第171話 捕食者の鎧


 「散らし寿司おかわりじゃぁ!」


 「儂は握り寿司がええのぉ!」


 「食うのが早すぎてもう面倒くせぇ、手巻き寿司な。ほれ、好きに作って食え」


 そう言ってからテーブルに端から食材を並べてみればドワーフ組が飛びつき、その後ろには行列が出来た。

 なんか、船に乗ってた時みたいな光景だなオイ。


 「とりあえず一度並んだら一人三つまでな、端から喰われても困る」


 「「了解じゃぁ!」」


 元気なドワーフ組のお返事を伺ってから、思いっきりため息を溢した。

 こんな調子で、準備が間に合うのだろうか?

 とか何とか思いながら、俺達も飯作りの途中途中で寿司をパクつく。

 うん、やっぱりうめぇ。


 「北、サーモンおかわり! サーモン! 美味しい!」


 「私はマグロがもっと食べたいなぁ……」


 手巻き寿司争奪戦には参加していない白とアイリが、空の皿を此方に差し出して来た。

 他のメンツからは羨ましそうな視線が飛んで来るが。

 悪食メンツに関しちゃ、これくらいズルしたって良いだろう。

 ドワーフ組と子供達は手巻き寿司に夢中になっているので、そちらは放っておいても良さそうだが。

 まぁこっちに来るようなら作ってやろう。


 「キタヤマさん、私は海老が食べたいです」


 「すみませんリーダー……ブリはまだありますか?」


 「イカが美味しかったです」


 続けざまにアナベルに中島、そしてクーアまで寄って来る。

 もうさ、寿司パーティーは後日にした方が楽な気がしてきた。

 今日は散らし寿司と手巻き寿司で満足しようぜ。

 まぁ、いいけど。

 久々なんだ、好きなモノを食わせてやるさ。

 何でも作ってやるぜ、なんて言ってしまったので仕方ない。

 しかし今の状況を考えると、普通にお手伝いを頼めばよかった。

 もしくはセルフ握り寿司にすれば良かったかもしれない。

 とか何とか思っていれば。


 「あら汁出来たぜぇ、好きに盛り付けな」


 「マジックバッグで途中の料理も保管してたから、角煮もすぐ出来るのは良いよねぇ。こっちも出来たよぉ、カジキの角煮食べたい人いる~?」


 西田と東の声に、一瞬で俺の周りから人が居なくなった。

 うん、知ってた。

 どうせこんな事だろうと思ったさ。

 という訳で、一人寂しく寿司を握る。

 今いっぱい作っておかないと、すぐに食い尽くされてしまう。

 トール達もその内来るだろうし。

 それでも、やっぱり一人で寿司を握るのは少々切ないが。


 「ご主人様、お手伝いします」


 「ありがとう、ありがとう南。孤高の寿司職人になる所だったよ」


 涙がちょちょぎれそうな雰囲気の中、隣に座った南がバシャバシャと手を洗ったかと思えば。


 「それで、ご注文は」


 「あ、はい。サーモンとマグロに、海老ブリイカだそうで」


 「了解いたしました」


 孤高の寿司職人? 馬鹿言うんじゃねぇ。

 俺の倍くらい速く寿司を拵えていく南を、思わず唖然と眺めてしまった。


 「次は、どうしましょう?」


 「……おまかせで」


 そうだよね。

 俺達よりいっぱいシャリ握って来たもんね、君。

 もはや職人の粋に至りそうな南が、ワキワキと手を動かしている。

 寿司屋のバイトとかに行ったら、滅茶苦茶重宝されそうだなこの子。

 そんな事を思いながら、汁物と角煮を取りに行った仲間達が帰って来るまでひたすらに寿司を拵えるのであった。


 ――――


 「あぁ~……うん、こんなもんか?」


 飯を食い終わった後、ウチの鍛冶師達をこき使おうとしたら、何故か皆して国の門の外まで着いて来てしまった。

 そんでもって、せっせと働くドワーフ達と弟子の皆様。

 スマンの、なんて思いながら指示を出しつつ距離を測っていく。

 何をしているかと聞かれれば、こんな時間に穴掘りである。

 しかも超特大の穴を、街道のど真ん中に拵えていた。

 普通こんな事をしたら物凄く怒られそうだが、姫様から許可を頂いたので遠慮なく穴をあける。

 今馬車が通ったらえらい事になるね、交通事故どころじゃない。

 まぁそっちは考えず、ドンドンと穴を拡げていった。

 シャベルで掘り起こす訳では無く、魔法を使ってボコボコと穴を拡げていく為物凄く早い。

 クラフト系のゲームでも見ているかのような光景だ。

 そんな彼等に驚きつつ、“取説”を睨んでいるリードに視線を向けてみれば。


 「ふむ、素晴らしいですね。深さもピッタリですし、これだけ立体的に作って頂ければ“すっぽりハマる”かと思われます」


 なんて事を言いながら、グッと親指を立てて見せる大商人様。

 取説に書いてある大きさと、穴の大きさが揃ったらしい。

 ま、物は試しか。


 「南、準備。アナベル、調整は任せるぞ」


 「いきます……けど、本当に大丈夫でしょうか?」


 「南ちゃんが出した瞬間に浮遊魔法を使えば良いんですよね? これだけ大きな物となると、ちょっと自信ないですけど」


 不安そうなコメントを頂いている内に、ドワーフ組は退避。

 そんでもって、準備は整った。

 という訳で。


 「ヨーソロー!」


 叫んでみれば、目の前に頼もしい“ソイツ”が出現した。

 馬鹿デカいソレを支える為に、四苦八苦している魔女様にはスマンとしか言えないが。


 「アナベル、ゆっくり、ゆっくりな?」


 「そのまま、そのままぁ……あ、ちょっとズレてる! 修正修正! アナベルさんもうちょっと手前!」


 「うわぁ……この作業絶対僕やりたくない」


 三人揃って言葉を溢す中、ソレは目の前に君臨した。

 さっきまで覗き込む程の穴が街道のど真ん中に空いていたというのに、今度は見上げる程の代物が街道を塞ぐ感じで鎮座している。

 俺達を運んでくれた“黒船”。

 アホみたいにデカいとは思っていたが、陸地に出すと更にインパクトが凄い。

 そんでもって、海では試し撃ちくらいしかしなかった大砲が、見事に街道の先を向いておられる。

 うんむ、素晴らしい。


 「こ、これで良いですか……」


 ぜぇぜぇと苦しそうな息を吐くアナベルにグッと親指を立ててから、ご褒美にトレントフルーツをインしたドリンクを差し出した。

 勿論酒だが。

 ソイツをゴクゴクと喉の奥へと流しこみ、ふぅ……と幸せそうな息を吐きだす魔女様。

 あらヤダ可愛い、なんて言いたくなるほろ酔い美人が完成した瞬間であった。

 相変わらず、お酒好きね君は。


 「固定すんぞ! アンカーをぶち込め!」


 そこら中で杭を突き立て、“黒船”に搭乗していく皆々様。

 うははは! なんかウケる。

 陸にコイツが鎮座している時点で、情報量が多すぎて面白い。

 とかなんとか思っていれば。


 「まぁったく、とんでもない“土産”を持って帰りおって。ま、それは良い。お前ら、この後ちょっと付き合え」


 そう言いながら、トールの奴が俺の鎧をゴンゴンと叩いて来る。

 そして何故か、思いっきり呆れ顔をされてしまった。


 「あぁ、こりゃ駄目だ。完全に鎧が死んでおる、こんな状況で“魔封じ”なんぞ使ってみろ。多分数秒も作動しないで死んでおったぞ」


 「うわ……なんか魔力溜まるの早ぇって思ったけど、やっぱ壊れてたんだ」


 「少しでも不安があったら使うな、それが道具の鉄則じゃ。ましてや命を掛ける代物じゃ余計に、な?」


 「うっす。んで、どうするんだ? これから修理してくれんのか?」


 何てことを言ってみれば、ドワーフ組に爆笑されてしまった。

 いや、面白い事を言ったつもりはないんですが。


 「無理じゃ無理、お前らの鎧にどれだけ手間暇掛けたと思っておる。そんな手軽に修理できる状態でもないわ」


 「武器も端から使い潰した様じゃしのう、全く。職人泣かせも良い所じゃ」


 「見た所“趣味全開装備”も使い潰して来たな? ったく、どんな相手とヤレばそうなるんだか」


 「ハッハッハ! 仕事し甲斐があるのぉ!」


 どいつもコイツも、愉快そうに笑いながら俺達の鎧や武器を見て爆笑されておられる。

 すまん、俺らには笑いのツボが分からん。

 今でもちゃんと頑張ってるよ? 俺らの黒鎧。

 動かすたびにギシギシ言うし、あんまり激しい動きをすると各所の装甲が吹っ飛んでいきそうだけど。


 「だから、新しいのを拵えた」


 「お?」


 「今度はもっと凄い。興味はないか?」


 「めっちゃある」


 俺たちはニヤけ面のドワーフ達に対して、ジリジリと距離を詰めるのであった。


 ――――


 元々俺らのリクエストと、トール達の“遊び”が重なって完成した黒鎧。

 但しソレは、一切の妥協が無かった。

 高級な素材を惜しみなく使い、俺たちの考える“最強の装備”ってヤツを形にしてくれた。

 むしろこちらが伝えたのなんて“おれのかんがえる、さいきょーのそうび”って気の抜けた感じに言った方が良いかもしれない。

 それが一代目。

 更には俺が負傷した事によって“付与”が追加される事になった二代目、”魔封じの鎧”。

 コイツは俺の鎧にしか実装されなかったが、それでも確かな一歩として彼らの技術の足掛かりになっていたのだろう。

 なんて今更ながら過去を思い出してしまう要因が、目の前にあった。


 「悪食シリーズの完成系。売る為じゃない、むしろこんなモン売る相手に困るってもんだ。一人一人の個性に合った完全オーダーメイド。装備するソイツが生き残れる可能性と、存分に“化け物”になれる可能性を特化させた代物だ。俺達や魔女様が、とんでもねぇ時間を費やして作り上げた鎧。名前は“捕食者の鎧プレデター”、いいだろう?」


 とかなんとか、えらくニヤッと口元を吊り上げたトールが語る。

 俺達四人の前には鎧が座っていた。

 間違いなく俺達の為の、俺達専用の“黒鎧”が。

 ベースは今までの形状に近い、しかしどこまでも改造されていた。

 可動部分は勿論、動きを阻害しそうな部分には目で見て分からない程の小さな工夫まで施されているらしい。

 そして何より、派手になっていた。顔が今まで以上に厳つい。

 前回同様赤い模様のカラーリングだけじゃない、各所改造されたらしくよりゴツくなっている。

 動きやすそうな見た目の、西田の鎧ですらかなり厳つい。

 東は魔王限界突破みたいな見た目をしているし、俺の鎧は更に獣感が増していた。

 それでも、だ。


 「今までで、間違いなく最高の“作品”だぜ。見ているだけでも目が奪われちまいそうな、綺麗な“黒”だ」


 これまで以上に怪しく光る黒い鎧に、所々に彩られた紅。

 過去の鎧を禍々しい黒と表現するなら、今度の鎧は“美しい”とも言える黒。

 相変わらず形はゴツイし、やべぇ見た目ってのは変わらないんだが。

 思わず唾を飲み込む程の“凄み”があった。


 「さて、今回も説明する事が多い鎧ではあるが。とりあえず、着てみろ。まずはそっからだ」


 「それだけじゃねぇぜ? 武器各種は勿論の事、お前らの“趣味全開装備”。今じゃそっちも悪食シリーズなんて呼ばれているらしいがな。そいつも新作が揃っておるぞ」


 「コレを作る為にとんでもねぇ時間を掛けたんだからな、すぐぶっ壊すんじゃねぇぞ?」


 「あと、魔女様にもちゃんとお礼を言っておくこった。今回の付与は、前以上に頑張った上に、作る数も多かったからな」


 ドワーフ四人衆から各々お声を頂いた後、チラッと工房の入り口に視線を向けてみれば。

 椅子に座りながら、壁に寄りかかったまま静かな寝息を溢すアナベルが眠りこけていた。

 工房までは一緒に来たのだが、疲れと酒を飲んだ影響もあって限界に達してしまったらしい。

 スヤスヤと緩んだ顔で眠る今の彼女は、普段“魔女”なんて呼ばれているのが信じられない程、普通の女の子にしか見えなかった。

 というか、見た目的には完全に俺らより年下だもんな。


 「後でアイリ呼んでこないとな、部屋まで運んでもらおう」


 お疲れさん、とだけ呟いて彼女の帽子の位置を直してみれば。


 「お前さん達が運んでやれば良かろうに」


 「恐ろしい事言うんじゃねぇよ、俺達が勝手に部屋に入れる訳ねぇだろうが」


 「あいっかわらず……変な所でヘタレおって」


 ほっとけ。

 おっさんってのは、何かあれば社会的にすぐ死ぬ生き物なんだよコンチクショウ。

 平然とお姫様抱っこ出来る度胸があれば、この歳まで独り身でいねぇよ。

 もしも運ぶなら担架で運ぶわ。


 「とはいえ、また頭が上がらなくなっちまったなぁ。正直鎧もガタが来てたし」


 「だね。皆ありがとう、また使わせてもらうよ。僕達はコレ以上に頼もしい鎧と武器を知らないからね」


 そう言って、西田と東が鎧を着替え始める。

 触れるのも気後れしてしまいそうな、美しい鎧へと。


 「私の鎧も更に黒くなりましたね……まぁ、今更気にしませんが」


 少しだけ口元を緩めながら、南も新しいモノへと着替え始めた。

 一つ一つの鎧を触りながら、確かめるかの様に。

 そして誰もが、脱いだ鎧を雑に扱ったりはしなかった。

 お疲れさん、なんて言葉が聞こえてきそうな程、一つ一つ丁寧に扱う。

 どうせなら、新しい黒鎧が飾られていたみたいに今までの黒鎧コイツらも飾っておいてやろうか。

 トール達がコイツ等を再利用するって言うのなら話は別だが。

 せっかくなら取っておきたい。

 随分と長い間世話になった装備達なのだから。


 「キタヤマ、お前も着替えろ。道具ってのはな、どこまでいっても道具だ。使えなくなれば変え、より良い物を使った方が成果は残る。しかし、“名残惜しい”と感じる程の作品だと思ってくれるのなら、そりゃ職人冥利に尽きるってもんだ。だが、もう“ソイツら”は休ませてやれ。傷を見りゃ分かるが、十分にお前さん達を守ったんじゃろ?」


 「あぁ、ホント。世話になりっぱなしだったぜ。頼もしい相棒だったよ」


 ゴンゴンっといつも通りにプレートを殴ってみれば、最初の頃よりずっと鈍い音が返って来た。

 今まで気づかなかった、俺達とずっと一緒だったから。

 思い返してみりゃ、最初はこんな音はしなかった筈だ。

 随分と、くたびれちまったんだな。


 「サンキュ、マジで助かったぜ」


 自らの鎧を撫でながら、俺も鎧を脱ぎ始める。

 ただただ静かに、そして丁寧に。

 “魔封じの鎧”は、今役目を終えた。

 コイツが無ければ、俺達は生き残れなかった。

 魔獣の群れにも、もちろん竜にだって勝てなかった。

 いつだって俺達が生き残れたのは、武器と鎧の性能があったからだ。

 俺達だけが強くなった訳じゃない、良い装備に頼っているからこそ“安心して”戦えたのだ。

 今改めて、そう感じる事が出来た。

 俺たちは主人公じゃない、ましてや勇者でもない。

 だからこそ贅沢過ぎる程の“最強装備”を整えて、前線におもむくのだ。

 頼もしい仲間達が作ってくれた防具を身に纏い、最高の武器を手にして。

 そして関わって来た皆がくれた物を全て使って、全力で“目の前の事”に対処するのだ。

 こっちに来た頃から、何も変わっちゃいない。

 その場その場を対処しているだけ。

 なんたって俺達は、“ただのウォーカー”なのだから。


 「すげぇな。黒鎧を初めて着た時の感動が、もう一回味わえるとは思わなかった」


 着替えた新しい装備を見回して、軽く身体を動かしてみる。

 初めて着る鎧だというのに、非常に“しっくり”来る。

 こりゃ間違いなく、俺達専用装備だ。

 “捕食者の鎧プレデター”。

 これが、新しい俺達の相棒。

 何やらまた怪しげな“仕掛け”が施されている様だが、それでも。


 「最高だぜ、滅茶苦茶格好良いじゃねぇか」


 「はっ! 相変わらずの感想を残しおって。他に言う事はないのか、この馬鹿共め」


 新しい鎧を纏った俺達に、トール達は鼻を擦りながらニカッと豪快な笑みを向けるのであった。

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