第183話 決裂
「では、これからの話をしましょう」
そんな事を言いながら、彼は骨なしチキンとポテトを一つずつプレートの上に置いた。
何その極端な選択肢、俺等だったら間違いなく肉を選ぶが。
「一つ目、私と協力してキノトリアを撃退する」
ニッと口元を吊り上げながら、彼はチキンを指差した。
「ちょっと待った、お前はどっちかというと向こう陣営だったはずだ。何でそんな事を言いだす? 目的は?」
あまりにも急展開過ぎて、ちょっと着いて行けないのだが。
困惑しながら聞いてみれば、彼は三本の指を立てて見せる。
「一つ、私は彼にとって目的の為の道具に過ぎない。いつかは捨てられる、またはこちらの意にそぐわない結果になる可能性がある。二つ、私から見て彼の目的は達成できる可能性が低い。同じ人物を召喚する事自体は可能かもしれないが、普通より条件が更に厳しくなる可能性がある。要は同じデータを再度移植する訳ですからね、世界のルールに反する可能性の方が高いです。物品ならまだしも、人間ともなれば余計に」
「そこまでは全部予想ってか、推測に過ぎないよな? だったらアイツを裏切る三つ目の理由はなんだ?」
俺の言葉に、彼は犬歯を見せる程に口元を歪めて笑って見せた。
「三つ。私の目的は“帰る”事です。しかしこれまでの情報と経験を整理すると、召喚された人間さえ“コピー”である可能性がある。つまり元の世界に戻った所で、居場所がない。もしくはオリジナルを消す必要が出て来る。そんな事をすれば、どうなる事やら。色々面倒なので、別の道を考えることにしました」
「急にぶっ飛んだな……理由と、その別の道ってヤツを聞いても良いか?」
なんだろう、他の人間とは違う恐怖を感じる。
水面下の恐怖、生物としての違和感。
そういったものを、腹黒さの様なモノを彼からは感じ取れた。
それこそ“向こう側”だったら、こういう類はごまんと居た筈なのだが。
彼の場合は、それが気配で感じられると言うか。
とにかくヤバイ感じを受ける。
こういう奴の事を、なんというのだったか。
「“向こう側”から物品を呼び寄せている時から疑問だったんですよ。なんたって同じ物が何度も召喚出来るんですから。一つしかない筈の物さえ、何度だって呼び寄せられる。つまりは複製されている訳です。そして“こちら側”に呼ばれる人間は全てレベル1。称号や能力の有無はあっても、何故レベルが皆均一なのでしょうね? 異世界に来たからリセットされた、そもそもレベルなんて無かったから1からのスタート。色々と言葉には出来ます。でもおかしいんですよ。能力値自体はバラけているのに、何故明確になるレベルは皆同じなのか。でも、ゲームに置き換えると凄く分かりやすくありませんか?」
「つまり?」
「パラメーターの上下はあろうと、私たちは新規アバターに過ぎないんですよ。他のゲームから移植されたが、結局はレベル1の振り幅内に収まる。思考や特技は引き継がれますが、初期アバターの域を出ない。複製品はこの世界で“新しく生まれた”からこそ、レベル1。要はプレイヤーが別のゲームに乗り換えたようなモノです。この予想が正しければキノトリアの目的は叶う事になりますが、異世界から何かを狙って召喚する際にはかなりの理解力と記憶が求められます。間違いなく、彼にはそれが無い。何と言っても呼ぼうとしているのは人間ですから」
良く喋る奴だ。
なんて、軽口を挟めればよかったのだ。
間違いなく、俺達は彼に対して“引いて”いた。
なんだろう、全部をゲームに置き換えているから一応理解は出来るが。
全てをゲームに置き換え過ぎていて“気持ち悪い”。
確証も無い事実を、良くもこれだけ自信満々に語れるな……なんて思ってしまう訳だが。
「要は、もう面倒くさいんですよ。非常に手間が掛かる上に、方式さえ存在しない。それなら手近な成功に手を伸ばすのが人間というモノです。詰まる話、私はこの“ユートピア”を確たる世界に変えようと考え始めました。私が支配する、第二の日本という訳ですね。こっちの方が現実的な上に、簡単です」
「は?」
「だって戻れるかどうかも分からない、戻った所で私が二人になってしまうかも知れない。そんな不安要素の塊に挑戦する為に、長い年月を掛ける。結果さえも不安定と来たら、挑む方が馬鹿らしいと思いませんか? 帰りたいとは願いましたが、その先に更なる不安があるかもしれないと知れば、人は別の道を探すのが道理です」
あぁ、なるほど。コイツは諦めた訳だ。
俺達より随分と特殊な経験をしている事から、不安になるのも分かる。
彼の言う通り俺等はコピーで、“向こう側”では同じ顔した人間が普通に生きているのかもしれない。
いざそう言葉にされれば、そういう可能性だってあるんじゃないかって思ってしまう。
だから余計に、“戻る”事に二の足を踏んでしまう気持ちも理解出来る。
しかし。
「お前とキノトリアとじゃ、根本的に違うんだろうな。それだけは分かった」
「私は目的を“帰る”から、“帰りたい場所を自ら作る”に変更しただけ柔軟だと思いませんか? そしてこの
随分と上機嫌な様子で、相変わらずペラペラと良く喋る。
とにかく、コイツが俺達をここに呼んだ目的も分った。
そんでもって、そういう事なら。
「交渉決裂、という事ですかね?」
ポテトの方を引っ掴んで口に放り込んでみれば、今まで見せていた様な薄ら笑いではなく、えらく鋭い瞳を向けて来るダンジョンマスター。
ハッ、この程度揺さぶられやがって。
お前はあんまり管理職には向いてねぇよ。
という訳で、もう一方のチキンも口に放り込んだ。
「つまり、どういう決断をしたと言う事ですか?」
鋭い目つきのまま、彼は俺達に問いかけて来た。
理解出来ないって面を見せながら、正確な“答え”ってヤツを欲しがっている。
生憎と、俺達はそういうのは苦手なんでね。
行き当たりばったり、それが俺達“悪食”なんだ。
「どっちも旨いから喰った、以上」
「は?」
「だが俺としちゃ、骨付きの方が好みだな」
嫌いじゃないし、普通に旨いと思えるが。
このファーストフードにおいては、骨の有る無しでそもそも味が違う。
だからこそ、正直な感想を述べてみた訳だが。
「貴方は、もう少し真面目な態度で人の話を聞くと言う事が出来ないのですか?」
彼は額に青筋を浮かべながら、ニコニコと微笑んでいる。
おぉ、怖っ。
自らが望む反応を示してくれないと、急に怒り出すのかねコイツは。
なんて事を思った瞬間、思い出した。
「あぁ、そうそう。お前みたいな奴をサイコパスって言うんだったな。“戻ったら”オリジナルを消す必要がある? 自分の世界を作れば良い? 普通考えねぇよ、そんな事。俺は俺で、“こっち側”に来ちまったから環境に合わせて生きてるだけだ。ったく、どいつもこいつも。自分中心に考えてんじゃねぇよ、環境に合わせんのが人間だろうが。それこそ神様にでもなりてぇのかお前らは。その片棒を担げってんなら、はっきり言ってごめんだね。今まで語った事全部お前の“予想”の範疇じゃねぇか。それに、規模のデカい話は他所でやってくんな」
「つまり、私の敵になる。そういう認識で良いのですね?」
「勘違いすんな、敵を作ってんのはてめぇ自身だ。この“ユートピア”でさえ、ぜってぇに飽きが来る。そん時お前はどうする? 新しい刺激を求めるんだろう? お前の言う所の一般の“プレイヤー”なら大した事はねぇが、神様って奴が飽きちまった時はどうなる? 世界そのものがダンジョンだってんなら……お前の指先一つで一体何が起きるんかねぇ? 何処の世界に行ったって、結果は同じって事だ。その暇つぶしに付き合わされんのは、いつだって“
種族戦争、あり得ない魔獣の発生。
天変地異、世界的に被害を与える出来事などなど。
そんなモノが意図的に用意されているのだとしたら、間違いなく“神様の暇つぶし”ってヤツなのだろう。
当事者としては、堪ったもんじゃないが。
「お前がお前の世界を作ろうとすんのは勝手だがな、俺達を巻き込むな。それは探究者だって同じだ、アイツも自分の目的と復讐の為に関係ない奴を巻き込んでる。結局は一緒なんだよ、お前等は。方向性と志の度合いが違うだけで、やっている事は周りを巻き込んで自分が気持ち良くなろうとしてるだけだ。そんなもん勝手に個室でやってろ、相手に見せびらかすんじゃねぇ。必死に生きてる奴等が居る中に、下らねぇ理由でしゃしゃり出て来るんじゃねぇよ、坊主」
「言ってくれますねぇ……」
笑顔を浮かべながらも、ギリッと強く奥歯を噛んでいる音が聞こえて来る。
それこそ日本人らしい反応と言っても良いのかもしれないが、ストレスで禿げるぞ。
「ま、久々にファーストフード食えたのは感謝するがな。ごっそさん、旨かった」
パンッと手を合わせて頭を下げてみれば、相手からは大きなため息が返って来た。
「はぁぁ……いえ、お気になさらず。ちなみに私の要求を呑まなかった場合の提案は、“今後私に関わらないで欲しい”というモノです。正面切って勝負しても、勝てる気がしませんから。これでも、生まれたてのダンジョンマスターなもので」
やれやれと首を振りながら、随分と軽い様子でそんな事を言ってきた。
意外だな。要求を呑まない場合、こっから出さないとか言い出すのかと思ってたのに。
「俺等に牙を剥く真似でもしない限り関わろうとは思わねぇよ。こっちも気味の悪い事を企んでる連中と必要以上に関わりたくねぇし」
「本当に元日本人なのかと聞きたくなる程、失礼な……いえ、率直なご意見ですね。隠し事とか苦手なタイプでしょう、貴方」
呆れた様子で、彼がパチンッと指を鳴らしてみれば……なんか出た。
ファーストフードの店内に、えらく高級そうな見た目の何処〇もドアが。
どうやって直立してんのこれ、押したら倒れたりしない?
何てことを考えながらツンツンと扉を突いてみたが、ビクともしない。
やっぱり魔法ってすげぇ、何でもありだな。
いや、この場合ダンジョンすげぇって言った方が良いのか?
「お帰りはそちらです。あぁそれから、もう一つだけお伝えしておきましょう」
「まだ何かあんのか?」
「えぇ、ここから出れば元の場所に戻ります。そこには貴方達の仲間とキノトリアが戦っている事でしょう。ですから、どうせなら彼の弱点でも教えておこうかと思いまして」
マジで反旗を翻すつもりなんだな、コイツ。
俺達は相手の要求を断ったが、勝手に戦って勝手に倒してくれって事なのか。
記憶の共有に手を貸さなかった代わりに、最初の提案は嫌でも達成してもらおうってか。
なんか上手い事使われている気がするが、それでもアイツとは戦う以外の選択は出来ないのだろう。
「彼を討伐する為に必要なのはコアの破壊。彼や私はもはや生きているとは言えません、コアが本体になっている存在です。その本体を隠している場所、それは――」
――――
「くそっ……そう何度も同じ手は通用しないか」
相手の背後から襲い掛かり、技をかけようとしてみたがスルリと抜けられてしまった。
これだけ周りが派手に魔法を使ってくれているから、“影”さえ使わなければ視線で追う事すら厳しい状況な筈なのに。
間違いなくこの相手は、私に慣れてきている。
関節を外したり、叩き折ったりしているのにみるみる内に回復されてしまう。
体力だって無限じゃない、このままじゃジリ貧も良い所だ。
こうなったら、少し無理をしてでも攻め込むべきか……。
「中島さん! 少し無茶をします!」
「了解しました!」
その一言共に、腰から二本の短刀を引き抜いた。
私の“趣味全開装備”。
正直、誰の趣味が反映されたんだと切に問いたいが。
「皆様! 全力で“目隠し”をお願いします!」
中島さんの声と同時に、魔法が得意なメンツが動き出す。
これでもかと言わんばかりに派手に魔力を使い、相手の目を引き“先読み”を見せ続ける。
いくら対処出来ても、その全てを一つの身で対応しようとすれば間違いなく隙が出来る……はず。
身体強化をフルに使ったアイリさんはガントレットから爆炎を上げ、白さんも惜しみなく“趣味全開装備の矢”を放つ。
アナベルさんに至っては、こんな密室の中で“絶対零度”でも使おうとしているのか。
やけに彼女の周りに魔素が集まっていくのを感じた。
「そこっ!」
相手の背中に向けて短刀を投げ放ち、片方の刃が体に深く突き刺さる。
皆の対応に追われている探究者は、それを引き抜いている暇も無さそうだ。
なら、都合が良い。
「いきますっ!」
残った方の短刀の“頭”部分に取り付けられた魔石を押し込んでみれば、もう片方の刃が柄だけ残して姿を消した。
後は道具がやってくれる。
私の使う魔法は“影”。
周りからの認識が薄くなったり、影さえあれば移動できると言う非常に便利なモノ。
しかし今この場で私と探究者の影を繋いだ所で、間違いなく“先読み”で対処されるだろう。
以前の戦闘でその戦い方を見せてしまっている以上、より一層警戒されているはずだ。
だからこそ、私自身が魔法を使って影を繋ぎ、移動すると言う工程を“全て省く”。
北山さん達の“趣味全開装備”同様、一つの目的の為だけに作られた魔道具というのは、人が魔法を行使するよりずっと“早い”のだ。
そして何より私たちの悪食シリーズの様な、魔石を使った“道具だけの魔法”が使われた場合。
相手は“先読み”が使えない可能性すらあるように見える。
魔素が向かう先が見えると言うのは、使用者の意思があってこそ。
だからこそその場で爆発するだけの“突撃槍”などは防げない。
この考えが正しければ、多分“通る”筈だ。
「ぐっ!? 貴様っ、何をした!?」
探究者は苦しそうな声を上げながら、慌てて背中の短刀を引き抜いた。
だが、遅い。
「やはり道具のみで使用された魔法は読めない様だな、化け物」
ニッと口元を吊り上げてみたが、次の瞬間にはちょっと吐きそうになった。
抜き放った筈の短刀の頭から、相手の臓器が噴射し始めたのだ。
私の装備の注意事項、“絶対に適当に使うな”だそうだ。
最初に投げた短刀の刃にはポインタとして役目が、柄には“影移動”の移動先としての地点に設定してある。
そして手元に残す方の短刀。
こちらは魔石を押し込むと同時に、ポインタが登録した地点に刃のみ“影移動”し、移動地点の入り口を作る役割を果たす。
つまり現在は相手の体内に刃が埋まり、ひたすら移動先へと触れたモノを送り出している状況だ。
ハッキリ言おう、誰がこんな物を考えた。
非常に回りくどい上に、凶悪過ぎて普通なら絶対使おうと思わない装備になってしまった。
スイッチを切れば、影移動も止まってくれるらしいが……内容も見た目も酷い。
刃と柄がバラバラになる作りだが、この全てを一つの攻撃として使用する為なのだろう。
色々な所に魔石が埋め込まれている上に、全体に細かい陣がびっしり彫られている。
皆のはちゃんと武器なのに、私の物だけは呪具みたいな見てくれだった。
なんでも外殻の固い魔獣や大物に対し、一度でも刃が通ってしまえば中から勝手に攻撃してくれる一撃必殺武器、だそうで。
アナベルさんがやけに私や姫様の“影”について調べているとは思ったが、とんでもない物が出来てしまった。
魔女様でさえ「二度と作りたくない」と言うくらい、手間の掛かった武器だそうだが……。
「ぬぉぉぉぉ!」
流石は不死身の探究者、自らの胸に腕を突っ込み残った刃を取り除いて見せた。
キモイ、というかグロイ。
刃を掴んだ事により彼の指先も影移動を始めた訳だが、分解している訳ではないので勢いに任せて引き抜いていた様だ。
というか、コレで死なないのかアイツは。
「一気に攻め込むよ! その状態で避けられるなら避けてみなさい! “インパクトォォ”!」
掛け声と共にアイリさんが拳を突き出してみれば、相手も片腕を上げて対処する。
まだ決めきれない、こんなにダメージを与えてもすぐさま回復を始めている。
「“氷界”!」
「貫け!」
「影で包みます!」
各々が最大魔法をぶち当てて、相手の注意を引いたその瞬間。
「流石にこれだけ手が多いと、貴方でも苦戦するみたいですね」
いつの間にか接近していた中島さんが、相手の体に糸を巻き付けた。
アイリさんの攻撃を風切りに、アナベルさんの魔法によって全体防御を余儀なくされ、白さんの“趣味全開装備”は間違いなく個別に処理しないといけない威力。
さらに私の影が足元を埋め尽くした事により、そちらにも注意を払ったのだろう。
彼の糸を操る程度の魔力では感知出来なかったみたいだ。
相手の土俵に立った上でのごり押し。
一対多という条件をフルに使い、各々が囮になる事に全力を尽くした結果。
いくら警戒しようと逃れられない隙を作る事に成功した。
これが私達の本気の抵抗、全てを使い潰してもたった一度の“決め手”を通すだけの、馬鹿げていると言われそうな一斉攻撃。
相手の処理速度を上回れば、一撃は通る。
その一撃に全てを賭けた、全力全開のチーム戦。
「細切れになりなさい、探究者!」
中島さんが思い切り拳を引き抜けば、彼の体は随分と細かく切り裂かれていく。
普通の生物なら、間違いなく絶命する筈だ。
それどころかあそこまで一気に細かく裂かれてしまえば、痛みすら感じる前に眠る事になるかもしれない。
私の“趣味全開装備”によって臓器を抜かれていた影響なのか、相手は随分とあっさりと攻撃を受け、手足だけを残した肉片となり地面に散らばったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます