第184話 三人の馬鹿
その場を、静寂が包み込んでいた。
とりあえず相手を引き裂いた糸を回収してから、皆と一緒に肉片を睨む。
「お、終った?」
アイリさんが恐る恐る肉片に近づいて、つま先でちょんちょんっと突いている。
だが、もはや動く様子は無い。
「い、一応全部凍らせておきますか? 腕とか足は結構残っちゃってますし」
アナベルさんも警戒した様子で杖を構え、詠唱を始める。
これは、本当に終わった感じなのだろうか?
未だ消えてしまったままのリーダー達の事も心配だが、とりあえずこっちが安心出来る状況になれば彼等の救出に全力を注げる。
思わずホッと胸を撫で下ろした、その瞬間。
「やってくれるな。流石は奴等の仲間、という所か?」
「全員離れて下さい!」
叫び声を上げた瞬間、幾つもの魔法が彼の遺体……というより肉片から放たれてきた。
前にも見た、無色透明な剣。
そんなモノが四方八方に発射され、防御の術を持たないアイリさんと白さんが傷つけられていく。
アナベルさんは防壁を張り、私は糸で絡め取り、初美さんは身体能力で回避した様だ。
「嘘でしょ……こんな細切れでも生きてる訳?」
「流石にコレ、どうすれば死ぬのかわかんない」
負傷を受けた二人が地に伏せながら、苦しそうな声を上げている間。
探究者の肉片が集まって行き、やがて元の形に戻ろうとしていく。
今までよりも回復に時間を要してはいる様だが……これは、本当にどうすれば勝ちなんだ?
「っ! アナベルさんは二人の治療と防御! 私と初美さんでどうにか時間を稼ぎます!」
叫びながら再生間近の相手に再び糸を絡めてみるが、相手は転移してあっさりと攻撃を躱されてしまった。
そりゃそうだ、今までの攻撃は周りで目を引いてくれる皆の存在があったからこそ。
私一人の攻撃では、当然“読まれて”しまう。
「君達は強い、それこそ初代勇者パーティに匹敵する程に。だからこそ、惜しい」
「この化け物がぁぁ!」
この状況に冷静さを失ったのか、初美さんが正面から突っ込んでしまった。
いくら魔術を使わなくとも、アレでは駄目だ。
私と彼女の二人では、“囮役”が足りない。
「駄目です初美さん! それでは各個撃破されてしまいます!」
こちらの声が聞えていないのか、彼女はえらく低い姿勢のまま相手と距離を詰め、短刀を振りかぶった。
不味い、どうにかサポートしないと彼女が死ぬ。
慌てて走り出した次の瞬間。
「やはりこのメンバーの中では君が一番強いな、演技も見事だ」
「チッ!」
訳の分からない会話を交わした後、初美さんが此方に飛び退いて来る。
何が起きた? なんて呆けていれば、相手の手には初美さんの使っているナイフが握られていた。
「冷静さを欠いた演技をしながら、接近してごく短い距離で“影魔法”を使ったか。頭と魔法の使い方が上手いな」
「コレですら対処されるとなると……本当に手の打ちようがありませんね」
何やら強者同士のやり取りが行われていたらしい。
私には初美さんが我武者羅に突っ込んだようにしか見えなかったが、それすら計算の内だったとは。
しかも相手もそれに対応して来たとなると……本当にどうすれば良いんだ?
何をすれば相手に勝てる?
首を落そうと、体の半分を吹っ飛ばそうと、胴体を細切れにしようと復活してくる化け物。
こんなの、どうやって勝てというんだ?
そう考えてしまった瞬間、全身に寒気が走った。
今までの敵とは違う、圧倒的な怪物。
いくら抗おうと、全く勝てる気がしない。
視界がユラユラと揺れ始め、体のバランスが取れなくなってしまう。
不味い、コレは……。
「終わりか? そちらの男は、もう駄目な様だな」
「中島さん!?」
化け物が、こちらに掌を向けた。
あの透明な剣が、この身に向かって迫って来る。
だというのに、体は鉛の様に重くなってすぐには反応してくれなかった。
恐怖してしまったのだ、私は。
もっと言えば、怖気づいてしまったのだ。
これは無理だと、思考が理解してしまった。
私たちでは、この男に……勝てない。
「中さん!」
本能が全てを諦めて、思わず立ち尽くしていた私の体を。
小さな影が横から押しのけた。
まるで抱き着く様に、勢いよくぶつかって来た彼女は。
「白……さん?」
ぐったりとした様子で、私の上に覆いかぶさっていた。
前の攻撃で足を抉られ、私を庇った事で背中に大きな裂傷が出来ている。
ドクドクと流れる暖かい血液が、この身を濡らしていく。
そんな彼女がゆっくりと顔を上げながら、緩く微笑むのであった。
「らしく、ない……何にも無くても、諦めなかったのが中さん。初めて私を助けてくれた、男の人。諦めるのは、死んでからで良いよ。恰好悪い姿を“見せてくれない”のが、中さんだよ。だから、恰好付けて。私が知ってる中さんは、いつも恰好良かったから」
それだけ言って、彼女は瞼を閉じた。
あぁ、そうか。
この子は、今でも私を頼ってくれていたのか。
最初は“向こう側”の認識で、守るべきだと判断したからこそどうにか保護しようとした。
皆さんに助けられてからは、私なんかよりずっと頼もしく強くなっていった彼女。
既にこの時、私はこの子に対しての役目は終わったと思っていた。
これから先は仲間達と共に、自ら幸せを勝ち取っていける強い人間になったと思っていた。
だけど、違ったのだ。
この子は、白さんは。
皆に頼られる程の能力を伸ばしながらも、未だ私の事を“頼り”にしてくれていた。
悪食の中で一番地味で目立たない仕事をしている私を、“恰好良い”と言ってくれる程に見てくれていたらしい。
「アナベルさん、白さんの治療をお願いします」
「えぇ、すぐに」
駆け寄ってきたアナベルさんに白さんを渡し、立ち上がってみれば。
先程の絶望感が嘘の様に消え去っていた。
それどころか、他の感情がこの身を支配している。
「何を、勝手に諦めているんですかね。私は」
今は初美さんが一人で探究者を押さえているが、明らかに劣勢。
本当に何をやっているんだ、私は。
白さんには大怪我を負わせ、初美さんには単独で化け物の相手を任せている。
馬鹿野郎だ、大馬鹿者だ。
これが大の大人のやることか? 違うだろ。
私がこの世界に来て憧れたその人達は、絶対にそんな事させなかっただろうが。
彼等なら、一番先頭に立ったはずだ。
自由に生きると言いながら、誰よりも周りの皆を守り、導いて来た。
その彼等と肩を並べる場所に立ちながら私は、何をしている?
「うおおぉぉぉぉ!」
“自分に出来る仕事を全力でこなせ”
それが大人だろうが、今更……ビビるな!
思い切り腹から声を出し、両足に力を入れた。
私は悪食メンバーであり、孤児院の院長。
胸を張るべき場所に立っているのに、何を怖気づいている。
相手が化け物だからなんだ、彼等は……いや、我々は。
どんな困難にも、とんでもない化け物にでも立ち向かってきたはずだ。
竜でも化け物でも変わらない、ただ“生き残る”。
ならば立て、前線に。
胸を張って立ち向かえ、そして仲間に背中で語れ。
それが、“悪食”のメンバーたる証なのだ。
「初美さん、代わります! 全力で行きますから、巻き込まれない様に!」
「待ってました! お願いします!」
戦場に突っ込み、魔法を使った。
魔法を使えば使う分だけ不利になる相手に対して、全力で“闇”魔法を行使した。
視界を奪え、行動を阻害しろ。
その隙に糸を張り巡らせ、認識されても無理矢理注意を逸らせ。
必要以上に目立てば、後は頼もしい仲間が攻めてくれる。
「私の様な末端が相手では不満かも知れませんが、ただの雑魚と甘く見ているとまた細切れになりますよ!」
私は、隠密行動の方が得意だ。
だと言うのに、正面切って相手の前に飛び出した。
黒い霧をまき散らし、そこら中に糸を張り巡らせて。
「手数が多いのが今の私の特徴でしてね。仲間が休んでいる間くらい、仲間の分も攻撃して見せますから覚悟しなさい!」
「は、ハハハッ! 凄い、凄いぞお前達は! この状況でココまで抗える人間はそうそういない。認めよう、“悪食”は強い。その心意気、そこらの人族では真似できまい!」
お気に召してくれたらしい探究者は、しっかり此方に瞳を向ける。
今彼の目には、私の操る糸の動きですら“先読み”されているのだろうか?
だったら、もっと手を増やせ。
普通の生物では対処不可能な数、速度まで引っ張り上げろ。
私一人に対処が間に合わなくなれば、“もう一人”はフリーになる。
「全てを使い、貴方に挑みます! 私の糸、一本たりとも逃さず防いでみせなさい!」
それだけ言って、装備が壊れてしまうんじゃないかという程全力で使用し始める。
糸が切断されれば新たに別の方向から伸ばし、正面から襲う糸は決して休ませない。
こんな戦い方では、数分と待たずに全ての糸を使い切ってしまいそうだが。
だがしかし、例え敗北したとしても。
「私は、“恰好良い漢”を演じたいと思います」
チラッと背後に視線を向けてみれば、未だ治療を受けている白さんの姿が見えた。
どうか、無事で。
再び正面に視界を戻してから、十本の指から糸が伸びる。
せめて、彼女を失望させない大人であろう。
最初から私の事を見て来て、今でも頼ってくれる彼女には。
どうしたって情けない姿は見せたくないと思ってしまったのだ。
だから。
「中島誠也。無理を承知で、推して参ります」
無謀とも思える戦場に、再び身を投じたのであった。
――――
「アナベル、もう行って良いよね!?」
「まだ待ってください! このまま飛び出したらすぐに傷が開きますよ!? お腹をざっくりやられているんですから!」
すぐにでも飛び出そうとするアイリさんを押さえながら、同時に白さんの治療も施していく。
くそっ、パッシブ特殊枠だからなんて語ったは良いものの。
結局私は魔術師としてしか役に立たない。
魔法を発動する前にはどうしても時間を要するし、相手に気取られる。
だからこそ、いつも通りに魔術師と囮の役に収まっている訳だが。
「ごめんアナベル、出るよ! ナカジマさんが本格的にヤバイ!」
私が制止を叫ぶ暇もなく、彼女は飛び出した。
そして視線に映る光景は。
「うそ……」
ずっと一人で囮役をこなしていた彼が“糸”を使い切り、首を掴まれ持ち上げられている光景だった。
アレだけ派手に立ち回って、一人何役もこなしていた筈の彼だったが。
ここで限界というか、品切れになってしまったらしい。
これなら完治していないアイリさんが飛び出したのも分かる……なんて思った瞬間。
「まだだ!」
ナカジマさんの靴のつま先から刃が飛び出し、そのまま相手の首に叩き込んだ。
だというのに、相手は怯むどころか痛みを訴える様子すらない。
「やはり、強いな」
「化け物め……」
苦い声を上げるナカジマさんに、アイリさんが駆け寄っていく。
彼の近くには、先程まで攻撃役を担ってくれていたハツミさんも倒れている。
意識はあるにしても、多分相当なダメージを貰っているみたいだ。
とてもじゃないが、このまま戦闘を続けるのは無理だ。
例え動けたとしても、一人ずつ相手に挑んだ所で勝ち目は見えないのだから。
「その手を放しなさい! インパク――」
「君は、普段なら優秀な特攻役なのだろうな。しかし、私には無意味だ。残念な事に」
特攻したアイリさんは、あっけなく相手から放たれた魔法で吹っ飛ばされていく。
それでもすぐさま立ち上がり、再び相手に飛び掛かった。
まるで獣の様に。
「インパクトォォォ!」
「無駄だと言っているだろう。君は特に、魔術を常時使用しているのだから」
飛び込んだ彼女の首を、探究者はカウンターの如く掴み取った。
ガフッと苦しそうな息を洩らし、彼の掌に収まるアイリさん。
今ではアイリさんとナカジマさんの首を持ち上げながら、静かに佇む化け物が君臨していた。
こんなの、どうやって勝てというのか。
私は白さんの治療から手が離せず、ハツミさんは体が十分に動かせる状態じゃない。
その上で二人の命を、文字通り掴まれているのだ。
「誰か、助けて……お願いだから、誰か……」
呟いてから、今の発言に愚かさを感じ取った。
誰が助けてくれるというのか。
仲間達は絶体絶命、リーダーたちは別のダンジョンに呑まれ未だ生死不明。
なら、動けるのは私だけ。
「ほう? まだ抗うか?」
「これでも、“悪食”ですから」
一旦白さんの治療を中断し、杖を構えて正面を睨んだ。
「この状況で勝機あるとでも?」
「生きる為に足掻く、それが私たちです」
非常に単調な口論を交えながら、魔法を放った。
しかし、さも当然の如く防がれてしまう。
相手の得意分野なのだ、こればかりは仕方ない。
それは分かっている、分かっているが。
「“アイシクルエッジ”……」
「もう、良いのではないか? 分かっているだろう? 私に魔法では勝てん」
幾つもの氷柱が飛来し、彼に呆気なく防がれていく。
もはや掌さえコチラに向けてくれない、相変わらず二人の首を掴んだまま持ち上げている。
でも諦める訳にはいかなかった。
諦めてしまえば、私は“家族”を失う事になる。
それだけは嫌なのだ。
巻き込んでしまうから大技は使えないとしても、子供の我儘みたいにひたすらに魔法を放ち続けた。
「アイシクル……エッジ」
「無駄だ、理解しているはずだ」
それでも、魔法を放った。
私には、これしか出来ないから。
「私は“魔女”だから。それ以上に“悪食”だから、“家族”だから。私だけ諦める事なんて出来ない……“アイシクルエッジ”!」
「美しい、と言えるのだろうな。この光景も。しかし、ここまでだ。私に対して、君はあまりにも無力だ。相性が悪かったな」
それだけ言って、彼が掌に力を入れたのが分かった。
ナカジマさんとアイリさんが、苦しそうな声を上げる。
止めて、止めて止めて!
私が代わるから、その二人を殺さないで!
思わず駆け出し、二人に向かって手を伸ばした。
「お願い! 止めて! 私が、私が代わるから! その人達を傷つけないで!」
「残念だよ。“魔女”というからにはどれ程の物かと思ったが」
そう言って、彼が更に掌に力を込めた瞬間。
「俺、参上!
見慣れた黒鎧の一人が一瞬で相手の間合いに飛び込んで、相手の両腕をバッサリと切り裂いた。
探究者の両腕は深い裂傷を負い、アイリさんとナカジマさんの二人が解放される。
ニシダさん? え? なんであの人がココに?
あのスライムに飲み込まれたまま、その後の消息が掴めなかったと言うのに。
「ひっくり返せぇぇぇ! “プレデター”の底力! どらぁぁぁぁ!」
少し遅れて登場したアズマさんが地面にパイルバンカーを叩き込み、探究者の足場を崩した。
そりゃもう、ボス部屋の床全てに亀裂が入る勢いで。
相手がバランスを崩した瞬間、ニシダさんが掴まれていた二人を回収して此方に戻って来る。
もう、滅茶苦茶だ。
あまりにも現実離れした、あまりにも超越した存在に思える動きをかます二人。
でも、私はこの原因を知っている。
なんたって私が、私たちが作ったのだ。
速度強化と、肉体能力強化。
非常に単純で、初歩的なバフ。
でもどちらも異常なまでに突き詰め、あの鎧に付与したのだ。
でもやはり欠点は残ってしまったが。
速度強化は確かに速く動けるだろうが、あそこまで強化してしまっては感覚まで順応してくれない。
つまり走り出したニシダさんの目には、普段の倍以上の速度で流れる景色が映っている筈。
アズマさんに至っては、もっと酷い。
彼が十の力を使った時に、鎧が二十、三十という力に勝手に底上げするというもの。
つまり力の調整も何もあったモノじゃない。
だと言うのに二人は、まるで我が身に宿る能力を使いこなすかの様に動いていた。
「待たせたな、お前等」
いつか聞いた様な台詞を投げかけながら、黒い背中が私達の前に立ちふさがる。
「こっからは俺達の
二本槍を構えるその背中は、こんな絶望的な状況でもやはりいつも通りで。
思わず安堵の息を吐き出してしまう程。
あぁ、本当にこの人達は。
絶対にピンチの時には帰って来るんだから。
「遅いですよ、リーダー。急に居なくなったり帰って来たり、本当に忙しい人ですね貴方達は」
「わりっ、ちょっと話が長い相手に捕まってよ」
えらく軽い様子を見せながら彼は腰を落とし、槍を構え走り出した。
そして。
「勝負だ! キノトリア!」
「待っていたぞ! “悪食”!」
二人の攻撃が、正面からぶつかり合うのであった。
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