第179話 表と裏


 「アイツ等がダンジョンに潜ってから、どれくらい経ちましたかねぇ」


 思いっ切り深いため息を吐いてから、今日も今日とて船の上から戦場を睨み、義手をガシガシと動かした。

 何か最近調子が悪い気がする。

 コレと言って正確に言えないのだが、“軋む”気がするのだ。


 「移動を含めて一週間、と言う所です。やはり、なかなか掛かりますね」


 隣に立つ姫様も疲れが見え始めている。

 というより、王族がココまで連続で戦場に立って居る事が異常なのだ。

 位、立場、見栄。色々あるだろう。

 それでもこの子は、ただの一般人と変わらない。

 体力なんか特に。

 普通ならこんなにも長時間戦場に立つ事は耐えられない。

 一般人なら見ているだけでも参っちまいそうな惨状を、自ら指示を出しながら切り抜ける。

 そんな重役を、俺達はこの子に押し付けているのだ。

 最高責任者である、この国のお姫様に。


 「姫様、キツイなら下がってください。今日だけでも、俺達でどうにかします」


 えらく格好の良いセリフを吐く勇者が、船の上で長剣を抜き放った。

 その隣には、心配そうな眼差しを向ける聖女の姿も。

 全く、体力お化けも居たもんだぜ。

 俺でさえくたばりそうな程疲れてるってのに。


 「兵士の人達も、ウォーカーの皆さんも。結構怪我人が増えて来てますからね……治癒魔法で治せれば全て解決、と言うものじゃありませんし。本当に休まなくて平気ですか?」


 『一度死にそうな目に会えば、誰しも心を消耗する。それは人も獣も同じだよ』


 聖女の言葉に、姫様は首を横に振って答えた。

 まだ戦えると、正面を強く睨んだ視線が訴えていた。


 「例え心が擦り切れたとしても、私が私である以上ここに立ちます。現状“英雄譚”が殆んど視えない役立たずだったとしても、私の様な小娘が先頭に立つ事で着いて来てくれる人達が居る。なら、立ちますとも。私は、この国の頂点に立っているのですから。情けない姿は、誰にも見せられません」


 ハッ! と、思わず笑い声を洩らした。

 お姫様からは不機嫌そうに睨まれてしまったが、それでも笑ってしまった。

 これで、十代の女の子なんだぜ? 笑えるだろ。

 戦争が始まる前には、「もう少しで二十歳になります、行き遅れ確定ですね」なんて冗談めかしに言っていた女の子なんだ。

 そんな子が戦場に立ち、誰よりも前に進もうとしている。

 兵士やウォーカーでさえ、交代で休息を設けているというのに。

 この子は、常に戦場に立っている。

 昔だったら、別に何とも思わなかったかもしれない。

 目立ちたがりの王族が、今日も偉そうに指示を飛ばしているくらいに笑ったかもしれない。

 それでも、彼女は随分と細かい指示まで出し続けた。

 誰かが無理をし過ぎる前に、入れ替わり立ち代わり人を変え、手を変えて。

 今日この日まで共に戦って来た。

 その証拠に、怪我人は出ても死者は出ていない。

 勿論支部長達の現場指示や皆の頑張りも相まっての事だが。

 それでも、だ。

 彼女は間違いなく、自分の役目をしっかりとこなしている様に見えた。

 今回が人同士の戦争ではなくて良かった。

 獣相手じゃなければ、こんな偉業は成し遂げられなかっただろう。


 「ギルさん、何か?」


 未だムッと頬を膨らませる彼女に、思わず気持ちが緩む。

 今まで人にほとんど関わって来なかった影響なのか、行動がいちいち子供っぽいのだ、この人は。

 だからこそ、思っちまう。

 俺が十代最後の頃はどうだったかとか、俺の子供が生まれて彼女と同じと歳になった時どうなるだろうとか。

 色々と考えてしまう訳だが、やはり。


 「俺の子供には、姫様みたいになってほしくないと思いましてね」


 「嫌味ですか、そうですか。どうせ私なんて影の薄い形ばかりの国王ですよ」


 プリプリと怒る姫様を横目に、改めて笑みが零れた。


 「姫様みたいに強くなられちゃ、親は心配になるんですよ。だから、守ってやるくらいが丁度良いかなって、そう思っただけです」


 そう言い放てば、彼女は一瞬だけポカンとした表情を浮かべた後。


 「ギルさん、貴方ただでさえ第一子が遅いのですから……いつまで前線に立つつもりなのですか?」


 「それは言わないで貰えると助かりますかねぇ!?」


 分かっちゃいるさ、子供がいつか親を追い抜いて行く事なんて。

 それでも、この姫様みたいに十代でここまで立派になられたら。

 こっちとしちゃ心配が尽きないってもんだ。

 前の王様だって、多分この場に居たら同じ事を思った事だろう。

 いけ好かない王様ってイメージしか残ってないが、アレも“父親”なのだから。

 なんて、らしくない事を考えていれば。


 「大丈夫ですよ、私は。心配する親がここには居ない、と言ったら捻くれた言い方になってしまうので……私には、“[  ]の英雄”が居ますから」


 そういって、彼女は満面の笑みを浮かべるのであった。

 花が咲いた様な、柔らかい微笑み。

 今の姫様の笑顔から分かる。

 信頼しきっているのだ、“アイツ等”を。


 「アイツ等、今ダンジョンアタック真っ最中ですけどね」


 「でも、いざという時には助けてくれる。“私だけ”は、攫ってでも逃げてくれると約束してくれましたから」


 「ハハッ! 国を救うとか言わない辺り、実にアイツ等らしい」


 多分、あの馬鹿共ならいざって時にはマジでやるのだろう。

 他の全てを捨てて、姫様と家族だけを守りながらこの国を逃げ出すのだろう。

 それくらいの行動力はある連中だ。

 でも。


 「そんな“保険”が有るからこそ、私はここに立っていられるんです。酷い国王だと思いますか? 自分だけ逃げ道を作っているのですから」


 「その細すぎる糸を“保険”と言える姫様は、もう末期ですねホントに。アイツ等がダンジョンからココまでどうやって助けに来るんだって話ですよ」


 クックックと笑いを押し殺しながら、改めて正面を睨んだ。

 そろそろだ、いつも通りならもうすぐ敵がやって来る。


 「来ますよ、本当に“負ける”時には。でもそれ以外なら、多分来ません。攫う必要が無いのですから。彼等は甘い理想など叶えてくれません。いつだって全力で、全部使いきった後にやって来るんです。困ったものですよね」


 まったく、どこからその自信がやってくるのだか。

 なんて聞いてみたい気もするが、何となく分かってしまうのだ。

 アイツ等は、多分“ひっくり返す”。

 以前も“裏側”から全部片づけたみたいに。

 多分アイツ等なら、やってくれる。

 思考が止まっているんじゃないかって程馬鹿な思い込みだが、そう思ってしまうのだ。

 全部ひっくり返して、全部喰らって。

 悠々と帰って来る姿が想像出来るからこそ、姫様を攫いには来ない。

 攫う必要がない事態を作ってしまうから。


 「ほんっと、病気ですわな。俺も含めて」


 「彼らが負ける姿が、私には想像出来ませんわ」


 とか何とか、会話を弾ませていれば。

 周りで呆れ顔を浮かべていた二人も会話に参加してきた。


 「多分、守ってくれますよ。黒鎧は……アイツ等、“悪食”は約束を破りませんから」


 「まぁ~確かに。鮫とか鯨とか竜とか、散々酷い目には会ったけど。嘘つかれたり、約束破った事は無かったかなぁ」


 勇者と聖女の二人が、えらく緩い顔でこちらに声を投げかけて来た。

 全く、どいつもコイツも。

 縁ってのは不思議なもんだ。

 アイツ等と関わらなければ、間違いなくこんな二人と顔を合わせて喋る事も無かっただろう。

 それどころか、今でも俺は酒場に通っていたかもしれない。

 なんて、呆れた笑みを浮かべていれば。


 『言っている間に敵さんのお出ましだ、今日も派手に行こうじゃないか。アイツ等がアイツ等の仕事をするなら、こっちもこっちでちゃんと役割を果たさないとね。ダンジョンから戻って来て、“まだ終わってないのか”なんて言われたら流石に頭に来る』


 目尻が吊り上がった聖女様が、手すりに足を掛けながらまだ見えぬ敵を指さした。

 さて、今日もお仕事開始だ。

 勇者は長剣を構え、聖女は正面を睨み、俺は左腕を構える。

 そして。


 「全員、戦闘準備! 本日も飽きもせずお客様がいらっしゃった様です! 叩きのめしますよ!」


 姫様の大声が、戦場に響き渡るのであった。


 ――――


 「コレ、ボス部屋だよな」


 「だな、前と見た目おんなじだし」


 「この先には今回も蟹がぁ~、って事にはならないだろうけど」


 「竜や今回の相手よりマシなんですけどね、今だけは蟹の方が良いです」


 各々呟きながら、目の前に広がるデカい扉を見上げていた。

 いつだったか、ずいぶん昔に見た事のある扉。

 道中でもこの先でも蟹の殻しかくれなかったクソダンジョンの最終部屋が、目の前に広がっていた。

 まぁ、この先に居るのは蟹でも竜でもない事は明白な訳ですが。


 「東、アイリ。盛大なノックをかましてやれ」


 その声と同時に、二人は腰を落として拳を構えた。

 この先に居るのは化け物。

 どうせ魔力持ちが居る時点で、もしくは俺達がこのダンジョンに踏み込んだ時点でバレている事だろう。

 だったら、こっそりお邪魔する必要などない筈だ。

 正面から行って、正面からあの化物とぶち当たってやろう。

 アイツをぶん殴れるのが俺らだけだというのなら、無理矢理にでも拳を叩きつけてやろう。

 俺の家族も、恩人も、友人も。

 その全てを巻き込んで、戦争なんぞおっぱじめたのだから。

 だから、ぶん殴ってでも止めてやろう。

 俺達は主人公でも勇者でもない、ただの三馬鹿だ。

 もっと良い作戦なんか思いつかないし、政治や国の問題も分からない。

 だったら。


 「お前等。とりあえずアイツが参ったというまで、ボコボコにしてやるぞ」


 「ザ、適当。相手の事情も、こっちの事情も大して分かってねぇってのに」


 ガツンと拳を打ち鳴らしてみれば、西田の奴がケラケラと笑い始めた。


 「だったら、しっかりとお話合いでもしてみるか?」


 「ごめんだね、難しい話は俺らに関係ねぇ。喧嘩を売られて、それを買った。味方がボコられねぇ内に俺達が先に相手をボコす。以上」


 「だね、西君の言う通りだよ。相手にどんな理由があっても、僕らには関係ないし。今回の仕事は相手を止める事。だったら、参ったというまでとことん喧嘩すれば良いよ。殺しても死ななそうだから、遠慮はいらないしね」


 仲間達から了承も取れたところで、改めて深く頷いた。

 見ず知らずの奴が急にぶん殴って来て、お前達が悪いと一方的に言われている状況。

 過去のイージスがどうとか言われたらしいが、ハッキリ言おう。

 知るか。

 俺達は俺達で、過去は過去。

 七代先まで呪ってやるみたいな時代遅れな事言いだす奴には、拳をプレゼントして“今”を見せてやるべきだろう。

 てめぇの恨みの先はどこにあるんだってな。

 まぁエルフみたいに長生き連中にとっては、ついこの間の様に感じているのかもしれないが。

 それでも、今を生きている俺達には関係のない逆恨みもいい所だ。


 「準備いいな?」


 「問題ありません、ご主人様」


 いつも通り、頼もしい後衛が改めてクロスボウを準備する。

 すぐ近くで、俺達の行動を阻害しない位置を陣取りながら。


 「どうせ、何言っても無駄。それが分かってるから、最後まで黙って付き合う」


 「さっさと帰って、皆さんの“お帰りパーティ”をしなければいけませんからね。子供達が待ちくたびれています」


 いつか拾ったセーラー服とスーツ姿だった二人は、今では黒い鎧に身を包みながら後方で腰を落としている。

 全く、変われば変わるもんだ。


 「相手の土俵に乗ってあげる必要はありません、フィールドは広く使いましょう」


 「ですね、アナベルさんの言う通りです。魔力そのものの“先読み”が出来たとしても、エリア全体が対象となると……対処できるのか見物ですね。其方は私達に任せて下さい」


 アナベルと初美が、ニッと口元を歪ませながら杖とナイフを構える。

 最初は無理に強がりながらもオドオドしていた二人組だったってのに。

 大したもんだ、今じゃそれがマルっと自信に変わっている。


 「んじゃ、いくぞお前等。さっきから声が聞こえねぇけど準備はいいかい? 受付嬢さん」


 「うっわぁ……キタヤマさんから久々にそんな呼び方されたけど、鳥肌立ちますね」


 「結構傷付くんだが?」


 「だったら、そろそろ受付嬢からウォーカーの引き抜きに本腰入れて下さい」


 そういえば、方角メンツの次に仲間になったのはアイリだったな。

 なんて、懐かしい思い出に浸りながら正面を睨んだ。


 「うっし、行くか! パワータッグ、突貫!」


 大声を上げた瞬間、東とアイリが地面を踏み込んで拳を振るう。

 轟音と共に巨大な扉は弾け飛び、それと同時に俺達はその先へと走り込んだ。


 「オラオラ! 来てやったぜ“探究者”! 年貢の納め時じゃぁぁい!」


 アホな事を叫びながら、ボス戦闘エリアの真ん中まで飛び込んでみれば。


 「私の誘いに乗った、と言う訳では無さそうだな。残念だよ」


 えらく落ち着いた様子の探究者が待っていた。

 ありゃ?

 もう少し驚くとか、待っていたぞ! みたいな台詞を頂けると思っていたのだが。

 そんな事は無く、彼はただただ静かな表情をこちらに向けて立っていた。

 そして。


 「皆様! 上です!」


 「は?」


 南の声と同時に天井を見上げた俺達に、何かが迫って来ていた。

 それはもう、落下速度も十分に乗ったピンク色の何かが。


 「嘘だろ!? 気配も何もあったもんじゃ――」


 その声と同時に、俺達は上空から降って来た巨大肉スライムに飲み込まれた。

 トラップ云々を考えていなかった訳ではないが、まさかこんな古典的なトラップに引っかかるとは。

 しかもあの肉スライム、見た目に反して俺達をヌルリと体内に取り込みやがった。

 真上から大量の粘液をぶっ掛けられた様な感触。

 ちょっと重いが、死ぬ程じゃない。

 まるで粘度が高い沼の中に居るみたいだ。

 頭からそんな物を被ったというのに、コレと言った痛みは無い不思議な感覚だったが。

 しかしながら、コイツは流石に不味い。

 落ちて来たスライムが想像以上にデカかったのだ。

 全員飲み込まれる勢いで封殺されてしまった。

 このままじゃ、一気に片付けられちまう。

 なんて、奥歯を噛みしめたその瞬間。


 『ちょっとだけ、付き合って下さいよ』


 「は?」


 仲間達とも“探究者”とも違うその声が、俺の耳元で響いたのであった。

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