第182話 語る迷宮主
鮫島の話は何というか、随分と規模のデカい話から始まった。
この世界、つまり“異世界”とは何なのか。
なんだか宗教の勧誘を受けている様な気分になってしまったが、俺達にも一応関係のある内容なので耳を傾ける。
コイツの予想では、世界そのものが巨大なダンジョンだと考えているらしい。
だからこそその世界独自のルールがあり、“向こう側”にはなかったレベルの概念や魔法があるとの事。
詰まる話、神様は存在しますってか? なんて軽い気持ちで口を挟んでみれば。
「存在はすると思いますよ? ダンジョンマスターという名の支配者が。規模が大きすぎる為に、かなりバランス調整が適当な気がしますけどね。種族戦争の際に現れたという竜や、急に発生した勇者召喚の技術はまさにソレな気がします」
「ん? 竜の方は確か何とかトカゲって魔獣が進化したって聞いたぞ、竜から。勇者は知らんが」
「経緯としてはそうなのでしょうね。しかしおかしいと思いませんか? 弱い魔獣であった羽トカゲが、急激に力を付けて“ドラゴン”なんて不思議生物に進化してしまうのは。簡単に言うとプレイヤー達が強くなりすぎた為、適当なフレーバーテキストを追加して雑魚モンスターを強敵に変えたって所ですかね。今度は逆に人が減り過ぎたから、勇者というチートキャラを用意した」
ほ、ほう? と思わず困った感じの返事をしてしまった。
でもその仮説が正しければ、この世界の普通の動物が絶滅しないのも納得……なのか?
かなりの数が人の近くで飼育されているから生き残れているという、魔獣以外の“獣”。
国の外にある村なんかもそうだが、魔獣が闊歩している世界なのだ。
平気で絶滅してもおかしくはない気がする。
そこら辺は世界の管理者? がバランス調整してるって事になるのか?
規模がデカすぎて良く分からないが、なんだろう。野生動物がその辺からリポップすんのかな。
「う、う~ん? 勇者はもう正直どうでも良いや、予想の域を出ない。そんで進化云々にも詳しくないから良く分からねぇし、そのトカゲも見た事ねぇからなぁ……つか、お前はなんでそんなに詳しいんだよ?」
今までの話を聞いていると、彼が“こちら側”に来てからはろくに世界そのものに触れる機会さえなかったように聞こえるのだが。
彼は少しだけ微笑んでから、スッと掌を開いて見せる。
そこに乗っかっているのは、随分と小さいダンジョンコア。
「私の体内には、このダンジョンコアが入っています。だからこの“ユートピア”という名のダンジョンマスターになれた訳ですね。体は耐えられず変異してしまいましたが、それでも得られる物はありました。何だと思いますか?」
「生憎とダンジョンボスになった事は無いんでね」
ヘッと呆れた声を洩らしながら返事をしてみれば、相手からも困った様な笑みを向けられてしまった。
「すみません、ご説明しますね。簡単に言うと、ダンジョンは“繋がっている”と言う事です。物理的にと言う意味ではなく、他の意味で……なんと言葉にして良いのか分かりませんが、この繋がりこそが“他の世界”から人を呼び寄せるきっかけになっているんだと思われます」
「なんだそりゃ、ますます分かんねぇぞ」
完全に想像の話というか、話の趣旨があやふやになって来たぞ?
呆れ顔を浮かべながら残った鳥の骨を咥えてプラプラさせていれば。
「コレを感じ取るのも、恐らく強弱が有るのでしょうね。実際“進化”を遂げた私にキノトリアが触れた瞬間、彼の記憶が閲覧できるようになりました。しかし彼にそういった様子は無い。こればかりは他の知性あるダンジョンマスターを見つけない限り検証は出来ませんが、他のダンジョンに居る時でも“繋がり”の様な物を感じる事が出来ます」
「お前の知識は探究者の記憶を持っているからこそってか? だからろくに外の世界を見て無くても“こっち側”に詳しいって?」
「まぁ、そういう事ですね。彼の記憶を、思考を覗いたからこそ。そして現代人としての私の知識も混ぜ合わせた結果、という所でしょうか? 今の私には、それこそ種族戦争の記憶さえ残っている状態です」
「どんだけ長生きなんだよアイツ……」
もはや壮大すぎて想像も出来ない。
世界規模の探究なら他所でやってくれ、俺の頭じゃ追い付かない。
何度目か分からない溜息を溢して、椅子の背もたれに体重を預けていれば。
「あの、ソレを試す訳ではないのですが……魔獣肉が禁忌になった理由って何なんですか? 勇者様の一言だけって、あまりにも信憑性が薄いというか。実際私達には悪い影響が出ていませんし、そもそもアレだけ強い探究者がご主人様方だけを特別視する理由が分かりません。魔法適性がないと言うだけなら、無属性の方々もいらっしゃいますし。パッシブも無い、というのはそこまで珍しい事なのですか?」
ずっとフライドチキンをガジガジしていた南が、不思議そうな顔で質問を投げかけた。
俺よりしっかりとした質問が来たことが嬉しかったのか、鮫島はニコニコしながら身を乗り出して来たが。
悪かったな、俺は適当な返事しか出来なくて。
「順に答えていきましょう、まずは魔獣肉。これは初代勇者が“魔人”を守る為に、種族関係なく一旦全てを最弱にしようと言い出した事がきっかけでした。そもそも魔素が多く含まれ、強くなる鍵として信じられた魔獣肉。しかし勇者達は国に帰った後、“魔獣肉を食べ続ければ恐ろしい化け物に変わる”と虚偽報告をしたそうです。あぁ、この辺りはキノトリアも“聞いた話”だから曖昧なんです。そこは許して下さいね」
「しかし、それまで普通に食べられていたなら……信じるでしょうか?」
やけに饒舌に語る彼に、南は不思議そうにもう一度首を傾げる。
だがまぁ、言いたい事は分かる。
初代勇者様がどれ程の信用があったのかは知らないが、人一人の発言で常識が変わるとは思えない。
信じさせる為には、それこそ証拠を目の前に提示するくらいしないと無理な気がするんだが……なんて、思っていると。
「勇者の言葉だったとしても、普通ならあり得ないですよね。皆さんが今食べているフライドチキン。実は食べ続けると四肢が腐り落ちる病気にかかるなんて言っても、まず信じる人間はいない。しかし、実例があったとしたらどうでしょうか?」
「魔獣肉を食うと魔人化するって話だったよな? 実在するってか?」
思わず口を挟んでみれば、彼は静かに首を横に振りながら答えた。
「勇者は“化け物”に変わると言ったんです。そして初代勇者である彼女の能力は“創造”という、それこそチートの頂点の様なモノだった。そんな力を持っていた彼女は、自らの体を変異させ“前例”を作った。これが魔獣肉を食らい続けた者の末路だと言って、他より強力な魔獣を食べ続けたからこそ、私はこうなってしまったと証拠になってみせた様です。書物でしか確認出来ませんでしたが、彼女の片腕は竜の様な鱗に爪、そして額からはドラゴンの角が生えていたそうです」
「……初代勇者ってのも、“向こう側”の人間なんだろ? そこまでするか? 元の姿に戻れるのなら、あり得るかもしれねぇけど」
俺の質問に対して、彼は随分と悲しそうな表情を浮かべる。
まるで、その当時を自ら経験して来たかのように。
「彼女は、結局元には戻らなかったそうです。何故そんな事をと、キノトリアも嘆いていました。しかし、第三者として彼の記憶を見て分かりました。彼女もまた、キノトリアの事を愛していた。途中退場した彼の“貴女の望む世界が見てみたい”という願いと、勇者の役目だけが彼女の生きている理由に変わった。だからこそ、終った後は本当に何もなくなってしまった。現代日本だったら、間違いなく鬱と診断される状態だった様ですね。平和な世界から訪れたのに、彼女は仲間の“死”を多く見過ぎた。慣れる事など無かったでしょう、何たって我々の様な者にとって“死”は特別なモノでしたから。当たり前として、自然な事だと飲み込む事が出来なかった」
「それで、どうなったんだ?」
「簡単ですよ。実際に化け物に変わった勇者を見て、魔獣肉は有害だと一部から判断がなされ禁忌とされた。そこに少しだけ情報に歪みを加え、人族にとっては利用価値の高い魔人を差別する対象に変える。迫害される彼等でしたが、強力な魔法を使用すると吹聴し直接手を下す人間を減らす。その結果彼等を恐れた民達からの目撃情報が集まり、国が対処を求められる。普通に考えれば馬鹿らしい幼稚な情報戦ですが、勇者を召喚した国のトップの言う事です。ネットも無い世界で長い時間を掛ければ“歪な常識”が出来上がる。変異した勇者は軟禁して黙らせ、他の仲間達は危険分子としてバラバラに国外追放。ちなみに獣人の戦士が最後まで残っていなかった事から、獣人は他の種族より劣っているとレッテルを張られた様ですね」
「ふざけてんのか?」
「それは貴方が現代人だから思う事です。過去の世界はどうでしたか? あまりにも幼稚な理由で争ったり、迫害する歴史はありませんでしたか? それが人間というモノです。この世界では、確かな情報はそうやすやすと手に入れられない事くらい経験したでしょう?」
歴史に詳しい訳では無いが、彼の言う通りなのかもしれない。
肌の色、生まれの違い。
そういった些細な違いで、他者を見下す世界ってのは何処にでもある。
それが“こっち側”じゃより明確に分かれ、その原因が庶民ではより見えにくいって事だけは確かだ。
「魔獣肉の件なんかは大雑把に分かった。んで? 俺達に何をさせたい? 俺達だけココに呼んだ理由は何だ」
これ以上歴史のお勉強をしていても事態は進まない、というか聞いていても気分が悪くなるだけだ。
なんて事を思いながら、コツコツとテーブルを叩いてみれば。
「その前に彼女の質問に全て答えてしまいましょう、何故貴方達をキノトリアが特別視するか。これもまた、貴方達をココに呼んだ理由に繋がるのですから」
へぇ、と軽い返事をしては見たが……確かに気になる。
“無し無し”の俺達だからこそ、アイツの先読みには引っかからない。
それは分かったが、そんなにも珍しい事なのか?
魔獣肉を食えば普通よりも強くなれる、それが分かっているなら特別視する様な存在ではない気がするのだが……。
「ちなみに皆様、ゲームは好きでしたか?」
「え? あぁ、まぁ」
急に何だと首を傾げてみたが、彼は満足そうな笑みを浮かべながら頷いて見せた。
そして。
「結論から言いますと、貴方達は異常です。この世界に“パッシブの魔法”さえ持たない存在はほとんどいない。レベルだけでは足りないからこそ、魔法で補いながら生物は生きている。それがこの世界であり、“当たり前”なんですよ。それら全て除外された異例の存在。世界のルールにギリギリ反しない、管理者からも異分子扱いされないスレスレのルールブレイカー。それが貴方達だと考えます」
ごめんなさい、訳が分かりません。
というかコレは、もしかして貶されてる?
ギリ許容範囲だけど、世界からも嫌われてるって馬鹿にされているのだろうか?
思い切り溜息を溢して、なんだそりゃとばかりに両手を拡げてみれば。
「もっと分かりやすく言いましょう。
「……急に分かりやすくなったな」
南だけは完全にポカンとしていたが、俺達三人だけはなるほどとばかりに頷いてしまった。
勇者や聖女なんかは、俺達から見ればチート集団な訳だが。
世界から見ればSレアキャラみたいな扱いで、特に問題は無い。
逆に俺等は星1キャラというか……あれ? でもそしたら何で探究者は俺らに拘るんだ?
探究者というチートキャラに対して苦手な相手というだけで、特別興味を持たれる対象にはならない気がするんだが。
「もっとRPGっぽく説明すれば、貴方達は完全に肉体特化なんですよ。他のプレイヤーが魔法や知能、特殊能力などにステータスを勝手に振り分けられているとしましょう。そんな中、貴方方三人は肉体能力のみにパラメーターを極振りした人間。つまりこの世界で能力の縛りプレイをしている様な状態です」
「……まて、待ってくれ。なんか続きを聞きたくなくなって来た」
なんだか頭痛がしてきて、相手に掌を向けてみるのだが。
残念な事に饒舌でペラッペラと良く回る彼の舌は、止まってはくれなかった。
「普通ならすぐにゲームオーバーになりそうな、一度きりの死にゲーを勝手にやっていた三人。それは本来雑魚中の雑魚にしかなり得ない、というかすぐ死んでしまう筈だった。そんな存在が魔獣肉の影響があったとしても、キノトリア……初代勇者パーティと同等な程に力を付け、立ち塞がった。これがまだ魔法特化とかなら理解出来たでしょうが、まさかの魔法の世界で魔法禁止縛り。こんなプレイヤーが居たら、普通興味持ちませんか?」
「好きでやってるわけじゃねぇよ!?」
もはや聞きたくないとばかりに、ウガァと吠えてしまった。
俺達だって魔法使いたいよ、もっとゲームやアニメの主人公みたいに立ち回りたいよ。
余裕な笑みとか浮かべちゃって、魔法の一発で周りを唖然とさせてみたいよ。
でも出来ねぇんだよコンチクショウ!
マッチ程度の炎すら指先から出てくれねぇんだよ、魔法が完全未知の存在なんだよ。
周りはポコポコ魔法を使う中、お前の言う様に強制縛りプレイをやらされていた身にもなれ。
三十路のおっさんがこの場で泣くぞ。
「という訳で、“未知”の存在に興味を持ったって訳ですね。実際そんな状態で異常なまでに強いですし」
「俺らの説明だけ妙に雑だなオイ!」
「だってソレ以外に言い様がないですからねぇ……」
あぁそうかい、そうなのかい。
アイツから特別視されてるとか、変に異物扱いされるのは結局“無し無し”が原因か。
ホラ見ろ、俺等は特別でも何でもねぇ。
普通の事が普通に出来ないけど生き残ったから、「なにあれぇ? ちょっと変わった生き物ぉ?」って珍獣扱いされている訳だ。
おいこらキノトリア、てめぇが興味持ったのただの偏りが酷い人族だぞ。
未知でも何でもねぇ。単純に“無い”ってだけなのと、運よく生き残っているだけだ。
天然記念物でも何でもない、飛べないけど妙に足が速い鳥みたいなもんだ。
お前が見た事無かっただけで、普通に生息してるだけのおっさんだから。
「なんか、妙にショックを受けている様ですが……大丈夫ですか?」
「大丈夫な訳あるか……俺達はもう駄目だ。“無し無し”の俺らが、化け物から見ても珍しいレベルの全く“無し無し”になっちまった……しかも大して嬉しくない底の浅い理由で」
今まで黙っていた西田と東と一緒に、静かにテーブルに突っ伏した。
パラメーターが肉体極振りか、そうか。
東は力極振りで、西田は速度。
そんでもって俺は何よ?
肉体能力の極振りなのに、バランスよく振っちゃった失敗キャラか?
ちくしょう、泣きたくなって来た。
「あ、あの……所々分からない単語が出て来るのですが。もう一つ質問良いですか?」
「ごめんね、南ちゃんだったかな? 他の人と比べて日が浅い影響か、まだ言語が“馴染みきれてない”んだ。もう少し長い時間を過ごせば、勝手に翻訳されて聞こえると思うんだけど。それで、何かな?」
「えっと? 良く分かりませんが。聞きたい事は理解出来ました、ありがとうございます。それから、この唐揚げのレシピって教えて頂ける事は可能でしょうか?」
あ、そっちなのね。
君のご主人様三人がテーブルに突っ伏している訳だけど、もはやいつもの事みたいな雰囲気で流されてしまった。
そんでもって、生き生きした様子で南にタブレットを渡すダンジョンマスター。
どっから出したの、というかネット繋がるの?
「私の記憶にある範疇しか再現できませんが、こちらが使われていると思わしき調味料と元となる食材ですよ。作り方から書いてありますから、存分にご覧になって下さい。まだ不明瞭な点が多いですが、そちらは自ら探す他ありませんね」
「こ、こんなに……というかこの本は凄いですね。どんな魔道具なんですか?」
「内緒です」
内緒です、じゃねぇんだよ。
もはや何かどうでも良くなって、食い散らかした骨を片づけ始めた。
もう良いから、元の場所に戻してくれませんかね? 置いて来た仲間も心配だし。
ギラギラし始めた南を他所目に、俺達は大きなため息を溢すのであった。
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