃないかって勢いで走り去っていった。
相変わらず身軽な事で……最近はレベルもまた上がった影響で、とんでもない動きを見せる。
戦闘中などは、盾を持って付いて行く俺の身にもなって欲しいものだが。
まぁ、あの機動力がアイツの武器なのだから仕方のない事なのだろう。
とはいえ客前でやるなと声を大にして言いたい、イリスさんポカンとしてるぞ。
大事な取引先であり、孤児院の関係者って事でそこまで口うるさく言ったりはしないが。
「いやぁ……凄いですね。皆さんもちゃんと悪食だなぁって実感します」
「全っ然褒められてる気がしませんねソレ……」
思わず突っ込みを入れてみれば、イリスさんは困った様な顔で視線を逸らしている。
言いたい事は分かる、分かるけど何か納得いかない。
キタヤマ達が散々やらかしているので、今更俺達が普通のクランですってアピールした所で無駄なんだよな。
別に良いけど。
「イリスさん、収穫物はいつものマジックバッグで良いですよね?」
「あ、はい。ありがとうございます、いつもご苦労様です」
とりあえず話を戻してまずは仕事とばかりに、ノアがマジックバッグに野菜を突っ込んで行く。
取引量が増えたので、フォルティア家からいくつかマジックバッグを用意してもらい、納品と運搬は基本的にこの形になっている。
その為イリスさんだけでも孤児院にフラッと訪れ、バッグ一つを持って足軽に帰れるという訳だ。
いやぁ、本当コレがあると便利だよな。
流石に時間停止付与とか付いていないが、普通にこういうモノを用意出来るんだからやっぱりお金持ちって凄い。
俺達のパーティにも一つ欲しいとは思うのだが……なかなか手に入らないので仕方がない。
キタヤマ達に言えば多分一つくらいは貸してくれるのだろうが、そこまで甘える訳にもいかないので、俺達はダンジョンに潜り自分で探す事にしている。
「帰りの護衛にエルを付けますよ。ご令嬢一人でフラフラするのも危ないのに、バッグもあるなら余計危険ですから」
「もぅ……ノイン君は見た目の割に心配性ですよね。というか、私ももうご令嬢なんて言われる歳でもありませんよ? エル君からしたらオバサンです」
「いや、その見た目でオバサンって言われても……」
確かにエルより年上である事に間違いは無いが、俺達とそう大して変わらない年齢だった筈。
しかもちゃんと“貴族の令嬢”という見た目をしているので、俺等の周りに居る女の人より若く見えるのは確か。
こんな事言ったら、多分女性陣からぶっ殺されるが。
そんな雑談をしている内に、エルがマジックバッグを片手に戻って来る。
普段クーアさんが保管している、孤児院用の茶色のヤツ。
これも元々はキタヤマ達がフォルティア家から貰ったものだけど、今じゃ完全に孤児院の物資運搬用になっていた。
いいのかねぇ、とは思うが本人達もまるで気にしていないので心配するだけ無駄なのだろう。
「冷たい紅茶です、あと茶菓子も貰って来ました」
「ありがとうございます、エル君。休憩させて頂きますね」
という訳で、皆揃って日陰のテーブルへと向かう。
食事前ではあるのだが、まぁ軽くつまむって事で。
「ちょっと合わないかもしれませんが、試作品です。良かったら味見してみて下さい」
全員分の紅茶を準備してから、クッキーなどの茶菓子を並べた後。
エルがそんな事をいいながら、テーブルの真ん中に置いた代物。
おもわず、イヤイヤイヤとツッコミを入れたくなる物が出て来てしまった。
「紅茶飲むのに、コレは違わないか?」
「まぁね。とはいえ、冷たくておいしいよ?」
取り出されたのは、野菜の漬物。
孤児院で収穫されたマンドレイク野菜で作られているので、生で食っても旨いのは間違いないが。
紅茶と漬物って……。
「何だか随分と綺麗な形をしていますね? コレがお漬物なんですか?」
そう言いながら、イリスさんが即効で食いついていた。
前言撤回、この人ちゃんと貴族の令嬢やってるのは見た目だけだった。
珍しい物を見つけるとすぐ手を伸ばす癖は、完全に悪食寄りの思考回路だと言えよう。
とは言えまぁ、興味を持つのも分る。
適当に切って調味料に浸ける普段の物と違って、今目の前にはまるで花の様な形に整えられている物が並んでいるのだから。
「キュウリや人参、大根なんかを薄く切って巻いただけなんですけどね。手先が器用な子達に任せたらこんな事になっちゃいました」
ノアが説明しながら、取り皿を配っていく。
待っていましたとばかりに手を合わせてから、皆揃って漬物を一口。
うん、やっぱり旨い。
野菜その物の味が良いってのもあるが、醤油やみりん、酒に砂糖、後追いで塩を少々などなど。
何度も試作品を作って、塩辛くなりすぎない程度に調整した甲斐があるってもんだ。
米と合わせて食べる漬物ならもっと塩っ気がある方が良いのだが、単品で食べるのならこれくらい柔らかい味で丁度良い。
乾燥唐辛子を一緒に漬け込んだ事により、少しだけピリッと来るのも良いアクセントになっている。
何より今日みたいな暑い日には、こうサッパリした物がやはり旨い。
「不思議な食感ですね。柔らかいながらも、コリコリした食感が最後まで残って面白いです」
イリスさんも気に入った様で、早くも二つ目に手を伸ばしていた。
ドワーフ組に作ってもらった調理器具で、随分と薄くスライスした野菜各種。
均等な厚さに出来る事により味の染み込み具合も調整出来るし、何より少し手を加えるだけで見た目が良くなる。
なんて簡単に言ってみるが、俺がやったらボロボロになったり、花の形どころかクルクル巻いただけでも不格好になってしまったのだが。
その辺りは料理が得意なメンツに丸投げしたので、もっぱら味見が仕事になっている。
「ちょっとした付け合わせでコレが出てきたら、気分も良いでしょう。グリムガルド様のお店に売り込んでみます?」
「あぁ~サラさんの所か、悪くないかもしれませんね。今度配達に行く時にでもお土産にしてみますか。というか、気に入ったならイリスさんもお土産に持って行って下さい」
そんな雑談をしていれば、プラプラとバッグを揺らすエルの姿が。
皆揃って視線を向けてみれば、ニッと少しだけ口元を上げてから。
「帰りの護衛、俺が付くから。ノインならそういうと思って、フォルティア家にお土産準備してある、ついでにグリムガルド商会にも寄って来る」
そりゃまた、準備がよろしい事で。
頼むわ、と軽く返事を返す俺と違って、イリスさんは随分と嬉しそうにしているが。
「いつもすみません、お父様も喜びます。ウチは使用人も含めて、皆悪食ご飯大好きですから」
そう言う事を言ってくれるのは嬉しいが、はたして貴族としてソレは良いのだろうか。
いつもながら、疑問である。
孤児院も料理特化の奴が出てき始めてから、少しは見てくれも気にするようになったが……まぁ良いか、俺が考えても貴族の食事事情なんて分かんねぇし。
「こういう時に食いたくなるモンって言うと、後なんだろうなぁ」
ボヤキながら、シャクシャクと音を立てて漬物を頬張っていると。
何故か女性陣二人から笑われてしまった。
なんだよ、間抜け面でもしてたか?
「なんだか、本当に悪食って感じになりましたね。ノイン君も」
「ですねぇ、よく似てます」
二人の言葉に、思わず首を傾げた。
コレと言って特に、変な事を呟いたつもりはないのだが……。
「食べてる間にも、次のご飯を考える。リーダー達に似て来たね、ノイン」
しれっとエルからもそんな事を言われ、思わず天を仰いでしまった。
なるほど、言っている意味が分かった。
しかし。
「な、なんか常に食い意地張ってるみたいで、すげぇ嫌だ……」
「ま、家族に似て来るのは仕方ないって。ノインも大人になったんだねぇ」
「ソレ老けたって言われてる気しかしねぇよ。というか、お前も同い年だからな」
なんて雑談をしながら、その後もお茶会モドキをまったりと満喫するのであった。
――――
その後イリスさんを見送り、エルも護衛として出かけて行った。
未だ裏庭でのんびりしながら、畑を元気に走り回っている小動物を眺めていると。
「ノイン、今日は何か予定あるの?」
ふと、ノアからそんな声が掛けられた。
う~んと少しだけ頭を捻って、予定を思い出してみるが。
「いや、コレと言って無いな。武具の修理をドワーフ組にお願いするくらい」
「あはは、ノインはタンクだもんね。鎧も盾もすぐボロボロになっちゃう」
そればっかりは仕方ない事だろう。
現在は俺とエル、そしてノアの三人で組んでいるが。
エルはとにかく動き回るし、ノアは攻撃する術を持たない。
だからこそ、より一層俺が守る必要が出て来るってもんだ。
