第188話 変わらぬ[  ]


 あれから数日後。

 悪食の皆様が全員無事帰還した事により、今回の戦争は完全に幕を下ろした。

 ちょっとだけ不満だったのは、やはり王という立場にある私を一人黒船に置いて行く訳にはいかず、結構な人数……というか戦闘に参加したほぼ全ての人が、代わる代わる彼等の帰りを待つ形となった事。

 お陰で彼等が帰って来た瞬間、その場にいた皆様が大声で出迎えてしまったので、私は最初に「お帰り」を言えなかった。

 ムスッとしていれば、いち早く私の元に戻ったハツミ様に不思議そうな顔をされてしまったが。

 まぁ、それだけならまだよかった……が。


 「本当にあの人達は、目立つくせに目立つ事が嫌いなんですから」


 はぁ、と大きなため息が零れてしまった。

 国民達には随分と待たせてしまったが、終戦を正式に発表した事により先日から凱旋パレードが行われた。

 誰も彼も笑顔を浮かべ、戦い抜いた戦士達に労いの声を上げたというのに。

 街を練り歩いた者達の中に、黒い鎧姿の彼等は含まれていなかったのだ。

 急いでハツミ様を呼び出し、悪食の皆様にも参加するように伝えてもらおうと思ったのだが。


 「あぁーえっと、その。屋台巡りするからパスだと言って……あと柄じゃないからと」


 思わず、叫びたくなった。

 今回の戦争も“裏側”を担当してもらったのは確かだが、一番の功労者と言っても過言じゃない。

 ごく短時間でダンジョンを攻略し、我々では手も足も出なかった相手をクラン一つで討伐せしめた英雄達。

 なのに、あの人達と来たら……。


 「柄じゃないって何ですか全くぅ!」


 先日の光景を思い出しながら、バシバシとテーブルを叩いてしまった。

 皆陽気に笑い、酒を呷り、武勇伝を語って聞かせる。

 だがその場に居るのは、“表側”を担当した者達。

 どうしたって裏側の事情を知らない以上、語り手がいなかったのだ。

 ならばせめてハツミ様にとお願いしてみれば、彼女もまた「後で報告書出します」とか言って影の中に逃げてしまう始末。

 もう、もうもうもう!

 これだからいつまで経っても“[  ]の英雄”なんですよ!

 もっと多くの人に語られて、彼等の存在を知らしめることが出来れば“無名”では無くなるはずなのに!

