第190話 平穏
その後しばらく、イージス周辺の森は随分と騒がしくなった。
戦争時に使われた魔獣の多くが、ダンジョンから溢れたまま野放しになってしまったのだから仕方がない。
国に近い村々などは、終戦後すぐに兵士とウォーカーが共同でサポートに当たった為、そこまで大きな被害は報告されていないらしい。
そんな訳で、俺達“悪食”も様々な場所に駆り出される。
ブラックチャリオットもあるので、結構遠くまで出張を任される事も多々。
支部長め、良い様に使いやがって。
とかなんとか文句が言いたくなる程には忙しかったが、金銭的にはかなりおいしい。
国直々の依頼という事もあって、通常の仕事よりもそれなりに色が付いているのだ。
俺達の場合は出張費も含めて。
何故か出張の度に、森の指定された場所を突っ切れと指示が出るのは謎だが。
まぁ金が貰えるし、上の指示ってんなら……なんて意思の元、仕事の度に環境破壊を繰り返していた。
「おかえりなさい、“悪食”の皆様。支部長がお待ちです」
今日も今日とて仕事を終えてギルドへと顔を出してみれば、受付嬢のキーリが笑顔を向けてくれる。
結構毎回ビビられていたイメージがあったが、いい加減慣れてくれたらしい。
というか、普通受付嬢って言ったらこうだよね。
顔を出した瞬間、私も連れて行けと恨みがましい瞳を向けて来る奴は受付嬢とは言わない。
今週は“こっち”なので、今では満足気な顔で俺達の隣に並んでいるが。
「支部長が? なんか緊急依頼か?」
「詳しくは聞いていませんが、頼みたい事があるとだけ。森の方もウォーカーの皆様のお陰で大人しくなってきましたから、討伐系の依頼ではないかと思いますが……」
ふぅん? と軽く返事してから、ゾロゾロと支部長室へと足を向けた。
このギルド支部トップの部屋、そんでもって上司から呼び出し。
普通なら緊張の一つでもしそうなものだが、なんかもう慣れてしまった。
俺等の場合はウォーカーになって一週間後から、毎週の様に訪れていたし今更だが。
「支部長ー、入るぞー」
適当に声を上げてから、遠慮なく扉を開いてみれば。
「お前は相変わらず……ノックというものを知らんのか?」
「ありゃ、御取込み中?」
部屋の中には支部長の他に姫様と初美、フォルティア家当主のダイス。
何故かリードの姿も見える。
ここ最近はこっちの国の商会と手を組んで、更には店を出したとかで忙しいと聞いていたが。
他国に娘とたった二人でやって来たというのに、逞しいもんだ。
「用事が済んだらディアバードか、ホームに来てくれ。んじゃ、おつかれー」
皆に「どもっ」と挨拶してから、話し合いの邪魔にならない様退散しようと思ったのだが。
閉めようとした扉を、走って来た支部長に思いっきり掴まれてしまった。
「帰るな馬鹿者! というかこれだけの面々が揃っているのに、適当な挨拶で済まそうとするんじゃない。普通なら不敬罪になってもおかしくないんだぞ……」
「えぇ……」
確かに姫様に対して、かたっ苦しい挨拶とかした事無いけど。
でも本人も、結構頻繁にウチに顔を出して飯食って行くんだぜ?
馴染み過ぎて、今更そんな態度取ったら姫様からすげぇ嫌そうな顔されそうなんだけど。
……それはそれで見てみたいな、今度やってみようかな。
「キタヤマ様、今こっちをチラッと見ましたよね。大体分かりますよ? 堅苦しい挨拶したらどんな顔するんだろう、とか考えていますよね? 公の場なら致し方ありませんが、それ以外でそんな事したら怒りますからね?」
ニコニコと笑顔を向ける姫様が、圧のある言葉を此方に向けて放って来る。
何故バレた。
というか、一応ここも公の場なのでは。
支部長の部屋だからセーフ?
「んで、なんだよ。こうも大物が揃ってるんだから、俺達への用件なんか後回しで良いだろ」
緊急の依頼って訳でもないなら、頼み事って奴も後で良いだろ。
こっちは仕事から帰って来たばかりなんだ。
帰って酒が飲みたい、あと腹減った。
なんてことを考えながら、思い切り溜息を溢してみれば。
「逆だ。お前達に“頼み事”をする為に、今日この場に皆集まったのだ」
「はい?」
良く分からん事を言いだした支部長に、気の抜けた声を返すと。
彼もまた溜息を溢しながら「さっさと入れ」とだけ呟いて、俺達全員を部屋の中へと入る様に言ってきた。
入ったは良いけどさ、人口密度高くねぇ?
初美は姫様の方に立っているが、彼女を含めれば悪食戦闘メンバーが全員揃っているのだ。
対して、ニコニコ笑顔の姫様にリード。
ダイスは「お久し振りです」とか言いながら爽やかな笑みを浮かべ、支部長だけが渋い顔をしている。
なんだこの状況。
各個人で言えば、それぞれと話をするには問題ないけども。
こうも一辺に集まられると、立場的な威圧感が凄いんですけど。
「簡単にご説明しますと、皆様に護衛依頼をお願いしようか思っております」
笑みを崩さないリードが、ピッと人差指を立てながら話を切り出した。
護衛依頼? まぁウォーカーとしては珍しくも無い依頼である事は間違いないが。
俺達はあまり護衛依頼を受けた事が無い。
それこそリードがこっちに来るときとか、ダイスとイリスが仕事に同行した時なんかは護衛に近かったのかもしれないが。
それでもウチのメンバーや戦闘の傾向を見ると、あまり守りに強いとは思えないのだが……。
「あ、もしかしてリードの帰り道の護衛って事か?」
「それも一つです」
これかっ! とばかりに声を上げてみたが、どうやら大当たりとはいかなかったらしい。
だとすれば、後は何だ?
「最近の国の動きを説明させて頂きたいのですが、あまり細々とした説明をすると……その。キタヤマ様達は飽きてしまいますよね? だから、ざっくりと説明しますね?」
困った様な笑みを浮かべる姫様が、なんだかちょっと失礼な事を言い始めた。
いや、合ってるから別に良いんだけどさ。
「とてもとても簡単に説明しますね。一つ目、イージスは他所の国とも仲良くなる事になりました。二つ目、今すぐという訳ではありませんが、他国の方にもお邪魔する約束を取り付けました。三つ目、仲良くする国は皆様が訪れた二国です。でもちょっと遠い上に、一度通った人達の方が、安心して護衛を任せられますよね?」
なんだか、嫌な予感がして来たのだが。
「最近お前達に指示を出していた無理矢理道を作る様な行為。随時人を向かわせて、薙ぎ倒した木々を回収して資源に変えている。そちらの利益からも、一部お前達に支払われる事になる。良かったな、臨時ボーナスだ」
「そして貴方達が通った道を整え、新しい街道を作る事を予定しております。とても時間が掛かりますので、凄腕の職人たちに依頼を出し“お手伝い”を頼んでいるのですが。なんでもリーダーから許可を貰えと言われてしまいまして」
支部長とダイスの二人が、続けて説明してくるわけだが。
ねぇ、あのさ。
俺の予想が正しければ、それってウォーカーの仕事?
普通違うよね? 絶対違うよね?
あと依頼を出した“お手伝い”の人達、俺らが良く知っている奴らな気がする。
「直近の“お願い”としましては、悪食に所属するドワーフの皆様とお弟子さん達。そして数多くの“時間停止”の付与付きマジックバッグを所持する皆さんに、街道整備のお仕事を手伝って頂きたいのです。そして未来の“お願い”としましては、相手国に訪問する際、悪食に同行して頂きたいと考えております。森や山を超え、更には海も越えなければいけません。各地での戦闘経験、そして両国と関りがある人物。こうなって来ると、適任者は限られてきますよね?」
ニコッと微笑む姫様が、首を傾げながら俺達の事を覗き込んで来た。
嫌な予想が、的中してしまった。
あり得ないでしょうが、俺達ただの一般人だぞ。
“ただのウォーカー”が、王族の護衛って何だよ。
しかも他国と繋がりを持つ為の旅路を、俺達がエスコートしろってか?
