第194話 姫様の遠足 3(夜遊び)


 「いやぁ……何も勝てませんでした」


 寝室へと戻り、先程の戦果を思い出して自然とため息が零れた。

 麻雀、あっけなく全敗。

 カード、ろくな手札が揃わず全敗。

 ビリヤード、身長が足りなくて打てない箇所が多々により敗北。

 知識としてあったとしても、いざその身を勝負の場に置いてみるのはこれ程までに違うのか。

 非常に良い経験になった、物凄く悔しかったけど。


 「姫様、賭け事の癖なんか付けないで下さいよ? 自国でも当然ながら、他国でもそんな店に足を運ばれたら問題です」


 「わ、わかってます! でも皆さんで楽しめるなら、ちょっとくらい良いじゃないですか!」


 不満の声を洩らしてみれば、未だ完全装備のハツミ様がやれやれと首を振っていた。

 私とほんの少し歳が違うだけなのに、妙に子供扱いを受けるのは何故なのか。

 見た目としては、どう見ても彼女の方が年上だが。


 「見張りと船の操作という意味では、皆様交代で起きているんですよね?」


 「そうですね。姫様の護衛に、私とエレオノーラさんが交代で起きている様なモノです」


 「でもさっきまで騒いでいた様な……」


 「もう寝ているでしょうから、安心して下さい」


 それだけ言って静かになってしまうハツミ様。

 本来は正しい姿だ、護衛として間違っていない。

 主人の時間を邪魔しない様に、ただただ静かに傍にいる。

 だが。


 「……」


 「……」


 「……」


 「……何をソワソワしているんですか、姫様」


 「だって……」


 今だけは、ジッとしているのが惜しかった。

 こんなにも休める機会は本当に久しぶりだ。

 休む事が許され、新しく届く仕事すらない。

 だというのに、今こうしている間にも皆様が何かして楽しんでいるのではないかと思うと、時間が勿体ないのだ。

 正直に言えば、私も混ざりたいのだ。


 「はぁ……」


 溜息を溢した彼女は、クローゼットから上着を取り出して此方に差し出して来た。


 「言っておきますが、毎晩こんな事をしようだなんて考えないで下さいね? ご自身の体力と相談しながらでないと、間違いなく体調を崩します」


 「それじゃぁっ!」


 差し出された上着を受け取り、ベッドから飛び降りてみれば。


 「もう少しだけ、遊びに行きましょうか」


 「流石はハツミ様です! 大好きです!」


 「はいはい」


 呆れた微笑みを洩らしながら、彼女に連れられ私達は甲板へと上がるのであった。


 ――――


 「オラオラ、どんどん焼くぞぉ!」


 魔導コンロに直接網を置き、その上でツマミを拵えるという暴挙に及んでいた俺達。

 しかも、前回の経験を生かし魔導コンロも増やした。

 船の上で火を焚く訳にもいかないしね。

 キッチンはあるけど、甲板まで完成した料理を運ぶの面倒くさいからね。

 仕方ないね。

 などと言い訳をしながら、網の上で躍る海老の面倒を見ていく。

 トール達により改造された黒船。

 コイツは魔力を喰って普通の船より速く動いている。

 魔石は勿論の事、俺等の捕食者の鎧プレデターの如く、今までは不可能とされていた“相手からの魔力吸収”もお手の物。

 魔女様がいれば、エンジンモドキは常に燃料満タンでブイブイ言わせられる訳だ。

 とはいえ夜になれば、エンジンさんと言う名の魔道具も休ませる訳で。

 つまり何が言いたいかと言うと。


 「船旅の時間が前よりずっと短けぇからな! 獲れる内に獲っとかねぇと!」


 そんな事を言いながら、西田が皆様と協力しながら夜の海に網を投げる。

 釣れるのは海老、とにかく海老。

 前回の蟹同様、現在この周辺を移動している集団でも居るのだろうか?

