第165話 ショートカット2


 「まさか城の庭に集まって、“悪食飯”を皆で食う事になるとは思いませんでした」


 「でも、美味しいですよ?」


 緩い表情でスープを啜る姫様に、思わずため息が零れてしまった。

 ここは王宮、王族が住まう場所なのだ。

 だというのに数多くのウォーカー達が集まり、ソレに混じって兵士達も皆飯を食っている。

 普通の食事も用意されており、各々好きな方を食べている状態。

 そもそもギルドの支部長という立場にある私だって、そう易々と足を踏み込める場所ではないというのに。

 このお姫様がトップになってから、随分とこの国も緩くなったものだ。

 思わず、そんな感想を思い浮かべてしまう。


 「それで支部長。今回の戦争、どう見ますか? やはり魔獣の専門家からの意見が欲しいので」


 先程の緩い笑みが嘘の様に、お姫様は鋭い視線をこちらに向けて来た。

 なんともまぁ、感情豊かになったものだ。


 「私は見張り台から見ていたに過ぎませんが……気になった点はいくつか」


 ゴホンッと一つ咳払いしてから、ピッと人差指を立てて見せる。


 「一つ、今回の魔獣には動物的な“恐怖”の概念が存在しない。他種類の魔獣が入り乱れてはいましたが、同種が目の前で討たれているのに警戒の意すら示さないのは異常です。まるで薬物中毒か操られていると言われた方が納得できる」


 「それは私も感じました……とても恐ろしいとしか言いようがありませんでしたわ」


 多少青ざめる姫様に対し、二本目の指を立てて見せる。


 「二つ目。奴等は“強者”に向かっていく傾向があるようです」


 「どういうことですか?」


 やはり最初の段階で後ろに引っ込められた姫様には見えていなかったか。

 この違和感は、上から全体を見える位置に居ないと気づけない様な些細なモノなのだから。


 「今日の戦闘、主だって活躍したのが悪食の“アナベル”と騎士の“ギル”。そして“勇者”の三人です。誰も彼も広範囲魔法で殲滅数が多い。その影響なのか、僅かながら魔獣の群れが動いたんです。その三人に向かって。まるで主戦力を先に潰してしまおうと急ぐかのように、あの三人には向こうの戦力が集中した」


 「つまり、多少の誘導は利く。という事でしょうか?」


 「おそらく、にはなってしまいますが」


 情けない事に、それくらいしか分からなかったのだ。

 情報収集をする為に戦場を観察していたというのに。

 だとしても、それ以外には大きな動きを見せずとにかく特攻してくる獣たち。

 防衛戦である事には間違いないが、とてもじゃないが“戦争”には見えなかった。

 ただただ迫り来る恐怖を面制圧で押しとどめただけ。

 このままでは、恐らく持たないだろう。

 そんな事を考えてしまうくらいには、酷い戦場だったのだ。


 「だとすれば多少は……いえ、誰かを囮に出す様な真似をすれば間違いなくあの渦に呑まれる。となるとやはり今まで通りに防衛する他ありませんね……」


 「誰かを犠牲にする決断も、時には必要かと思いますよ?」


 「本気で言っているのなら、私は貴方の事が大嫌いになります。例えそれが英断と呼ばれても、私は嫌です。どうにかして囮になれるなら、私がなります。でも、出来ないから歯痒いんです」


 悔しそうに奥歯を噛みしめる姫様は、自身の言った事の意味を十分に理解しているのだろう。

 彼女が囮になれば、この国が堕ちる事を意味するのも。

 そして彼女では、相手から“強者”と認めてもらえない事すらも。


 「なので、やはり今後も同じ面制圧を……」


 「さっきの話って、ホントなんですか?」


 急に背後から声が聞こえ、思わず姫様を守る位置に立って振り返ってみれば。

 そこには、“勇者”が立っていた。

 孤児院の子供達が配っている器を手に持ったまま、目を見開いて私達の事を眺めて居た。

 そして。


 「“強者”として相手が認識すれば、ヘイトが買えるって本当ですか? それに、今日は俺の元に魔獣が流れて来てたんですよね? 正直目の前の事でいっぱいいっぱいだったんで、全体の状況はわからないんです」


 呟きながら彼はこちらに歩み寄り、縋る様な瞳で私の事を見上げて来た。

 “あの戦争”が起こるまでは、甘ったれで我儘なクソガキだと思っていたのに。

 アレを境に、彼は変わった。

 誰よりも果敢に攻め込み、周りに希望を与える。

 まだやれると、戦えると叫ぶその姿は多くの兵やウォーカーに希望を与えた事だろう。

 しかしその後の彼を見ていると、非常に“危うい”と思えてしまうのだ。

 どこまでも無茶をしそうで。

 アイツ等との約束を守る為に、その身すら犠牲にしそうで。

 “勇者”と呼ぶには、あまりにも自己犠牲が過ぎる。


 「お前の考えそうな事は分かる、だが駄目だ」


 「何でですか! 俺が魔法を連発して誘導出来れば、あの集団を横から攻撃できる! それだけでもかなりの数が減らせる上に、アイツ等は猪突猛進だ。アナベルさんとギルさんにデカい魔法を使わないで貰えれば、こっちに被害が出ることなく抑える事だって!」


 「その場合、お前が常に危険に晒される事になる。今日だって三人の広範囲魔法があったからこそ何とかなったというのに、それを一人で賄えるとでも思っているのか? 思い上がりだ。“勇者”一人では、間違いなくあの勢いを抑える事は出来ない。断言しよう」


 「……でもっ! 俺は他の二人に比べて価値が低い! だったら囮にするくらい惜しくない筈だ!」


 彼が叫んだ瞬間、パァン! という良い音が響いた。

 周囲で飯を食っていた皆が振り返る程に。


 「価値が低い? 何を言っているんですか貴方は。勇者は我が国の絶対防衛ライン、今回の戦争における最も活躍した内の一人。自覚してくださいませ、貴方は、我が国に必要とされている存在です」


 険しい顔のお姫様が、勇者の頬を引っ叩いた。

 目を覚ませと言わんばかりの勢いで、それくらいの眼光を向けながら。


 「でも、俺は……」


 「確かに過去には色々ありました。ですが、いつまでも引きずっているつもりですか? 貴方は償う為に守ると決めたのでしょう? だったら守りなさい、民も、自分自身も。華々しく戦場に散れば語り継がれるかもしれませんね。でも私達は褒めませんよ? 認めませんよ? 貴方が死んでしまった後、誰が彼等との“約束”を果たすのですか? だから生き残りなさい、生きて守り続けなさい。これは、命令です」


 お姫様が紡ぐ言葉に、拳を握りしめながらグッと耐える少年。

 まだ、若いのだ。

 確かに成人はしている、だが青い。

 彼女の言う通り、彼が命を投げ出す様な作戦を立てる程、この国が腐っているとは思いたくないのだ。

 彼にはまだ未来がある、これからいくらでも変わっていける。

 だからこそ。

 アイツ等や、愛する人を待つと決めた彼が。

 こんな所で命を投げ出してしまって良い筈がないのだ。

 これが甘い考えだというのは、私自身も十分に理解しているが……。


 「とにかく、次の作戦はこちらで考える。あまり良い策が思いつく保証はないが……誰かが確実に死ぬような作戦は立てたくない」


 何てことを言って、シッシと手を振ってみたが。

 彼はその場を離れる事は無かった。


 「納得がいく作戦が聞けるまでは、ココに居ます」


 「お前は……意外と面倒くさい男だな」


 思わずそんな言葉を残してしまう程、彼は意地でも動かない姿勢を見せるのであった。


 ――――


 「おや、また対面から馬車が来ましたので脇にそれますね?」


 リードの声を貰いながら、全員が衝撃に備える。

 次の瞬間、ズボッという道を外れた車輪の感覚と周囲の木々をベキベキとなぎ倒していく衝撃と音が響いて来る。

 もう、何度目だろうか?


 「いい加減この揺れも面倒だな……おーい、そこの人! なんかあったー?」


 大きな声でご挨拶してみれば、非常にビクッ! と良い反応を頂いてしまった。

 まぁそうよね。

 街道塞ぐような真っ黒い馬車が迫って来て、急に声掛けられればビビるよね。

 “向こう側”で言ったら対向車線からドデカイ戦車が迫って来て、隣のコンビニに突っ込みながら道を開けてくれた上に、こんちゃっ! と声掛けられたようなもんだ。

 それだけで情報量の暴力も良い所だろう。


 「え、えぇっと……」


 こちらの馬車のすぐ近くに停車した御者が、オロオロと視線を彷徨わせながら狼狽えている。

 すまん、マジでスマン。

 何てことをジェスチャーで表現しながらチャリオットの上でペコペコしていると。


 「お父様!? 何をしているのですか! 早くイージスから離れないと、道中で巻き込まれる可能性が……って戦車!?」


 「あぁ、緊急事態が続いて娘までおかしくなってしまいましたか……こんな所に戦闘用馬車が居る訳が……戦車っ!?」


 窓から顔を出したお二方が、顎が外れそうな勢いで口を開けながらブラックチャリオットを眺めて居た。

 御者、お父様でしたか。

 本当にごめんね?


 「あーえっと、こんな見た目はしちゃいるが一応俺らはウォーカーだ。とは言っても、蛮族みてぇな真似はしねぇから安心してくれよ? 今だってちゃんと道開けてるだろ?」


 そういや、住民や貴族から見ればウォーカーは荒くれ者なんだって認識を今更ながら思い出し、慌てて身振り手振りで説明していれば。


 「あ、いえ……最近のウォーカーの方々は非常に統率が取れているというか、あまり悪い印象を受けませんが……」


 「ありゃ?」


 窓から顔を出した奥様にそんな事を言われ、思わず首を傾げてしまった。

 やるやん支部長。

 一年ちょっとで、ココまで認識を改善できちゃうとか。

 普通にすげぇじゃん、ちょっと見直しちゃった。

 なんて、感心しながら頷いていれば。


 「あの、貴方方もすぐに逃げた方がよろしいかと思いますよ? 今のイージスは戦場です。訳の分からない相手との喧嘩を買ってしまったらしく、今までにない規模なんだとか……。兵士もウォーカーも総動員で動いています。だからこうして私達も家を捨てて逃げて来たくらいでして」


 娘さんが、ご丁寧にアドバイスをくれる訳だが。

 戦争? マジで?

 帰ったら焼野原でしたとか、洒落にならんが?

 思わず、リードに今すぐ出せと指示をしそうになった瞬間。


 「にしても、流行に敏感な方々ですのね。黒い鎧が嫌悪される対象では無くなった瞬間に、その様な鎧を拵えるとは。なかなか真似できる事ではありませんわ」


 なんか、すんごく意味深な事を言われた気がする。

 俺達数日前に抜けた村でも、物凄い目を向けられていましたが。


 「とにかく、あの国は今とても近づける状態ではありません。なので引き返す事をお勧めしますが……それだけ立派な戦車に乗っていれば、怖いモノなど無いのかもしれませんね。私達は弱いですから、平和になった頃に戻って来ようかと思います。ははっ、情けない話ですけどね」


 御者をしていたお父様が、眉を下げながら困った様に笑う。

 だがしかし、俺達の中で笑うヤツなど居る訳がない。


 「情けなくなんかねぇさ。アンタは家族守る為に全部捨てて来たんだろ? いざって時すぐに判断するのは、意外と出来る事じゃねぇからな」


 「え?」


 家族の為に馬車一台で逃げようとする選択だって、決して弱い物じゃない。

 むしろ安全をとって、生き残れる道を選ぶ選択は正しいとも言える。

 例え周りに何を言われた所で、“生きている”事が正義なのだから。


 「この先の村、なかなかいいぜ。なんと言っても温泉が良かった、しばらくゆっくりすれば良いさ。ピリピリしてちゃおかしなトラブルに巻き込まれるからな」


 「え、あ、はい……」


 それだけいってから、ガンガンと戦車の屋根を叩いた。

 その音に合わせて、メンバー達が馬車の中から顔を出して来る。

 東は御者をしているリードの隣へ、南と西田は馬車の天井へ。

 そして聖女コンビとサラは身を乗り出す様にして、窓から体を乗り出して来た。


 「情報サンキュ、無事な旅路を祈ってるぜ」


 「はい、どうも。それで貴方達は……」


 「決まってんだろ。リード! 全速前進! 脇道でも何でもブチ破って一直線にイージスへ向かえ! 聖女は防壁、東はリードの防御! その他は邪魔なのが居たら端から喰っちまえ!」


 「「「了解!」」」


 号令と共に、戦車は物凄い勢いで進み始めた。

 街道を逸れようと、木々をなぎ倒そうと。

 そんなものは関係ないと言わんばかりに、真っすぐ最短距離を突き進んで行く。


 「これが姫様の言ってた厄災ってヤツか? てっきり竜の事かと思ってたけど……だぁくそ、こうなりゃ姫様と悪食メンツだけ拾って夜逃げするか? どっかの白竜以上の厄災なんざ相手してられるか! お前ら! マイホームは諦めろ!」


 「うあぁぁぁ! とんでもない額払ったのにぃぃぃ!」


 「あぁ、なんでだろう。視界が歪んでリードさんの護衛が疎かになりそうだよ」


 「そこはしっかりと守って下さい東様」


 『その白竜って間違いなく私の事を言っているよね!? 美味しく召し上がっておいてトラウマみたいに言わないでくれるかな!?』


 ちくしょうめ。

 やっと帰って来たのに、イージスは大規模戦闘中。

 みんなしてジタバタ暴れながら、戦車は環境破壊兵器として実績を残し続ける。

 あぁくそ、今まで作り上げた物を考えると懐どころ財布に穴が空いた気分だが。

 それでも、アイツ等が生き残ってくれているのならソレで良い。

 皆攫って、一刻も早くこの国におさらばしよう。

 俺達にとっての第二の故郷にサヨナラバイバイだ。

 ついにその時が来たのだ。

 ついでに姫様も攫うのだ、下手すりゃとんでもない犯罪者だ。

 だとしても、姫様だけ残すって選択肢は無いだろう。

 だったら。


 「飯島にでも逃げるかなぁ……リナあたりだったら、保護してくれそうだし……」


 偉く弱気な言葉を溢しながら、俺たちはイージスへと向かって突き進む。

 まだ何とかなりそうなら俺達も協力するが、戦争とか無理だろ。

 俺等数人が加わった所で大した戦力にならんだろうから、逃げの一手になりそうなんだよなぁ。

 思い切り溜息を溢しながら、慣れ親しんだ森にバリカンを掛けるかの如く突き抜けていくのであった。

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