いやいやいや。
姫様アンタ、真っ黒い船に乗って真っ黒い俺らに囲まれて他国に突っ込む気ですか。
こればかりは俺の意見の方が正しい気がする。
「最初の土木工事に関しちゃ問題ない。金さえ貰えるなら、ドワーフ組だって出張も問題ないとは思う。アイツ等からしたら専門外の仕事かもしれんが、まず間違いなく役には立てる筈だ。他のメンツも役に立つ場面はあるだろうよ。でもよ……姫様よく考えてくれ。二つ目の依頼、あの船で、俺達に囲まれながら他の国に行くのか? どっちの国もトップの二人なら問題ないが、他の人間はどう思うよ? 姫様にも悪いイメージが付いたら不味いんだろ?」
俺だってそれくらいは分かる。
間違いなく姫様のイメージダウンになってしまう筈だ。
シーラだって黒鎧は引かれたし、飯島では最初海賊と間違われたくらいだ。
そんな状況でイージスのトップが現れた所なんて見られたら……国民からはすんごい目で見られてしまう事だろう。
悪食が王族の護衛をするってのも不安があるが、それ以上に俺達が関わったせいで国自体に悪いイメージを持たれるのは良くない。
俺等だけなら、知らんと言って好き勝手出来るが。
姫様では立場が違う。
一度ミスってしまえば、今後に響く立場に立っている筈なのだ。
俺の頭じゃ詳しい事までは分からないが、悪食のせいでこの子を苦労させる様な未来にはしたくない。
なんて、思っていたのだが。
彼女はフッフッフと不敵に笑い始め、隣に立っている初美は溜息を溢した。
「そこは御心配なく。私の方でもちゃんと根回しして、しっかりとした“装備”を準備中ですので」
「お、おう?」
良く分からない発言を頂いたので、初美の方へ視線を向けてみれば。
彼女は溜息を吐きながら、諦めたような瞳で此方を見つめて来た。
「護衛に関しては国の兵を、ギルさん率いる騎士団も付けますので、あくまで道案内と足を出してやる、くらいで考え下さい。そして黒い装備や乗り物に関しても……まぁ、気にしなくて大丈夫です。本来なら大丈夫じゃないんですけど、大丈夫です」
「初美? ソレ大丈夫か? あと、やらかした営業職みたいな顔してるぞ?」
「やらかしたのは姫様ですから、知りません」
「それ大丈夫じゃないヤツ」
色々不安になる発言を頂いた訳だが、姫様はウキウキだしリードもニコニコ。
ダイスに関しては微笑んでいるが、アレはきっと色々諦めているから表情を変えないだけだと今なら理解出来る。
そして、我らが支部長様はと言えば。
「この件に関して、私に拒否権があると思うか?」
「うわぁ……開き直りやがった。うちの上司、もしかして無能?」
「おっ前は……本当にっ!」
「冗談だって。分かってっから、今日は胃に優しい物でも食えって」
「今日はお前等の所にお邪魔したい……有料で良いから、何か頼む」
「うっす」
そんな訳で、俺達に新しい仕事が発生した。
直近では土木作業、こっちは特に問題ない。
ウォーカーの仕事? とは思ってしまうが、元を正せば俺達は何でも屋だし。
クランに職人もいれば、こういう仕事なら俺達の“向こう側”の経験が生かせそうな機会がやっと回って来たと言えよう。
しかしながら、その先の依頼は……。
「本当にいいのかよ? 姫様。良い影響が出るとはとても思えないぜ?」
「えぇ、問題ありません。コレは両国に対して、私の自慢にもなるのですから」
何の自慢だよ、赤っ恥かいてもしらねぇぞマジで。
なんて、言える筈もなく。
更には国のトップからの依頼を断れる筈も無く。
「了解だ、姫様。陸と海の移動手段、悪食が用意してやるよ」
「船に乗せてくれると、約束しましたものね?」
ニコッと微笑む彼女は、悪戯が成功したかの様な笑みを浮かべている訳だが。
まさかこんな所で約束を果たす事になるとは。
「本当に、知らねぇからな?」
「いざという時は、私だけ攫って逃げてくれるのでしょう? 期待していますからね、“[ ]の英雄”の皆様」
「だからさぁ……」
何度言っても、姫様はソレを止めてくれない。
俺達が英雄なんて柄じゃない上に、そう呼ばれるだけでも恥ずかしいってのに。
というか俺の称号もさっさと消えろよ。
ついでに訳の分からねぇデッドラインとかってのも消えちまえ。
出来れば竜殺しだけ残してくれ、それは格好良いから。
「期待していますよ。貴方達は、私にとっての“救世主”なのですから」
「へーへー、精々頑張りますよ」
ガリガリと首を掻いてから、思い切り溜息を溢すのであった。
また何というか、面倒事に関わった気分だ。
――――
「ふっふっふ、ついに完成しました。どうですかハツミ様! 私の装備は!」
気分が高揚して、その場クルクル回りながら彼女に私の“装備”を見せつけてみれば。
「えぇ、お似合いですよ。そりゃもう、姫様らしいです。真っ黒です、喪服かって程に。でも喪服という程重々しくない、かなり装飾に拘っているから美しくは見えます。でも真っ黒です。とてもじゃないですが、国のトップが着る物とは思えません」
彼女からは、大きなため息が返って来てしまった。
何が不満なのだろう、自分だって真っ黒い装備を着こんでいるのに。
ムッと口元を尖らせてみれば、彼女はもう一度ため息を溢してから私の事を上から下まで観察した。
「いえ、はい。本当にお似合いですよ? でもそこまで真っ黒にしなくて良いじゃないですか。せっかく綺麗なドレスなんですから、もっとこう……民が憧れを抱く様な見た目にした方が。相手方も引きますって、そこまで黒いと」
「何を言っているんですか。これくらいの色じゃないと悪食と合わないじゃないですか! シーラの王様は黒い装備を気に入っていたと綴っていましたし、飯島の王はかなり自由奔放で悪食装備にもコレと言って嫌悪感を示さなかったと聞いています」
「違うんですよー、姫様ー? 違うんですよねー」
なんかもう諦めた様子のハツミ様が、非常に遠い目をしておられる。
でも考えてみて欲しい。
黒船に乗って、悪食に囲まれて。
そのど真ん中に純白のドレスを纏ったお姫様が居たとしよう。
傍から見たらどう見えるだろうか?
異形な存在に守られる姫君? か弱い女王?
どちらも御免だ。
私は自ら戦場に立つくらいの、皆を引っ張っていける王になりたいのだ。
だったら彼等と色を合わせ、不敵な笑みを浮かべ。
私が国の一番偉い人ですと言わんばかりに君臨した方が、恰好良いではないか。
「とにかく、両国にはこのドレスで向かいますから。あと何着か作っておかないと……まだかなり時間はありますから、間に合うとは思いますが」
「もう好きにして下さい……」
そんな訳で、私の“装備”は完成した。
真っ黒で、レースやフリルに宝石など。
何処までも豪華と言える、私にとっての“黒装備”。
異端、異色。
それらを兼ね備えた、私の“鎧”とも言えるドレス。
相手と友好的な関係を結ぶのが目的だが、コレは国同士の話し合い。
舐められてはいけない、まずは互いに同じ立場にあるのだと認識させる事から始まるのだ。
なんたって私は他の王と比べて、“若い”というだけで下に見られてしまう。
だからこそ、それを覆す切り札。
「皆様にこのドレスを見せた時、どんな反応をするのか楽しみです」
クスクスと声を洩らしながら、出来上がったばかりのドレスを撫でていれば。
「あぁそうだ。姫様宛に、アナベルさんから手紙を預かりました。何か頼んだんですか?」
何てことを言いながら、彼女は一通の手紙を差し出して来る。
もう飛びつかんばかりの勢いで手紙を開いて、中身を確認してみれば。
思わずグッと拳を握ってしまった。
そして。
「コホンッ……ハツミ様、今から一つ命令を出します。このドレスをアナベル様の元へ――」
「変な付与魔法のご依頼なら、お受けする事は出来ません」
「んなぁっ!?」
何故だ、何故バレた。
「私も悪食の一員ですからね。リーダーの許可を頂かなくとも、おかしな依頼を跳ねのけるくらいの判断は任されています。なので、無理です」
「ちょっと防御力と攻撃力を上げるだけです! 変な付与じゃありません!」
「前者はお受けしましょう。でも、後者は駄目です。なんですか攻撃力って」
そこから会話は平行線となり、結局ドレスには私を守る為の付与のみ施して頂く形となってしまった。
あぁ、なんて事だ。
私も“趣味全開装備”が欲しいとお願いするつもりだったのに……。
そんなこんなありながら、穏やかになった日々はゆっくりと過ぎていくのであった。
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