第167話 反撃
「魔獣接近! 盾、構えー!」
兵士達の間に緊張が走り、こちらまで息苦しくなってくる。
しっかりしろ、私は何も役に立てていないんだ。
その私が最初に根を上げる事など、誰が許してくれようか。
「姫様、我々は一旦下がりましょう」
「いえ、大丈夫ですハツミ様。私達も私達の仕事をしませんと」
不安そうな顔を向けて来るハツミ様に視線だけで謝罪してから、改めて正面を睨んだ。
もう、目と鼻の先に敵が迫っている。
昨日同様、狂ったような特攻。
勇者とギルさんの攻撃でこちらに誘導出来ているのは確か。
しっかりとコチラに引き付け、何か起きた場合にウォーカー達と連絡を取り合あうのが私の仕事。
だからこそ、すぐ近くで兵達の姿を眼に焼き付けておかなければ……。
「報告! カウンタータートル、多数確認!」
「なっ!?」
前回のスタンピードの際に、ウォーカー達に被害を出した大物。
いずれは大型魔獣が来る事も予想はしていた。
しかし、まさかよりにも寄ってアレが来てしまうのか。
そんなものが登場すれば、当然。
「だぁくそっ! コレじゃ下手に広範囲魔法なんぞ使えねぇぞ!」
目の前の魔獣を焼き払いながら、ギルさんが叫び声を上げる。
その隣で戦っている勇者は特にやり辛そうだ。
彼の魔法は“光”なのだ。
角度や方向は調整できても、距離の調整まではなかなか出来ないらしい。
下手に魔法を放って、あの亀まで届いてしまったら。
なんて事を考えれば、正面に集まっている魔獣に対してだって攻撃を放ちに難くなる。
特に、あの魔獣に苦い思い出のある彼は。
「“戦姫”、出ますわよ! 範囲攻撃はギルさんに任せます! 彼の炎ならある程度範囲は調整出来る! 勇者様も接近部隊と共に切り込んでください! 盾、前進してくださいな! 意地でも押し返しますわよ!」
エレオノーラも頑張ってくれている。
前方のウォーカー達が頑張ってくれている分、こちらはまだ何とかなっているが。
よくない、非常にコレは良くない。
一度ウォーカー達の元へ行って、向こうと連携しないとすぐに“詰む”。
それくらいに、この戦争において範囲魔法は要になっているのだ。
そしてこの状況では、他の魔術師だって手を出せなくなってしまう。
「ハツミ様! 一度彼等の元へ参ります!」
声を上げると同時に、二人で影移動して支部長の元へと向かった。
そして、影を抜けた先では。
「切り崩されるぞ! しっかりと防衛しろ! 斥候隊は無理し過ぎるな! 突っ込み過ぎればすぐに飲まれるぞ!」
支部長が大声を上げながら、ウォーカー達に指示を飛ばしていた。
周囲では皆慌ただしく走り回り、そこら中で雄叫びと獣の声が上がっている。
「支部長! こちらはどうなっていますか!?」
「姫様!? 何故こんな時にこちらへ……いえ、それどころじゃありませんね」
一瞬だけ驚いた顔を浮かべた支部長が、静かに首を振ってから戦場を指さした。
そこには、獣の波と言っても良い程の魔獣の群れ。
更には等間隔に進行してくるカウンタータートルの姿が。
明らかに、意図的に配置されている大物。
非常にやり辛い。
「この通りです、アレがどこまで魔法を吸収するのか分からない為、範囲魔法が使えない事態です。細かい魔法ならまだ使えますが、乱戦が続けばいずれミスが出る。まずは大物から片付けたい所ですが、周囲の魔獣の密度が高すぎて近づけない。今はシロとリィリに頭が狙撃出来ないか試してもらっている所でして――」
「支部長、無理。アイツ等普通じゃない」
「なんか弓を構えると頭引っ込めるんですけど! なんなんだアイツら!」
丁度良いタイミングで、悪食と戦風の弓使い二人が戻って来た。
その二人も、随分と傷だらけ。
「被害はどの程度ですか? それによって、ウォーカーの皆様だけでも場所を移して……」
「姫様、それも無理。アイツ等、私達が場所を移そうとすると、退路を塞いでくる」
「なんですって?」
そんな報告受けていないのだが。
チラッと支部長に視線を向けてみれば、彼は苦虫を嚙み潰した様な表情をこちらに返して来る。
「ついさっき判明した事態です。悪食のナカジマ、戦風のカイル。前方で指示を出す両名が負傷した事により一旦全体を下げようとした際、集団を離れた魔獣が我々全体の行動を阻害する動きを見せました」
「なっ!?」
カウンタータートルの配置と言い、退路を塞ぐ行動といい。
知性在る存在が、この魔獣達を指揮している。
そうなって来ると昨日の“強者”を狙う行動も、私達にそう思わせる為の演出である可能性だって……。
「ナカジマにカイル、そして多くの負傷者が出ています。そのせいで救護班はもうパンク寸前。そして何より、負傷者を下げる時には魔獣が無理に追って来ない。間違いなく遊ばれていますね……」
ギリッと奥歯を噛みしめる支部長が、前方を睨んでいるその時。
「インパクトォォォ!」
叫び声と共に、魔獣の群れの一部が弾け飛んだ。
恐らくアイリ様だろう。
更に彼女に続けて、大量の氷柱がカウンタータートルを避けて飛来していく。
アナベル様も動き始めた様だ。
確かにアレなら、大物に魔法を吸収される心配は――
「なっ!? 誰かアレを止めて下さい!」
今まで前進するだけだった筈のカウンタータートルが、アナベル様の放った氷柱に前足を伸ばし始めたのだ。
出来れば気のせいであって欲しかった。
でもどう考えたって、アレは“吸収”する為に手を伸ばしている様にしか見えない。
不味い、このままじゃ着実に魔力を溜められてしまう。
それこそ“氷界”などで地形に影響を与えるだけに留めたとしても、吸収される恐れがあるという事だ。
とはいえ、今は目の前の事態に対処しなければ――。
「いけません姫様! 今そんな声を上げては!」
え? と声を上げる前に、結果の方が先に目の前に広がった。
魔獣の群れに飛び込み、負傷を受けるウォーカー達。
私の声に反応して、それが“指示”なのだと判断して。
彼等は私の叫んだ願いを叶えようと、“アレ”を止めようとした。
その結果は、怪我人を増やしたに過ぎない。
氷柱数本程度であれば、多少“吸収”されようとも無視するべきだったんだ。
焦って皆様を向かわせるほどの緊急事態じゃなかった筈。
なのに、“アレの脅威”を知っているからこそ叫んでしまった。
それが失敗だったのだ。
「やめて……」
一人のウォーカーが獣に噛みつかれ、ソレを助けに向かったウォーカーにも多くの獣が飛びついた。
一人、また一人とその渦に飲み込まれていく。
「止めてっ!」
皆様に指示を出さなければいけないのに、全体を見て被害を最小限に抑えなければいけない立場にあるというのに。
私は眼に涙を浮かべながら叫ぶ事しか出来なかった。
倒れ伏す先程のウォーカー達に、次々と集まって来る魔獣達。
もはや彼等の姿が見えなくなる程、多くの魔獣が集まってしまった。
もう、これじゃ……彼等は。
「お願いです……助けて、誰か……」
「分かった」
「え?」
すぐ近くからその声が聞こえたと同時に、何かがウォーカー達の間を縫うように走り抜けた。
“ソレ”は、そのまま魔獣の中へと飛び込み。
「シャァァァア!」
獣よりも獣の様な叫び声を上げながら、端から魔獣を切り刻んだ。
黒い風。
そうとしか言えない勢いで、小さなその影が魔獣の群れの中を突き進み。
「回収、よろしく」
先程の獣に呑まれた数名のウォーカーを、味方の元へと投げ飛ばした。
ガラリと、空気が変わった気がする。
ここまで絶望的な状況だというのに、まだやれると。
何を諦めているんだと訴え掛けて来るような力強い背中。
小さい、他の誰よりも。
戦場に立つには随分と幼く、それでも力強いその背中は、二本の黒い槍を構えていた。
「逃げない、正面から叩く。皆を救うのが英雄じゃない、皆で生き残れる道を示すのが、俺の知ってる英雄だ……だから、勝負だ!」
小さな彼は叫びながらそのまま獣の群れを突き進む。
例えその身を傷付けられようとも、彼の足は止まらない。
両手の槍を振り回し、暴風の様に突き進んでいく。
見間違えるはずもない、以前の戦争にも参加していた小さな“悪食”。
彼は。
「エル、君?」
確かに強い少年だった。
とてもじゃないが、成人もしていない子供ではあり得な程の活躍。
でも、どう見たって子供なのだ。
そんな彼が、突き進んでいく。
魔獣の群れの中を、死の海を越えていく。
そして。
「まずは、一匹」
自身より何倍も大きなカウンタータートルに対して、迷うことなく片方の槍を投げつけた。
眼球から頭に向かって貫通する黒い槍。
その一撃は、間違いなく相手を絶命に至らしめた。
「凄い……」
「全くアイツは、無茶ばかりしおって……全員エルのフォローに回れ! アナベル! 一匹目周辺はもう大丈夫だ! 派手に行け!」
支部長の大声と共に大きく動き始めるウォーカー達。
誰も彼も魔獣の群れに飛び込み、端から駆逐し始める。
間違いなく、流れが変わった。
そう確信できる光景が目の前に広がっていた。
「エル! このバカ! 無茶し過ぎだ!」
誰よりも早く彼の元にたどり着いた少年が正面に盾を構え、波のように迫って来る魔獣達を押しとどめる。
それも異常な光景だ。
兵達でさえたたらを踏む勢いで迫って来る魔獣。
その何倍もの数が押し寄せているというのに、彼は引かないのだ。
「驚きましたか? 悪食の子供たちは、もうあんなにも戦えるのですよ。奴等の背中を追うエル、悪食を継ぐ覚悟を決めたノイン。あの二人は、もはや別格です」
「しかし、まだ戦場に立つには……」
「そう、彼等はまだ戦場に立つには早い。しかし、“称号”がそれを許さない。“英雄の背中を追う者”。彼らは、“アイツ等”に追いつく為だったらあれくらいの無茶は平気でやってのけるのですよ。見ている方が不安になってしまう程に」
冷や汗を流しながら、支部長は口元を吊り上げていた。
いける、このまま流れを掴めば。
ここからひっくり返してしまえば、前線を押し上げられる。
そう確信した、その瞬間。
「馬鹿二人! 避けなさい!」
「“アイスウォール”!」
もう少しで彼等の元へとウォーカーが辿り着こうとしていたその時。
アイリ様とアナベル様が二人の前に飛び出した。
「闇狼上位種! 数2! 押し返しますよ! “アイシクルエッジ”!」
「“インッパクトォォォ”! 二人は早く下がりなさい! 武器の補充と怪我の治療! 態勢の立て直し最優先! 自分勝手に動かないの!」
どこから現れた?
以前のスタンピードにも登場した二対の頭を持つ狼が、いきなり食らいついて来た。
初撃はどうにか二人のお陰で防げたようだが、それでもまだ仕留められていない。
そして間違いなく、その大物二匹は“悪食”の事を狙っている様に見える。
「いけません! あの四人全員を下げなければ、恰好の的になってしまいます!」
「シロ! リィリ! ポアル! ザズ! あの飛び出した四人を連れ帰って来い!」
支部長が指示を出すと同時に魔法と矢が吹き荒れ、その中を小さな影が突き進んでいく。
そして、上空に飛び上がった白い影が一つ。
「“使う”よ、皆伏せて」
シロ様が“趣味全開装備”の矢を打ち放てば、獣の群れに一か所だけ穴が空く。
その一撃で先程の狼も巻き込まれたらしく、キャインッと犬の様な悲鳴を洩らしながら肉片が飛び散るが。
「一匹逃した! 見失った! 誰か確認して!」
空中に居る彼女が叫んだ。
まだまだ気を抜けない状況、とはいえアレだけ大きな魔獣だ。
すぐに見つかるだろう、なんて思っていたのに。
「え?」
空中に魔法陣が浮かび上がり、そこから先程の狼が姿を現した。
あの陣は……転移魔法?
いや、あり得ないだろう。
闇狼の上位種が魔法を使った? しかもあんな高位の魔法を?
馬鹿か、そんなはずない。
どう考えたって、この戦場を見ている“指揮官”が居るのだ。
あんな魔法ですらすぐに使えてしまう、あり得ない存在が。
そして心当たりは、一人だけ思い当たる。
「シロ様! 避けて下さい!」
自分で言っておいてなんだが、どう避けろと言うのか。
彼女は空中で狙撃した後の態勢。
足場も無く、すぐに援護できる程の強力な遠距離攻撃の手段を持っている人間は居ない。
だからこそ、彼女に向かって大きな牙が迫っていく光景を誰もが見つめる他なかった。
筈だったのだが。
「いってこい! ナカジマさん!」
背後からそんな声が上がったかと思えば、空中に黒い影が舞った。
ソレは危なげも無く魔獣の体に着地してみせると、静かに相手の体に取り付いた。
たったそれだけ、何をしている様にも見えない。
だというのに、狼の動きが完全に停止したのだ。
「ハッ! アズマのカタパルトモドキってな! どうだいチクショウめ!」
背後で大剣を振りぬいたカイル様が、ニカッと口元を吊り上げていた。
負傷して下がった筈の彼が、様々な場所に包帯を巻いた状態で前線に戻って来ている。
という事は、今飛んで行ったのって。
「させませんよ、皆私が彼等から預かった方々です。私が死なない内は、彼らが帰って来るまでは、“悪食”を減らす許可は頂いていませんので」
普段よりずっと冷たい雰囲気で、見た事も無い鋭い瞳を向けたナカジマ様が掌を閉じた。
たったそれだけ、その小さな動きをしただけで。
シロ様に迫った闇狼は空中で輪切りになって落ちて来た。
以前も使っていたナカジマ様の装備、糸の攻撃。
血と肉の雨が降り注ぐ中、二人が大地へと戻って来てみれば。
「中さん、おかえり。平気?」
「おまたせしました、問題ありません。さぁ、反撃開始ですよ」
「うい、ぶっ殺す」
前線では悪食と共に多くのウォーカーが暴れ始める。
ナカジマ様とシロ様、そしてカイル様も動き始める。
よし、流れが変わった。
このまま一気に、なんて思っていたのに。
「え?」
まだ遠いカウンタータートルの甲羅が、輝き始めるのであった。
何故? 誰も魔法で攻撃していない筈なのに。
あの輝きは、あの時の――
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