第186話 ただのウォーカー


 「てめぇ、何のつもりだ! 鮫島ぁ!」


 今回はギリギリ避けられた。

 しかしまだトドメを刺していない探究者、そのコアを肉スライムが飲み込んでしまったのだ。

 彼の作りだした世界、“ユートピア”で確かに言っていた筈だ。

 探究者を、キノトリアを討伐して欲しいと。

 だというのにまるで相手を守るかの様に、スライムは床に転がっていた彼のコアを取り込んでしまう。

 相手の本体となっているダンジョンコアの破壊、それは相手を殺す事に他ならないのだろう。

 だからこそ、突撃槍のトリガーに掛けた指が少しだけ躊躇したのは確かだ。

 だがまさか、こんな風に横やりが入るとは思っていなかった。


 「こうちゃんどうする!? 攻撃すっか!?」


 「待て! 迂闊に近づくな! また呑まれんぞ!」


 飛び出そうとする西田を押さえながら、探究者のコアを取り込んだスライムに武器を向ける。

 どうにか俺は回避できたが、何やらムニムニ動きながら色が変わって行く肉スライム。

 まるで何かを吸収しているかの様に。

 あんなものに一緒に呑まれたらどうなっていたのか。

 正直、考えるのも恐ろしい。


 「なんか、小さくなってる?」


 「変異しているのか、それともまた進化でもしているのでしょうか……」


 東と南も不安そうな視線を向ける中、肉スライムはブヨブヨと動きながら形を変えていく。

 やがてある程度固まったのか、ソレは形を構成しながら“立ち上がった”。

 間違いなく人の形、というか先程まで“ユートピア”で見て来た鮫島亮という人物以外何者でも無かった。


 「あー、あー? うん、ちゃんと声は出るみたいですね」


 巨大だった肉スライムが固まり、彼を形作ったかと思えば。

 相手は随分と呑気な声を上げながら、こちらを向かって笑みを向けて来るのであった。


 「それがお前の目的だったってか? ハイエナみてぇな真似しやがって」


 「別に良いじゃないですか、貴方達は彼を“倒す”事が目的であってコアはオマケみたいなものだ。しかし私は違う、彼のコアが必要だった。様々な情報の塊であり、彼の力の根源。ほら、こうして人型に変わる事も出来ましたし」


 そんな事を言いながら、彼は素っ裸のまま両手を拡げて見せる。

 普段なら「隠せ隠せ」とでも言う所だが。

 生憎とそんな余裕が持てる雰囲気では無かった。


 「それで、どうするつもりだ?」


 槍を構えながら、低い声を上げてみれば。

 彼は困った様に笑いながら、どこからともなく取り出したローブを羽織った。

 それは、先程まで探究者が着ていた物と同じ。

 古ぼけた灰色のローブ。


 「彼の記憶データも力も手に入れましたからね、私の目的の一つは達成されました。ですから、退かせて頂こうかと。彼の記憶を持っていても、私はこの国に恨みはありませんから」


 「ハハッ、聞いている限りだと……化け物二号が誕生した様にしか聞こえねぇな」


 冷や汗を流しながら、静かに腰を落とす。

 アレは、不味い。

 探究者と同じく、押しつぶされそうな威圧感を放っている。

 しかもそいつが浮かべている表情は、アイツ以上に狂気に染まっている様に見えた。

 コイツだけには渡しちゃいけないって武器を、その本人に渡してしまった様な気分だ。


 「間違っていませんよ。今の私は、彼の能力を引き継いでいる。更に言えば、キノトリアより多くのコアを補完している。彼の様に簡単に死にませんから、試してみますか?」


 それだけ言って、鮫島はこちらに掌を向け“無色透明な剣”を放ってきた。

 ただし、一本だけ。

 ソイツを槍で弾き飛ばしてから、チッと舌打ちを溢した。


 「挨拶のつもりか? チート能力を手に入れた途端、随分と調子に乗るじゃねぇか」


 「これは失礼、証明するにはこれが一番早いかと思いまして。あ、ですが“向こう”で言った通り敵対するつもりはありませんよ? そう約束しましたし、協力出来るとも思っていませんので」


 そう言ってから、彼はニッと口元を吊り上げた。

 それはまるで、今までの笑顔の仮面が剥がれた本当の彼を見た様で。

 思わず、ゾッと背筋が冷えてしまった。

 人間とは、あんなにも醜い笑顔が作れるのか。


 「恐らくこの世界で最強に近い力を手に入れる事が出来た、ソレは貴方方のお陰だ。感謝します、そして同時に感謝されたいくらいですね?」


 「どういうこった?」


 強く槍を握りしめながら、相手を睨んでみれば。

 彼は此方を嘲笑うかの様に、八重歯を見せるくらいに笑ってみせた。


 「“殺したくなかった”んでしょう? 貴方は。だから最後の一撃も躊躇した。代わりに私がキノトリアという存在を殺してあげたんです。この場合は消滅させたと言った方が正しいのでしょうが、随分とお優しい事ですね。これだけやった相手に、慈悲の心を持てると言うのは」


 「黙れ」


 「それを一般的には偽善、甘さ、覚悟の無さ。そういう言葉で綴られるモノですよ? 仲間達を守りたいのに、自身の手は汚したくない。まるで子供の我儘です、見ていて冷めますよ?」


 「っ!」


 正直、図星だった。

 あのダンジョンコアを砕いてしまえば、全てが無事に終わる。

 だと言うのに、躊躇してしまったのだ。

 アイツを“殺す”事に。

 その結果がコレで、また仲間達に迷惑を掛ける事になってしまったのは目に見えているのだが。

 それでも。


 『言っただろう? 殺して良いのは食う時だけだって……それ以外は、殺さなきゃ誰かを守れない時だけって所だ』


 あの人の言葉を思い出した瞬間、トリガーをひき絞る指が重くなった。

 コレは守る為だ、皆の助ける為の行為だ。

 そう自分に言い聞かせても、俺は“誰かを殺す”という行為に恐怖を感じてしまった。

 あと数秒あれば、間違いなく引き金を引けただろう。

 でも今となっては、そんなモノ言い訳に過ぎない。


 「なので、見逃してあげますよ。さっさと退いて頂けますか? 私はこれから色々と試したい事も、調べなければいけない事も多いですから。それこそ彼に続いて、“探究者”を名乗りましょうか。未知に挑み、新しい試みに挑戦する者として相応しい名前だと思いませんか?」


 ケラケラと笑う彼が両手を拡げながら、俺の事を見下すかの如く声を上げた。

 確かに相手の言う通り、もしかしたら俺は……“殺す”という役目を彼が背負ってくれた事に安堵しているのかもしれない。

 そう考えると虚勢を張る気力も、言い返してやる活力も失われていく。

 筈だったのだが。


 「好き勝手言ってんじゃねぇよ、ハイエナ野郎。てめぇにはどんな“覚悟”があるってんだ?」


 ブチギレた様子の西田が、相手の顔面に膝を叩き込んだ。

 短い悲鳴を上げながら、えらい勢いで鮫島が後方へと吹っ飛んでいくと。


 「相手の生き方笑う程、貴方は多くの経験を積んで来たのですか? とてもではありませんが、そうは見えませんね。貴方の言葉は、ご主人様達の言葉と比べて“重み”がない」


 吹っ飛んだその先に、南が“趣味全開装備”の矢を乱射した。

 幾つもの矢がすっ飛んでいき、数秒後に大爆発を起こす。


 「ある程度なら許すつもりでいたんだけどさ。何があっても“殺さない覚悟”って、君には分かる? 周りには色々言われるし、本人が一番苦しいんだよ? 口は災いの元だから気を付けようね。あと、人の覚悟を笑うモノじゃない。特に自分が“何者でもない”内は、ね?」


 爆風で吹っ飛んでボロ雑巾みたいになった鮫島をつかみ取り、東が床に叩きつけてからパイルバンカーを放つ。

 傍から見りゃオーバーキルも良い所だ。

 しかしながらアイツは“探究者”の、キノトリアの能力を奪い取ったと発言していた。

 だったら、これぐらいで安心出来る訳が――


 「あぁぁぁ! 痛い痛い痛いっ! もう止めてくれ! いだぃぃ!」


 彼は東の放った杭で地面に固定された状態で、情けない大声を上げた。

 思わず皆して「は?」と声を洩らしてしまう程に。

 今では体中から色んなモノ垂れ流し、ボロボロと涙を溢す鮫島。

 その様子に東でさえドン引きし、杭を抜いて後ずさってしまう。


 「何でだ! 俺はキノトリアの能力を全部奪った筈なのに! なんで! なんでこんなに痛い!?」


 泣き叫びながら、彼は残った腕で這いずる様に俺達から逃げて行く。

 その傷は、瞬く間に修復されていく様だが。


 「あぁ、なるほど」


 思わず納得してしまった。

 化物だなんだと散々言っていたが、アイツは。

 キノトリアは耐え続けていたのか、誰よりも“傷み”というモノに。

 そして努力し続けていたのだろう。

 “先読み”が使えた所で、対処出来る能力が無ければ意味が無い。

 だからどんな相手と戦う事にも研究を惜しまず、見た事のない戦い方をする奴に興味を持った。

 アイツはどんな攻撃を受けても、体が半分吹っ飛んでも修復しすぐに戦闘を再開する。

 それでも受けた傷の傷みは、俺達となんら変わらなかったのかもしれない。

 痛みに慣れるという事はあっても、消す事は出来ない。

 だとすれば、常人なら狂ってしまう程の激痛の嵐だったのだろう。

 それでも彼は何でもない顔をしながら、心の中では叫び続けていたのかもしれない。

 今ではもう、想像する事しか出来ないが。

 もしも俺の予想が正しいとするなら、アイツは。

 相当我慢強い“大馬鹿野郎”って事だ。

 全部一人で抱え込み、周りに心を開かず、“痛い”を痛いと言葉に出来ないくらいに追い込まれていた。

 敵の事情だ、考慮してやる必要もないし、同情してやる必要も無いのかもしれない。

 擁護してやるつもりもないし、アイツを変に美化するつもりもない。

 だとしても、だ。


 「やっぱ、お前とキノトリアは根本からちげぇわ」


 そう言ってから、再び腰を落とした。

 両手に持った槍を捨てて、拳を構える。


 「いてぇって思った時に、いてぇって言えるのは……結構幸せな事なんじゃねぇかな」


 言ってから、思い切り駆け出した。

 相手からは、さして狙いも定まっていない魔法の剣が飛んで来るが……当たるかこんなもん。

 アイツは違った。

 狙った相手の致命傷になり得そうな個所を、いつだって正確に狙ってきた。

 アイツは強かった、一人では立ち向かっても絶対に負けると思える程に。

 それくらいに、怖いくらいに覚悟を決めていた“大ボス”だったのだ。

 自らの存在より、目的を優先する様な。

 そんな奴に俺達が勝てたのは、多分相性以外の何者でもない。

 彼が苦手な相手が、たまたま俺達だった。

 俺達が特別だからじゃない、特別だった相手がたまたま苦手だっただけ。

 要は運が良かっただけだ。

 俺達は勇者でも無ければ、主人公でもない。

 特別な存在になどなり得ない。

 だからこそ、我を通す事が出来たのだ。

 ここまで“我儘”に生きて来られたのだ。


 「歯を食いしばれ、顔面に叩き込むぞ。テメェが掻っ攫った相手は、適当に扱って良い“漢”じゃなかったみてぇだ」


 未だ泣き顔を浮かべている相手に、右ストレート叩き込んだ。

 盛大に吹っ飛んでいく。

 でも今の彼の治癒能力を考えれば、どう考えても足りないであろう一手。

 本来なら突撃槍でも叩き込んで吹っ飛ばしてやった方が良かったのかもしれないが。

 どうしても一発“殴って”やりたかったのだ。

 この大馬鹿野郎を。


 「じ、慈悲のつもりですか……?」


 顔面をグシャグシャにしながら、彼から呻き声が上がった。

 今ではもう俺たちに対立しようとは思っていないらしく、顔を押さえながら壁際まで後退していく“新しい探究者”。

 情けねぇなぁ、オイ。

 今のお前はチート組だろうに。


 「約束したよな? この先俺達に牙を剥かなければ、俺達もテメェを攻撃しねぇ」


 そう言いながら、ゴキゴキと首を鳴らしてからファイティングポーズをとった。


 「今の一発は、さっき魔法の礼だ。あとムカッと来たからな。これ以上何かしようってんなら……相手になるぜ?」


 スッと腰を落とした瞬間、彼は慌てた様子で此方に掌を向けた。

 今までの経験上、ソレは警戒する以外の何者でもない動作ではあったが。


 「わっ、わかりました! これ以上何もしません、貴方方と関わりません。コレで良いでしょう? 戦争は終わり、危惧していた相手も居なくなった。全てハッピーエンドです。貴方達は普段の生活に戻り、私は勝手に自分の目的の為に何処かで実験する。これで良いですよね? 約束通りじゃないですか」


 どうやら戦闘の意思は無いらしく、今度は両手を上げて見せる。

 同じ能力を持っていたとしても、ここまで変わるモノかと思わなくもない光景だったが。

 それでも、無駄に争う理由を俺達は持ち合わせていない。

 俺達の仕事は、この戦争のボスである“キノトリアを止める”事。

 彼の能力を吸収したコイツを野放しにするのは、今後世界的に影響が出るのかも知れないが……正直、そこまでは面倒見切れない。

 俺達は、世界を救う勇者様ではないのだから。

 そんでもって、姫様からも“確実に殺せ”とは言われてない。

 あと、背後で転がっている仲間達の方が心配だ。

 こんな奴の相手は放り投げて、さっさと街に戻りたいくらいに。


 「失せろ。そんでもって……二度と俺達の前に姿を見せるな」


 言い放ってみれば、仲間達が俺の周りに集まって来る。


 「もしまた視界に入る様なら。その時アンタが善人だろうが悪人だろうが関係なく、悪食はアンタを狩るぜ?」


 「喧嘩を売る相手は、間違わない方が良いよ? 案外分からないモノだからね、相手の本質なんて」


 西田と東が、珍しく低い声で脅しつけている。

 更にはもう一人、この子が黙っている筈も無く。


 「良かったですね、新しい探究者さん? 貴方が嘲笑い、“甘さ”と表現したご主人様方の行いのお陰で、貴方はまだ生きていられる。その事実を噛みしめながら、とっとと尻尾を巻いて消えて下さい。目障りです」


 えらく冷たい顔をした南が、相手の足元にクロスボウを乱射してみれば。

 怯えた表情を浮かべながら、彼は縮こまる様にして壁に張り付いた。


 「元からもう関わるつもりなんてありませんよ……全く、貴方達と関わるとろくな事が無い。良い勉強になりました」


 ボヤきながらも、何処からかダンジョンコアを取り出し上空へと掲げた。

 コアは展開し、彼の体を飲み込んでいく。

 いつか見た、“転移”の様なモノだろうか?

 なんて事を考えながら、視線を送っていれば。


 「でも、一つだけ伝えておきます」


 「あん?」


 移動中の彼が、思い出したかのように口を開いた。


 「私をココで見逃す事、後悔するかもしれませんね。新しい“探究者”、それを仕留めるチャンスを棒に振る訳ですから」


 ニヤッと口元を歪める彼が、そんな事を言い放ってきた。

 正直、またこんなにもデカい問題に発展した場合は他の奴らに丸投げするつもりではいるのだが。

 それでもここで、情けない発言を返すのは違うだろう。

 だからこそ、精一杯“主人公”のフリをして答えようと思う。


 「後悔させてみろ、小僧。てめぇが次に挑んで来た時は、今回みたいに“手加減”なんぞしてやらねぇからな。秒で死ぬと思って掛かって来やがれ」


 正直に言えば、相手したくないだけだが。

 もっというなら、こいつはまだ俺達に“牙”を向いていない。

 というかキノトリアを吸収した事以外、俺が知る限りこの世界で何もしていない。

 だったら、勝手な正義感で叩き潰すというのも違うだろう。

 俺達は、未来の為に悪を倒す正義の味方ではないのだから。


 「……言ってくれますね、“悪食”。私は、貴方達が大嫌いです」


 その言葉を最後に、彼の姿は掻き消えた。

 残ったのは静寂。

 なんだか変な終わり方になってしまったが、とにかく俺達は仕事を達成したのだ。

 なら、喜ぶべきだろう。

 そうは、思うのだが……。


 「あぁぁぁ! クソがぁ! これだからダンジョンは嫌いなんだよ! もう体動かねぇよ、こっからもう一戦とか出来るかバーカ! 体プルプルしとるわ! 何だよあの槍、頭おかしいだろ!」


 色々我慢していたが、とりあえずそれだけは叫びたかったのであった。

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