第195話 報告書 (姫)


 「支部長~お久しぶりです、お土産でーす」


 船旅から帰って来たアイリがえらく緩い声を上げながら扉を蹴破り、ドカッとテーブルの上に大量の物品を並べ始めた。


 「おかえり、遠征ご苦労だったな。土産もすまない、だがしかし扉は脚で開けるな。そろそろ壊れそうだ」


 「だって手が塞がってるんですもん。あ、そうだ。姫様とシーラの支部長からも手紙預かってますよ」


 なんだか前より日焼けした気がするアイリは、大量のブツをテーブルに並べ終えてから二つの封筒を取り出した。

 シーラの支部長という事は、ナタリーからか。

 辞めたりしていなければ、だが。

 アイリもギルド職員だし、そちらから手紙を受け取って来るのは分かる。

 が、しかし。

 何故姫様からの手紙がある。

 内密に進めたい重要な話でもあったのか……いや、それはないな。

 あの人の事なら、手紙を出すより直接私の部屋に来ることだろう。

 何たって影移動が出来るのだ。

 こちらに来る暇さえ惜しいのなら分からないが、最近の彼女の行動を見るに「手紙を書くより直接会った方が早い」くらいに登場するのだ。

 感覚がおかしくなって来ている気がするが、国の女王がそこら辺にすぐ登場する。

 これって結構問題だよな……?

 ふむ、と首を傾げながら封筒を受け取ってみれば。

 “報告書在中”の文字が。


 「ふんっ!」


 その文字が見えた瞬間、思い切り片方の手紙をテーブルに叩きつけた。


 「支部長……流石にそれは不敬罪になりますよ? いや、本人もちょっとした悪戯ですって楽しそうに書いてましたけど。随分仲良くなりましたね?」


 「好きでこんな状況になった訳じゃない……事の発端は間違いなくお前らだからな?」


 呆れた視線を向けられたので、こちらもジロリと睨み返してみれば。

 アイリは「さて何の事やら」みたいな雰囲気で手をヒラヒラさせてみせる。

 相変わらずコイツは……まぁ良い、それよりも手紙だ。

 何か仕事の話でも書いてあるのなら、さっさと読んでしまった方が良いだろう。

 という事で封を開けようとすれば、そのタイミングでアイリは退室する様子を見せた。


 「そんじゃ受付いってきまーす」


 「あぁ、頼む。それから土産の礼は今度持っていくとアイツ等に伝えておいてくれ」


 「はいはーい。了解でーす」


 とんでもなく緩い返事を返して来るが、手紙を読み始めるという事で席を外してくれたのだろう。

 こういう気遣いは出来るのに……何故扉は脚で開けるのか。

 その後何事も無かったかの如く出て行くアイリの背中を見送ってから、改めて手紙を開いた。

 まずはナタリーの方から。

 コイツが手紙を送って来たくらいだ、間違いなく仕事の話かクレームの筈。

 何か問題があったのか、それとも今回の一件で何かしらの事態が発生したのか。

 なんて、思っていたのだが。


 『支部長辞めます、養って』


 「本当に何があった!?」


 手紙の初っ端から、とんでもない事が書かれているのであった。


 ――――


 やぁやぁ久しぶりだね、君のナタリーだよ。

 なんて、言える気分だったら良かったのですが。

 大変急なお話で申し訳ありません、マジでもう無理なんで貰ってください。

 勿論そちらで仕事を見つけて、私も働きますので結婚して下さい。

 どうかお願います、このままでは死にます。

 仕事量が多すぎて、婚期を逃すどころか棺桶に書類を突っ込まれそうな勢いです。


 「いつもの軽い文章はどこへいった……というか何があった?」


 思わず本気で心配してしまう程、彼女の文章からは真剣さが見て取れた。

 いつだって飄々としていて、戦闘能力や指揮能力で言えば俺以上に逞しい彼女が。

 とにかく続きを……。


 今回三国による協力関係、条約が結ばれたのは既にご存じかと思います。

 その影響、と言って良いのかわかりませんが。

 ウチの国の王様が急に来まして「飯島にもウォーカーギルドが欲しいんだそうじゃ、という訳でよろしくのぉ~」とか言って帰っていく事態が発生しました。

 なんで私に言うの? なんで仕事全振り?

 手続きとか、現場の調査とか色々あるんですけど。

 それにギルドを作ってもウォーカーが居ないんじゃ、話にならないんですけど。

 その諸々の事情を含めた手続き書類を、まとめて本部にぶん投げました。

 飯島の王から、ギルド支部設立の申請が来ましたっていう書類だけ作って、本当に全部ぶん投げました。

 間違いなく近くの支部って事で私に調査依頼が来ると思うので、辞表も一緒に送りつけました。

 非常に頼もしい職員なんかも育ってきているので、支部長昇格の推薦書類と共に。

 という訳で、本部からの返事と引継ぎが終わったら自由になります。

 よって、私はイージスへと向かおうと思います。

 改めまして、これからよろしくお願い致します。

 ナタリーより。


 「いや、それ……辞められるのか?」


 そもそも新しい支部を作るという話になれば、人員を確保しなければならない。

 近くの支部から人を出すのは当然の事、現地の人々から職員を募集し、育てる。

 しかもシーラの支部長の座を誰かに譲る形を取った所で、新しく飯島支部の支部長だって必要になってくるのだ。

 つまりは、どう考えても人手が足りない。

 しかも今まで支部を回して来た人間を、本部が早々に手放すとは考え難いのだが……彼女の所には、何人も支部長に匹敵する程の能力を持った職員がいるという事なのだろうか?

 だとしたら、相当凄い。

 私も見習って、職員を育てなければと改めて気を引き締める想いになる訳だが。


 「まぁ……いいか。どうせ結果が分かるのは随分後だろうしな」


 辞めるにせよ続けるにせよ、これからは向こうの国とも交流が増えるのだ。

 今までの様にロングバードが飛ぶ時期にしか連絡が取れない訳ではない。

 ギルド本部に行く機会なんて滅多にないし、下手をすれば一度も本部に行かないまま職務を全うする支部長だってどこかには居る事だろう。

 それくらいに、移動手段という意味で我々が集まる事は厳しかったのだ。

 当然、顔を合わせる事すらも。

 だがこれからは違う。

 本部云々は今まで通りだが、シーラとの流通が増えれば手紙のやり取りはこれまで以上に楽になる筈だ。

 という訳で、結果報告を大人しく待つ事にしよう。

 多分無いとは思うが……万が一彼女がこっちに来てしまった場合は。


 「その時ばかりは、流石に身を固めるか」


 フッと呆れた笑みを溢してから、彼女の手紙を机の引き出しにしまい込んだ。

 さて、では問題の方を見て行こうか。

 “報告書在中”と書かれた、問題のブツ。

 今までの生活がアレだったので、開放感からなのか、ウチの姫様も随分と歳相応と呼べる行動を取る様になった。

 それは人として喜ばしい事だし、悪食と関わって居る時の彼女はとても楽しそうだ。

 傍から見ていても微笑ましいと思える行動な上、何より自らの仕事はしっかりとこなしているのだ。

 なので、少しくらいの悪戯は笑って流してやるのが大人というもの。

 それは、分かっているのだが。


 「立場の問題があるのと、内容が何故いつも飯の事なのか……」


 盛大なため息を溢しながらも、彼女からの手紙を開いてみれば。

 そこにはやはり。


 『今回も美味しかったです!』


 「ふんっ!」


 一文目から攻撃して来た姫様の手紙を、とりあえずテーブルへ叩きつけるのであった。


 ――――


 今回も美味しかったです!

 お久し振りです支部長。

 この手紙を読んでいる頃には私も帰って来ているので、直接お邪魔しようかとも思ったのですが、些かやる事が多そうなのでこうして手紙を綴っておきます。

 本来この様な報告書はもはや必要ない事は分かっているのですが、それはそれ、これはこれという事で。

 船旅は楽しいのですが、夜部屋から出してもらえない時などは暇なのです。

 そんな訳で書いてみました、ご了承くださいませ。


 「貴女は……何をしているのですか姫様。いや、羽を伸ばしている事は良く分かってるんですが」


 大きな大きなため息を溢しながら続きを読んで行けば、各国との交渉が上手く行ったこと、今後時代が変わると言っても過言ではない程の動きが見られた事。

 そして国と大きく関わった悪食がウォーカーである事から、こちらにも色々と仕事が増える事などが書かれていた。

 ここまでは普通の報告だ。

 わざわざ国のトップが、たかがウォーカー支部へ手紙を気分で送って来ている事を除けば。

 そしてやはり、問題はここからだった。


 海老と聞いたら、支部長ならどんな物を想像しますか?

 パーティーなどでも出て来るアレです。

 お金持ちの貴族や、王宮のパーティーでも見られますよね。

 やはり海から遠い事もあり、大きな物を用意出来るとそれだけで周りからも評価されそうな、あの子です。

 もう馴染み過ぎて、あの子と呼んでしまう様になってしまいました。

 それはさておき、その海老。

 凄いんです、貴族のパーティーに登場する子達が「子供だったのかな?」などと思ってしまう程、大きな海老が獲れるのです。

 もちろん海の魔獣であり、魔石もあるので少々手間はかかると言っておりましたが。

 とにかく大きく、プリップリなのです。

 なんでもハツミ様がこういったモノの扱いは長けている、という事で。

 皆揃って料理を教わってしまいました。

 普通の海老よりもずっと固い殻、下手に手を出したら怪我をしそうな立派なヒゲや足。

 あとちょびっとだけ角が生えていました。

 見慣れると可愛らしいなんて思ってしまいますが、コレも魔獣だからと皆様からとても注意されてしまいましたが。

 さて、そんな海老がどうなったかと言えば。

 まずは焼きです。

 豪快に真ん中から半分にして、網の上で焼くんです。

 調味料などを上から振り掛けて、ジュワジュワと沸騰しながら潮風に負けるかとばかりに良い香りを放つ海老達。

 フツフツと煮立つ醤油に酒、それらを吸い込む事でどんどんと柔らかくなっていく真っ白い身。

 網に乗った状態のまま、お箸で頂きましたが……コレがまた凄い。

 しっかりと味が染みている上、身はフワフワと柔らかく、噛みしめれば確かな食感と旨味が口の中に広がって行く。

 海老とは、こういうモノなのかと改めて実感してしまう程。

 噛めば噛むほど味が広がり、食べていても唾液が止まらなくなる思いでした。

 しかも焼きにも色々ありまして、もっと豪快に海老をそのまま網に乗せて、硬い殻をバリッと壊してから剥がすという食べ方も教えて頂きました。

 魔石の件もありますので、ある程度の処理は必要となりますが。

 しかしながら、此方はまた別格。

 何と言っても豪快に食べているんだという満足感が違うのです。

 私の力では甲殻を砕く事も、剥がす事も出来なかったのは無念ですが。

 そこはギルさんが義手で剥いてくれました。

 彼の義手は力も強いし爪も尖っていますし、とても便利ですね。

 改めて、彼を私の騎士に選んで良かったと思わされました。


 「ギル……苦労しているな」


 完全に世話係になっている上、戦闘用の義手を海老の殻剥きに使われてしまっているのだ。

 この手紙を本人に見せたら、多分泣く気がする。

 それだけ平和だったのだと思えば良いのかもしれないが、だったら義手を変えさせろと叫ぶ事だろう。

 いや、でもアイツも何だかんだ言って義手は気に入っている様だし、姫様の面倒を見るのも嫌いじゃなさそうだから……うん、私が気にする事では無い気がした。

 まぁ良しとしよう。

 今は子供も生まれて幸せいっぱいなのだから、今度旨いモノでも差し入れに行こう。

 そんな訳で、手紙の続き……というか報告書を捲ってみれば。


 焼き、茹で、揚げと色々味わいましたが、本当に驚いたのは海老の頭ですね。

 おつまみに良いと言って皆様バリバリ食べていましたが、やはり先入観というか、見た目で思わず唸ってしまったのですが。

 いざ揚げたソレを口に入れてみれば、非常にパリパリサクサクと、とても癖になりそうな味わいでした。

 大きなモノになる程硬さも増しますが、小さい子達なら本当に次から次へと手を伸ばしてしまう程。

 食わず嫌いは勿体ないと言いますが、コレはまさにソレです。

 海老の頭は捨てるモノ、なんて思っていたから嫌悪感がありましたが、食べてみれば皆様と奪い合う様にして口に放り込んでしまいました。

 凄いんですよ? まるでお菓子の様です。

 食感も楽しければ、海の香りを楽しむかのような鼻に残る香り。

 これ、ずっと食べていられます。


 「姫様? 貴女は何を食べていらっしゃる?」


 アイツ等がまたおかしなものを拵えたのか、また姫様が壊れている気がする。

 海老の頭? え? アレだよな? 食えるのか?

 なんて首を傾げながら、続きに目を通していく。

 その後も飯島の料理がどうだったとか、初めて魚を釣って皆で食べたとか。

 そんな事ばかりが綴られており、思わず微笑ましくなってしまったのは確かだ。

 今までの人生を取り戻すかの如く楽しんでいるのは良いのだが、文章を書き慣れた人物が飯の事を書くと、どうしてこうなってしまうのだ。

 アイリも、今では国に帰ったグリムガルドの商人も、姫様も。

 誰も彼も、何故ここまで味やら食感やら無駄に詳しく書く?

 コレを読んでいる俺の気持ちを考えないのか?

 確かに土産はある、あるが皆乾きものや酒などが殆ど。

 非常に珍しいし、どれも旨そうだ。

 しかしながら今私の口は、海老を求めてしまっているのだ。


 「ぬぁぁぁ! ちくしょうっ!」


 という訳で、今回も手紙を壁に向かって投げつけた。

 不敬ではあるが、そんなもの知らない。

 悪戯な気持ちで報告書を送って来た姫様が悪いのだ。

 今度何処かで旨いモノでも食って、次に会った時にその話を語ってやろうか。

 何てことを思っていれば。

 コンコンッと静かに扉からノックの音が聞えて来た。

 おや、こんな時間に珍しい。

 入室を許可する声を返してみれば。


 「失礼しまーす。支部長、こんな時間にすみません。お届け物です」


 悪食の所の子供達が、バスケットを手にして顔を出した。

 お? おぉ?

 いつもなら仕事を終えた後に食事を届けてくれる約束だったが、今日は随分と早い。

 ちょっと期待しながら、彼等を迎え入れてみれば。


 「リーダー達から、お土産だそうです。お昼にでも食べてくれって言ってました」


 そう言って、机の上に置かれるバスケット。

 そこから漂ってくる香りは……まさか。


 「海鮮系の焼き料理だそうです。あ、もちろん夜の分もいつも通り配達しに来ますのでご心配なさらず」


 礼儀正しい子供達にお礼を言って代金を支払おうとすると、「お土産なので」と彼等はペコッと頭を下げてすぐに部屋を後にした。

 うむ、やはりアイツ等の所の子供達とは思えない程に仕事熱心であり、そこらの奴等より礼節に気を使っている様に見える。

 一人うんうんと頷きながら、とんでもないタイミングで届いたバスケットを開いてみれば。


 「……いよしっ! どうしたどうした。今回だけは随分と気が利くじゃないか」


 中には魚介料理各種が入っており、更には海老の姿も。

 これで苦しまずに済む、早速昼飯にしよう。

 何てことを思って料理を取り出していれば。


 「支部長~ウォーカーの昇格申請書類が結構溜まってるんですけど、私が居ない間何して……あぁっ!? 何か食べてる!」


 「まだ食べてない! まだ食べてないからこっちに来るなアイリ!」


 今回は手が塞がっていなかったのか、普通に扉を開けたアイリが私の机の上の物を発見してしまった。

 今日だけは取られてたまるか、特に海老は駄目だ。

 コイツだけは死守しなければ。

 そんな事を思いながら、怒鳴り合う様にして彼女の接近を拒み続けるのであった。



 ※※※


 前話以降の船旅に関しましては、そのまま『墓守』の話に繋がりますので省略させて頂きます。

 今後はまた別のオマケ話を更新する予定ですので、お楽しみに。


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