第193話 姫様の遠足 2(大人の階段)
その後シーラ国の兵士達に改めて挨拶してから、一人ずつの自己紹介を頂いた。
我々はただの兵士ですから……なんて言っていたのだが、お願いしてみれば渋々ながら固い雰囲気で皆名乗ってくれる。
申し訳ないと思いながらも、これからは共に旅する仲間なのだ。
私には何も出来なくとも、名前くらいは知っておきたいというモノだ。
「ありがとうございます。皆様のお名前、しっかりと記憶させていただきました。長い船旅になるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
なんて頭を下げてみれば、皆に驚いた顔で見つめられてしまった。
「あの、シルフィエット女王。我々の様な末端の者共、わざわざ名前など憶えて頂くなど……その、恐縮すぎて、なんと言えば良いのか……」
「諦めて下さい、ウチの姫様はこういう人ですから。申し訳ありません、誰とでも仲良くなりたがるんです」
そう言って頭を下げるハツミ様に、思わず頬を膨らませていれば。
「お? まだ終わってなかったのか? 随分経ったと思ったんだが」
そんな事を言いながら、室内に入って来た悪食の皆様。
しかしその姿は、いつもの黒鎧ではなかった。
「なんですかソレはっ!? いつ装備を新調したのですか!?」
思わず立ち上がり、彼等の元へと駆け寄ってしまった。
だって、凄く派手になっていたのだ。
兜は相変わらずだが、首から下が一新されている。
分厚いコートの様な物だったり、ゴツゴツとしたベルトなんかを巻いている。
なんだコレ、凄い。
というか、悪食の皆様の平服を始めて見たかもしれない。
なんて、興奮しながら一人一人視線を送っていれば。
「海じゃ鎧って訳にもいかないんですよ、だから装備を変える訳です。俺等は以前のヤツの使い回しですけど。他の皆は正真正銘新品っすね、ドワーフ組が俺等の装備を参考に頑張ってくれました」
「どうですかね? これなら海に落っこちても泳いで帰って来られますよ」
ニシダ様とアズマ様が、そんな事を言いながら装備を見せてくれた。
皆様、とにかく黒い。
そして他のメンバーへと視線を向けてみれば、他の方は御三方に比べれば軽装の様だ。
女性陣などは特に、ヒラヒラとした服を重ね着しているかの様な見た目。
いいなぁ、私も欲しい。
などと思っていれば、ウチの国の騎士たちもゾロゾロと続いて登場した。
「なっ! なんっ……えぇっ!?」
皆、いつもの鉄鎧じゃないのだ。
陸に居る時は我が国の紋章が描かれているマントとか着ていたのに。
今では皆軽装の革装備を身に付けている。
「悪食のを参考に作って貰ったんだが……普通の革装備に近いなこりゃ。大人しく悪食ドワーフ組に頼めばよかったぜ」
「仕方ありませんよ、彼等はここ最近特に忙しかったですから。途中“飯島”に着いたら装備を一新しましょう。やはり海を知っている場所の職人じゃないと、専用装備は厳しいのでしょう。悪食装備は……その、随分とそれっぽいですが。国一番の匠はやはり違いますね」
そんな台詞は漏らしているものの、誰も彼も“海装備”って雰囲気はあるのだ。
ずるい、とてもズルい。
思わずハツミ様に向かって鋭い眼差しを向けてみるが。
「ないです、姫様には必要ありません」
「でも海です!」
「我々は鉄鎧だからこそ、装備を変える必要があるんです。姫様は違います」
「でも海ですよ!? 今の装備では落ちたら戻って来られないかもしれません!」
「貴女の場合装備云々では無く体力的な意味で、でしょうに……浮き輪でも持ち歩いて下さい」
非常に冷たい言葉を並べるハツミ様が、大きなため息を溢しながら部屋の外へと向かっていく。
あれ? 何処に行くんだろう?