 なんて言っても、また「柄じゃない」って言われるのでしょうが。


 「はぁぁぁ」


 溜息の溢しながら立ち上がり、窓から街の様子を眺めてみれば。

 もう随分と遅い時間だと言うのに、外は未だお祭り騒ぎ。

 そこら中に人が溢れ、楽しそうな声がここまで聞こえて来る。

 そして私はと言えば。


 「仕事が……また溜まってしまいました」


 こればかりは、仕方のない事だろう。

 それどころじゃなかったのだから、今回は誰も責めてこないけども。

 でもやんわりと「出来れば早めに……」という空気が伝わって来る。

 更に言えば、悪食の皆様と一緒にこの国へと訪れたリードという商人。

 彼はシーラ国の大使として遣わされた人物の様で、そっち方面でも色々と仕事が増えた。

 外国と繋がりを持つ為に絶対必要な仕事であり、私自身も喜ばしい事態だとは思っているのだが。

 しかし……こうも立て続けにやる事が増えてしまうと、なんとも。

 私だって頑張ったのだ、休む間も惜しんで戦場に立っていたのだ。

 だったらもう少しくらい休んでも良いじゃないか。

 半年くらい。


 「このままでは駄目です、過労死してしまいます」


 実際の所は聖女様に治癒魔法を使って頂いて、これ以上ない程体調は良いのだが。

 そういう事じゃないんだ。

 フンスッと拳を握りしめ、机の書類は見なかった事にしてから、キョロキョロと周りを見回した。

 現在仕事部屋に他の人はおらず、監視の目も無い。

 というわけで。


 「ちょっとだけ、本当にちょっとだけ気晴らしに出かけます。探さないで下さい、っと。コレで良し」


 テーブルの上に置手紙を一つ残し、私は“影”に潜るのであった。


 ――――


 「うっし、出来たぞーテーブル開けろー」


 現在既に日も落ち、子供達の就寝時間も過ぎた。

 という訳で、大人組の夜の宴を始めようと食堂に集まった俺達。

 久々に落ち着いて全員揃えるのだからと、ここの所毎晩こんな状態だった。


 「キタヤマ、今日はなんじゃ? 酒は何を用意すればいいんじゃ」


 そんな事を呟くトール達が、俺の運んでいる料理を興味深そうに覗き込んできた。

 邪魔じゃい、四人揃って道を塞ぐんじゃねぇ。


 「すぐ並べてやっから、大人しく席についてろって。酒は……まぁ何でも良いんじゃねぇか? 好きなモノで。結構色々作ったから、食いながら合わせようぜ」


 いつも通りとも呼べる会話を繰り広げながら、テーブルの上に料理が並んでいく。

 今日は餃子がメイン。

 しかも焼き餃子だけではなく、揚げ餃子に水餃子。

 ちょっと中身を欲張り過ぎて、パンパンなデカ餃子になってしまったが。

 あとは適当に摘まめそうな物を幾つか。

 日本に居た頃なら、お供には間違いなくビールか酎ハイをチョイスしただろうが、こっちの酒は向こう側とは当然味わいが違う。

 なので、俺自身も色々試してみたいのだ。


 「おぉ~美味しそうな匂い……」


 普段はわりと落ち着いているアイリとアナベルも、身を乗り出して各種餃子を覗き込んでおられる。

 すぐ食えるから、そんな涎を垂らす勢いで餃子に迫るな。

 逃げないから、まだおかわりもあるから。

 とか何とか呆れた視線を向けていれば、西田と東もその他数々のツマミを運んで来る。


 「ほい、お待たせぇ。デザート試作品もあるぜぇ。とはいえ、見た目は気にすんな状態だが」


 「何作っても、綺麗に作ったり盛り付けたりするのはやっぱり慣れないねぇ。基本ドカ盛りだし」


 ボヤキながら運ばれてくるのは、最近西田がハマり始めたデザート系と、東の手には山盛りの焼うどん。

 デザートなんて言うとお上品に聞こえるが、俗に言う「男のデザート」みたいなドデカイヤツ。

 作り始めたきっかけも、リアルバケツプリンを作ってみたいという理由だったらしい。

 ようは見た目のインパクトが凄そうだから手を出したというだけだ。


 「凄い、豪華」


 「大仕事が終わったからと言ってお休みにすると、どうしても料理の下準備ばかり捗ってしまいますね。お祭りから帰って来てからずっと餃子を作っていた気がします」


 そして何と言っても、南と白のコンビ。

 この二人が夜食を食いに来るのはいつもの事だが、彼女達の前にも酒が置かれているのだ。

 慣れない、いつまで経ってもこの光景に慣れない。


 「二人共本当に成人……つぅか二十歳超えたんだよな?」


 ジトッとした眼差しを向けてみれば南からは困った顔を、白からは呆れた瞳を返されてしまった。


 「北、しつこい。私と南は同い年、見た目は成長期の栄養不足のせい。初美とも同い年だって少し前も説明した」


 いや、本当に?

 何度説明されても初美より随分と子供っぽく見えるし、酒を飲んで良い年齢には見えないのだが。

 そんな事を思いながら唸っていると、俺の反応を予想していたのか、白は何かを此方に向かって投げつけて来た。

 受け取ってみればソレは……生徒手帳?


