第178話 ダンジョンTAと、辛い現実


 「シャァァッ!」


 「こうちゃん無理すんな! いつでも交代すんぞ!」


 「その次僕だね。いやぁ、早い早い」


 普段以上の速度で、俺達はダンジョンの中を突き進んでいた。

 まだ日が昇る前から突入したが、もう数時間は経過している事だろう。

 そろそろ“表側”も、本日分が始まった頃か?

 何てことを思いながら、両手の槍を振り回した。

 迫ってくるのは肉の様な見た目のスライム。

 報告には聞いていたが、実物は……というよりスライムを初めて見た。

 結構キモイな、とか思ってしまった訳だが。


 「かえ……り、た……」


 「どらぁぁぁ!」


 この肉スライムが放ってくる言葉は、正直背筋が冷えた。

 何となく分かるのだ。

 コイツが、同じ“向こう側”の人間だという事が。

 それでも、進む以外の道はない。

 どう足掻こうと、俺達には助けてやる術がないのだ。

 だったらねじ伏せる他ない。

 古巣が同じ人間として、こんな風になってしまったコイツに対してできる事。

 それはもう、眠らせてやる事以外何も無いだろう。

 例え“殺す”事になったとしても、今の俺達には迷う事すら許されない。


 「デケェのが来たぞ! こうちゃん!」


 「おうよ! 穿て!」


 新しくなった突撃槍を巨体に突き刺し、トリガーを引き絞る。

 洞窟内にズドンッと馬鹿デカい音が鳴り響けば、耳がおかしくなりそうな程の衝撃が広がっていく。

 代わりに、デカい肉スライムは粉々に砕け散ったが。


 「西田! 交代!」


 「うっしゃぁぁぁ! 待ってましたぁ!」


 頼もしい馬鹿が前へと躍り出て、周囲のスライムを狩っていく。

 色々とやり辛い相手ではあるが、大丈夫だ。

 今の所何とかなっている。

 さっきから倒しているのは数の多い分身体って感じではあるが、押し戻される程の脅威って訳では無さそうだ。

 そんな事を考えながら走り続ければ、周囲は肉スライムの残骸で溢れていく。


 「こんな速度でダンジョンを突き進むパーティが居たと知れたら……普段ならえらい騒ぎになりますね」


 呆れ顔のアイリが、そんな事を呟いた。

 それもその筈、前回どころか飯島のダンジョン以上の速度で深層へと駆けおりているのだから。

 更には前の時より何倍も良い装備を揃えているのだ。

 これでちんたら進んでいたら、それこそ今の状況では国中から怒られちまう。


 「すみません……ちょっと着いていけそうにないので、浮遊魔法を使いますね。戦闘以外であまり魔力を使いたくなかったのですが……こんな事ならもっと体を鍛えておくべきでした」


 ブツブツと文句を洩らしながら、我らが魔女様は杖に腰かけて並行してくる。

 もうこの光景だけで、ファンタジー感がすさまじい。

 久々に見たけど、やっぱり浮遊魔法ってのは格好いい。

 是非俺も飛んでみたい、出来れば箒で。


 「久々ですね、移動だけでも限界を求められる気がするのは」


 「限界のその先に……とか言いたいけど、コイツ等は異常。限界のその先には馬鹿が三人笑っているだけ」


 中島と白の二人は、なんだかんだ言いながら余裕そうな顔で着いて来ている。

 こりゃ、もう少しペースを上げても良さそうだ。

 とか何とか思いながら、ニッと口元を上げて見せれば。


 「ご主人様! 前方に細かいのが数十体!」


 「少し大きな物も居ますね。南さん、細かいのはお任せします」


 南と初美の二人が勢いよく前方に飛び出し、片方は乱射、もう片方は周囲に影を拡げて一気に片を付けた。

 コレばかりは西田も驚いた様で、視線の先にポツンと姿を現しながら寂しそうにこちらを振り返って来る。


 「仕事、ないなった……」


 「それじゃ、僕と交代って事で」


 「んがあぁぁぁ!」


 お前ら、絶対余裕あるだろ。

 そんな事を思ってしまう叫び声を上げながら、西田は大人しく俺達と並走し、東が正面を走り始める。

 とは言え、東はタンクだ。

 そんな彼が正面を走れば当然移動速度が落ちる。

 なんて、思った時期が俺にもありました。


 「お、次が来たね。突き進むよ?」


 大盾ブースターから炎を噴射した東が、すぐさま見えない所まですっ飛んで行った。

 待て待て待て、見えない所まで行くのは流石にアカン。

 色々とツッコみたい気持ちを我慢して走り寄ってみれば、そこには肉スライムを叩き潰した東が悠然と立って居る。

 うん、はい。

 なんでもございません。

 心配するだけ無駄だった様だ。


 「東がついにメカになった」


 「二人の装備は派手だなぁ……相変わらず」


 「鎧の付与魔法を考えると、西君が一番派手だよね?」


 ガンガンと盾を打ち鳴らす東に色々とツッコミが追い付かないまま、俺達はダンジョン深層へと足を進めるのであった。


 ――――


 「ここで一旦休憩するか」


 「安全地帯とはいっても、今は安全なのかわっかんねぇけどな」


 「だね、でもそこら辺で休み始めるよりマシでしょ」


 普段だったらより一層警戒する“安全地帯”に到着した俺達は、さっさと野営の準備を始める。

 流石にダンジョン攻略となると一日二日でサクッと、とはいかない。

 とにかく長いのだ。

 俺達が人間である以上、どうしたって休憩は必要になる。

 外はもう夜だろうか?

 “向こう”も、無事に終わってくれてりゃいいんだけど。

 何てことを考えながら俺が調理器具を取り出し、西田が火の準備。

 東がテキパキとテントを拵え、南は水の準備を始めた。

 非常にいつも通りの光景、なのだが。


 「あの、皆さん……大丈夫ですか?」


 南の声に視線を向けてみれば、そこには明らかにお疲れな様子のメンバー達が。

 元々体を動かし続ける戦闘スタイルのアイリまでも、非常にぐったり。

 アナベルも魔法を使いっぱなしで疲れたのか、派手な杖をマジで杖として本来の使い方をしているし、白に至っては青い顔をして水筒の水をがぶ飲みしている。

 どうした、大丈夫か?


 「南、なんで平気なの……今、レベルいくつ?」


 ぜぇぜぇと苦しそうな息を吐く白が、南に水のおかわりを求めてフラフラと近づいてきた。

 あ、ありゃ? さっきまで結構大丈夫そうだったのに。

 もしかして無理しながら走ってた?

 皆これくらいなら、普通に着いて来るイメージしかなかったのだが。

 些かペースを上げ過ぎただろうか?

 とはいえ、白竜の時だって結構なハイペースだった気がするんだけど……。


 「ごめん、こればっかりは言い訳できないわ……多分昔に比べて鈍った。もしくは皆がまた成長したかどっちか」


 「両方な気もしますが、圧倒的に後者の理由が強い様な……まさか一日中ほぼ全力疾走で走り続けられるとは」


 アイリとアナベルが、ぶはぁぁと大きなため息を溢しながら肩を落とす。

 中島はどうにか意地で表情を崩さない様にしているし、初美の方も多少疲労の色が見える。


 「レベル、幾つでしたっけ? 最後に記憶しているのは80後半だったような? 飯島でも鑑定はしましたけど……その、違う方に意識が行ってしまってあまり覚えてないんですよね。身分証を出して確認してみますか?」


 あはは……と頬を掻く南に、水のおかわりを貰った白がプハッと声を上げながら水筒を放した。

 あんまり飲み過ぎるなよ? なんて軽く注意してみれば、「干からびる」とか言って睨まれてしまったが。


 「その時は何かあったんですか?」


 「あぁ、まぁそのなんだ。変な称号が付いた奴らが居てな、からかうのに必死だった」


 「思っていた三倍は下らない理由でしたね……」


 正直に答えてみれば、初美からも非常に呆れた視線を向けられてしまう。

 だって仕方ないじゃない。

 竜の死体処理経験者、なんて資格欄に書きそうな称号もらった王族二人だぜ?

 ちょっと面白いじゃん、そんな王族。

 何か業者の国っぽく思えちゃうじゃん。

 本人達絶対面倒くさがって、死体処理なんぞしたがらない性格だというのに。


 「そういや、初美こそ今レベル幾つなんだ?」


 「たしか百を少し超えたくらいでしょうか? これでも元勇者パーティに居た身ですから、最近は鑑定していないので分かりませんけど」


 「……そっすか」


 どうやら、聞いた俺が馬鹿だったらしい。

 コイツ、というか勇者組は基本おかしい。

 技能や魔法もそうだが、そもそもレベルが違う。

 桁さえ違う、こんなのって無いや。


 「あ、でも望は俺達のレベルより低かったよな? 後衛だから伸び悩んだとかあるのか?」


 「いえ、望の場合は本人が“色々あった”事もあって、ほとんど付いて来るだけだった事が影響しているんだと思います。柴田が……勇者がとにかく過保護にした影響といった所です。まぁ私も、あまり他人の事は言えませんが。皆さんとずっと一緒に居たんですよね? 望は、どんな感じでしたか?」


 少しだけ困った笑みを浮かべる初美は、そんな事を言い始めた。

 ふむ。


 「へぇ……そういうもんか。相変わらずレベルの事も良く分かんねぇけど、お前らも結構チグハグだったんだな」


 「と、いいますと?」


 首を傾げる初美に、とりあえずデコピンをかましておいた。

 額を抑えて蹲るのは、流石にオーバーなリアクションだとは思うが。

 お前は武人名乗っとるんじゃろうがい、デコピンくらいで沈むんじゃありません。


 「気を使ってやるのも、守ってやろうって思うのも良い事だけどよ。相手は何も出来ない赤ん坊じゃねぇんだ。本人が出来る事まで変わって貰ったら、結構肩身が狭くなるもんだぜ? あとな、お前にも言っておく事がある」


 俺達が見た望は“竜”と混じった後だったからこそ、こんな感想が浮かぶのかもしれないが。

 アイツは強い、ふっつうに強い。

 ヒーヒー言いながらも絶対着いて来るし、いざって時には俺達と一緒に危険に飛び込める度胸を持っている。

 それが全て、カナの影響だとは考えづらいのだ。

 アイツは、白竜は確かに“切っ掛け”になったのかもしれない。

 それでもカナに全てを任せて行動していた訳じゃない。

 だったら、アレは。

 俺達が見て来た聖女様って奴は、元から結構強い人間だったんだろう。

 誰かがしっかりと寄り添ってやれば、彼女にしか出来ない仕事をちゃんと任せてやれば。

 “一つの事にしか集中できない”と言っていた彼女は、その一つでのし上がれるくらいに強い女の子だった気がするのだ。

 そんでもって。


 「いつまでもビビッてねぇで、帰ったらお前から声掛けろよ? 戻って来てから、話してねぇだろ」


 「ぅ……」


 勇者と望が話している所は見たが、初美と何かを話している姿は俺の記憶には無い。

 むしろ姫様の護衛って立場を使って、忙しそうなフリをして避けているようにも見えた。


 「どうせ望ちゃんを置いて悪食に入った事を気にしてんだろ、初美ちゃん」


 「うぐっ!?」


 西田から指摘され、初美は更にダメージを負っているようだが。

 馬鹿め、いつまでも俺達が優しいと思うなよ?

 なんたって俺は、美女の口の中に熱々の唐揚げを叩き込める程に進化を遂げているのだから。

 相手が残念美女だったのは間違いないが。


 「でもそれは初美ちゃんが自分を守る為の行為だった訳だよね? だったら、ちゃんと分かってくれるんじゃないかな。“たられば”をいつまで考えても仕方ないでしょ。僕達が一緒に居た聖女って呼ばれた子は、それくらいは理解してくれる良い子だったよ?」


 「で、でも……今更私が何て声を掛けたら良いのか。もしかしたら、私が残っていれば教会側に利用される事も無かったかも……」


 仏、東の御言葉を頂いてもウジウジし始める初美に、珍しく南がチョップを叩き込んだ。

 ポスって、えらく優しい音がしたが。


 「それこそ、“たられば”です。望さんは、貴女方の話をする時凄く幸せそうに笑っていましたよ? いいじゃないですか、二人共ちゃんと生き残って再会できたのです。言葉なんて、何でも良いんです。“おかえり”って言えば、ちゃんと声を返してくれる方ですよ」


 南の言葉がトドメになったのか、初美は小さく頷いてから前髪で顔を隠してしまった。

 いやぁ、若いねぇ。

 青春だねぇ。

 なんて、ニヤニヤしながらその光景を見つめていれば。

 俺は、とんでもない事に気付いてしまった。


 「なぁ……お前達。飯を作りながらで良い、聞いてくれ。俺は今重大な事に気が付いた」


 話ながらも晩飯を作り始めていた西田と東の二人も、俺の雰囲気に当てられて真剣な眼差しを向けて来た。


 「俺達が“こっち側”に来てから、大体一年くらいイージスに居たよな……」


 「かな? 冬はこっちで迎えた訳だし」


 「だね、それがどうか……あぁぁぁ!」


 気付いてしまったらしい東だけは、頭を抱えて叫び声を上げた。


 「いや、え? どうした東? こっちで一年過ごしたからなんだって……あっ」


 「気づいてしまったか、西田」


 糸が切れた人形の様に項垂れる西田は、何も言わずマジックバッグから酒瓶を取り出し、初美の前に置いた。


 「いや、え? 流石にダンジョンの中では飲みませんけど」


 周りの困惑する視線を一身に受けながらも、初美は西田の差し出した酒を断った。

 そう、断ったのだ。

 飲めませんでは無く、“ダンジョン内では飲まない”と言ったのだ。


 「初美、大人になったな……」


 「えっと、はい。どうも……お陰様で二十歳にはなりましたけど」


 「「「うわぁぁぁぁ!」」」


 イージスで約一年、シーラからこちらに帰って来るのに一年以上。

 つまり、だ。


 「いつの間にかアラサーでは無く、三十路になったぁぁぁ!」


 「そんな馬鹿なぁぁぁ!」


 「いつ!? いつ歳取った僕達!? もう三十過ぎなの!? 嘘だよ!」


 三人そろってガンガンと地面を叩きながら叫んでいれば、一人だけ俺達の元へと歩み寄って来る影が。

 ソイツを見上げてみれば、とてもとても良い笑みを浮かべながら、彼は両手を拡げていた。


 「ようこそ皆様、三十路の世界へ。油物、気を付けましょうね?」


 「「「いやじゃぁぁぁぁ!」」」


 中島だけは非常にウェルカム状態で、微笑ましく優しいお顔をなされているのであった。

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