なんて、視線で追いかけていれば。
「北山さん、後はお願いします。私も“着替えて”来ますので」
「おう、行ってこい。着替える前に海に落っこちるんじゃねぇぞ?」
「まさか、姫様じゃあるまいし。それに私の装備ならそこまで重い訳ではありませんから」
何か今、凄い事を言われた気がするのだが。
それと同時に、とても重要な情報を耳にした気がする。
「ハツミ様! 貴女、自分の分だけ用意しましたね!? ズルいです!」
ウガァー! と噛み付いてみたが、彼女はフッと優しい微笑みを浮かべながら。
「私は、一応戦闘員ですから。あと“悪食”の一員でもありますので、経費で作って頂きました。悪食装備、海バージョン」
何故か、物凄く煽られている気がする。
そしていつも以上にドヤッてる気がする。
「という訳で、姫様は大人しくしていてください。私は着替えますので」
「ズルいです! 私も欲しいです! 悪食海装備!」
「我儘を言わずに待っていれば現地で買ってあげますから、いい子にしていてください」
「そうやってすぐ子供扱いを――」
会話の途中で、バタンと扉が閉じられてしまった。
続くのは沈黙。
ハツミ様、なんだかどんどん意地悪になっています。
私が仕事をサボったりするのが原因なのだろうが、最近は特に意地悪だ。
内緒で皆の新装備を作っている事も教えてくれず、自分の新しい武装を自慢するかの様に微笑みまで浮かべて。
ぐぬぬぬっ、と拳を握りしめていれば。
「それを言ったら、俺らの装備も兜以外は悪食装備じゃない訳だよな」
「あぁ~確かに。革鎧系統ってあんまり詳しくねぇけど、やっぱトール達が作った方が強いんかな?」
「見た目的には、バランス良いよね。皆キチッと収まってるって言うか」
そんな事を洩らす御三方と共に、皆様の装備を改めて見回してみれば。
「あ、私のも現地の物ですからね? 姫様」
困った様な笑みを浮かべるミナミ様と、その隣に並ぶシロ様。
「南に合わせてもらったから、そんなに違いはない、はず」
確かに、お二方同じような装備。
しかし普段の鎧に比べれば荒っぽいというか、絵本で見た海賊みたいに恰好が“尖って”いる。
そして、残るメンバーへと視線を向けてみると。
なんというか……上品、という言葉が相応しいのだろう。
確かに厚い革などで作り上げた装備に見えるのだが。
「私の場合、形も含めて以前の物とあまり変わりませんからね。扱いやすそうです。リーダー達が持ち帰った鮫革なんかも使っていますし」
「ナカジマさんのは今まで同様燕尾服の様な形をしていますからね。私たちは少し大胆に形を変えたので、慣れるまで時間が掛かりそうです。まぁ泳ぐ事を前提に作った訳ですから、仕方ないんですけど」
「アナベルのミニスカってのも珍しいけど、このジェストコール? はちょっとやっぱり慣れないなぁ。まぁ鎧代わりだって言われれば着るしかないんだけどさ」
そんな事を言いながら、皆様各々の装備をヒラヒラさせておられる。
いいなぁ、いいなぁ……。
なんて、指をくわえる勢いで眺めていれば。
「お待たせしました、鎧に比べたら着替えやすくて良いですね」
早くも戻って来たハツミ様が、これまた格好良い装備を身に纏っていた。
アイリ様とアナベル様同様スカート丈が短いが、しっかりと厚手の上着を羽織ってキリッとした雰囲気を漂わせている。
「私も……私もどうか……海装備を……」
「無いです」
「……グスンッ」
私の我儘をピシャリとぶった切るハツミ様は、普段以上に威厳がありそうな恰好で腕を組んで見せるのであった。
――――
「船長、コレ……何ですか?」
「あぁ、ちょっと改造した。コレ説明書ね、読んどいて」
「はぁ……了解です」
何やらのんびりとした会話が聞える中、私は船の先端に佇んでいた。
見渡す限り海、一面真っ青な世界。
吹き抜ける潮風に、見た事も無い鳥が船の隣を飛んだりしている。
全てが新鮮で、私にとっては新世界。
あぁ、こうしているだけいつまで経っても飽きが来ない……なんて事も無く。
「船旅って、色んな意味で大変なのですね」
ポツリと呟いてみれば、後ろから盛大に笑いながらキタヤマ様が近寄って来た。
「やっぱ飽きるでしょ? 船を動かしている人間からしたら方角だ何だと、何も無い景色を眺めながらだからこそ警戒しますが。乗ってるだけだとただ景色が変わんない訳ですからね」
「うぅ……すみません。お仕事をしていれば大変なのは理解出来るんですが、無知の私では何日も見ていると流石に……」
楽しい、それは間違いない。
しかしながら、何時間もずっと海を見ていられるかと言われるとそうではない。
最初の頃は皆様がどんな仕事をしているのか、どんな仕組みで動いているのかなど色々と見せてもらった訳だが。
その後はやはり暇になってしまった。
あまり船員の皆様に引っ付いて回っても迷惑になるだろうし、私は大人しくしているのが一番問題は少ないのだろうが……。
「皆様はこんな時、どうしていたのですか? 船を動かすお手伝いなどをしていたのでしょうか?」
そんな声を上げてみれば、彼はハハッと軽い笑い声を上げながら隣に並んだ。
「確かにそういう事もしてましたけど、手は足りてますからね。飯作ったり、筋トレしたり色々です」
「ご飯と筋トレですか」
もうこの機会に料理を教わってみようか、それもそれで楽しそうだ。
筋トレはちょっと……でも皆様と一緒なら楽しそうだなぁ、なんて考えていれば。
「姫様も二十歳を超えましたもんね。ちょっと大人の階段でも登ってみますかい?」
「え? それって……」
なにやら、キタヤマ様から怪しい雰囲気が漂って来た。
聞いた事がある。
行商人や船旅をする商人などは、この“飽き”を解消するために女性を買ったりするという話を。
まさか、この人達に限ってそんな事は無いとは思うが……でも、彼らも男性なのだ。
そう言う“欲”はあるのは間違いないし、もしかしたら。
「興味有るみたいですね、それじゃ……中へ行きましょうか」
「えっと、はい……」
促されるまま船内へと足を向けた。
まさか、本当に?
