第168話 その背中を、私達は知っている


 「避けろぉぉぉ!」


 支部長が叫ぶ中、一番前に立った私達には逃げ場がなかった。

 すぐ近くにはアナベルとエル、そしてノイン。

 更には駆けつけたウォーカー達が絶望の眼差しでその光景を、天高く上がった光を見つめている。

 何故だ、誰も魔法攻撃なんかしていないのに。

 思わず、過去のスタンピードの光景が脳を過る。

 隠れていた私達の元にまで届いた光の雨。

 ソレに貫かれ、数多くのウォーカーが悲鳴をあげた。

 地獄とも思えるその光景は、未だ私の瞳に焼き付いている。

 だが……“まだ”だ。

 絶望するのは、“死んでから”で良い。

 私達は、あの頃とは違うのだから。


 「アナベル! 防御はお願い!」


 「アイリさん!? クッ! 皆さん集まって下さい! “プロテクション”!」


 目の前に転がる、シロちゃんが討伐した闇狼上位種の死体を掴んで、相手に向かって全力で放り投げた。

 まだだ、相手の攻撃はまだ私達に届いていない。

 そして敵までの距離が今まで以上に遠い。

 だったら、相手の一撃を防いでからの反撃では遅いのだ。

 防ぎ切った時には、次の“波”が来てしまう。


 「どけぇぇぇ!」


 全身の筋肉を使って、全力の魔法を使って暴れ回った。

 殴り、蹴り、ガントレットが爆風を巻き上げながら。

 ただただ突き進んだ。

 一番近いカウンタータートルへと。


 「どっせぇぇい!」


 とてもじゃないが、ギルドの受付嬢が上げて良い声じゃないだろう。

 知った事か。

 私はどうせ、行き遅れの二つ名“ゴリラ”の受付嬢だ。

 昔からこんなやり方でしか成果を上げられず、戦果を上げれば周りからドン引きされる。

 両親からしたら、何処へ出しても恥ずかしい娘だった事だろう。

 でも、そんな私だからこそ出来る事もある。

 馬鹿みたいに突っ込んで、アホみたいに暴れる。

 猪突猛進で、後先なんか考えない。

 敵がいるから殴る。

 私が出来る事なんて、その程度だ。

 だったら。


 「絶対に、砕いてやる!」


 まだまだ遠い大物を睨んでみれば、周囲からは馬鹿みたいな数の魔獣が迫って来る。

 あぁ、皆がダッシュバードの巣に飛び込んだ時はこんな感じだったのかな。

 そんな事を考えながら、拳を腰だめに構えた。

 そして、グッと足に力を入れる。


 「ぶっ壊せぇぇぇ!」


 突き出した拳と共に“趣味全開装備”を作動させ、集まって来た全てを巻き込んだ。

 突き抜けろ、押し開け。

 私には、それしか出来ないのだから。


 「貫け!」


 ガントレットから幾つもの魔石が排出されながら、何発も重ねて大技をかましていく。

 まだだ、まだ足りない。

 どんどんと集まってくる魔獣を駆逐するには、“まだ”足りない。

 だったら。


 「私の全部を……全部持ってけ! 全力全開、“インパクト”ォォ!」


 私は、身体強化ばかり練習してきた。

 だからこそ、拳で使える魔法なんてこれくらいしか知らない。

 体術を覚えた、誰にも負けない様に。

 常に身体強化を使って動けるくらいに練習して、魔力量を底上げして来た。

 馬鹿なのだ。

 色々頭を使う仕事をしているのに、自分の事となると“コレ”ばかりに頼ってしまう。

 他の魔法はろくに使える様にならなかった。

 多少使えても、今の状況では役に立たない程度。

 そんな私の、猪突猛進の最大の一撃。

 “道”を作れば良い。

 私が切り開けば、きっと仲間が大物を仕留めてくれる。

 そう信じて、ひたすらに拳を振るった。


 「もうちょっとぉぉぉ!」


 ただただ目の前だけを睨み、迫る魔獣の群れを薙ぎ払っていく。

 これで良い。

 アイツを倒せば、アナベルが広範囲魔法を使える。

 そうすれば、また抑えられる。

 それだけを思って、最後の一発を目の前に叩き込んでみれば。


 「ぬ、抜けた……」


 眼前の魔獣を粉砕して、目の前にはカウンタータートルの足が見えた。

 やった、突き抜けたのだ。

 魔獣の群れを一直線に突き破り、討伐するべき相手の前まで辿り着いたのだ。


 「皆、一斉攻撃……」


 やばい、もう膝が震えている。

 拳に力が入らない。

 体力も、魔力も消耗し過ぎた。

 思わず片膝を付きながら、後ろを振り返ってみれば。


 「アイリさん!」


 「……え?」


 上空に杖を向けるアナベルが、ずいぶん遠くからこちらに手を差し伸べていた。

 あれ? おかしいな。

 いつもなら、道を開けば畳みかけるだけだったのに。

 なんで、今私は“一人”なのだろう。

 不思議に思いながら後方の彼女を眺めていれば、やがて視線は魔獣に埋め尽くされる。

 私の空けた筈の“道”は、また塞がってしまった。

 私だけを、魔獣の群れのど真ん中に残して。


 「あぁ、そっか……そういえば、そうだ」


 全身から力が抜けて、両膝を地面に付いた。

 改めて正面に視線を向けてみれば、そこには首が痛くなる程見上げなければいけない大物の魔獣。

 ソイツは咆哮を上げて、腕を振り上げていた。


 「こんな事に付き合ってくれる馬鹿は、今居ないんだった」


 きっとニシダさんなら笑いながらそこら中を飛び回って、アズマさんが目の前の亀に盾を叩き込むんだ。

 ミナミちゃんが周囲の魔獣にクロスボウを乱射して寄せ付けず。

 フリーの状態のキタヤマさんが相手の頭に槍を叩き込む。

 そして、最後には。


 「お疲れ、アイリ」


 兜に隠しながらも、皆気の抜けた笑みをこちらに向けてくれる。

 そんな光景が、思わず目に浮かんだ。

 だとしても、今は。


 「は、はは……やっちゃった。ごめん、皆。一人で突っ込んじゃった」


 もう駄目だ。

 皆が居ない、それだけでこうも変わるんだ。

 誰かが無茶する時は、皆で無茶する。

 言葉にしなくても、全員がそう認識していた“馬鹿な悪食”は、今は居ない。

 これだけ大きな、頼られるクランになったのだ。

 それが当たり前で、私の行動の方が問題なのだ。

 だからこそ、私は大人しく目を細めてみせた。

 私を殺す、魔獣の一撃。

 もう助からない、助かる訳がない。

 だからこそ、私は。


 「ごめん、先逝くね」


 一言だけ呟いてから、静かに瞳を閉じたその瞬間。

 カウンタータートルの頭を、何かが豪速でぶち抜いて行ったのであった。


 ――――


 「アナベルさん! お願い、魔法解除して! コレじゃ救援にいけない!」


 「無理です! 今“プロテクション”を解除したら全滅する!」


 槍を構えるエル君が、涙目で叫んでいた。

 私が皆を守る為に作った“プロテクション”。

 周囲を囲う様に、集まって来たウォーカー全員を守れる様に張った防御魔法が、今では仇になっていた。

 飛び出してしまったアイリさんの救援に向かえないのだ。

 それでも、容赦なく上空からはカウンタータートルの攻撃が降り注ぐ。


 「アナベルさん! 少しでも隙間は作れませんか!? あのままじゃアイリさんが!」


 ノインも叫びながら、私の作り上げた盾に両手を張り付けて彼女の走り去った先に視線を送っている。

 本当なら今すぐにでも追いたい、共に戦いたい。

 だとしても、この場には数多くのウォーカーが集まり、真上からはあの亀の攻撃が降り注いでいるのだ。

 前回のスタンピードで死者を出し、数多くの負傷者を出したあの攻撃が。

 だとしたら、防御魔法を解除する事なんて出来る訳がない。


 「アイリさん!」


 もはや、叫ぶしかなかった。

 何をする訳でもない、叫ぶだけ。

 届く訳がない事が分かっていながら、懸命に彼女に向かって手を伸ばした。

 お願いです、帰って来て下さい。

 貴女一人ではこの数を、あの魔獣を討伐する事は出来ない。

 悪食はいつだって、皆で強敵を押しのけて来たのだから。

 たった一人でどうにかなる程、現実は甘くないのだから。


 「お願いです! アイリさん! 戻って!」


 叫び声も空しく、彼女の開けた“道”は徐々に集まって来た魔獣によって塞がれていく。

 数秒後にはその姿も見えなくなり、今では前足を振り上げたカウンタータートルだけが獣の群れの向こうに見える。

 駄目だ、アレを振り下ろさせては駄目だ。

 その行動が確定した瞬間、多分私達の仲間の命が消える。

 そう確信してしまう程に、突き抜けたアイリさんは消耗していたように見えた。

 何故、彼女の後を追わなかった。

 今更ながらそんな疑問が浮かび上がってくる。

 彼女に続けば、あのカウンタータートルが討伐出来たかもしれないのに。

 多分、以前ならそうしていたと思う。

 でも、今回は守るモノが多かったのだ。

 悪食の子供達に、彼等を回収してくれようと集まって来たウォーカー。

 皆、守らなければいけなかったのだ。

 この戦争の被害を最小限に抑える為に、傷付く人が少なくなる為に。


 『じゃぁ、その“最小限”に彼女を含ませるの?』


 そんな声が、聞こえた気がした。

 間違いなく自分の声。

 こんな状況で自問自答なんて、随分と余裕があるじゃないか。

 思わず、そんな事を思ってしまったが。


 『彼女を見捨てて、帰って来た彼等に伝えるの? 私は頑張ったんですって。それでも救えなかった、仕方なかったって。随分と情けないね、”魔女”の癖に』


 ふざけるな。

 そんなの言い訳でしかない。

 私が守らなくちゃいけないモノ、という意味では今の選択は間違っていない。

 でも、本当に守りたいモノを諦めてまで意固地になる事態なのかと言われれば。

 多分、違う。

 私は、“家族”を守りたい。

 大切なその人達を、絶対に失いたくないと思うその人達を。

 私はもう、失わないと決めた筈だ。

 だから。


 「皆伏せて下さい! 下手すればまた“反射”が来ます! ですがその時も絶対守ります! だから、使わせてください!」


 杖に取り付けられたトリガーを引き絞れば、鉄の杖の先端が展開し空中に幾つもの装飾が舞い始める。

 私の“趣味全開装備”。

 ただただ、私の魔法を重ねるだけの強化装備。

 でもそれは魔法の威力を上げるのではない、私の魔法を“重ねる”のだ。

 威力を向上させるだけなら、魔法の威力や範囲すらあやふやになってしまう。

 制御できない力は、周りに被害をもたらす。

 だからこそ、私が魔法を使った場所に同じ魔法を“重ねる”。

 一を大きくするのではなく、一の上に更に一を重ねる。

 それが、私の“悪食装備”。


 「合図と共に、ほんの数秒だけ防御を解除します! 上空に注意しつつ、魔獣の接近を防いでください!」


 「アナベルさん!?」


 周囲から驚いた様な声が上がって来るが、今は時間がない。

 だからこそ、躊躇なくその魔法を発動した。

 最大威力の氷魔法。

 この場に居る全てを巻き込んでしまいかねないソレを、“家族”を助ける為だけに発動させた。


 「いきます! 絶対零度アブソリュート・ゼロ!」


 防御魔法を解除した瞬間に、その魔法を発動する。

 即座に周囲は凍り付き、襲い掛かって来た魔獣達も氷像と変わる。

 氷界とは比べ物にならない程の速度で凍り付き、更にその光景はまるで波紋のように広がっていく。

 周囲が真っ白な世界に変わってしまった恐怖から、思わずバッ! と背後を振り返るが。


 「ア、アナベルさん……流石にさみぃ……」


 「この魔法は、出来れば今後無しの方針で……」


 ガタガタと震えるノインとエル。

 そして、同じような状態のウォーカー達が背後で震えていた。

 良かった、皆を巻き込む結果にはならなかった様だ。

 しかし、もっと重要なのが。


 「アイリさん!」


 正面を向き直って叫んでみれば。


 「大丈夫ー! 助かったよアナベル。それに、また“あっち”にも助けられちゃた」


 緩い声を上げながら、氷像の向こうで手を振っている姿が僅かに見えた。

 良かった。とりあえず誰も失う事なく、この事態を乗り切っ――。


 「残りのカウンタータートルも攻撃態勢! 全員警戒!」


 その叫びと共に、全員に緊張が走った。

 不味い、また先程と同じ状況だ。


 「エル、ノイン! アイリさんの回収急いで! 皆固まっていないと、今度こそ守り切れない!」


 私の声と同時に、二人は走り出した。

 お願い、間に合って。

 視線を向ければ、遠く離れた位置の大物が皆こちらを睨んでいた。

 不味い、本当に不味い。

 完全にヘイトを買ってしまった。

 このまま、残る魔獣に一斉攻撃なんて貰ったら……。


 「敵、増援確認! 新種! 黒い馬、三匹!」


 あぁくそ、こんな時に限って嫌な知らせばかり届く。

 カウンタータートルは既に攻撃態勢に入り、周囲の魔獣は全力でこちらへと向かってくる。

 更には新種の黒い馬の魔獣。

 コレばかりは、流石に詰んだか。

 なんて、思ったその時だった。


 「“反射攻撃”、来ます!」


 ウォーカーの誰かが叫ぶと同時に、黒いドレスの少女が私の隣に並んだ。


 「大丈夫ですよ」


 「え?」


 前線も前線。

 本当に先端とも言えるその位置に居る筈がないその人が、静かな声を上げた。


 「やっと“視えました”。いえ、やっと姿を“見せて”くれました。もう、大丈夫です」


 彼女は微笑みながら、こちらに迫り来る魔獣を指さした。

 カウンタータートルの反射攻撃。

 甲羅に溜めた魔力を一点に集め、跳ね返す魔法攻撃。

 その脅威が目の前に迫っているというのに。


 「おかえりなさい」


 微笑む彼女の声と同時に、私達を守る“光の壁”が出現した。

 それはもはや魔法と言うより、奇跡の領域に近い“絶対防壁”。


 「まとめて守りますよ! “プロテクション”!」


 『思いっきり行くよぉ! 大盤振る舞いだ!』


 そんな声が、聞こえた気がした。

 目の前の透明な壁に相手の攻撃がぶち当たり、全ての攻撃を危なげもなく防いでいく。

 コレは、なんだ?

 間違いなく私が使う防御魔法、“プロテクション”と同じ物。

 だというのに、密度が違うのだ。

 ココまで来ると、完全に別物。

 なんてことを思っている間にも黒い馬の魔獣は迫り、周囲の敵を跳ね飛ばしながら……あれ?

 あの馬は、何故味方である筈の魔獣を次から次へと轢き殺しているんだ?

 それに、随分と大きな馬車を引いている様に見えるんだが……。

 私と同じ事を思ったのか、周囲の視線はあの黒い馬達へと集まっていく。

 そして、通り抜ける度にカウンタータートルに向かって何が飛んでいき、脳天に突き刺さる。


 「デカいのは一本ずつかましてやらぁ! 西田、暴れろ! 東、突き抜けろ! 南は西田に付いて援護、ヤバそうなら東にも手を貸してやれ! リードとサラは戦車で走り回れ! 聖女は馬車に乗ったまま防御、ブレス準備しておけ! 多分すぐ使うぞ!」


 聞き覚えのある叫び声が戦場に響き渡り、馬車からいくつかの黒い影が飛び出していく。

 エルとノインに連れられて戻って来たアイリさんも、ワナワナと震えながらその黒い影に視線を送っている。

 飛び出した内の一つが、私達の目の前に飛来して来た。

 ズドンと音を立てて、今しがた私が作り出した氷をぶち破る勢いで着地する。

 その真っ黒い背中は、どう見ても悪役だった。

 誰がどう見ても、恐怖しか覚えないだろう悪の化身。

 でも私達は、この背中をよく知っている。

 私達の視線が戦場で捕えるのは、常に彼の背中だった。

 だからこそ、安心して戦えた。

 だからこそ、私達は彼等に着いて行った。

 二本の槍を掴み、背中で語るその彼は。

 皆から、“英雄”と呼ばれていたのだから。

 そしてまたの名を、“デッドライン”。

 彼の後ろには、いつだって味方しかない。

 その後ろに、敵を通す事などあり得ない存在。

 最終線であり、生命線。

 その彼が、彼等が。

 本当の“悪食”が、今。

 戻って来た。


 「おかえり……なさい」


 「待たせたな、ただいま」


 私達の英雄が、帰って来た瞬間であった。

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