第177話 死亡フラグ


 「あぁくそ、清々しい朝だよ全く」


 ガシガシとデカい義手の調子を確かめながら、正面を睨んだ。

 翌朝、まるで戦争初日の様な陣形を取った皆が視線に映る。

 変わった事と言えば、どっかの馬鹿達が貰って来たデカい船と、戦車としか言いようの無い黒い馬車が暴れまわるその時を待っている事。

 そして何より、この戦場に“聖女”が加わった事だろう。

 基本的に広範囲魔法を個人で短時間に扱えるメンバーとして、俺、勇者、魔女様。

 この三人を軸として回して来た戦場。

 今日からは、その一人が欠ける。

 アイツ等と共にダンジョン攻略に勤しむ為に、戦場を離れた。

 だとしても、その代わりに“聖女”が編成された訳だ。

 角と尻尾が生えて、とんでもない威力のドラゴンブレスを放つ彼女をもはや“聖女”と呼んで良いのかは謎だが。

 それでも、今まで以上に怪我を恐れる必要が無くなったのは確か。

 聖女にばかり頼る訳にはいかないが、変に緊張している奴等は減った様に感じる。


 「ギルさん、来ましたよ」


 「了解です姫様。今日からハツミの嬢ちゃんも居ないんですから、俺から離れないで下さいね?」


 「えぇ、期待しておりますよ。私の騎士様」


 「ハハッ、責任重大ってのはこの事ですね」


 軽い笑みを浮かべながら、波のように迫って来る魔獣達に左腕を向ける。

 もう、馬鹿としか言いようがない。

 俺の体くらいありそうなデカい腕を持ち上げ、拳を開いた。

 ふぅ、と息を吐き出して魔力を込めれば。


 「準備完了、いつでもいけますよ」


 左腕からは、様々な音が鳴り響く。

 何かが回転している様な音だったり、排気口からやけに熱い空気が噴射したりと。

 全く、魔法一つ使うのに忙しい義手もあった物だ。


 「それでは、開戦しましょうか。“黒船”の搭乗員! 準備は整っていますね!? 狼煙を上げて下さいませ! ってぇぇ!」


 姫様の声と共に黒船の大砲が唸り声を上げて、鼓膜を震わせる。

 幾つも飛んでいく鉄球が、俺達にとっての“宿敵”をぶち抜いて行く。

 カウンタータートル。

 連日同じモノが登場すると、些か目新しさがない気もするが。

 それでも強敵である事は間違いなく、更には周囲のダンジョンではそこまで種類を増やすことも出来ないのだろう。


 「第二射、ってぇぇ!」


 その声と共に、再び幾つもの爆発音が響き渡る。

 全く、恐ろしい兵器を持ち込んでくれたモノだ。

 こう言ったモノが持ち込まれた国は、大抵複製品を作る。

 戦力は上がり、防衛力も上がる。

 その分戦争が激化する事だってあるだろう。

 だがしかし。


 「弓、魔法準備! 一匹でも多く仕留めて下さい! その分接近部隊の被害が少なくなります! 皆様一人一人の力に、全てが掛かっていますよ! 王として“命令”致します! 本日戦死者無しと、私に報告してくださいませ!」


 この姫様なら、きっと悪い方向にはこの技術を使う事は無いだろう。

 そんな風に思える程、彼女は民の死を嫌っていた。

 今までの王様の反面教師と言う所なのだろうか?

 誰一人として死者を出さない戦闘。

 まるで夢物語の様なソレを、いつまでも追い続ける。


 「ギルさん! 勇者様! 聖女様! よろしいですね!? 一掃してください! 放てぇぇ!」


 「“白夜”!」


 「『ブレス!』」


 「ったく、変われば変わるもんだな……“エクスプロージョン”!」


 誰に対して、何に対して吐いた台詞なのか。

 自分でも分からぬまま、ニッと口元を上げて魔法を放った。

 勇者の攻撃が敵の群れを光で包み、聖女のブレスが後続を消し去っていく。

 さらにその先、未だウゾウゾと湧いて来る魔獣共に対して俺の魔法が放物線を描いて飛んでいった。

 そして、着弾から遅れてこちらに熱風が訪れる。

 目に映るのは大爆発と、炎の竜巻。

 何度見ても恐ろしい。

 こんな物を、ほとんどノーリスクで放ててしまうのだから。

 この左腕は、間違いなく化け物への“切符”に他ならなかった。


 「ギルさん、冷却を。次が来ます」


 「了解ですよっと、姫様」


 馬鹿デカイ左腕に触れてみれば、至る所から排気口が開きバシュゥゥ! と白い煙を吐き出した。

 悪食シリーズ。“趣味全開装備”と呼ばれるソレは、はっきり言えば異常だ。

 “きっかけ”さえあれば、その人物の才能を何倍にも伸ばす。

 見た目とデカさ、あとは使い回しの悪さが難点だが。

 それでも、俺個人ではこれ程の魔法を連発する事など出来なかった。

 自身の魔力を振り絞っても、先程の一発の半分威力が出せたかどうか。

 だというのに。


 「これが、適正有りなら魔石消費だけでも撃てるってんだから……もう出鱈目だよな」


 腕の一部を開いてみれば、湯気を上げながらバラバラと魔石が排出されていく。

 そこからも随分と熱い空気が放出され、ソイツが止んだと同時に新しい魔石をジャラジャラと流しこんだ。

 この化け物みたいな装備、確かに“ほぼ”ノーリスクでとんでもない魔法が使える。

 しかし。


 「チッ、クソが!」


 ジューという、まるで肉でも焼く様な音が聞こえ肩口まで鈍い痛みが襲ってくる。


 「ギルさん……もう連日頑張って頂いていますから、無理そうなら下がって――」


 「魔術師部隊、俺の腕を冷やせ! 無理やりでも何でも良い! 次“使う”時に熱ダレでも起こされちゃ困る!」


 叫んでみれば近くに居た魔術師の数名が、俺の左腕に対して氷魔法を行使してくれた。

 有難い、これですぐ次が撃てそうだ。

 なんて、思ったりもする訳だが。


 「グッ……!」


 先程まで焼かれる様な熱さに耐えていた肌が、今度は鉄に張り付いた様な痛みを訴え始める。

 あぁくそ、今日も義手を外したらとんでもねぇ事になってそうだ。

 そもそもこの義手は魔術補佐と強化、そして物理攻撃も兼ね備えて作られたモノ。

 こんな風に、広範囲大魔法を連発する事を想定して作られていないらしい。

 だが、使えるから使う。

 固定砲台の様に、俺の体が持つ限りひたすらに魔法を放ち続けるのだ。

 それが俺の仕事で、俺の役目なのだから。


 「ギルさんっ!? 本当に無理はなさらぬよう……」


 「無理は百も承知です! それでも戦う理由がある、ならやるっきゃないでしょうが! すみません姫様。俺にも、守りたい“家族”がいるもんで」


 「……お子さん、もうすぐですものね」


 「ま、そういう事です」


 と言う訳で、冷たくなった左腕を振り上げ再び戦場へと向ける。

 今日は一段と多いな。

 遠くに見える魔獣の群れにため息を溢しながら、魔力を流し“義手”を起動した。


 「いつでも準備良いですよ」


 ニッと犬歯を見せて笑ってみれば、隣にいた聖女の表情がスッと冷たくなった気がした。


 『どこにいっても、不器用なモノだね。男という存在は』


 「へ?」


 『そこまで強力な治療は今なら必要なさそうだ。但し、完治するからまた一から痛みを感じる事になるよ。それでも麻痺したまま連発して、腕が腐り落ちるより良いだろう?』


 「えーっと?」


 「『ヒール』」


 同じ声だというのに、まるで二人の声が二重になったかのような。

 なんとも不思議な声を上げる聖女様が、こちらに掌を向けて魔法を使った。

 その瞬間嘘みたいに痛みは引いて、体が軽くなったが。


 「なっ!? これからまだ何発も範囲魔法を使うってのに、俺に余分な魔力を使ってる場合じゃないだろ!」


 正直、有難い事この上ない。

 しかしそれは個人としての感想だ。

 これからの戦況を考えると、どうしたって……。


 『勘違いするなよ、人間。今回私達はここに残れと“お願い”されたから、聞いてやっただけだ。本来ならば貴様らの命令など聞く筋合いはない』


 そう言いながら、彼女は戦場に向かって杖を向けた。

 獣みたいに八重歯を光らせながら、どこまでも鋭い瞳を眼前に向けて。

 そして。


 『“いかずちよ、鳴り響け”』


 詠唱でも何でもない、言葉を紡いだだけ。

 だというのに戦場の空は怪しく曇り、幾つもの雷が魔獣達を襲っていく。

 誰しもがポカンと口を開けて眺める中、“聖女”と呼ばれた彼女だけが「クハハハッ!」と高笑いを浮かべていた。


 『この程度の羽虫、私に掛かればどうという事はない! ブレス以外に求められた事がないから使わなかっただけで、私だって色々な魔法が使えるのだからな! 魔力だって今の望ならたんまり有る、あまり“竜人”を舐めるなよ?』


 「カナ。その変に自信満々な喋り方、皆に聞かれたら絶対にネタにされるよ?」


 『グッ! それはちょっと嫌だなぁ……』


 「あと、お姫様の命令が出る前に勝手に攻撃すると不味いんだよ? 誰かを巻き込んだりしたら、東さんのデコピンくらいじゃ済まないからね?」


 『誰も巻き込んでないよね!? まだ接近している人間はいないよね!? 勝手に死ぬなよ!? 東にデコピンなんかされたら間違いなく死んでしまうよ!?』


 やけに緊張感のない聖女様が、アワアワと慌てて戦場を見回しているが。

 今の所被害は無し。

 当然だ。

 今現状は防衛戦に特化させて、斥候部隊さえもかなり手前に配置しているのだから。


 「おい勇者、アレお前の“コレ”だろ? どうにかしろよ」


 何てことを言いながら小指を立ててみれば。


 「ドラゴン娘って、ちょっと生意気なくらいが丁度良い感じだと思いませんか?」


 「お前は何を言っているんだ」


 訳の分からない御言葉を放ちながらも、彼は剣を構えて腰を落とした。


 「ホラ、次が来ますよ。要は俺達が全部喰ってしまえば、犠牲者ゼロ達成な訳です」


 「ったく、可愛くねぇな。っしゃぁ! 化け物みたいな二人に負けねぇように気合い入れねぇとな!」


 左腕を構え直して、再び正面を睨む。

 まだまだ続く、獣たちの軍勢。

 無茶苦茶ではあるが、勇者の坊主の言う通りなのだ。

 俺達が全て片付けてしまえば、被害者は出ない。

 数千、数万、もしくはそれ以上。

 そんな数をたった三人で片付けるとなると、そりゃもう“英雄様”の所業だが。


 『早く! 早く攻撃指示! あの三馬鹿にデコピンで殺される!』


 甲板の手すりをバンバンと叩く聖女様の一声に、ウチの姫様が呆れた笑みを溢しながら戦場を指さした。


 「第二陣接近、“広範囲長距離攻撃部隊”……攻撃準備! 抜けて来た相手に対しては“黒船”と“黒戦車ブラックチャリオット”で殲滅! それ以外の細かい相手に対しては……出番ですよ皆様! 勝ち鬨カチドキを上げなさい! 誰も死ぬことは許しません! 全員、無事生きて帰りなさい! これは、命令です!」


 「「「「ウォォォォォ!」」」」


 前王の時には、考えられなかった光景だった。

 兵士どころか、ウォーカーの一人一人まで声を張り上げている。

 特に“盾”部隊に関しては、一切の乱れなく大盾で地面を叩いている程。

 前日の戦闘で、よほど感じるモノがあったのだろう。

 なんて、船の上からやけに士気の高い彼らを見下ろしていれば。


 「準備、よろしいですか?」


 微笑みを浮かべる姫様が、こちらを覗き込んで来た。

 あぁ、くそ。

 広範囲長距離攻撃部隊なんて御大層な名前を付けられているのに、間違いなく俺だけが足を引っ張っている。

 残りの二人の様に魔力量がある訳じゃないし、魔法を使った後に色々と“準備”があるのは俺だけだ。

 情っけねぇ。

 俺と同じ立場にある二人は、下手すりゃ二回りも下のガキ共だというのに。

 だからこそ、“笑った”。

 クソ情けない俺に対して、これ程までに馬鹿みたいな連中の隣に並んでいる事に対して。

 だったら、見栄くらい張らせろ。

 少しくらい、恰好つけさせろ。

 それが男ってもんで、おっさんの宿命なのだ。

 若い奴等には、女の前では。

 格好いい所を見せたいのが“漢”ってもんだ。

 だからこそ、今まで以上に頬を吊り上げた。

 多分、とんでもない表情をしていたと思う。

 傍から見たら、俺も“アイツ等”みたいな顔をして笑っていた事だろう。

 直接見た事は無いが、兜越しでも分かる獣の様な微笑みを。


 「フフッ、問題ないようですね。では……放てぇぇ!」


 その声と共に、俺達は魔法を発動させた。

 相変わらずド派手な魔法を放つ二人の横で、ちんけな“最大魔法”を行使する。

 ホント、何なんだろうな。


 「“黒船”部隊も次を準備! 弓と魔法も準備してくださいませ!」


 忙しく声を上げる姫様を横目に、俺の左腕は廃熱を繰り返す。

 大丈夫、大丈夫だ。

 このまま行けば、間違いなく勝てる。

 だからこそ。


 「待ってろ、ソフィー。ちゃんと帰るからな」


 そう呟きながら魔石を補充していれば。


 「あはは……その言葉はちょっと……」


 『死亡フラグってヤツだ、三馬鹿から聞いた』


 治療の為に近寄って来た聖女様に、えらく困った眼差しを向けられてしまうのであった。

 変な事を言っているのは、多分ドラゴン娘の方か?

 聞いてはいたが、まさかこうもはっきりと性格が別れているとは思わなかった。

 まるで二重人格の様だ。


 「なんだい? その死亡ふらぐってのは」


 『言ったら最後、間違いなく死ぬっていう前兆らしい』


 「不穏すぎねぇか!? 呪いの言葉かよ!?」


 なんて事を叫んでみれば、治療が終わった俺の義手を叩いて牙を見せた。


 『ソレと同時に、フラグは折るモノだって教わったよ。神に決められたルールだったとしても、ねじ伏せて見せなよ。どうせ神様なんて助けてくれやしない。なら、抗うまでだろう?』


 「チッ、恰好良い事言うじゃねぇか」


 ククッと小さく笑う聖女様が離れた瞬間、前方に義手を構えた。

 やってやらぁ、その“フラグ”ってのを叩き折ってやる。

 俺は、生きて帰るんだ。


 「もう子供の名前も決めてあるんだ。生まれたその時には、隣でちゃんと呼んでやらねぇとな」


 『あぁ……コレはもう何と言うか、死んだ?』


 「カナ、黙って。次が来るよ」


 そんな訳で、俺達は獣の群れに対して魔法を行使し続けるのであった。

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