第181話 化け物の線引き


 とりあえず歩きましょうか、なんて御言葉を頂いてから俺達は揃って歩き出した。

 懐かしさしかない日本の街並みを、裸足でペタペタと。

 格好は随分と酷いし、猫耳が生えた南を連れているので違和感が物凄い事になっているが。

 それでも、俺達の事を目で追ってくる奴らはまるでいない。


 「如何でしょうか? 久々の日本の環境は」


 先頭を歩く鮫島と名乗った青年が、そんな事を呟く。

 小さな微笑みを浮かべながら、チラっとコチラを振り返って来るが。


 「全っ然落ち着かねぇ……」


 行き交う人々、談笑する若者、店のチラシを配る店員などなど。

 非常に懐かしい、懐かしいのだが。

 妙にソワソワするのだ。


 「貴方達も、随分と“染まって”しまったみたいですね」


 「妙な言い方だな」


 「コレは失礼、しかし事実でしょう? これだけ多くの人々が行き交う中を、装備も持たず歩く事に恐怖を感じている。今までは、ずっとそうして来たというのに」


 癪ではあるが、その通りなのだ。

 俺達の今の恰好は、はっきりいって寝間着だ。

 しかも異世界に来てからと言うもの、こんな薄着で寝る事すらほとんどなかった。

 もしもこの中の誰かが、急に剣を抜き放ったら?

 現代日本なら、ナイフとかの方が現実的なのかもしれない。

 だとしても、俺達にはソレから身を守る鎧がない。

 反撃できる武器がない。

 今の俺達なら素手でどうにでも対処出来るかもしれないが、それでも恐怖を感じた。

 全く知らない奴らの中に、無謀に身を晒している様で。

 更に言えば。


 「あ、あの……全て“人族”なのですよね? なんというか、その……雰囲気が」


 南が不安そうに、俺たちに身を寄せて来る。

 昔だったらそれこそ気にしなかっただろう。

 しかし、“異世界”に慣れ過ぎた俺達にとっては異常な光景だった。

 これだけ多くの人が溢れているのに、誰も周囲の人間に興味を持たない。

 誰しも自らの関心以外には視野に入れず、警戒すらしない。

 安心しきっている、と言って良いのか。

 それとも過信していると言えば良いのか。

 平穏を“当然のモノ”だと受け入れているのが、異常に気持ち悪かった。

 ここ数年俺達が生きて来た世界は、“弱さ”を許してくれない世界だったから。

 弱ければ喰われる、弱ければ生きていけない。

 だからこそ、必死で強くなろうと努力した。

 それこそ死に物狂いで、がむしゃらに。

 今考えてみれば、向こうに行っていきなり猪を相手にしたんだ。

 こっち側だったら、間違いなく自殺行為に他ならない。

 もしかしたら、レベル1の状態でも何かしらの変化があったのかもしれない。

 そんな世界を生きて来た俺達には、“ココ”はどこまでも気味が悪いと感じてしまった。

 だが。


 「見方を変えれば、確かに“ユートピア”だわな。戦う必要もねぇ、事故や病気と無関係でいられりゃ、ほとんど寿命を全うできる」


 「えぇ、その通りです。ただ自らの事だけを考えながら、とにかく“生きれば”良い。働くとは、そういう事です」


 「分かった様な口を利くじゃねぇか、若造の癖に」


 「しかし実際貴方達はそうして来た、違いますか?」


 チッと舌打ちで返せば、彼は困った様な笑みを浮かべて正面を向き直った。

 そして再び人波の中を歩いていた、筈だったのだが。


 「うひゃっ!?」


 背後から南のおかしな声が聞こえ、振り返ってみれば。


 「カバー!」


 通行人とぶつかったらしい南が、バランスを崩した。

 見知らぬ土地で落ち着かなかったのと、多分周囲でも眺めていたのだろう。

 ふらついた瞬間縁石につま先を引っかけ、派手に車道へと飛び出してしまっていた。

 更には南の元へと向かってくる一台の自動車。


 「西田! 頼む!」


 「あいよ!」


 それだけ叫んでから、俺と東が車道に飛び出し。


 「ぜぇあぁぁ!」


 「ふんぬぅぅ!」


 東は全身で、俺は肩で正面から迫る自動車に激突する。

 この間に南は西田によって回収されている事だろう。

 だが、ぶつかってから思った。

 普通、車にタックルしないよね。

 とか何とか思っている間に、目の前で崩壊してく自動車。

 グリルやバンパーは砕け、フレームが俺達の体にぶち当たって来る。

 ボンネットはひしゃげ、様々な破片が飛び散り。

 身体に色々なパーツがぶつかったり、ぶっ刺さって来る始末。

 しかし。


 「と、止まった……」


 「いたた……寝間着でやる事じゃないね。体中痛いし、足の裏もアスファルトでズタズタだよ……僕ら裸足だった」


 俺のスウェットも東の甚平も随分とボロボロになり、様々な破片でそこら中に裂傷が出来ている。

 だというのに、だ。

 車をぶっ潰す勢いで、止めてしまった。

 ぐちゃぐちゃになった車のフロントを眺めながら、改めて実感した。

 異常だと感じたこの世界は、普通なのだ。

 今まで俺達はこの世界で、“普通”に生きて来た。

 笑って、怒って、泣いて。

 それでも普通に人生って奴を送って来たはずだ。

 だが、今はどうだ?

 “異常”なのは、俺達の方だ。

 間違いなく、この世界に俺達の居場所はない。

 それだけは、しっかりと理解してしまった。

 異物となった俺達は、戻ってくれば間違いなく“化け物”と認定される事だろう。


 「ご主人様方っ! 申し訳ありません!」


 「こうちゃん! 東! 無事か!?」


 二人が駆け寄って来ると同時に、パチパチと乾いた拍手が鳴り響く。

 その音の先には、薄ら笑いを浮かべたスーツの男が一人。


 「素晴らしい、見事なまでの“化け物”だ。元の世界に執着がないモノ程、“向こう側”に良く染まる。しかし、まるで世界に嫌われているかの様に悉くハズレを引いて、どこまでも自らであろうとする。魔法の世界で、魔素に嫌われ。努力と経験を積み上げ、レベルを上げることで肉体能力のみを向上させる。本当に不思議な人達だ。染まっているのに、染まり切らない。まるで水の中に浮かぶ油の様、もしくは真っ白いキャンバスに落とした一滴の黒い絵の具の様だ。時間と共に黒は深くなっても、白い世界に馴染まない。キノトリアが興味を持ったのも分かります」


 思わず喧嘩売ってんのかと言いたくなった。

 しかし相手の言っている事も少しだけ分かる様な、分からない様な。

 とりあえず俺達は、どこへ行ってもあぶれ組って訳だ。

 “異世界”じゃハズレで異常で、今更“元の世界”に戻った所で化け物ってこった。


 「……だったらなんだよ?」


 「ほぉ? 開き直りますか?」


 イラつく笑みを続けている相手に対して、ハッ! と思い切り鼻で笑ってやった。


 「どこに居ようが、俺らは俺らなんだろ? だったら変わりねぇ、“生きる”だけだ。今この状況だって、車に轢かれた哀れな通行人だ。ちょっとばかし体が頑丈で、車の方が壊れちまったがな。安っぽいパーツでも使ってたんだろ、保険で直せって運転手に言ってやるぜ」


 大袈裟に手を拡げて笑い飛ばしてみれば、隣からはフフッと小さな笑い声が聞こえる。

 視線を向けてみれば、東がヨッコイショっと軽い声を上げながらめり込んだ車から腕を引き抜いていた。

 偉そうな事を格好つけて言い放ったけど、うん。

 この光景は非常に化け物じみてるわ。

 今の東を見て、喧嘩を吹っかけて来る奴は誰一人いないだろう。

 俺が見ても怖ぇよ。


 「ま、その勢いで今まで生き残って来た訳だしね。もしも“こっち”に戻る事になったら、鉄骨だって片手で運べるかも。昇給待ったなしだね」


 ボロボロの甚平を纏い、ガツンガツンと拳を打ち鳴らしながら隣に並んだ東。

 おかしいな、黒鎧を着ていない筈なのに東が魔王に見える。


 「なら俺はオリンピックにでも出るか? 走るだけなら、今は誰にも負ける気がしねぇ」


 カッカッカと軽快に笑い、南を連れた西田も並んで来る。

 南は未だ落ち着かないのか、耳をペタリと伏せたまま西田の袖を掴んでいるが。


 「実に面白い。貴方方のレベル概念は、恐らく“生きる”事なのでしょう。生を実感し、ソレに向かって足掻くたび、皆さんはどこまでも強くなる。理性を持ち合わせながらも非常に野生的、人という名を持った獣だ。生きる為に喰らう、喰らう為に殺す。そこに生の喜びを感じる程進化する人族。どこまでも本能的で、目の前の事しか見ていない貴方達は、今何を望むのですか?」


 やけに演技がかった口調で語り、彼は問うた。

 ここはもう、思いっきり格好良く言い返してやる他あるまい。

 ソレが空気を読むってもんだ。

 と言う訳で。


 「食い物はねぇのかよ? ダンジョンマスター。腹ペコだ。飯が出ねぇなら、さっさと元の場所に戻してくれ。自分達で作るからよ」


 ドヤッとばかりに言い放ってみれば、周りからは非常に呆れた視線が返って来てしまった。


 「北君……もっと他に言う事無かったの?」


 「実際飯が出てきちゃったらどうすんだよこうちゃん……」


 それは考えていなかった。

 つか、普通に出てきそうだよな飯。

 周囲にいっぱいお店あるし、俺ら金持ってないけど。


 「何というか、本当に面白いですね。何が良いですか? 何でもご馳走しますよ」


 先程の演技がかった言動は何だったのかと思う程、元の雰囲気に戻ってしまったダンジョンマスター……スーツ鮫島。

 彼からも若干呆れた視線を向けられてしまったが、とりあえず。


 「食っても害はないんだろうな?」


 「そこは保証します。私達の様なモノは食べなくても魔素だけで生きていけますが、味覚などは普通の人族と変わりませんから。それに、この場は少し特殊です」


 続きは食べながら話しましょうか、なんて軽い調子で彼は歩き出し俺達もその後に続く。

 今この場でさっさと帰せと暴れた所で、ココは相手の作ったフィールドなのだから従う他あるまい。

 そう言えば、さっき事故った車大丈夫なんかな?

 とか何とか思って振り返ってみたが、事故車は綺麗さっぱり無くなっていた。

 あぁ、やっぱりダンジョンなのね。

 今更だけど、しっかりと認識出来たのであった。


 ――――


 とりあえずこちらが希望した飲食店に入り、話の続きを聞く事になった。

 訳なのだが。


 「おかわり!」


 「俺も! 次骨なしの方で!」


 「もう十人前くらい頼んじゃおうよ!」


 「何ですかコレは……何を使ったらこんなに衣が美味しくなるんですか……」


 某チェーン店、鶏肉メインのファーストフードを食い散らかしていた。

 ひっさびさに食ったけど、やっぱりうんまい。

 骨付きで唐揚げにしても、どうしてもこの味にならないのよね。

 マジでどんな調味料使ったらこの味再現出来んの?


 「いくら食べても良いですけど……ちゃんと話聞いてます?」


 呆れ顔のダンジョンマスターに眺められながら、俺達はひたすらに鶏肉を貪った。


 「聞いてるよ。お前が俺達と同じ“異世界人”で、コッチから物を取り寄せる魔法持ちだったんだろ? 更には探究者に色々と実験で使われた挙句、俺達を飲み込んだ肉スライムに化けた。でも、俺達だけをこのダンジョンに呼んだのはなんでだ? 他のメンバーだっていただろうに」


 「意外と聞いているんですね、ずっと食べていたのに」


 はぁぁと大きなため息を溢し、彼は静かにコーヒーに口を付ける。

 えらくお上品です事、なんて事を思いつつ骨付きチキンがガジガジしていれば。


 「とりあえず質問に答えていくのと、私自身の説明。それから今後についてお話ししましょうか」


 そんな訳で彼の長話が始まった。

 その間、俺達は何度もフライドチキンの追加注文をしながら耳を傾けるのであった。


 ――――


 「なかなかどうして、上手く攻めて来るものだな」


 探究者からの魔法が放たれ、その全てをアナベルさんが防壁で防いでいく。

 彼等の攻防戦の影に隠れ、静かに糸を張り巡らせる。

 私と初美さんがこの戦闘においての要。

 パッシブの魔法が弱いからこそ、相手には悟られにくい。

 本来なら方角メンツの三人が“切り札”となる戦闘だった筈なのだが、その三人が今はいない。


 「何度挑もうと無駄だ」


 白さんが放った矢を片手間に防ぎ、攻め込んでいくアイリさんに視線を向けずに反撃を入れる探究者。

 ここまで強いのか、コイツは。

 単純に魔法の威力だけならアナベルさんと同等か、それ以上だろう。

 しかも手数が多い上に、あのふざけた再生力だ。

 こればかりはどう覆していいのか想像も出来ない。

 とはいえ、手をこまねいてばかりではいられないので。


 「初美さん! 合わせて下さい!」


 相手が全員の防御に徹したその瞬間、糸を巻き取りながら走り出した。

 私に与えられた“趣味全開装備”、自在に金属の糸を操るグローブ。

 調整が難しいが、慣れてしまえばこれ程頼もしい武器は無い。

 当然ただただ道具のみで糸が操れるはずもなく、この装備は魔力に頼っている。

 だからこそ、悟られる要因に変わってしまう訳だが。


 「気づいていないとでも思ったか?」


 敵に巻きつけようと周囲に張り巡らせていた糸に対して、探究者は攻撃魔法をぶつけて来る。

 かなり強力な金属糸だったはずだが、あっさりと切断されてしまった。

 しかし。


 「安心しました。貴方が有能だと判断したからこそ、“コレ”を使用していたので」


 ニッと口元を歪めてから、残った糸を相手に向けて伸ばしていく。

 危なげもなくこちらの攻撃を防いでいる様だが……。


 「私ばかりに警戒していて良いのですか?」


 「なに?」


 彼が呟いた瞬間、背後から二本のナイフが突き刺さった。

 魔法を一切使わずに戦うとなると、どうしても私では力不足。

 だからこそ、攻撃手は彼女に任せたのだ。


 「っ! また貴様か!」


 「小細工が駄目なら、物理で叩き込む。むしろそっちの方が私には得意分野なんでな。もう一度言おう、化け物。対人戦で私に勝てると思うなよ? 下衆が」


 えらく格好良い煽り台詞を残し、初美さんがナイフを捻じりながら引き抜き、足払いから踵落としのコンボを決める。

 魔力を使っていない分、普段より速度は落ちる。

 それでも彼女の動きは隙が無い、素の状態でも武術に精通していると分かる程に。

 そんな彼女が、全員囮になる事で気づかれる事無く懐に飛び込める。


 「やはり強いな、君は」


 魔法を使用していない接近戦では不利だと考えたのか、探究者は転移して距離を置くが。


 「そこっ!」


 「逃がしません!」


 白さんとアナベルさんの攻撃が転移直後に襲い掛かり、それを防ぐ事に注力せざる負えなくなる探究者。

 その隙に私とアイリさんで攻め込み、しっかりと“反応”してもらう。

 結果、相手は肉眼で初美さんを探す暇さえ無くなると言う訳だ。


 「精々苦戦して頂きますよ? 喧嘩を売る相手を間違えた事を、後悔して下さい」


 「なかなか食えない男だな……貴様も」


 それは何よりです、なんて煽り文句を投げ掛けながら更に攻撃の手を増やしていく。

 以前と比べて随分と苦い顔を浮かべる彼が、はっきりと分かるくらいにこちらを睨みつけて来るのであった。

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