第172話 フルメンバー
開戦三日目。
集まって来たウォーカーや兵士達には、少なからず動揺が走っていた。
それも仕方ない事だろう。
なんたって、今まで自分達が走り回っていた戦場のど真ん中に、巨大な船が鎮座しているのだから。
私も昨日悪食のホームで開催された“おかえりパーティー”に参加していなければ、腰を抜かしたかもしれない。
「いやぁ、圧巻ですね」
「姫様……気持ちは分かりますが、戦闘前ですから」
支部長から突っ込みを頂きながらも、私達は陸に固定された船へと近づいていく。
見上げると首が痛くなる程に大きい。
彼等はこんな物に乗って帰って来たのか。
そう考えると、皆様の話を聞きたくて仕方がない。
どんな冒険だったのか、向こうはどんな地だったのか。
そして何より、船に乗った事が無い私としては早く乗船したくて仕方ないのだ。
「まだ乗せて下さらないんですかね、まだですかね」
「姫様……」
ウキウキしながら待っていると、上からロープの梯子が降って来た。
これで上るのだろうか?
結構大変そうな気がするが、とりあえず一番に飛びついてみると。
「姫様、私が上がった後に“影”を繋ぎますので」
「えぇ……」
即座にハツミ様からストップが掛かってしまった。
遊んでいる場合ではないという事は分かっているが、最初くらいはこう……登った先に甲板が見える光景を見てみたいと思ってしまう訳だが。
「何やってんだ?」
上から落ちて来たロープを伝って、キタヤマ様が降りて来た。
まさに慣れていますという雰囲気で、スーって。
何アレ凄い、そして鎧が変わっている。
「新しい鎧ですか? 今度の物も素晴らしいですね」
とかなんとか口にしたが、本当ならもっと色々口にしたい。
猛々しい姿に、美しいと感じる程の“黒”。
夜の帳を連想させる様な深い色に、月光を想像する美しい輝き。
きっと武器も色々と変わっているのだろう、今すぐ見たい。
というか、あの鎧にちょっとでも良いから触れてみたい。
何てことを考えながらジッと眺めていれば。
「ありがとうございます、姫様。今回もウチの鍛冶師と魔女様が頑張ってくれたみたいで」
ちょっと照れくさそうに、しかし誇らしそうに。
彼は自らの鎧を叩いて見せた。
彼等の姿を見ていると、やはり……こう。
「和みます」
「はい?」
「あ、いえ。何でもありません」
やっと帰って来てくれた、我が国の英雄達。
それこそもっと色々と話を聞きたいし、私だって思いっきり感情を吐き出しながら縋りたいとさえ思った。
でも、それ以上に。
皆に囲まれてワイワイと食事する彼等を見ていたら、心が安らいだ。
“そちら側”には行けないかもしれないが、少なくとも昔よりはずっと近くで同じ物が食べられた。
お帰りなさい。
そう、何度心の中で呟いた事か。
感情をひたすらに我慢しながら、彼等からちゃんとした“姫”に見られるために顔に力を入れっぱなしだ。
多分気を抜いたらニヤけてしまう、でもそれでは駄目なのだ。
「あぁ、そっか。姫様ドレスじゃ登れないか」
呟いた彼は、スッと膝を折ってこちらに背を向けた。
こ、これはまさか……。
「背負って、上まで行って下さるのですか?」
「全然良いですよ? こっちの兵士よりかは、船に慣れてるんで」
本人は何でもないって雰囲気で言い放つが、コレは良いのだろうか。
そんな事をしてもらって、というか普通に触れてしまって良いのだろうか?
え、良いなら本当にお願いしますけど。
良いんですね? 本当に乗っかっちゃいますよ?
とかなんとか、彼の背中へと近づいてみれば。
「キタヤマ……それは流石に。途中でズリ落ちたらどうするんだ」
「北山さん、相手はこの国のトップですからね? あと姫様はかなり運動音痴なんで、登りきるまでしがみ付いて居られるかどうか……」
支部長とハツミ様の二人が、呆れた顔でキタヤマ様に声を掛けてしまった。
あと、二人共酷い言いようだ。否定できないのが悲しいが。
結果、本人も「そういえばそうだ」みたいな雰囲気でこちらに振り返り。
「つっても、どうすっか。今日は姫様も船の上から指揮すんだろ? 登れなくちゃ話にならないだろう」
「それなら心配無用です、私が上に登ってから“影魔法”で――」
ハツミ様がそう呟いた瞬間、キッと鋭い眼差しを見せてみれば。
「と、思ったんですが。はぁ……北山さん、安全に上まで運べる方法ってありますか?」
「おうよ、任せておけ。姫様ちょっと失礼」
諦めたようなため息を溢すハツミ様と、私に腕を回して来るキタヤマ様。
あれ、コレって……。
「ちょっと我慢してて下さいね? 東ぁ! 引き上げ頼む!」
私を片腕に抱いた状態で、彼はロープを掴んだ。
え? あれ?
おんぶでもハードルが高かったのに、今では俗にいうお姫様抱っこの状態なのだが?
片腕だけど。
私は一応王国の姫に当たる立場にあった訳だし、言葉通りのまさにお姫様抱っこ。
いや、今は国王なんだけども。
良く分からなくなって来た。
どんどんと白く染まっていく思考と、反比例するように熱くなっていく顔面を隠しながらジッとしていれば。
「はいはーい。って、あぁなるほど。確かにお姫様にソレ登らせる訳にはいかないよね、上げるよぉ」
そんなアズマ様の声と共に、グングンと引き上げられていくロープ。
凄い、キタヤマ様なんてピクリとも動いていないのにどんどん上昇していく。
今では下を見ると怖そうな距離まで引っ張り上げられ、そのまま甲板近くまで到着してみれば。
「ようこそお姫様。俺達の“黒船”へ」
兜を被っていても分かる程軽快な笑みを浮かべながら、ニシダ様が手を差し伸べてくれた。
彼の手に引かれ、キタヤマ様に押し上げられながら船の甲板へと足を付けてみれば。
「わぁ……コレは、絶景ですね」
「海だったら、もっと良い景色なんだぜ?」
「甲板から陸地しか見えないってのも、レアな光景だけどな」
「海だと潮風とか色々、また変わって来て雰囲気も違うんですよ?」
甲板に設置された手すりまで歩み寄り、思わず目の前の光景を食い入るように見つめた。
普段よりもずっと高い視点、吹き抜ける風。
見飽きたと思っていたイージスから見える風景が、また別のモノに感じられる。
この時はあまり意識していなかったが、私は。
間違いなく“英雄達”と並んでいたのだ。
“英雄譚”で見た、私を救ってくれた彼等の隣に。
「私も、この船に乗って旅がしてみたいです」
なんて、思わず溢してみれば。
「落ち着いたら、旅行でもすれば良いさ。そんときゃ船も出しますよ」
「いくら国のトップって言っても、休暇くらいはあるんでしょう? だったら乗る機会くらいありますって」
「そうだね、僕らはまだお金くらいしか返せてないし。それくらいは協力しますよ」
随分と軽い感じで、皆様からお声を頂いてしまった。
あぁ、やっぱり。
この人達はどこまでも自由だ。
どこへでも自分達の足で歩いていく。
気分次第で、何にも囚われる事無く。
まさに
彼らが度々口にしていたというが、間違いなく彼等は“ただのウォーカー”なのだろう。
だったら。
「言質、頂きましたからね。絶対に連れて行ってもらいます」
そういってから、彼等に向かって。
くしゃくしゃに破顔するみたいに、久しぶりに思いっきり笑みを浮かべるのであった。
――――
「カウンタータートル確認! 数、二十! 前方に集まっています!」
船に乗っている兵士が声を上げれば、全体に緊張が走る。
とは言え、前に全部集まってくれているのは有難い。
最初から魔法を封じて、一気に潰そうってか?
生憎だったな。
この船に搭載されてんのは、ダリルの船と違って鉄球を撃ち出すだけの旧装備よ。
「ドワーフ組! 準備しろ! 充分に近づける、焦ってぶっ放すんじゃねぇぞ!」
『わぁっとるわい! くははは! コイツは面白くなりそうじゃ!』
普段は裏方だからビビってんじゃないかと思ったが、全く持って心配無用だったご様子。
リードから大砲の説明を受けている時なんて、目をギラギラしながら弄り回していたからな。
そんでもって、アイツ等をサポートするのは弟子の諸君と悪食チビッ子メンツ。
正直、連れてくるのは不安だった。
しかしながら、絶対に船から“前”には出ない事を約束に参戦させた。
誰も彼も、引っ付いて離れなかったのだ。
「コイツ等なら、多分その辺の奴らに任せるより安心だろ」
「トールさん達の言う事を絶対に守るメンバーだけ連れて行けば、連携も取れる」
ノインとエルの言葉に後押しされ乗船させたわけだが。
言った本人達は、何故か俺達の後ろで待機してやがる。
「今からでも戻って良いんだぞ?」
チラッと視線を向けてみれば、二人はヘッと笑いながら口元を吊り上げた。
「もう何度も経験してるよ、今更ビビったりしねぇから安心しろ。リーダー」
「大丈夫。皆より弱くても、普通のウォーカーより鍛えて来たつもり」
あぁ嫌だ嫌だ、コレが反抗期か。
何てことを思いながら、言っても聞かないガキ共から視線を外し再び正面を睨む。
「そろそろだ。準備しろよ……」
「おうよ、久々に勢揃いだな」
「新しい装備も早く試したいねぇ」
気の抜けた声を返して来る二人は、いつもの様子。
たく、もうちょっと緊張感を持てよと言いたくなるが。
「鎧も新調したことですし、活躍しないといけませんね」
「フッフッフ、私達の“趣味全開装備”に驚くといいよ」
南と白のコンビ、なんだか久々に見た気がする。
白黒の犬猫反転コンビみたいな印象が、未だ健在の御様子だ。
「もう馬鹿はしないから安心して、無茶をするなら皆でってね」
「無茶も程々にしてくれないとこちらの身が持ちませんよ。ま、行きましょうか」
アイリとアナベル。
この二人が揃っているだけで、何か安定しそうな気がするのは何でだろう。
ウチの女子メンツ基本ブレーキが壊れているから、いざって時には頼りになる大人組。
アイリはつい先日やらかしたが。
「皆様と共に居られるだけで安心感が段違いですね。いざ指示を出す側になったら、私は尻込みしてしまいましたから」
「中島さんは冷静な指揮が出来ていたと思いますが。調査だってしっかりしてくれますし。でもまぁ、このメンツだともっと無茶出来る気がして来るのは不思議です」
何か見た事ない恰好良いグローブを嵌めている中島と、コキコキと首を鳴らしている初美。
姫様が“黒船”に乗っているって事で、俺達の方に同行するらしい。
「皆様、怪我だけはしないようにお願いしますね」
「バフは掛けておくから、頑張って」
クーアにノア。
その他救護班数名も船に乗り込んでいた。
「ハハッ、まさか帰って来て早々総戦力になるとはな」
「東南西北白初中、役満確定~ってな」
「初美ちゃんが惜しいなぁ……」
「東さん、ちょっと気にしているんでそう言う事言わないで下さい」
「そう言われると、私やアナベルとかちょっと切ないなぁ」
とてもじゃないが、戦争前とは思えない会話がくり広げられる。
その雰囲気に呑まれ、周りの兵士やウォーカーも緩い笑みを浮かべている程。
「今更だけど、本当に緩いなアンタら……」
「ずっとこんな感じだったよ?」
船に乗り込んでいる勇者様と聖女様も、呆れた顔を向けて来るが。
「では、ちゃんと“役”が乗っていると証明できるくらいに頑張るとしますか」
そう言って魔女様が笑った瞬間、下から光の合図が送られて来た。
相手が、射程内に入ったらしい。
ならば、戦闘開始だ。
魔法なんぞ使い方も分からない俺達の、物理戦争が幕を上げた。
「うっしゃぁぁぁ! お待たせしましたぁ! “黒船”大砲部隊、攻撃開始ぃぃ! ってぇぇぇ!」
その号令と共に、ズドンズドンと腹に響く衝撃音がイージスの大地に響く。
もはや懐かしいと思える程の、この衝撃。
今回狩るのは鮫では無く亀だが。
「脚の速い連中は周囲に展開を始めろ! 焦り過ぎて砲撃に巻き込まれんじゃねぇぞ! って、あぁすまん。指示を出すのは支部長と姫様だったか」
何てことを言いながら振り返ってみれば、二人からは両極端な笑みが返って来た。
「細かい指示や、お前が突っ込んだ後は指示を出してやる。好きにしろ」
「貴方達の“未来”なら、しっかりとこの眼に映っていますから。どうぞ、存分に暴れて下さいませ」
ええんかいソレで。
とかなんとか言いたくなるが、とりあえずは進めてしまおう。
今は一分一秒が惜しい。
「弓、魔術師。構えろ! 合図と共に一斉に放て! まだまだ大砲は撃てるからな! 時間が掛かっても気楽に大魔法をぶっ放せ! ただし亀が居なくなってからだ!」
ズドンズドンと大砲をぶっ放す音が続く中、デカい亀が一匹、また一匹と動かなくなっていく。
恐らく大丈夫だ、多分。
一応望遠鏡を覗いている兵士に視線を向けてみれば、そっちからもOKサインが返って来た。
そんじゃ、行きますか。
「魔法と矢であらかた駆逐した後は俺達の出番だ! 準備しやがれ! 斥候は兎に角焦るな! 狩って、引く。ソレを繰り返すぞ! 盾部隊も構えろ! 細かいのが抜けて来ても通すんじゃねぇぞ!」
大声で叫んでみれば、そこら中から雄叫びが返って来る。
いいね、前のスタンピードよりもずっと多い人数だ。
非常に頼もしい上に、兵士の皆様まで物凄く協力的。
なら、俺が指示を出せるのは後いくつかしかない。
この後、俺も突っ込む羽目になるのだから。
「お前ら、命令だ! “生きろ”! ヤバイと感じたら下がれ! 仲間を頼れ! 全員、隣で戦っている奴等を守れ! 全部味方だ! 守って守って守り抜いて、ヤバいと思ったらすぐに帰って来い! 分かったな!? 魔術師、弓兵部隊! 思いっ切り狼煙を上げろぉぉぉ!」
船の上から大声で叫べば、そこら中から様々の色の光と矢が相手に向かって飛んでいく。
その数、前回のスタンピードとは比べ物にならない程の一斉掃射。
というか、聖女コンビのブレスや勇者の“光剣”も混じっているのだ。
比べるまでも無い。
「っしゃぁぁぁ! 突っ込むぞ! 全員戦闘準備! “悪食”は暴れ回りながら、全部を喰らえ! 連携を忘れんなよ!?」
「ったく、滅茶苦茶な指示だな。了解だよ、こうちゃん!」
「真正面は貰うね! 突っ込むよ!」
「動き回ってサポートに回ります!」
「相変わらず、適当な命令」
「これぐらいが、らしいと言うモノでしょう」
「端から殴ってくるね!」
「姫様、少し離れますのでお気をつけて」
「とりあえず、もう一発広範囲魔法行きますね」
各々声を洩らしながら、俺達は船の甲板から飛び降りた。
ハハッ、こんな状況で言う事では無いかもしれないが。
マジでフルメンバーだ。
悪食ちびっ子メンツや、戦風や戦姫に勇者と聖女まで居る。
船の上で固定砲台となっているギルや、ウォーカー達に兵士達。
こんだけの面子が揃っているのだ。
負ける気がしねぇ。
今だったら、竜に挑んでも怖くねぇ。
それくらいに、頼もしいメンツが揃っている気がするのだ。
「ブチ破れぇぇ!」
両手に持った新しい黒槍を構えながら、俺たちは獣の群れに向かって突き抜けていくのであった。
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