でも、大人の階段って事はやっぱりそう言うこと何じゃ……。
色々と妄想しながら、真っ赤な顔で彼に連れられて船内を歩いていく。
やがてたどり着いたのは、大きな扉。
あれ? ここって大広間というか、そういう所だった気がするのだが。
「それじゃ、行きましょうか。ちょっと姫様が立ち寄る様な雰囲気じゃないから、“お誘い”するのは控えてたんですが」
「い、いえ……大丈夫です」
そう答えてみれば、彼は扉を開け放った。
まさか、こんな所で?
準備も何も無く、急にお誘いを受けるなんて……とか、思っていた訳だが。
「ローン!」
「あぁぁもうっ! 今日全然駄目! 運がどっかにお引越し中だわ!」
「いやぁ……勝てませんねぇ。なんでこんなに配牌が悪いんでしょう? ニシダさんイカサマとかしてませんよね?」
「西君はポーカーフェイスどころじゃないから……九種九牌でもニッコニコしながらゲーム続けちゃうからね」
悪食の皆様と、その他諸々が皆して遊んでいた。
いや、え?
確かに甲板で見かける人は少なかったけど、皆こっちに居たの?
てっきり船内で仕事をしているのかと思っていたが、騎士の皆もチラホラと見受けられるから不思議なものだ。
「ほい、大人の遊び場。たまには仕事サボってハメ外すのだって悪くないさ」
なんて事を言いながら、キタヤマ様が声を上げた瞬間。
「ちょっ、おい! キタヤマお前! 何考えてっ!?」
そこら辺でビリヤードを楽しんでいたギルさんが、慌てて姿勢を正して見せた。
彼だけでは無く、そこら中で皆様ビシッと直立し、敬礼して見せる。
そうですよね。皆の憩いの場なら、私の様な立場の人間が居たら羽を伸ばせないですよね。
それは分かるのですが……思わず、ムスッと頬を膨らませた。
「ズルいです」
「ち、違うんですよ姫様。決してサボっていたという訳では無く、皆休憩と言うか、いざという時の為に羽を伸ばしていたと言うか……」
エレオノーラまで、背後にトランプを隠しながらそんな言葉を放ってくる始末。
私だけのけ者ですか、そうですか。
確かにこういう場所に王族が入り浸るのは相応しくないかもしれない。
でも皆様で楽しんでいるのに、私だけ甲板でボケッとしているのは違うと思うのです。
護衛は確かに居ましたし、悪食の誰かはいつも傍にいてくれましたけど。
でも違うじゃないですか。
せっかく皆で船旅をしてるんですから、そうじゃないじゃないですか。
「私も、端から参戦します」
「お、いいねぇ。まずは何から行きます?」
クックックと笑って見せるキタヤマ様は、早くもお酒に手を付け始めた。
「とりあえず、私にもお酒を」
「……本当に二十歳超えましたよね?」
「超えましたよ! もう随分前に、誕生日は過ぎました!」
叫んでから、キタヤマ様のお酒を掻っ攫うのであった。
いよし、楽しもう。
普段は絶対できない、それこそ“大人の遊び”なのだ。
この船旅の間に、経験しつくしてやろう。
そんな事を思いながら、先ずは麻雀卓へと足を向けるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます