第187話 カチドキ


 「皆様、押し返してください! 勇者様、近接部隊の加勢に向かってください! 大魔法を使えば巻き込む可能性があります! 現場で暴れて下さい!」


 「了解です姫様! 行ってくるよ、望」


 「いってらっしゃい、優君。気を付けてね」


 『さっさといけ勇者、ホラ、いけ。遠距離攻撃は私達だけで手が足りるよ』


 「なははっ……んじゃ、行って来ます!」


 甲板の手すりに足を掛けた勇者が、そのまま下に向かって跳んだ。

 彼ほどの実力者なら、きっと打開する一手になってくれるだろう。

 ソレに悪食の皆様から頂いたという剣。

 アレがあれば、接近戦でも大いに活躍してくれる筈。


 『にしても、数が異常だ。私たちに勇者、そこの片腕お化けに周囲の術師も大魔法を連発しているのに……未だに突っ込んでくる。コレ、ダンジョンの残りを全て出し切ってのラストアタックを仕掛けてるんじゃないの?』


 聖女様……じゃなかった、カナさんがそんな事を言いながら再び遠くの敵に向かって“ブレス”を放つ。

 正直もう限界だ。

 兵やウォーカーの疲労も、私達だって。

 数秒目を瞑れば眠ってしまいそうな程疲れているし、多くの怪我人を出しているのも確か。

 今の所戦死者の報告は受けていないが、今後はどうなるか分からない。

 というか、今でも重傷者が多数出ているのだ。

 後になって、そういう報告が来るかもしれない。


 「嫌なのです……もう、これ以上」


 子供の我儘も良い所だ、誰も死なない戦場なんて有る訳がない。

 分かっている、分かっているのだが。

 私の目指した先にある背中は、彼等は。

 仲間をただ一人さえ死なせず、殺さず。

 英雄まで登りつめた。

 それがどんな覚悟だったのか、どれほど険しい道だったのか。

 結果的にそうなっただけなのか、もしかしたら私の見えない所で“殺し”を経験したのか。

 全てが曖昧で、今の私には周りの皆様の“未来”が視えなくて。

 結局私は、死ぬなと叫ぶ事しか出来ないでいた。


 「聖女様、ギルさんは変らず遠くの敵を! 弓と魔術部隊は近くを攻撃、可能な限り近づけない様に……近接部隊は、すでに押されつつあります!」


 これだけの手札が揃っていたのに、強力な力を持つ御仁も複数いて、黒船も黒戦車もあって。

 それでも、足りない。

 長く続く戦闘は皆を疲弊させ、魔獣達の接近をすぐ近くまで許してしまった。

 駄目だこのままじゃ、どうにかして押し返さないと……でも。


 「それから、えっと。あとは……その」


 もう、頭が回らなかった。

 部隊長達と支部長に視線を向けて見ても、首を横に振られてしまう。

 つまり、現状維持以外ないと言う事なのだろう。

 駄目なのだ、それでは。

 このままでは、確実の多くの命が散る事になる。

 必死で作戦を考えた、必死で状況をひっくり返す一手を考えた。

 でも、何も思いつかないのだ。

 思わず両目に涙が溜まり、グッと唇に力を入れた。


 「助けて、助けて下さい……悪食の皆様。私だけなら助けてくれると、そう言っていましたが……お願いです。皆を、助けて……」


 堪った涙が溢れ始め、思わず弱音を吐いてしまう。

 怪我を負う者、仲間達に担がれながら下がっていく者。

 多くの仲間が、傷付いていく。

 こんな事なら、私の首を差し出してこの場を終わらせた方が……そんな風に思っていた、その時。


 「押し返せぇぇ! 無理そうな奴は下がっていい! 後は俺に任せろ!」


 叫び声が、戦場に響き渡った。

 やけに長い魔法の長剣を振り回す勇者が、常人の何倍もの速度で周囲の魔獣を殲滅していくのが見える。


 「戦風、特攻するぞ! 勇者に続け! 周りの奴は援護に回れ! 死ぬんじゃねぇぞ、悪食の旦那から何を言われるか分かったもんじゃねぇからな!」


 勇者に続き、カイル様を先頭に戦風の四人が魔獣の群れをかき乱していく。

 凄い、皆凄い。

 この状況でも、流れを掴もうとしている。


 「戦姫も続きますわ! 手の空いている兵士でもウォーカーでも、私に続きなさい! かき乱して一匹でも多く減らしますわよ! 安心なさい! 門は“盾”の皆様が守ってくれますわ!」