 やけに尾と髭のデカい、車海老モドキの魔獣が大量にあがるのだ。

 そして、甲殻類が大量に手に入る状況に黙っていない奴が一人。


 「皆様っ! バフはかけました! 回復魔法も並行して行使しますから、全力で動き続けて下さい!」


 キャラ崩壊した魔女様が、甲板にいる全員に補助魔法を掛け続けていた。

 その期待に答えるべく誰しも網を投げては引き上げ、また網を投げる作業を全力でこなしている。

 力自慢の東やアイリは勿論、南や白までもが必死に網を投げていた。

 そして、引き上げたソイツ等はどうするのかと言えば。


 「“ひょう”! はぃっ、もう大丈夫ですからバッグに仕舞ってください!」


 「えぇと、はい。しかしもう随分と溜まった気がしますけど……」


 「次にいつ海に来られるか分かりませんから!」


 「あ、はい」


 引きつった笑みを浮かべる中島が、瞬間冷凍された海老達を端から回収していく。

 わざわざ装備の糸まで使って、一匹残らず一人でお片付け。

 魔女様のテンションに合わせ、皆フル稼働であった。

 いやまぁこれだけ人数が居て、土産の分もって考えるともっともっと欲しいのは分かるが。


 「おぉーいお前ら、一回休憩しろマジで。明日動けなくなんぞ? つか、海老焼けたから喰いに来いって」


 幾つも並べた魔導コンロと、料理番として貸してもらった海兵さん達。

 彼等の前には、巨大海老が良い色をしながら数多く並んでいるのだ。

 食わなきゃ損だろ、こんな大物。

 今しか獲れない食材であるのは間違いないが、無理をして海に落っこちる奴でも居たら洒落にならない。

 なので、一旦休憩の指示を出してみれば。


 「ひぃぃ……助かったよキタヤマさん」


 汗をかきながらパタパタと服を揺らすアイリが戻って来たので、とりあえず酒を渡しておいた。

 今日はこれで終わり! とばかりに、戻って来る皆様にどんどん酒を配っていく。


 「でも、もう少し……」


 「無理したって良い結果にはなんねぇよ、それにもう充分手に入った。そろそろ潮時ってもんだ」


 「わかりました……」


 何だか残念そうにするアナベルには酒と一緒に焼き上がったばかりの海老を、殻をむいて差し出しておいた。

 えらくキラキラした目をしながら嬉しそうに受け取ったので、これ以上仕事をしようとする事はないはずだ。

 多分。


 「いやぁ、ひっさびさに海で仕事したぁって感じ」


 「これだけいっぱい獲れると、やっぱ楽しいね」


 「明日はまた釣りでもやってみますか」


 西東南の面子は、他の海兵さん達と涼し気な顔で帰って来る。

 やっぱ慣れなのかね?

 白やアイリは非常に疲れた顔を浮かべているが、他の皆は平気そうだ。

 そんでもって、一番問題だったのが。


 「な、慣れねぇ……海水で甲板が滑る」


 「おう、お疲れ」


 本日夜の警備隊、ウチの国の騎士様方は肩で息をする勢いで疲れている御様子。

 流石に彼らに酒は出せないので、水筒を手渡しながら夜食の準備を進めた。


 「ま、何も無い今の内に慣れるこった。戦闘中に足を滑らせてちゃ洒落にならねぇぜ?」


 「わぁってるよ……あぁくそ、無駄に色んな所に力入れちまって疲れる……」


 ぜぇぜぇと息を吐くギルにも、とりあえず海老を差し出してみた。

 殻取って無いヤツ。

 するとバリッと良い音を立てながら義手で海老の殻をぶっ壊し、無理矢理ひん剥いていく騎士様。

 現れた白い身を、そのまま豪快にバクッと噛み付いてみれば。


 「あぁぁ……なるほど、確かに魔女様が必死に集めたくなるのは分かるわ。俺も土産に持って帰りてぇ」


 「好きにしな、数は獲ったからな。ソフィーさんにも食わせてやれよ」


 とか答えてみるが、食い方が蛮族なのよ。

 俺等が言える事では無いけど、コイツ騎士って言うより俺等寄りなんだよ。


 「なぁなぁこうちゃん、頭から尻尾まで食えるとかって言うの車海老だっけ? あれ、他の海老も食えるんだっけか?」


 「あぁ~、なんかあったよね、丸ごと天ぷらみたいな。アレも珍味とかそういう扱いになるのかな?」


 西田と東がそんな事を言いだせば、アナベルが物凄い期待の眼差しを向けて来るし、他の連中からは「マジ? 食うの?」みたいな視線を頂いてしまう。

 ものは試しとばかりに、ちぎって捨てられていた海老の頭にカブッと食いつく左手お化け。

 当然ながら、すぐさまペッ! ペッ! とか吐き出しているし。

 生で食うな生で、せめて焼いたヤツにしろよ。


 「どうなんだろうな? とりあえず試してみっか」


 そんな訳で魔導コンロの上に揚げ物鍋をドン。

 周りは引き続き焼き海老を作ってくれているので、俺等は俺等で遊んでみる事にしよう。


 「東、殻向いて。西田、背ワタと魔石」


 「「りょうかーい」」


 とりあえず頭をズトンと落としてみた。

 頭付きの海老天もあったのは覚えてるが、先ずは頭だ。

 コイツがちゃんと食えるのかどうか調べよう。

 という訳で身の方は二人に任せ、こっちは揚げ物鍋に海老の頭を投入。

 時間停止のバッグを持っていると、油も熱したまま保管出来るからマジで便利。

 思いついてすぐ揚げ物が出来るってのは、想像以上に楽なのだ。


 「んー、こんなもんか? 試しだし、塩だけふって食ってみるか」


 そんな訳で、揚げ物鍋から取り出した揚げたての頭の素揚げに塩を少々。

 あちっあちっ、なんて言いながらガブッと噛み付いてみれば。


 「お? おぉ?」


 「どうよ?」


 「口の中にヒゲとか刺さらないようにね?」


 西田と東から声が上がり、周りの皆も興味深そうな視線を送って来る訳だが。

 意外や意外。

 海老の頭、うめぇぞ。

 魔獣だからか、結構固ぇけど。


 「なんかアレだわ、おつまみに出来そう。パリパリ……というかバリバリしてて面白い、天ぷらも試してみるか」


 そう呟いた瞬間、焼いていた海老の頭を一斉に毟り始める海兵さん達。

 待て待て、焼いた奴も食えるかもしれないだろ。

 無理に剝がそうとするな。

 なんて、周りの愚行を止めていれば。


 「皆さん何をしていらっしゃるのですか?」


 背後から、そんな声が聞えた。

 振り返ってみれば、もう寝る前でしたと言わんばかりの恰好の姫様と、海装備の初美が。


 「あ、もしかして煩かったか? だとしたらスマン」


 「いえ、姫様が我儘を言い始めただけですからお気になさらず。まだ遊び足りないそうです」


 「そうやってすぐ子供扱いする!」


 不満そうに頬を膨らませる姫様に、呆れたため息を溢している初美。

 とはいえ、確かに行動は度々子供っぽいのよね。

 まぁそれも今までの影響だったり、溜まっていた鬱憤を晴らす機会が訪れたと思えば悪い事では無いのだろう。

 前の王様の時は随分と息苦しい生活だったみたいだし、今では書類の山に埋もれているのだから。

 なら旅先くらいでは、思い切り羽を伸ばしてもらおうではないか。


 「姫様も海老食います? 獲れたてですよ」


 「食べますっ!」


 そんな訳で、俺達の夜食タイムに若いお二人が参加する事となった。

 さてさて、それでは改めて……なんて思いながら海老の頭を集めていれば。


 「あ、もしかして海老の頭の天ぷらですか? 随分と渋いモノを食べてますね」


 なんだか、“知ってます”と言わんばかりの雰囲気の初美が此方の手元を覗き込んで来た。

 おぉ? コレはもしかして。


 「もしかして初美、食い方知ってる?」


 「……食べ方? えっと、普通に揚げるだけでは? あぁ、他にも色々作ろうとしてますか? 祖父が酒のツマミに好きだった物なので、わりと珍しいのも知ってますよ。作りましょうか?」


 という事で、珍しく初美に調理場を明け渡した。

 姫様の護衛になってからというもの、ホームよりそっちに居る事が多かった彼女だが。

 手際を見る限り何の心配もいらなそうだ。

 アイリの様に、包丁でズドンッとか音しないし。

 というか海老の殻を剥いたり背ワタを取ったりと、その辺の作業も俺達よりずっと手際が良い。


 「ハツミ様って、料理出来たんですね」


 「姫様は私を何だと思っていたんですか……というか、これくらい慣れれば簡単ですよ。プロの料理人になりたいとでも言い出さない限り、料理なんて大半は“慣れ”です。やってみますか?」


 「是非!」


 途中参加二人が、楽しそうに会話をしながら海老料理を作っていく訳だが。

 どう見ても初美の捌いた奴は素人料理に見えないんだが。

 ボイルしたり揚げてみたり、皿にどんどんと並んでいく料理は盛り付け方だって綺麗だ。

 俺等の様にドカッと盛る訳では無い為、周りの皆も姿勢を正して食べている程。

 何か聞いていた話だと厳しそうな家というか、武闘家家系みたいな事言ってたし。

 こういうのも叩き込まれたのかね?


 「はいどうぞ、頭の天ぷらと頭付きの海老天も作ってみました」


 そう言って俺達の前に差し出されるのは、見るからにカリッカリに上がった海老の頭と、真っすぐピーンと伸びている特大の海老天。

 頭付きだよ、ネットの画像でしか見た事ねぇよこんなの。


 「すげぇな、どうやったらこんな真っすぐになんの?」


 「えぇとですね、揚げる前にこうやって包丁を入れておいて。その後少しだけ引っ張ってから――」


 なんて、色々と細かい事を教わりながら夜食タイムは進んでいく。

 焼き海老、天ぷら、珍しいツマミなどなど。

 その他諸々を味わいながら、酒盛りは続く。

 何だかんだ盛り上がってしまい、今まで以上に騒いでしまった程。

 いやぁ、やっぱ海いいなぁ……。

 ちなみに初美に作ってもらった頭付き海老天はプリップリでサックサク、頭のみのおつまみに関してはカリカリの楽しい食感と、まさに酒の肴! という様なパンチの効いた味付け。

 あぁ、駄目になる。

 コレはお酒が進んでしまう。

 そんな事を考えてながらバグバグと食っていれば、姫様護衛の交代時間になったらしい。


 「お疲れ様でした、ハツミ。交代ですわ」


 「後はよろしくお願いします、エレオノーラさん。では、私はこれで……」


 何てことを言いながら去っていく彼女を、皆揃って視線で追ってしまったのは言うまでもない。

 海老職人……海老職人様が行ってしまわれた。


 「えっと、皆様。どうなさいました?」


 取り残されたお嬢だけは、とても不思議そうな顔を浮かべながら、俺達が食い散らかした海老の殻を掃除し始めるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る