第185話 四匹の捕食者
「遅ぇ!」
「全く、ふざけた速度だ!」
此方の速度に着いて来られないらしい相手に対して、馬鹿みたいにナイフを叩き込んだ。
先読み? 上等だ。
俺の攻撃を全部見えている上で、全部防いでみろ。
出来るもんなら、反応できるもんならやってみやがれ。
そんな気持ちで、大地を蹴り続けた。
俺達もついに魔法が使える機会というか、特別性の鎧が授けられたって訳だ。
だったら使う他あるまい。
魔封じの鎧と一緒で魔石をプチプチする必要はあるし、効果時間だってそう長くはない。
だがしかし追加機能も。
「ハハッ! 魔力をたんまり持ってる相手だと、回復も早ぇなぁ!」
「チッ! 吸血鬼か何かか貴様は!」
攻撃し、相手の血を鎧が吸う度に魔力が溜まっていく。
スライド式の籠手に取り付けられたメモリで確認する他ないのだが、コイツは凄い。
相手の吹き出した血であったとしても、鎧が勝手に残った魔素を吸収してくれるのだ。
魔石を握りつぶせば確定チャージ、微々たる魔力であっても攻撃するだけでもチャージ出来るって訳だ。
そんでもって。
「どうしたよ探究者。見えてんだろ? 防いでみろって」
「出鱈目な連中も居たモノだな……ここまで“見づらい”生物は確認した事が無い」
両手に持った短剣を使い潰しながら、ひたすら相手を切り裂いていく。
今の俺は間違いなく魔力を放っている筈。
だというのに、相手は防げない。
“先読み”ってヤツで俺の動きが見えていたとしても、見えた瞬間に攻撃してやれば間に合わないんじゃねぇの? という訳で、“速さ”の限界突破を試みた。
この鎧はとにかく俺の体を強化し、速度を上げてくれる。
しかしながら、感覚はいつものままなのだ。
詰まる話、常時ジェットコースター感覚に視界は早送り状態。
だが、慣れろ。
コイツを使いこなせなきゃ、宝の持ち腐れになる。
そんな訳で、目まぐるしく動く視界に短時間で慣れようと努力していた。
「西君! 足場作るよ!」
東がそう声を上げ、パイルバンカーで床を砕いた。
ついでとばかりに床をひっくり返し、こちらには地面だった筈の岩の塊が飛んで来る。
本来なら巻き込まれかねない無茶苦茶な攻撃。
でも、今の俺なら。
「サンキュー東、そこら中足場だらけだわ」
空中に舞った岩を蹴って、更に探究者に攻め込んだ。
このチャンスを逃すな、飛んで来る岩は一瞬なんだ。
その一瞬に全てを使って、五十以上は攻撃しろ。
もはや自分でも目が回りそうな程に動き回り、ひたすらに刃物を相手に突き立てた。
「ハハッ! お前の反応速度を上回れば、魔法を使っても攻撃は通る。お前のチート、一個潰したぜ?」
カカッと笑いながら、全力で突っ込んだ。
でもそろそろ時間だ。
捕食者の鎧も、以前の“魔封じの鎧”同様制限時間がある。
俺と東が三十秒、こうちゃんが一分。
たったそれだけの時間に、とんでもない魔石と魔力が消費される訳だ。
使ってみて分かったが、こりゃ確かに燃費悪すぎるな。
「あと十秒だけ全力で相手しやらぁ!」
「このっ……本当に人間か貴様!?」
残り僅かな時間を、俺は。
東が作ってくれた足場を蹴りながら駆け抜けるのであった。
――――
多分、僕達三人が全力で戦ったら最後に残っているのは西君だと思う。
当然僕じゃ着いていけないし、北君だってそうだ。
ソレに輪をかけた速度で、今の彼は駆け回っていた。
「足場追加ぁぁ!」
周囲の壁に“趣味全開装備”を叩き込み、彼の足場になりそうな岩を投げる。
本当にサポートしか出来ず、北君や西君の様にボスの前に立ちはだかるだけの能力が無い。
それが僕だ。
しかし、それがどうした。
僕達はチームだ。三人、今では四人揃っての東西南北だ。
だったら、僕みたいなサポート役が居たっていいじゃないか。
「どぉぉぉぉらぁぁぁぁぁ!」
デカい声を上げながら、壁をぶっ壊して相手に向かって投げつけた。
正確に何をどうしようとか、西君が足場にしやすい所にとか考えている訳じゃない。
それでも“彼”なら、どこに何を投げても活用してくれるはずだ。
そう信じて、次から次へと投げつけて行った。
「東様、私もサポートに回ります!」
「よろしく! でも、無理しないようにね!」
「はいっ! 絶対に、皆様に心配は掛けません!」
頼もしい言葉を吐いた南ちゃんが、風の様に駆け出した。
まるで西君みたいに、本当に風になったかの様に。
彼女も僕が投げつける岩の数々さえも足場に変え、空間を立体的に使って走り抜ける。
ほんと、最初の頃が嘘みたいだ。
さっきまで初期装備を見ていた影響なのかもしれないが、そんな事を思ってしまった。
ガリガリで、薄っぺらい汚れた布としか言えない服を纏っていた奴隷の少女。
そんな彼女が今では。
「貴様の攻撃は通らないと言ったはずだ!」
「はたして、どうですかね?」
相手の近くまで接近してクロスボウを構える南ちゃん。
彼女に対して、“先読み”を使った探究者が掌を向けるが。
「私の“趣味全開装備”は、起動させてから五秒後に爆発する様に作られています。つまり、射抜く必要はないんですよ。魔力の乗った攻撃ではなく、ただただ投げた物に対しても“先読み”は使えますか?」
ニッと彼女が微笑んだ瞬間、彼の背後に数本の“矢”が落ちて来た。
走りながら投げ放ったのであろう。
そしてソレに気付かせない為にあえて魔力を使った移動を繰り返し、武器を構えた。
コレはもう、何というか。
「私もここ数年で、“絡め手”というモノを学びましたから。正面からぶち当たるだけでは、獲物は狩れません」
ズドンッ! という炸裂音と共に、探究者の背後で爆発が起きた。
小規模爆発。とはいえ、生物にとっては致命傷なソレだったが。
「小娘がぁ!」
「その子娘に、いつまで時間を割いているつもりですか? ほら、動きを読みやすい私ばかり見ていては、後ろに……貴方を喰い殺す“獣”が迫っていますよ?」
クスッと挑発的に笑いながらバックステップをかます南ちゃんに替わり、背後から西君が襲い掛かった。
完全に無防備な所に対しての襲撃。
目で追えない程の斬撃を繰り返してから、体操の選手みたいな綺麗なバク転をかまして距離を取った。
そして。
「三十秒! こうちゃん、交代!」
「おう、任せろ!」
西君の方を振り返った探究者の背後。
さっきまで南ちゃんの居たその場所に、二本の槍を持った獣が現れた。
仲間である僕達にさえ悟らせない程気配を殺しながら、本当に……いつの間にか現れた。
コレだよ、僕達のリーダーはいつだってコレだ。
人一倍目立つし、言動だって滅茶苦茶なのに。
いざって時は絶対に“ソコ”に居るんだ。
そして。
「シャァァァァ!」
獣みたいな雄叫びを上げながら、彼は二本の“突撃槍”を振るう。
本来槍は刺すものだ、この時点でおかしい。
だと言うのに、彼は。
「悪食ぃぃ!」
「終わりにしようぜキノトリア!」
必死で逃げようとする相手に対し、巨大な“趣味全開装備”を振り回しながら、爆炎と共に走り回った。
ズドンズドンッと耳がおかしくなりそうな衝撃音を響かせながら、怪物エルフに追走して化物みたいな武器を振り回す。
この有り合えない光景を見て、思わず懐かしいと思ってしまったんだ。
相手がどんなに強かろうが臆する心を押し殺して、まるで同格の様に演じながら突っ込んで行く。
彼は、どこへ行っても。
どんな環境に放り込まれても、僕らにとってのガキ大将なのだ。
「それじゃ、僕も援護するね!」
ブースターを起動させ、膝を落した。
今までは憧れるだけだった。
凄いって思って見ているだけの存在だった。
でも、今なら。この装備があるなら。
僕だって、“その場”にたどり着けるんだ。
「参戦するよぉ!」
全力全開、魔石の消費を惜しむ事無く。
僕は彼らの元へとフルブーストで突っ込んで行くのであった。
――――
だぁくそ、西田の攻撃で終わってくれれば良かったものを。
なんて事を考えながら必死に相手に引っ付いて回った。
ドワーフ達から預けられた、二本の突撃槍。
俺達の言う所の“趣味全開装備”の槍、その強化版を二本。
元々二本槍を振り回して突き進むスタイルに合わせてくれたのか、一般的な突撃槍って言うより、先端が馬鹿デカい剣の様な形をしている。
そんなものをブン回しながら、逃げようとする“探究者”に着いて回った。
「オラオラどうした!? てめぇなら逃げる必要なんざ無いだろうが! 掛かって来いよラスボス!」
「本当に……本当にお前達は止まらないな。まるで“彼女”の様だ」
何故か嬉しそうに口元を歪めながら、彼は半透明な剣の大群を拵える。
またか、またソレか。
俺達に対しての最強の一手。
魔法全ぶっぱの、手の出し様が無い攻撃手段。
だがな、前回とは状況が違うんだよ。
俺の後ろには今、全部を守ってやらないといけない相手はいねぇ。
例え幾本が抜けた所で、アナベルが防壁を張ってくれるだろう。
だったら、俺は自分の心配だけすりゃ良いって訳だ。
「プレデター! 起動!」
俺の声に反応して、鎧は勝手に“付与魔法”を発動させる。
全く、随分と使いやすくしてくれたもんだ。
「またそれか、だが……防ぎきれるか?」
ニッと口元を上げる探究者に対して、こちらも思い切り踏み込んだ。
新しい鎧、
こいつはスゲェ、いちいち魔石をニギニギしなくても魔力が溜まる上に、能力も向上している。
しかしまぁ、俺の鎧の能力はと言えば。
「前と同じだと思うなよ探究者。今回は……六十秒だ!」
はい、倍になりました。
すげぇや! なんて手放しで褒められたら良かったのだが。
俺だけ何でいつも“魔封じ”なんだよ! しかも時間延長だけかよ!
二人みたいな恰好良い機能は!? ねぇ何か無いの!?
色々叫びたくなってしまった訳だが、今の状況ではありがたい事この上ない。
相手の攻撃を気にせず、ただただ踏み込めば良いのだから。
飛び交う透明な剣を無視しながら、ひたすらに相手に攻め込んだ。
「厄介だな……」
そんな一言共に、相手の姿が掻き消える。
転移。
それだけは分かっている、ならば。
「西田! 南!」
叫んだ瞬間、上空で爆炎が広がった。
「逃げるなら“戦闘”自体から逃げな。勝つために“転移”なら、俺等に通用しないぜ」
「私も慣れてきました。貴方、意外と単調ですね」
瞬く間に幾つもの刃物を叩き込んだ西田が着地し、追撃した南がクロスボウを構える中。
相手が落ちて来た地点には東が待っている。
両腕に構えた、とんでも兵器を準備しながら。
「悪いけど、手加減しないからね」
空中から降って生きた相手をつかみ取り、地面に叩きつけたかと思えば盾で追加攻撃。
そして。
「パイル、バンカー!」
東の盾から射出される杭が、これでもかという程に相手を傷つけた。
何度も拳を振り上げ、振り下ろす度に射出される杭。
それはもう、相手が諦めるまで殴るのを止めないってレベルで。
はっきり言ってミンチになる勢いだ。
「いい加減にっ――」
「東、後退! 任せろ!」
現場に駆け付け、突撃槍を構えながらトリガーを引き絞る。
その瞬間、ゴツイ二本の突撃槍が“回転”し始めた。
それはもう、ギャリギャリと音を立てて。
ドリルだよ、もうドリルだよこんなの。
槍じゃねぇよ。
なんて事を思いながら相手に穂先をブッ刺して、更に二つ目のトリガーをひき絞った。
そんでもって俺、“覚悟”を決めろ。
「穿て! ぶち抜け! ぶっ潰せぇぇぇ!」
ドドドッ! と、耳がマジでおかしくなりそうな爆発音が連続で響いた。
頭おかしいよこんなの、絶対おかしいって。
槍はドリルになるし、先端からはガトリングガンかって程にズドンを連射するし。
訳が分からない程の衝撃に耐えながら、ヒーヒー言って爆発が終るまで耐えてみれば。
「獲った」
相手は完全にミンチになってしまったらしく、赤い霧の様な物が立ち込めている中。
散らばる肉? の間から、西田が何かをつかみ取って近くに着地して見せた。
掌を開いてみれば、そこには。
「アイツのダンジョンコアだ。まさか、ここまで小さいとは思わなかったけど」
以前俺達が手に入れたコアより、ずっと小さい。
それこそ、指先で操るサイコロみたいなサイズだ。
彼の過去は“ユートピア”で見せてもらった。
初代勇者を助ける為に使用した、あの時のダンジョンコア。
目の前に迫った竜を討伐する為に、最後に使用した切り札。
アレは当時から変わらず、彼の掌に埋まっていたらしい。
アイツに、鮫島に教わったキノトリアの心臓部。
彼の勝利の証であり、人生を狂わせた“世界の欠片”。
なんだかズルをした気になってしまうが……だとしても、だ。
「もう少し考えろよ、キノトリア。お前、頭良いんだろ? だったら……今のお前の姿を、初代勇者に見せられんのか?」
そう呟きながら、西田の掌に乗っかっているダンジョンコアを見つめるのであった。
随分と小さいし、古い。
一目でそれが分かる程に風化している。
更には全体にヒビが入っている程に、状態は良くない様だ。
あぁ、なるほど。
あいつは不死身だと思っていたが、そうじゃなかったらしい。
確かに普通の人間に比べればずっと長い時間を生きて、たくさんの苦悩を知ったのだろう。
それが見て分かる程に、目の前の“ダンジョンコア”はボロボロなのだ。
乱暴に扱えば、崩れてしまいそうな程に。
「お前の好きだった奴は、何を望んだ? お前がそれを代わりに叶えてやることは出来なかったのか? 相手を呼び戻す前に、やる事があったんじゃねぇか?」
それだけ言ってから、西田が地面に置いたダンジョンコアに向かって突撃槍を構えた。
コレで終わりだ。
なんだが随分と呆気ない……といったら嘘なのだろうが。
相手からの言葉も貰わないで幕を閉じようとしていた。
普通さ、あるじゃないか。
RPGのボスだったら、何かしら恰好良い事を言って去るとか。
小説の大ボスだったら、彼が本当は何をしたかったのか公表されるとか。
でも、現実にはそんなものは無かった。
散々化物だ何だと呼んでいた相手の“コア”が目の前に転がり、後は“突撃槍”のトリガーをひき絞れば終わる。
なんとも、締まらない終わり方だ。
でも多分、これが“普通”って奴なのだろう。
「もう休めよ、“探究者”。お前は十分頑張ったし、仲間想いだった。やり方は間違ったかもしれねぇが、休め。もし“次”があるなら、平和な世界で会えると良いな」
そう言いながら、突撃槍のトリガーに力を入れた。
コレで終わり。
“表側”の戦争も幕を閉じ、いつもの日常が返って来る。
だからこそ、これからは平穏な日常を送れる筈だ。
そんな事を、考えていたのに。
「こうちゃん! 避けろ!」
「北君! 下がって!」
「ご主人様!」
「……は?」
随分しんみりした気持ちでいた筈なのに、俺の真上には。
どっかで見た肉スライムが、妙に広がりながら自由落下してくる光景が映るのであった。
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