 「高校三年の時の。つまり“こっち側”に呼ばれた時が、十八」


 内容を確認してみれば、確かに嘘は言っていないらしい。

 つまりコイツも、もう二十歳を超えていると。

 しかし、なんというか。


 「見た目変わってねぇなぁお前……いや、顔色は良くなったか? つうかセーラー服姿久しぶりに見た」


 「たった二年じゃそこまで変わらない。返して、写真は見なくて良い」


 少しだけ恥ずかしそうにしながら、白は生徒手帳を掻っ攫って行った。

 やっぱ、大事に保管してるのな。

 俺等が“こっち側”に持ち込めた物なんて寝間着だけだったから、擦り切れてボロ雑巾みたいになっちまったから捨てたけど。


 「相変わらず拘りますね、キタヤマさん。こちらでは十五で成人ですから、お酒も問題はありませんよ?」


 まったりとした雰囲気で口を挟むクーアは、皆のグラスに酒を注いで回っていた。

 未だ慣れない違和感と言えば、シスターが酒飲んでるのも視覚的に慣れないのだが。

 もはや今更言っても仕方あるまい。

 結構コイツも酒好きだったりするので、もう突っ込むのにも疲れた。


 「まぁ、ルール上問題なくとも心配になる気持ちは私もわかりますね。孤児院では、お酒は二十歳からという決まりも作ってしまいましたし」


 唯一賛同してくる中島は、うんうんと頷きながら取り皿を配っている。

 コイツが院長で良かった。

 俺だけ騒いでいる様じゃ、多分誰も納得してくれなかった事だろう。


 「まぁ、ここに居るメンバーは皆“悪食ルール”でも大人だと言う事で。早く頂きましょう? せっかく作って頂いたのに、冷ましてしまっては勿体ないです」


 アナベルは手を合わせたまま、律義に皆の準備が揃うのを待っている御様子。

 礼儀正しいというか、一番常識人には見えるのだが。

 口元を緩ませながら、早く早くと身体を揺らしているその姿は些か幼くも見える。


 「ま、そうだな。そんじゃ喰うか、“いただきます”!」


 「「「「いただきまーす!」」」」


 皆揃って声を上げれば、各々が好きなモノに箸をつけ始める。

 既に夕飯は食った後だし、そこまでがっつく様子は見せないかと思っていたのだが。

 やはり悪食メンツは女性陣でも食欲旺盛のメンバーしか居ないらしい。


 「これ! すっごいガツンってくる! にんにく!」


 「お酒と合いますねぇ。ちょっと明日の匂いが気になってしまいますが」


 興奮した様子のアイリとクーアが、パリッと良い音を立てながら焼き餃子を齧る。

 明日は受付の仕事も無いと言っていたからね、たくさんお食べ。

 クーアに関しては……なんというか、スマン。

 授業中にニンニク臭いって言われないようにね。


 「ずはははっ! こりゃえぇのぉ!」


 「豪快にズルルッといかんと失礼だと聞いたからのぉ、一気にいくぞぉい!」


 「おいコラトール、取り過ぎじゃ! 儂らにも寄越せ!」


 「何ともこの香りがたまらん、紅ショウガを乗せても旨い。おいこっちにもおかわりを寄越さんか」


 ドワーフ組は麺料理が大層気に入った御様子で、特盛焼うどんを奪い合う様に啜っている。

 今回のうどんは醤油で味付け。

 個人的な感覚だが、“向こう側”の屋台やコンビニで売っていた焼うどんはソース。

 家で作るとか、飲食店で出て来るのが醤油ってイメージ。

 どっちもどっちで旨いし楽だから焼うどんは良い。

 しかしドワーフメンツが度々うどんだラーメンだと要求してくるので、リードが向こうの国に帰っちまう前にもう一度仕入れに行こう。

 これ、在庫切れになったらマジでどうすっかな……。

 なんて考えている間にも、ドワーフ達は立派な髭を麺やら鰹節やらで汚していく。

 アレでよく自分の髭を食わないモンだ。


 「うんまい」


 「柔らかい味ですねぇ」


 続いて白とアナベル。

 こっちは随分と落ち着いた様子で、西田の作ったバケツプリンを崩していた。

 最初はよく「表面がプツプツして、綺麗にならねぇ。ていうか、ココまでプツプツ多いとなんかキモくねぇ?」って愚痴ってたけど、ホームに帰って来た事により状況が一変。

 アナベルとクーアの協力の下、試行錯誤の末かなりマシになった様だ。

 本人曰くまだ納得がいってないらしいが、それでも食べる方はご満悦の御様子。

 というかほんと、この二人は甘いモノ好きよな。

 飯島でもう少し甘味を探してみれば良かったかもしれない。

 あの時のメンツでは甘いモノを求めて来る奴が少なかったから、ほぼ忘れてた。

 甘味では無いが、今度コンポタでも作ってやろう。

 なんか好きそうだし。


 「というか、最初からデザートに行くのかよお前等は」


 呆れた声を上げてみれば、ふんすっと鼻息荒く白は胸を張り、アナベルは少し頬を染めながら視線を逸らした。


 「最後に取って置こうとすると、絶対無くなる。だから先に食べる」


 「美味しそうだったので、つい……でも私は、ちょっと味見程度ですよ!?」


 まぁ、好きなモノを食べれば良いと思うので文句はないが。

 あ、そうだ。

 好きなモノと言えば。


 「アナベル。ちょっと試しで作ってみた物があるんだが、食ってみてくれるか?」


 「はい、どれでしょう?」


 一旦プリンを置いた魔女様が、テーブルの上の料理に目を向ける。

 俺達が“試し”で作った物。

 そしてアナベルを指定した事により俺の意図を察したらしい西田が、取り皿にいくつかの揚げ餃子を乗っけていく


 「ほい、どうぞっと。何が入ってるか当ててみてくれよ」


 ニシシッと、悪戯っ子の様な笑みを浮かべる西田から皿を受け取ってから、アナベルはちょっと警戒した様子で餃子を口に運んだ。

 焼き餃子とはまた違ったバリッ! という揚げ餃子独特の良い音を立てて、彼女がソレを噛みしめてみれば。


 「んんっ!? 海老です! 海鮮餃子です!」


 「当たり。アナベルさん海老とか好きだった記憶があったから、試しに作ってみたんだ。ちなみに隣の餃子が蟹だから、感想よろしくね」


 緩い笑みを浮かべた東が説明していくが、子供みたいに目を輝かせる魔女様は既に餃子に夢中になっている御様子だった。


 「後はアレだな。何故か入っちまう夜の暴力、シメのラーメン。あっちも色々作ってみてぇ」


 「「「ラーメン!」」」


 ガタッ! とばかりに席を立ち上がるアイリとドワーフ組。

 仲良いなお前等。

 アイリ、お前結構良い勢いで食ってるけど……知らんぞ?

 何がとは言わんが、こんな時間だし。


 「そっちは落ち着いてからだなぁ。いやしかし、ラーメン屋の親父にスープのコツ教えてもらえたのはデカかった。やっぱ素人知識じゃ上手く作れねぇし」


 西田がそんな声を洩らすが、ラーメンのスープも担当はコイツだ。

 度々暇つぶし代わりに作っていたのを味見させてもらったが、もはや素人と言えないレベルな気がする。

 菓子もそうだけど、西田は拘り始めると何処までも突き進むのだ。

 こっちとしちゃありがたい限りだが。


 「ま、時間が出来たんだから色々試しながら作ってみれば良いさ。今回は向こうで買って来たのを食おうぜ。スープも麺も出来上がった状態で保管してあっから、マジックバッグから出して盛り付ければすぐ完成――」


 「ラーメン、餃子、その他諸々……」


 この場に聞える筈のない声が、背後から響いた。

 思わず全員がビタっと停止し、恐る恐る俺の背後へと視線を向けてみれば。


 「夜分遅くに失礼いたします、皆様」


 「いや、初美で慣れてはいるんですけどね……何してんですか、姫様」


 俺の影から、姫様の上半身がにょきっと生えていた。

 初美の場合は声を掛けて来た後、スッと出て来るんだが。

 何故か姫様は遠慮がちに、にょきにょきと生えてくるのだ。

 そこは一気に出て来てもらわないと、見た目がホラーです姫様。


 「いやぁ、それがですね。今回の一件で仕事が溜まってしまって。ちょっと気晴らしというか、散歩と言いますか……」


 「影の中を散歩する人は見た事無いっすわ」


 「……うぅ」


 気まずそうに視線を逸らす姫様だったが、とりあえず影から引っこ抜いて席に座らせた。


 「ま、一息つきたいならいつでもどうぞ。何か食います?」


 「あ、ありがとうございます!」


 これは良いのだろうか? なんて思ってしまうが、度々孤児院に顔を出していたらしいし。

 護衛の初美も“一緒”なのだから、まぁ問題ないって事なのだろう。


 「姫様、貴女と言う人は……」


 「ぴぎゃぁっ!? ハ、ハツミ様……いつからそこに?」


 どうやら、内緒のおサボり真っ最中だった様だ。

 もはや呆れた笑みを浮かべながら、二人を迎え入れてみれば。


 「あの、北山さん。南さんが、その……大丈夫ですか?」


 「はい?」


 初美の言葉に、思わず視線を向けてみれば。

 そこには顔面真っ赤の猫耳娘が、フラフラと頭を揺らしている光景が映った。


 「これおいしぃれすねぇ、やっぱりトレントのかじゅちゅ酒は一味違うというか……」


 「南、ステイ。そのお酒に果汁入ってない。というかドワーフ用のお酒近くに置いたの、誰? こんなの、西かドワーフ組じゃないと飲めない」


 必死で酔っ払いを止めようとしている白と、ふにゃふにゃした南が新たな酒を求めてテーブルに手を伸ばしていた。

 この時、俺は思い出した。

 以前南が酒を勝手に飲んだ時の事を。

 そんでもって、今飲んでしまったのは俺でもキツイと感じられる程強い酒だったらしい。

 という事で。


 「カバー!」


 「南ちゃん水飲め水!」


 「あぁコレはもう駄目かな? 部屋に運ぶよー! 皆手伝ってー!」


 バタバタしながらも、とりあえず大人組の宴会は続くのであった。

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