第189話 報告書 7
「これは……どういうことだ?」
ギルドに届いた大量の報告書。
それが支部長室の、つまり私の部屋の机の上に山積みになっている。
アイツ等が他所の国で食べた物を書き記したという、まさに悪食の軌跡。
帰って来て早々、とんでもない量の仕事を増やしやがった。
コレを全て読めというのか?
そして週一のペースだと言っていたが、何故一つ一つが分厚いんだ?
奴等は聖女を含めて五人で他国へと飛ばされた筈だ。
ミナミや聖女ならともかく、三馬鹿連中ならきっちり報告など上げないだろう。
もしもしっかりと週一の報告書を綴ったとしても、用紙の半分にも満たない報告書が上がってくる筈。
キタヤマ辺りが書いたのなら、間違いなくそうなる。
「と、とりあえず古そうなモノから……む、最初の方はだいぶ薄いな。というか数週間分が一つにまとまっているのか」
報告書を手に取ってみれば、そこにはキタヤマらしい汚い文字の羅列。
以前の手紙でもあった様に、物事が非常に簡潔に書かれている。
いや、これは簡潔とは言わないか。まるで子供の手紙の様だ。
こんな形の魔獣だった、名前は知らない。でも旨かった。
ここだけ見ても改めて思った、アイリに報告書を任せて良かったと。
アイリはアイリで、いろいろとコチラを苦しめて来る文章を綴って来るが。
それでもコレよりかはマシだ。
一度本格的に文章の書き方というのを教えてやった方が良いのかもしれない。
今後仕事の報告書を提出してもらう必要が出た際、今のままでは困る。
思わず苦笑いを溢しながらページを捲っていくが、特に気になった点は無し。
というか、何も伝わってこない。
飛び魚が船に刺さったとか、デカいイカが聖女のせいでせんべいになったとか。
ハッキリ言おう、なんだそれは。
結論だけ書かれても、全く状況が分からん。
そして何故、旨かったか不味かったかだけは書いてあるんだ。
まぁコイツ等にとってはそれが一番重要なのかもしれないが。
「そもそも魔獣肉の報告書は、もう不要なんだがな。伝える前に遠くに行ってしまったんだ、仕方ないか」
呆れたような、懐かしいような気持ちで溜息を溢してから、二つ目を手に取ってみれば。
「ん? ここからはコレ一つで一週間分か? 急に厚くなったな……何が起きた?」
不思議に思いながら目を通して見れば。
こちらの報告書が届くのは随分先になる事でしょうが、初めに自己紹介させて頂きます。
なんでも固くなりすぎない文章で頼む、との事ですので以降丁寧過ぎない文章で報告させて頂きます。
ご了承頂ければ幸いです。
私はリード・グリムガルド。
シーラ王国で商業を営む取締役でございます。
しばらくキタヤマ様に変わって執筆いたしますので、以後お見知りおきを。
色々とご挨拶など書きたい所ではありますが、“彼等”から報告を貰う者としては、やはり堅苦しい挨拶などは嫌うのでしょう。
なので、さっそく最近のメニューを紹介させて――
「他国の大使に何をやらせているんだアイツ等は!?」
思わず叫んでしまった。
いや、待て。本当に待て。
まさかとは思うが、ここから先のやけに厚い報告書は全て彼が綴ったものなのか?
だとすると国同士が関わっている内容になってくるんだが?
いくらアイツ等の報告書だからと言って、私の所だけで塞き止めて良い内容では無い気がするんだが?
ある程度は流し読んで、向こう側で何を食ったのか教えてもらおうではないか。なんて思っていた思考が、執筆者の名前を見てぶっ飛んだ。
これから俺はこの内容を一文字一句しっかりと確認し、姫様にも報告しないといけなくなってしまった訳だ……。
本当に食べた物の感想などだけであれば良いが、“もしも”という事もある。
今後シーラや飯島と交渉しようとしている彼女には、些細な情報でも絶対に必要な状況だ。
悪食が連れて来た面々を疑いたくはないが、そんな理由で軽く流す事が許されない立場にあるのが管理職というモノなのだ。
コレは、非常に不味い事になって来たぞ。
この量の報告書をいち早く確認し、姫様に報告。
問題があった場合は、こちらの国が動く前に釘を刺す必要がある。
しかも、相手国の大使がイージスに滞在している間に。
国に関わる情報を手にしたのなら、“報告の義務”があるのが私だ。
前の王様ならここまで必死になったりはせず、もみ消してしまえくらいに思ったかもしれない。
実際、魔人の子“ノア”は上に報告せず隠蔽した。
だが今トップに立っているのは、あの姫様なのだ。
これが原因で何かが起こった場合、私は悔やみきれない想いに苛まれる事だろう。
「い、忙しくなって来たぞ……」
気合を入れ直し、端から報告書に目を通し始めたその時。
コンコンッと扉からノックの音が聞こえ、受付嬢の一人が顔を出した。
「支部長、失礼します」
「なんだ? 今は少々忙しくてな、あまり手が離せない」
視線は手元に落したまま答えたが、声からしてキーリか。
アイリと同じく人気の受付嬢の彼女。
またナンパのしつこいウォーカーが居る、なんて内容だったら正直言って聞いている余裕は無いのだが。
「えっと……多分最優先事項です」
「だから、なんだ? 結論から言え」
あまりにも言い淀む彼女に、流石に視線を向けた。
すると、そこには。
「あの、国のトップからお手紙が届いていますけど……何かした訳じゃ、ないですよね?」
「と、当然だ」
答えてみたものの、自信が無い。
なんたって目の前には国に関わるかもしれない、重要な情報の山が出来ているのだから。
冷や汗を流しながら手紙を受け取り、震える手で開いてみれば。
「……はい?」
「どうしました? 支部長」
「い、いやなんでもない。もう下がって良いぞ」
最初の文章を見た瞬間に、思わず間抜けな声が出てしまった。
その態度に疑問を持ったキーリが、興味深そうにこちらを覗き込んでくるが……コレは、とてもでは無いが一般には見せられないモノだ。
興味本位で覗き込もうとする彼女をシッシッと追い払ってから、改めて手紙に目を通し始めると。
『一度書いてみたかったんですよね、悪食の報告書。私も見せて頂いた事はありますが、とても美味しそうに綴られていましたので。そして今回、代筆を任されてしまいました。頑張って美味しそうに、そして気安い感じに書きますので! 期待して下さいませ! 気晴らしの為にちょこっと書くだけです、サボっている訳ではありません』
「貴女は一体何をなさっているのですか姫様ぁぁぁぁ!」
思わず、その場で大声を上げてしまった。
――――
まず今回の経緯から……なんて思いましたが、皆様が「そんなもんいらん」と言っているので省かせて頂きます。
本日の料理は“中華セット”なるものです。
私がお邪魔した時には、皆様山の様な餃子を食べていたのですが。
折角ならと追加で色々作って頂いたのです。
凄いんですよ? もう料理を始めた頃から良い香りが漂ってくるのです。
食用の油にも色々ありますが、こちらは“飯島”で仕入れて来たモノだと言っていました。
我が国にも“ごま油”はありますが、ここまで濃厚な香りを放ちません。
一体どうやったらココまで香り立つ純度の高いモノが出来るのでしょう、今から飯島に行くのが楽しみになって来てしまいました。
そんな事を考えている内に、すぐさま登場する“炒飯”。
油と具材、塩や胡椒などで味を付けた米料理。それは確かにコチラにも存在します。
でも凄いんです、物凄くパラパラなんです。
思わず掬った瞬間「おぉぉ……」と声を上げてしまいました。
貴族が好むお店でも高級な米料理は数多くありますが、コレは“逆”だと言っていました。
庶民でも簡単に作れる、それこそ男飯の第一歩なのだと。
特別高級な物は使わず、なんだったら米と卵だけでも美味しい料理。
これはもう、米の需要がとんでもなく高まりますね。
仕入れ先を増やす事を決意しました、今後他国との繋がりをもっと増やしていきましょう。
とりあえず、それは置いておいて。
まずは炒飯を一口頬張ってみれば、もう凄いのです。
パラパラとした米にも感動しましたが、噛めば噛むほど香って来るごま油の濃厚な香りと各種野菜や卵の柔らかい味わい。
そして何と言っても、しっかりと味の付いた米と小さく刻まれたお肉が満足感を満たしてくれる。
確かにコレは高級店に置くのは勿体ない。
何処にでもあって、周りの事など気にせずガッと口に流し込みたくなる料理です。
「いえ、姫様……貴女は何処に行ってもソレは不味いです。人目は気にして下さい……」
いつもとは違う気分で報告書を読み進めている訳だが、なんだろう。
壁に投げつける訳にはいかないのに、どうして今私は右腕を振り上げているのだろう。
まぁいい、続きを読もう。
次に餃子。
こちらは私が来た時からあった物でしたが、せっかくならと焼き立てを用意して頂きました。
凄いんです、とても柔らかい皮に包まれているのに……表面は噛みしめた瞬間パリッ! って良い音がするんです。
しかも中にはぎゅうぎゅうに詰まった挽肉と、ニンニクにニラやネギ。
それらがとても細かく刻まれている上、しっかりと味を主張してくるんです。
更には噛みついた瞬間に溢れ出す肉汁。
火傷してしまいそうな程なのに、思わずホフホフと息を吐きながら噛みしめてしまうのです。
噛めば噛むほど口内に旨味が広がり、いくら熱くても、いえ熱いからこそ食べたいという感情が湧き上がりました。
そして何より、炒飯と物凄く合うのです。
どちらもコッテリとしていて、油を使用している料理。
だと言うのにも関わらず、手が止まらなくなってしまいました。
その上、食べ合わせや種類。
食べ方だって色々あるなんて言い出すのですよ。
コレは試さずにいられないじゃないですか。
まずは飯島で仕入れたという“ラー油”と醤油を混ぜ合わせた物。
此方はちょっと付ける程度で頂きました。
するとどうでしょう。
我々にとっては馴染み深い醤油と、ラー油のピリッとする辛味。
後に続く餃子の旨味が交じり合って、単品でもパクパクと食べ続けてしまいそうな程。
しかも、それだけでは無いのです。
今度は御酢と、少し多めの黒胡椒。
好みは分かれると言っていましたが、これもまた美味。
先程の醤油とラー油が“合わせて美味しい”ならば、こちらは“美味しいを引き出す”とでも言えば良いのでしょうか?
さっぱりとした御酢の味と、単調とも言える黒胡椒の味。
それが餃子の旨味を、何倍にも引き立てるのです。
「だから貴女は一体何をやって……そもそも何で悪食の所で飯を食っているんだ彼女は! まだ忙しい筈なのに! 私より忙しい筈なのに!」
もはや訳の分からない感情に苛まれながら、プルプルと震えてページを捲った。
駄目だ、コレは毒だ。
いつもながら腹は減るのに、いつもみたいにぶん投げることが出来ない。
しかも、なんでこの人が悪食の報告を綴ってしまったのだろう。
目の前に積み重なる、シーラの大使が綴った文章より扱いに困ってしまう。
主に、感情的な意味で。
私はこの報告書をどんな気持ちで読めば良い? 一応王から寄越された手紙に他ならないんだが?
握りつぶしてやりたい気持ちはあるが、物凄く不敬だぞ。
なのに書き手本人は、これでもかとばかりに自慢してくるのだ。
旨かったぞ、と。
「と、とにかく続きを……」
もうこの時点で結構お腹はいっぱいになってしまったのですが。
続いて出てきた料理を目にして、食べないという選択肢は無くなりました。
シーラ国から仕入れたという、“ラーメン”です。
なんでもこちらはお酒で気持よくなった後に、何故か食べたくなってしまう一品だそうで。
であれば私も最高の状態で食してみたいとお酒をお願いしたのですが、キタヤマ様から非常に怒られてしまいました。
なんでも“悪食ルール”では、二十歳になるまでお酒が禁止なのだそうです。
私は王族。
それこそ他所で恥をかかぬよう、成人前からお酒に慣れる練習さえしているのに。
結構お酒には強いんですよ? なんて言ったら、もっと怒られてしまいました。
こうなってしまうと、皆様とお酒を嗜むのは後半年程先になってしまいそうです。
「あ、あいつ等何を考えて……“ガキに酒は早い”と言っている様なモノじゃないか。社交界などだったら、侮辱以外の何者でもないぞ……」
キリキリと痛み始めた腹を擦りながら、姫様の報告書の続きを読む。
この時点で色々とおかしいのだが、もはや考えない事にした。
そして、ページを捲ってみれば。
ラーメン、凄いです。
ラーメン美味しい。
姫様の語彙力が何処かへ行ってしまったらしい。
まて、この一ページそれしか書いてないのだが。
本当にコレは姫様が書いた物か? 悪食の誰かが悪戯で間に挟んだ訳じゃなかろうな?
色々と疑いながらも、次のページへと移ってみた結果。
どうやら間違いなく姫様が綴ったものだと分かった。
失礼いたしました。
お腹いっぱいだからと、最初は小盛りで頂いたのですが。
気付いた時にはおかわりしていました。
凄いんです、ラーメン。
コレはウチの国にも是非仕入れるべきです。
パスタとは違うモチモチとした食感。
豪快に啜るという礼儀作法。
そして何より麺と具材、スープまでもが全て主役なのです。
だというのに、全てが合わさって“ラーメン”という一つの料理に綺麗に収まっている。
しかもスープだって何種類もあり、同じ物を使っていても工夫次第で更に味が広がるという話なんですよ?
素晴らしいです。
この美味しさは、どんな立場にあっても夢中になる筈です。
更にはズルルッと音がする程に、豪快に啜り上げる食べ方。
コレはきっと貴族には嫌われるでしょう。
しかし、一度食べれば夢中になる筈です。
つまり、この料理は立場の境目を無くす筈。
貴族でさえ食べたいと思う料理であり、食べ方は平民寄り。
ということはですよ、支部長。
美味しいラーメン屋さんが出来たら、貴族でも平民でも分け隔てなく立ち寄れるお店が出来ると言う事です!
これって素晴らしい事だと思いませんか!?
私だったら絶対通います!
ここで偉そうな態度を取る貴族は位を落しましょう、王命です。
「姫様が、壊れた……」
思わずつぶやいてしまうくらいに、その後も姫様はラーメンについて熱く語っておられた。
大層気に入った様だ。
うん、そうか。
私も今日は、悪食にラーメンをお願いしてみるか。
すぐにディアバードを飛ばそう。
うん、そうしよう。
物凄く食べたくなる文章を頂いた訳だが、その……何というか。
ウチの姫様、大丈夫だろうか?
思わず、そんな感想を思い浮かべてしまった訳だが。
追記。
ニシダ様が向こうのラーメン屋さんで、スープ作りのコツを学んで来たらしく、今後味見役に任命されてしまいました。
今回頂いたのは向こうの国の物でしたが、今後は悪食ラーメンを頂けるみたいです。
羨ましいですか?
結局今回も、私の下に届いた報告書を壁に向かってぶん投げる結果になったのであった。
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