第196話 孤児院

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 今回のお話はサポーター限定近況ノートに上げたSSになります、先読み的な感じで。

 その他限定SSも投稿されておりますので、どうぞよろしくお願い致します。


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 朝の匂い。

 非常に抽象的な表現だが、確かに感じる事の出来る独特な匂いと雰囲気。

 まだ日が昇り切っていないがゆえに、湿った空気の香りが嗅覚に届く。

 そして瞼の向こう側からでも眩しいと感じる朝日が、部屋の中を照らし始め……。


 「ピギャァァァァ!」


 これだよ。

 清々しい朝、だというのに。

 ココではとんでもない悲鳴から一日が始まる。

 もはや慣れたと言える出来事だが、毎朝毎朝鶏の如く叫ばなくても良いのに……などと思いながらベッドから体を起こしてみれば。


 「おはよ、ノイン。今日俺達の当番だよ」


 既に身支度を済ませたエルが、優雅に紅茶なんぞを飲んでいる。

 ガキの頃から見ている身としては、こういう時「成長したなぁ……」なんて感じてしまうが。

 いざ言葉にすればキタヤマ達同様、オヤジ臭いなんて言われてしまうのだろう。


 「昨日は外で仕事だったってのに。相変わらず起きるのが早いな、エル」


 「ウォーカーの仕事と、孤児院の仕事は別だからね。切り替えないと、ダラける」


 ごもっとも。

 この辺りは俺も見習わないと、下の奴らに示しがつかないだろう。

 いくら疲れていようが、皆から見える所でダラけてばかりでは信用などされないのだ。

 仕事ってのはしっかりこなすモノだが、それ以上に“仕事をしている姿”を見せるのは大事だ。

 人は、見えない所で頑張っている人を中々評価しないもの。

 それがリーダー達からの教えだ。

 要は頑張った時に、頑張った分だけ周りに認められるアピールをしろ、という事らしいが。

 最初は意地汚い様に感じてしまったが、いざ自身がずっと動き回る立場になると分かる。

 物凄く疲れる程働いても、周りから軽く思われると結構心に来るのだ。

 そんな時に言葉だけ並べても信用は得られない。

 だからこそ、見える所でってのが重要なんだと実感する。

 なんて……彼等の考えに同意してしまう自分が、なんだか凄く歳を取った気がして嫌だ。


 「いつまでも寝ぼけてない、行くよ?」


 「おぉ~う。その前に、紅茶一杯くれ」


 「全く……もう少し早く起きればゆっくり飲めるのに」


 エルは呆れ顔を浮かべながらも、俺の分の紅茶を準備し始めてくれるのであった。

 あぁもう、どっちが年上か分かんねぇなコレ。


 ――――


 「あっちぃ……まだ朝だってのに」


 「ノイン、文句ばっかり言ってないで早く。また怒られるよ」


 孤児院の裏手までの道のりをタラタラと歩いていれば、後ろからエルに蹴っ飛ばされてしまった。

 何だか最近、エルの行動がシロに似て来た気がする。

 全員と仲良くしている印象が強いから、特別シロとだけ繋がりが強い訳ではない筈なんだが……なんだろう、歳を追うごとに足癖が悪くなっている。


 「わぁってるって。今日は野菜全般だっけか?」


 「そうだね、この天気で随分と育ってる。フォルティア家の人が回収に来てくれるから、それまでに収穫しておかないと」


 そんな会話をしながら孤児院の裏手、皆で世話している畑まで到着してみれば。


 「ピギャァァァ!」


 大根丸が俺達の姿を確認した瞬間、奇声を上げやがった。

 お前は監視用のトラップか何かか。

 思わず突っ込みを入れたくなるが、実際その通りなので何とも言えない。

 キタヤマ達がこのマンドレイク……通称“大根丸”を連れて来てから、孤児院では高級野菜が採れるようになった。

 本来ならマンドレイクが生息する程、森の奥深くまで足を踏み入れなければ手に入らない筈の物品が、家の裏庭で採り放題なのだ。

 そんな事になれば、当然盗人が出る。

 ココの噂を聞いても盗みに入るなんて、相当根性あるなと褒めてやりたいくらいだが。

 しかし盗人は盗人。

 野菜を勝手に収穫しようとする輩が侵入した場合、真っ先に大根丸が気づく。

 育てた植物と意識が繋がっているのかと疑いたくなる程、察知能力が高い。

 相手がホクホク顔で野菜泥棒を始めたところで、大根丸が昼夜問わず叫び声を上げる訳だ。

 その結果戦闘メンツは外に飛び出し、逃げようとする盗人は悪食魔女様の拵えたトラップに捕縛されるまでが大体の流れである。

 ちなみに、今までは侵入すら許さない程トラップだらけだったのだ。

 だが俺達の訓練という名目の元、ガチガチの防衛トラップは建物自体に侵入しようとしなければ発動しない。

 逆に逃げようとした時には、何が何でも捕まえるタチの悪い罠が張り巡らされているが。

 まぁそんな訳で、新しく増えた子供達も平和に過ごせて何より。

 なんて、良い話で終われば良かったのだが。


 「やっと来た、遅いよ二人共! いつまで寝てるの!?」


 大根丸の叫び声につられて顔を出したノアが、プリプリと怒った顔を此方に向けて来る。

 ちくしょう、大根丸め。

 何食わぬ顔で作業を始めて、少し前から居ましたけど? みたいな空気を出そうと思ったのに。

 全てが御破算に終わってしまった。


 「悪かったって、ちょっと昨日までの疲れが……」


 「それは皆一緒、ボクだって二人と同じパーティなんだから」


 「ちょっと体調が優れなくて……」


 「それが本当ならクーアさんの所に連れて行くけど、仮病だった場合は……知らないよ?」


 「……聞かなかった事にしてくれ」


 アホな会話を繰り広げていれば、隣のエルからは非常に大きなため息を溢されてしまった。


 「一応時間ギリギリには起きたんだけどね、ノインがまったり紅茶なんか飲んでるから」


 頼むからソレは今言わないで欲しかった。

 見る見るうちにノアは笑顔になっていくが、顔に影が落ちている。

 止めて、笑ってるけど怖い。


 「ノイン? ねぇ、ボク達ココの最年長だって自覚ある? というか年長とか言っていられないくらいに、ボク等は大人になってしまった訳ですよ。わかるかなぁノイン、いつまでも子供気分で居ると、下の子が真似しちゃうとか思わないのかなぁ? ボク達はもう保護される側じゃなくて、保護する側に回ってるんだよ?」


 フフフフフッと暗い笑みを浮かべながら、収穫用の鎌を持って近づいて来るノア。

 彼女もまた、俺達と同様ウォーカー登録を済ませ共に仕事をしている仲間。

 他にも歳の近い奴らはウォーカーになったり、職人として仕事をしていたりと色々だ。

 皆成長したなぁ、などと思っているのもつかの間。

 もっと下の子達が増え、相変わらず孤児院は忙しい事になっている。

 そして、そうなれば当然上は逞しくなる。

 今のノアの様に。


 「ま、待てノア。俺が悪かった……だからそんなモン持って近づいて来るな。普通に怖ぇって! それも悪食ドワーフ組が作ったヤツだろうが、凶器だよ凶器!」


 「ノインも最近色気づいて、ちょっと髪の毛伸ばしちゃおうとか思ってるでしょ? ギルさんみたいに伸ばすつもりなのかな? あんまり調子に乗ってると、野菜と一緒にノインの髪も収穫しちゃうよ?」


 ジリジリと鎌を片手に迫って来るノアから距離を置いて後退していれば、置き去りにされたエルからはもう一度深いため息が漏れた。


 「あのさ、いちゃ付くなら二人の時にやってくれない? 反応に困るよ」


 「「そうじゃねぇ(ない)よ!?」」


 二人してデカい声を上げながら、怒鳴りつけてしまうのであった。


 ――――


 徐々に日が高くなっていく中、俺達は野菜の収穫を急いでいた。

 家に居る時くらい、もう少しゆっくりしたい気持ちもあるのだが。

 それでも、今俺達が収穫している物がチビ共の飯代に変わると考えれば手など抜ける筈もなく。

 黙々と、そこら中に瑞々しくぶら下がる高級野菜を収穫する。

 コレを作った張本人である大根丸は、“非常食”と呼ばれる巨リスに跨って畑の中を走り回っている。

 呑気なもんだとため息を溢してしまうが、これもアイツが居るから手に入れる事が出来るのだ。

 文句を言うのは筋違いだと分かっているが、汗水流しながら仕事をしている間に周りをチョロチョロ走り回り、二本の串でたまに突いて邪魔してくる大根丸に思わずチョップを入れてしまった。


 「ピギャァ!」


 「もうちっとしたらチビ共が来るから……邪魔すんなって」


 何やら悲痛な叫びを上げながら、非常食と共にノアの元に走り去っていく大根丸。

 ノアの所に行けば構って貰えるとでも思っているのか、大体俺に怒られた時は彼女の元に逃げるのだ。


 「どうしたの? あぁ、またノインにいじめられた?」


 背の高い植物の向こうで、何やら物申したくなる声が聞えて来た訳だが。


 「イジメてねぇよ、邪魔されただけだ」


 「ちょっとくらい良いじゃない。大根丸と非常食だって、いつも畑に居るだけじゃ飽きちゃうんだよ」


 何てことを言いながら、二匹の小動物を抱っこしたノアが顔をのぞかせた。

 両方とも、随分と満足げな顔を浮かべて……いや、大根丸の表情はわからんが。

 相変わらず三つの穴が開いているだけだし。

 でも何となく、ちょっと生意気そうな感情を浮かべているのが雰囲気で分かる。


 「分かってるって。けどな、大根丸。その表情を今すぐ、やめろ」


 「……? いつもと変わらない様に見えるけど」


 「いや、間違いなくドヤッてる」


 「そう、なのかな?」


 不思議そうに首を傾げるノアが、より一層胸元に二匹を抱き上げれば。

 大根丸はウネウネと機嫌良さそうに動き、非常食は心地よさそうに彼女の胸元に引っ付いて目を閉じた。

 そのまま眠っちまうんじゃないかって勢いで。


 「ノイン、羨ましがってないで、仕事」


 「エル、うるさい」


 後ろからポツリと呟かれ、思わず言葉を返してしまったが。


 「ノイン、羨ましいの? 今じゃ孤児院の中で一番でっかいのに、まだまだ子供だねぇ……抱っこしてあげようか?」


 呆れ顔のノアが、ヤレヤレとため息を溢してから二匹を下ろし、更にはこちらに向けて両手を拡げて来た。

 違う、そうじゃない。

 というかお前、普段からそんな事周りの奴にやってないだろうな?

 コイツも結構抜けている所があるから、色々と不安になって来るんだが。

 なんて事を思いながらジトッと睨んでいれば。


 「ノア、これでもノインは十九歳児。流石に抱っこでは済まなくなるよ、ノアだってかなり成長したんだから、いい加減男を警戒しようよ」


 俺の言いたい事を全部エルが言ってくれた。

 というか、余分な言葉まで色々聞こえた気がしたが。

 なんだよ十九歳児って、何故“児”を入れた。

 思わず今度は振り返ってエルを睨んでみれば、彼はシレッとこちらの視線を流したまま野菜を収穫していく。


 「ん? うん? あ、あぁ! そう言うことか!」


 「そう言うことか、じゃないんだよ。エルの言う通り、もう少し危機感をだな……」


 「でもアナベルさんとかアイリさんみたいにでっかくないよ? ……ミナミさんとかシロさんよりかは大きいけど」


 「それは言ってやるな……というか胸の話をしたかった訳じゃないから、違うから」


 やはりノアは少しばかり抜けている。

 悪食の下に来るまで、“魔人”だからという理由で各地を逃げ歩いた影響もあってか、とにかく他の人に比べて距離感が曖昧なのだ。

 子供ならまだしも俺にだって引っ付いて来るし、今みたいに胸がどうとか平気で男にも話しちゃうし。

 やはり悪食の若い衆取りまとめ役としては、どうしても心配になってしまう訳で……。


 「ノイン、心配しなくても平気だと思う。ノアは、ノインが居ない所だと全然他人に近づかないから」


 「エル!? 何を言っているのかなぁ!? ボクだってノインと同い年だし、未だに周りにビクビクしているなんて、まさかそんな事無いよ!?」


 「でも事実」


 今度はノアがエルの攻撃を貰い始め、彼女は悶え苦しむかのように体をグネグネしながら身を屈めてしまった。

 さっきまで畑仕事というか、野菜の収穫をしていた手で赤い顔面を押さえながら。

 手袋はしているが、問題はそこじゃないだろう。

 顔、汚れるぞ。


 「違うもん、ボクだって頑張って馴染もうとしてるもん。でもウォーカーの皆体がおっきいから……ちょっと怖いだけだもん。ノインだったらしがみ付いたまま戦場を走り回った事もあるから、平気なだけだもん」


 なんか、ブツブツ言い始めてしまった。

 どうすんだよコレ。

 ボリボリと頭を掻きながら、再びエルに視線を向けてみれば。


 「どうでも良いけど、二人共仕事。もうフォルティア家の人来ちゃうよ?」


 「「すみませんでした」」


 そんな訳で、俺達は再び口を噤んで作業を開始する。

 ちょっとだけ気まずいというか、気恥ずかしい空気になってしまったが。


 「ノア」


 「なにさ」


 野菜の葉や蔦が張り巡らされている向こう側から、不満そうな声が聞えて来る。


 「俺が居ない時は、下手にそこらの男と絡むなよ?」


 「子供扱いしないで」


 これまた不機嫌そうな声。

 此方からは見えないが、ブスッと頬でも膨らませている事だろう。


 「子供扱いしてねぇから言ってんだよ」


 「……うい」


 なんて会話を最後に、俺達は大量の野菜を収穫していくのであった。

 あぁ、今日採れたキュウリめっちゃ旨そう。

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