「ごめんね、迷惑ばっかりかけて」
「それが俺の仕事だっつの、謝るな」
「うん、もう何回も言われてるもんね。ありがとう、ノイン」
「おうよ」
ポツリポツリと会話が進んで行く中、そろそろ戻るかと腰を上げてみれば。
「あのさ、今日買い物に行かない? 新しい服が欲しいなって」
「あぁ、別に良いけど……俺で良いのか? 女物の服とか分かんねぇぞ?」
「別に良いよ、ノインが気に入ったのを選んでくれれば」
だ、そうで。
へいへいと軽く返事を返してみれば、彼女は少しだけ呆れたような顔で此方を見上げて来た。
「ほんと、ノインも悪食だね」
「またかよ。今度はどういう意味で?」
「さぁね」
それだけ言って、ノアはそっぽを向いて走って行ってしまった。
何だったのだろうか。
さっきの会話こそ、“アイツ等”っぽい所など無い気がするのだが。
相も変わらず、女心ってのはわかんねぇわ。
なんて事を思いながら、グッと体を伸ばし小動物達に声を掛ける。
「おーい大根丸、非常食。飯いくぞー」
声を上げればズダダッという程の勢いでこちらに寄って来る、巨リスに跨った大根。
ほんと、変なペットも居たもんだ。
何度見ても、そんな感想を思い浮かべて笑ってしまう。
さてさて、今日は休みだ。
ノアの買い物に付き合う他は、何をしようか。
何だかんだ働いてばかりなので、こういう日くらいは好きな事がしたいってもんだ。
久々に実家にでも顔を出すか?
親父は良い顔をしないかもしれないが、弟には会いたいし。
とかなんとか、今日の予定を考えながらのんびりと歩き始めてみれば。
「ノイン、お話があります」
なんだか怖い笑顔を浮かべたクーアさんに呼び止められてしまった。
今日は別に怒られる様な事はしていないはず、だからビビる必要などない。
と、自信を持って言えれば良かったのだが。
彼女が持っている紙切れを目にした瞬間、思わずウッ! と声を上げてしまった。
そこには、間違いなくエルの字で。
『お土産用に拝借。リーダー指示により』
アイツ、まさかとは思うが。
「お漬物とお菓子、マルっと消えていましたが……ご存じありませんか? “少年組のリーダー”さん?」
気が利くなんて思った俺が馬鹿だった様だ。
フォルティア家とグリムガルド商会に持って行ったお土産、まさか無断で拝借して来たのかあの馬鹿。
しかも、責任を俺に押し付けやがった。
確かにお土産を言い出したのは俺だが、指示は出してねぇ。
というかその話が出て来た時には既に掻っ攫った後じゃねぇか。
「あぁ~いや、そのですね。今日はイリスさんが来たので、あと商会のお土産に……あ、あはは」
引きつった笑みを浮かべながら、なんとか言い訳を続けていれば。
クーアさんは静かに笑いながら。
「ノイン、口元。食べカスが付いていますよ?」
「……えっ!?」
ゴシゴシと口元を擦ってみたが、コレと言って何かに触れた感触は無し。
あ、ヤバイ。
「冗談です。でも、やっぱりつまみ食いしたんですか? 困りましたねぇ、リーダーがその調子では。今は落ち着いていますが、食べ物だって無限にある訳ではないんですよ? 今一度初心に帰った方がよろしい様ですね」
そう言って、ニコニコしながら此方に歩み寄って来るシスター。
コレはもう、確実にお説教パターンだ。
顔を引きつらせながら、ジリジリと後退してしまう。
エル、おいエル、今すぐ帰って来い。
茶目っ気のつもりかもしれんが、洒落にならんぞ。
「ノイン、正座」
「……はい」
そんな訳で、この歳になってもシスターからお説教を食らう羽目になってしまった。
今朝の事を説明し、一応短時間でお許しが頂けた訳だが。
今度からは大人組にも話を通せというのと、もっと余裕を持って起きる様にとお小言を言われてしまう始末。
結果、買い物に付き合う約束をしていたノアを待たせてしまい、次はノアにペコペコする事に。
まったく、とんでもない休日もあったもんだ。
思わずため息を溢してしまうが、まぁ……悲しい事に割と頻繁に起こる出来事。
結局休日の残り時間は、ノアのご機嫌取りに使う事になってしまったのであった。
ほんと、ココはいつまで経っても忙しいわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます