第166話 初代勇者
翌日。
朝早くから集まった多くの人々と共に、街道の先を睨んだ。
昨日の様に全体が固まった配置では無く、大きく二つの集団に別れていた。
「付け焼刃も良い所ですが……これくらいしか対処しようがありませんね」
ギリッと奥歯を噛みしめてはみるが、コレ以上手が打てないのも確か。
前面にはギルさんと勇者を先頭に配置し、その後ろには多くの兵士達。
前方を防御特化した部隊で固め、例え攻め込まれてもどうにか押し込まれない様に。
ウォーカーに比べて魔獣相手に慣れていないからこそ、攻撃よりも守りに徹してもらう。
そしてもう片方にはアナベル様を先頭に、街道脇に潜む数多くのウォーカー達。
こちらは完全に攻撃班だ。
一度ギルさんと勇者に注意を引いてもらい、即座に横から叩く。
本来囮は使いたくはなかったが、注意を引く側に広範囲魔法が使える二人を設置した事でなんとか承諾出来る形になった。
勇者の強い希望と、その案にギルさんが乗った、というのがかなり大きな所ではあるが。
とはいえ。
「アナベル様の他にも、悪食の高火力装備が揃っている……それに他の魔術師の攻撃だってあるから、いつウォーカー側が標的になってもおかしくない」
以前キタヤマ様がやっていた様な、飛び出して狩り、すぐに逃げるという人の使い方。
弓と魔法で頭を潰し、斥候が足を狩る。
抜けて来たモノを盾で抑えながら近接部隊が殲滅する。
とてもじゃないが行き当たりばったりな戦術といっても良いだろう。
しかし、入念に作戦を立てた所で魔獣の動きが異常なのだ。
正直その場その場で判断を下す他ない。
更に言えば私自身が“こういう場”に慣れていないという事もあり、想像だけで作戦を立てても上手く行くはずがない。
頭が痛くなるまで悩んだ所で、どこかしらでボロが出る。
兵士や騎士の隊長達にも集まってもらったが、中々納得できる作戦は立てられず、今の様な形になってしまった。
何より、ゆっくり考えている時間すらない。
ということで。
「すみません、支部長。結局前線にまで引っ張って来てしまって」
「いえ、ココが堕ちればイージス全体が堕ちる事になります。どこに居たって同じですよ。それに……」
チラッと視線を向ける先には、ウォーカーの皆さまが各々戦闘準備を始めている姿が映る。
「コイツ等にあまり難しい指示をまとめて出した所で、混乱が起こるのが関の山です。その場その場で指示を出してやった方が、ウォーカーというのは素直に動くモノですよ。常に想定外の事態と隣にある生活を送っている連中ですから」
フッと小さな笑みを溢しながら、彼は皆様の元へと歩いていく。
今回の私の仕事は、連絡係。
影移動を繰り返しウォーカー達に状況を伝え、兵達には事態に合わせて陣形を変える指示を出す。
ウォーカー組にハツミ様を導入したくはあったが、私一人で動く事を断固拒否された為、今回も私の近くに滞在してもらっている。
彼女もまた、“趣味全開装備”を手にしているのでいざという時は全力で戦って貰う手はずにはなっているが……。
「先が見えない、予想すら出来ないというのは非常にもどかしいものですね」
「それが普通ですよ、我々にとっては」
ハツミ様から、まるで励ますか様な声を頂いてしまうのであった。
――――
「私はズルして強くなっただけだからさ、ずっと頑張って来た君の方が全然凄いよ。“キノ”」
随分と昔の夢を見た。
そんな事を思いながら、懐かしい顔ぶれを見回した。
いつだったかの野営中の景色。
「おいおい、あんまり“キノトリア”を甘やかすんじゃないよ」
「そうは言っても、キノだって十分頑張っているんだから。師匠だからって虐めてやる事はないでしょうに」
彼女は、いつもそうだった。
いつだって俺に優しい言葉を掛けてくれた。
種族戦争の最中、竜が現れた事により作られたパーティ。
各種族の代表といっても良い様な、恐ろしく強いメンバーが集っていた中。
俺だけは平凡だった、だからこそサポーターとして仕事をしていたのをよく覚えている。
解体や魔石の抉り出し、料理や焚火の番など。
とにかく、思いつく限りは何でもやった。
彼等と共に旅をする為に。
「ったく、これだから甘ちゃん勇者様は。キノトリア、皆の茶を淹れ直しておくれ。こうも寒くちゃすぐ冷えちまう」
「はい、師匠」
人族の勇者、大魔術師のエルフ、剣豪の獣人に剛腕のドワーフ。
種族戦争が勃発していたすぐ後だというのに、これだけ多くの種族が手を取り合い、皆で旅を続けた。
そして俺は彼等のサポーター。
たまに仲間が増えたり、減ったりなんてのはいつもの事。
なんたって俺達は各地で発生している“竜”を相手にしているのだから。
それでも、この四人……俺を含めれば五人は、いつまで経っても生き残っていた。
「お前らは、全ての竜を退治したら次は何がやりたい?」
そういって、獣人の剣士が笑う。
豪快に肉を喰らいながら。
「そうだなぁ……まずは魔獣肉を食べる事を禁止したいかなぁ」
獣人の彼の言葉に、勇者は夜空を見上げながらポツリと呟いた。
魔獣肉を禁止する? 何故だろう、こんなに旨いのに。
多分誰しもが同じ事を思ったのだろう。
不思議そうに彼を見つめてみれば。
「ホラ、魔獣って確かに美味しいけどさ。土地によって数や大きさのバラつきが凄いじゃない? だから魔獣肉が多く食べられる土地の人間は育ちやすく、魔獣が少ない地の人間は強くならない傾向にある。だから無用な戦闘が起こる、それが重なれば今回みたいな戦争に繋がる。だったらさ、皆最弱になっちゃえば争いも少なくなるのかなって」
その言葉に思わず皆で口を開けてしまった。
何を言っているのだろうこの人は。
強くなる事は悪い事ではない、しかもその辺の魔獣と戦うにもそれなりの強さが要る。
だというのに、人間すべてのレベルを下げろと言うのか?
「確かに魔獣を倒すのには苦労するかもね、でも今の状況はさ……魔獣を倒すよりも、人同士の殺し合いの為に皆強くなる傾向があるよね。私達みたいに竜でも相手にしない限り魔獣は、どこまでいっても獣なんだよ。だから、人はそのままでも策を練れば良い。道具を使えば良い。一時の逃げだったとしても、一旦全部の種族を平等に戻すべきなのかなって」
どこまでも夢物語であり、綺麗事。
自らに力があるからこそ語れる、強者の感想。
だとしても種族戦争などを始め、確かに誰も彼も相手を殺す思考に染まった時代なのは確かだ。
そんな中に現れた大量の“竜”という生物。
人々は竜への対抗手段を持たず、端から喰われていった。
それくらいに、竜は強かったのだ。
この状況になり、“異世界”から召喚されたこの勇者。
それが彼女だ。
さぞ、酷い光景に見えた事だろう。
誰も彼も自分勝手に暴れ回った挙句、尻拭いを“外の世界”に求めたのだから。
「皆最弱になって、皆で手を取り合って生きていきましょうってかい? はっ、夢物語だね。確かに魔獣肉は魔素が多く成長を促す、だからと言ってコレを食わなきゃレベルが上がらないって訳じゃないんだ。そんな事も分からないのかい? 勇者の嬢ちゃんは」
師匠は鼻で笑うが、馬鹿にしている雰囲気ではなかった。
本当に叶うのなら、どんな世界になるのか。
まるで“ソレ”を想像しているかの様に、静かにカップを傾けている。
「俺は結構好きだぜ? 強くなるのは好きだし、強い相手と戦うのも好きだけどよ。街に居るとたまに見ちまうんだよ。剣をすげぇ練習してんのにさ、レベルの違いでド素人みてぇな奴に圧倒されるような光景。もちろんソイツがもっと頑張ればレベルも上がったかもしれねぇけど、魔獣肉は貴族でも無い限り外に行かねぇと中々食えないからなぁ……」
意外な事に、獣人の剣士が勇者の意見に賛同した。
彼は元々孤児だったという。
国の外に逃げて、近くで魔獣を偶然狩れた。
それが彼の冒険の始まりだったらしい。
食って、戦って、食って。
そんな幼少期を過ごしたというのに彼は、“俺は運が良かった”と言うのだ。
自分が勝てない程の魔獣に最初から遭遇しなかったからこそ、ココまで強く生き残れたのだと。
普段は結構荒っぽかったり、戦闘では獣みたいな動きをする彼だが。
こう言う時だけは、勇者の話を一番真面目に聞く人だった。
そして。
「ま、どいつもこいつも弱くなって道具ばかりに頼る様になれば……ドワーフは将来安泰だわなぁ。手足がみじけぇから戦闘じゃ役に立たねぇ、なんて言われて頭に来たから俺は前に立っちゃいるが。それでも、道具だけ作って一生を終えられるなら本望ってもんよ」
いつもは巨大な斧を担いで敵に切り込むドワーフだって、機嫌良さそうに笑いながら酒を呷っていた。
レベルの違いはあれど、数字の些細な上下であり皆が平等に暮らせる世界。
まるで夢物語だが、本当にそれが叶うのなら……俺は。
その世界が見てみたいと願った。
「ハッ、御大層な事を言っちゃいるが……結局この前会った魔人族にいい恰好したいだけだろう? みーんなレベルが低くなりゃ、魔人だって普通に暮らせる。そんな事を思っているんだろう? 違うかい?」
ウチの師匠だけは、相変わらず口が悪い上に勇者に噛みつくが。
それでも、勇者は笑うんだ。
いつもみたいに。
「ま、その通りなんですけどね。レベルそのものが存在しない魔人、しかし魔人はとても強い強化魔法が使える。それは、どの種族とも協力出来るって事でしょう? それに……“あの人達”は皆優しかった。どの国に行っても歓迎される私達だけど、彼等だけは、魔人族だけは私達を心配してくれた。“期待”よりも、“心配”の方が大きかった。あんな優しい人達を、コレ以上犠牲にしちゃいけないよ」
「まぁったく、魔人族に気に入った男でも居たのかい?」
「どうかな、良く分かんない。けど、他の種族と共に生きられる時代が来るのなら、そういう事もあるのかもね」
なんて会話を繰り返しながら、俺達は過ごした。
きっとこのまま、死ぬまでこんな調子で過ごすのだろう。
そんな事を考えながら。
でも、転機というのは唐突に訪れる。
良い意味でも、悪い意味でも。
俺達にとっては、非常に悪い意味だったが。
「俺が囮になる! お前らは横から攻めろ! 無理なら逃げろ!」
「止めて! 一度皆で下がってから――」
「引くんだよ馬鹿勇者! 正面から相手して良い相手じゃない!」
勇者が師匠に引っ張られてズッコケた瞬間。
目の前を竜の首が通り過ぎて行った。
そして残っていた物は……何も無かった。
たった一撃、獣相手の噛みつきだったとしても。
その攻撃によって、あの獣人の剣士が命を落とした。
竜が咆哮を上げる中、俺たちは目の前の光景を受け入れられずに眺めるしかなかった。
ずっと一緒だったのだ。
俺達五人は最初からずっと。
すぐに喧嘩を売る人だった、問題を起こした数を上げれば星の数より多いかもしれない。
でもパーティで居る時の彼は、とても緩い笑みを浮かべる人だったのだ。
出来損ないで、凡人の俺に対してだって。
「お前のメシはうめぇよ。ありがとな、“キノトリア”」
そう言ってデカい掌を何度も頭に置いてくれたくらいには、俺をちゃんと認めてくれる優しい人だったんだ。
「キノトリア、ちょっと今日は豪華にしようぜ? 俺も腹が減ってるし、そのなんだ……仲間もピリピリしてるしよ」
コソッとそんな事を言ってくるくらいには、仲間を大事にする人だったんだ。
皆が大好きな、皆も大好きな獣人の戦士だった。
だというのに、その遺品すら回収出来ない。
全て、相手の腹の中に納まってしまったのだから。
「うがぁぁぁぁ!」
「キノ! 止めるんだ!」
俺の事を一番認めてくれる“勇者様”が声を上げた。
いや、この言い方は違う。
俺が卑屈になっていただけで、このパーティは俺の事を認めてくれていたんだ。
誰も彼も、サポートしか出来ない俺を非難する人間はいなかった。
師匠だけは、俺を馬鹿にするような言葉を放つ事もあったけど。
そんな時は皆で笑いながら、師匠を止めてくれるんだ。
「馬鹿弟子! 戻って来な! 早く、早く戻るんだよ!」
「キノ坊主! 戻れ! 今の儂らには無理じゃ!」
「キノ!」
皆の声が聞こえる中、俺はマジックバッグから取り出した“ダンジョンコア”を、目の前に迫る口の中に押し込んだ。
俺の予想では、コレは“武器”になる。
それ以上に、様々な可能性を秘めている。
だから実戦で試すのだ。
俺は皆の手伝いと、“考える”事くらいしか出来ないから。
「返せぇぇぇ!」
包み込まれる竜の口内の感触を全身で感じながら、コアを相手の喉の奥に叩きつけた。
同時に魔力を流しこめば、“奇跡”が起きた。
今までは単純なエネルギー源として使われて来たダンジョンコアが、見た事も無い反応を見せたのだ。
コアは展開し、全てを破壊するかの様に、周囲を分解しながら飲み込み始めた。
ドラゴンも、そして俺自身も。
やはり、俺の考えは正しかった。
ダンジョンコアは魔力の貯蔵庫なんかじゃない、新たな可能性だ。
攻撃、防御、再生と破壊。
下手すれば世界に干渉する、鍵になりうる可能性だってあるのかもしれない。
目の前で発生している“未知”は、その全ての可能性を示してみせた。
なんたって、全てが“分からない”のだ。
どういう原理で、今竜と俺を飲み込んでいるのか。
この先どこへ連れていかれてしまうのか。
俺自身が、どうなってしまうのか。
全てが“未知”で、“不安”の塊だった。
でも、それでも。
「に、げろ!」
「キノ!」
「逃げろよ! コイツは俺一人でどうにかします! ハ、ハハッ! ちゃんと名を残して下さいよ、勇者様! 俺も、竜殺しを達成したんだ!」
コアを叩きつけた腕の方から、徐々に分解されていく俺の体。
竜の分解の方が早いのか、振り返ってみれば俺を包み込んだ獣の口は消え去っていた。
「俺は、俺は凡人だけど。でも皆に付いて行って、竜まで狩れる様になったんだ! 無駄じゃなかった、俺は“英雄”になったんだ!」
狂ったように笑いながらも、全身に痛みが走る。
普通じゃない、怪我した様な痛みじゃないんだ。
全身の神経を無理矢理引っこ抜かれる様な、狂ってしまいそうな痛み。
それでも、俺は。
“皆”に近づいたのだ。
俺も、彼等と肩を並べられる存在になった。
痛みと喜びで、馬鹿みたいな笑みを浮かべていれば。
「お願い、キノ……“英雄”に何かならなくて良い、一緒に居てよ。コレ以上失うなんて、君まで居なくなっちゃうなんて嫌だよ……」
酷い顔の勇者が、こちらに向かって手を伸ばしていた。
本当に、酷い顔だ。
これが人類の希望か? 誰よりも強い勇者が浮かべる表情か?
全く、いつまで経ってもこの人は。
どんなに強くても、どんなに英雄と称えられようとも。
いつだって普通の少女みたいに笑うんだ。
「俺も、勇者様の望む世界を見てみたいです。だから……後はお願いします」
その一言と共に、全力でダンジョンコアに魔力を流しこむのであった。
――――
「こんな体になっても、やはり夢は見るのだな」
体を起こし、バキバキと体を鳴らしてみれば。
「かえ、る」
「あぁ、分かっている。より多くの魔力と贄を取り入れれば、自我が残っているお前は“私の様に”なれる可能性がある。まずは人という括りを捨てる所からだ」
そう答えてから、目の前の肉の塊に手を触れた。
醜い、非常に。
叶うかどうかも未だ分からない約束に縋って、私に従っているこの実験体。
「勇者召喚を初めて成功させたのはこの地だ、だからこそ何かしら手掛かりがあるかもしれない。私はその情報が欲しい」
「キノ……とり、ア」
「不可能だと言われている異世界人の返還も、私の研究対象だ。そして魂の研究が実を結べば、貴様を召喚“前”に帰す事も可能になるかもしれない」
私は、私の目的にしか興味がない。
随分と長い間眠っていた、皆私を置いて逝ってしまった。
一人になった私に残った、最後の欲求。
それが。
「私の仲間達を裏切ったこのイージスを完膚なきまでに叩き潰す事と……」
召喚というのは、恐らく時間に捕らわれない。
コアを使った召喚において、それは証明された。
連日召喚を行って、違う時代の異世界人が召喚された事があったのだ。
ならば、その特性を上手く利用出来れば。
私のもう一つの願いが叶う。
「初代勇者を、過去からもう一度召喚する。今度こそ、私の手で確実に彼女を救う」
その目的の為に、この地で住まう全ての民を生贄にすると決めた。
この実験には数多くのモルモットが必要であり、所詮はイージスの民なのだから。
そしてなにより彼女は、初代勇者は。
今の世界のどんな人間よりも、価値のある存在なのだから。
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