 エレオノーラが声を上げ、それに続く皆様が前線を押し上げていく。

 不利な状況にも関わらず、誰もが希望を捨てずに戦場を駆け巡っていた。

 思わず、嗚咽が零れた。

 私の国の兵士達は、ウォーカー達は。

 皆“英雄”の様だ。

 誰も彼もが輝き、皆が皆命を燃やしながら“生きる為だけに戦っている”。

 誇りに思う、この光景を。

 私の国の民は、皆“輝いている”。


 「姫様、ごめん。護衛を一旦離れる。ちょっと手薄な部分があるから、行ってくる」


 「エル、言葉に気を付けろ馬鹿。でも、そうですね……勢い自体は悪くない気がしますけど、ホラ。あの辺とか人が薄い」


 今回私の護衛として残ってくれたエル君とノイン君が、戦場を指差しながらこちらを振り返った。


 「行け二人共。暴れて来い、支部長の私が許可を出す。姫の護衛は、私に任せろ」


 険しい顔のままそう言い放つ支部長様に対して、お二方はニカッと破顔してから。


 「不安だから、すぐ戻って来る」


 「支部長、マジで平気? 頼むぜ?」


 「いいから行けガキ共!」


 ウガァ! とばかりに怒る支部長から逃げる様に、二人は船から飛び降りた。

 その後は、戦地を突っ切っていく二人の姿見える。

 あぁ、本当に。


 「どいつもこいつも、頼もしい限りだなオイ」


 近くに立っていたギルさんが言葉を紡ぎながら、広範囲魔法を放った。

 その瞬間。


 「あぁくそっ! やっぱりそろそろだったか!」


 バラバラと崩れていく彼の左腕。

 中からはいつも通りの義手が現れ、彼は舌打ちを溢しながら左腕を眺めていた。

 ずっと酷使してきたツケが、このタイミングで回って来てしまった様だ。

 今の彼ではもう、広範囲の長距離魔法は使えない。


 「姫様、俺も前線に参加します。遠距離攻撃の手が必要であれば、勇者を呼び戻してください。ですので、船から降りる許可を頂けますか? 俺は、“前に”出ます。装備を失った今の俺じゃ、ここに居ても何の役にも立たない。姫様の護衛って意味じゃ、ここに居るべきなんですが……」


 いつになく真剣な表情で、私の騎士が目の前で跪いて見せた。

 全く、この人は。

 騎士の癖に、どこまでも騎士らしくしない。

 だからこそ、近くに置いているのだが。


 「お願いします、ギルさん。周りの皆様と連携しながら、現場で指示を出してください。貴方なら、出来ますよね?」


 「了解です、姫様。お任せあれ」


 それだけ言って、ギルさんも船から飛び降りてしまった。

 さて、どうしたものか。

 近接戦闘を行えるメンツは、ほぼ皆前線に飛び出してしまった。

 残っているのは弓と魔術師の部隊に、聖女様と私。

 あとは支部長や指示を出す役割の人間達。

 黒船の中に人は居るが、ここまで乱戦になってしまえば長距離砲撃くらいしか指示が出せない。

 これは本当に、どうするべきか。

 ガリッと爪を噛みながら、戦場の先を睨んだ。

 その時。


 『どうよ? 初めて船で“海に出た”感想は。良いもんだろ?』


 『船酔いとかになんなきゃ良いけど。姫様はあんまりはしゃぎ過ぎない様にたのんますよ?』


 『船酔いの薬とか買って来たから、飲んでおきましょうか。南ちゃん、水用意してもらって良い?』


 『了解です。姫様、どうぞ。もしかしたら、の備えですが飲んでおいて損は無い筈です』


 私の瞳には、この“黒船”に乗って彼等と旅する光景が映った。

 思わず目を見開いて、「え?」と声を溢してみれば。

 彼等の未来を風切りに、数々の英雄譚が私の中に浮かんで来る。

 あぁ、そうか。

 “終わった”のですね、悪食の皆様。

 私の能力に制限を掛けているであろう相手が討伐された事により、彼等の姿が見えた。

 そして、今この場で戦っている皆の姿が。

 私の称号でも、“視える”様になった。


 「エレオノーラ、二時の方向に侵攻しなさい! 今貴女に付き添ってくれているメンバーを考えれば抑えられる筈です! エル君、ノイン君! 目の前の魔獣が終ったら、全力でカイル様の元へ向かってください! 手助けが必要になります! そして、勇者様! 立ち止まらず、突き抜けて下さいませ!」


 「「「了解!」」」


 “まだ見ぬ英雄譚の語り手”

 私が見る物語は、ただ一人を指し示すモノではない。

 本来英雄なんて早々生まれない、だからこそ認識の違いなのだろうが。

 私にとっては、ここに居る皆が英雄なのだ。

 誰も彼も、その身を削りながら必死で戦う英雄達なのだ。

 そして何より、“空気”が変わった。

 今まで命令に従うだけだったはずの魔獣達が、どこか戸惑った様子で足を止め始めたのだ。

 決定的な何かが、この戦場に加えられた。

 いや、“取り除かれた”と言うべきか。

 あの化物エルフの“欠如”。

 決定的な一撃が今、遠い所にあるダンジョンの中で下されたようだ。

 ならば。


 「魔獣達の無謀な特攻も収まりました! 逃げる魔獣は無理に追わなくて結構です! 後は露払い! 後片付けと行きましょう皆様!」


 「「「「ウォォォォォ!」」」」


 周りから響く雄叫びを耳にしながら、戦場の先を指差した。

 戦場の空気が変わった、今の私には未来が視える。

 だったら、何も怖がらずに宣言してやろうではないか。


 「この戦争の終わりは、もうすぐ訪れます! 全員、突撃ぃ!」


 この一言と共に、今この場は戦争から獣狩りに変わった。

 声を張り上げ迫る戦士達を見て、一斉に逃げ出す獣たち。

 それでも迫って来ようとする魔獣は、瞬く間に狩られていく。

 終わりが見えた。

 ほんの小さな希望だったとしても、それは先程まで胸に抱えていた不安を見事に拭い去ってみせた。

 もう、大丈夫だ。

 希望を見出した彼等の勢いは、勇気は。

 まるで波紋の様に全体に広がっていき、もはや誰一人として暗い顔を浮かべている者はいない。

 やがて全ての魔獣が散り散りになり、どの個体も森の中へと逃げ込んでいく後ろ姿が見える。

 しばらく周辺の森が騒がしくなるかもしれないが、それはまた後で考えよう。

 今はただ、やっと静かになったこの地に。一声、叫ばなくては。


 「皆様……我々は、イージスは。この戦争に勝利しました! 未来を見る称号を持つ私が宣言いたします、戦争は終わりです! 今度こそ本当の意味で……勝ち鬨を上げなさい!」


 「「「ウオオォォォォ!」」」


 そこら中で勝ち鬨が上がり、誰も彼も拳を空に向かって振り上げた。

 ここに居る全ての戦士に賞賛を。

 最後まで諦めることなく、私と共に戦地に立ってくれた頼もしい皆様に感謝を。

 強敵に恐れることなく、一つのクランだけで挑んでくれた悪食に敬愛を。

 そして何より、この件に関わった全ての人に。全力の敬意を捧げよう。

 何度も何度も、心の中で全員に御礼を述べながら。

 グッと表情に力を入れて、私もまた拳を振り上げた。

 終わったのだ、再びこの国に迫った厄災が。

 魔獣一匹さえ通す事無く、全てを防ぎ切った。

 完全勝利。

 ソレ以外に、言葉が見つからなかった。


 「皆様、本当にっ……本当に……うぅぅっ」


 どうにか堪えていた気持ちが、溢れ出した。

 緊張の糸が切れたのかもしれない。

 ボロボロと両目からは涙が零れ、何かを喋ろうと思っても嗚咽が漏れてしまう。

 いけない、皆が見ているのだ。

 だったら、最後まで王として相応しい態度取らなければ。

 そう思っているのに、いつまで経っても涙は止まってはくれなかった。


 「姫様、演説は後でもよろしいでしょう。貴女も、最初から最後まで戦っていたのですから」


 優しい微笑みを浮かべた支部長が、私の肩に手を置いて呟いた。

 でも、最後くらいちゃんと締めの言葉を紡ぎたかったのだが。


 「皆、よくやった! 続きは後日だ、まずは休め! そして、落ち着いたら……宴を始めるぞ!」


 「「「ウオォォォォ!」」」


 大きな声で叫ぶ支部長と、ソレに答える皆様。

 なんというか、良い所を持っていかれてしまった気分だ。

 でも、これも“らしい”と言えばらしいのかもしれない。

 今のこの国には、こういう気安い空気の方が似合っている気がするのだから。


 「後は、アイツ等を待つだけですね」


 「えぇ、そうです。支部長は部隊長達と共に、撤収の指示をお願いします」


 「姫様はどうなさるので?」


 「私は……」


 目元を擦ってから、改めて街道の先を見つめた。

 黒船に乗っているから、普段よりずっと高い視点。

 随分と遠くまで見渡せる。

 この光景を、私は生涯忘れないだろう。


 「私は、ココで彼等を待ちます。一番に、“お帰りなさい”と言ってあげたいので」


 「……分かりました。そういう事でしたら、私はこれで」


 微笑みを浮かべた彼は、皆を連れて下船していく。

 やがて甲板に残ったのは私一人となり、静かな風をこの身に受けながら沈んでゆく夕陽を眺めた。


 「早く、帰って来て下さいませ」


 私はいつまでも、貴方達を待っております。

 どうか、皆様無事に帰って来て下さいませ。

 一人祈りを捧げながら、この国の英雄を待ち続けるのであった。

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