第161話 ショートカット
森の中を歩いていく。
超平和。
商人組や森にあまり慣れていない聖女コンビも居るから、派手な戦闘は出来ないのでこの方が安心なのかもしれないが。
それでも、だ。
「なぁこうちゃん、流石に暇じゃね?」
「み~んな逃げてっちゃうね……」
やはり、歩き続けるだけというのは苦痛だった様だ。
でもめっちゃわかる。
危険とか危機が恋しい訳じゃない。
でも、暇なのだ。
これじゃハイキングだ。
以前は色んなモノに警戒しながら、皆して恐る恐る進んだものだ。
しかし、今はどうだ。
足音を立てれば逃げる、気配を出せば逃げる。
さっきから獣の尻しか見ていない気がする。
ねぇ、なんで?
俺ら何でそんなに嫌われちゃったの?
今まではサバイバルだったのに、今では逆ステルスゲーをやっている気分だよ。
一切気配を感じさせず、音も立てず近寄らないと獲物が取れない。
うん、狩りって意味では結構普通の事言っているかもしれない。
でも今までは違ったのだ。
皆襲ってきたのだ。
「ご主人様、青鶏捕獲しました」
「今日のMVP決定だよマジで」
「“バインド”!」
『三馬鹿こっち! 猪獲った! 早くトドメ刺して!』
「ありがとう娘っ子達よ。君たちのお陰で今日も俺達はご飯が食べられます」
こういう時、飛び道具や魔法が使えるメンツは非常に優秀だ。
いいよね、飛び道具。
いいよね、魔法。
ロマンがあるよ。
なんて、遠い目をしながら聖女様の捕まえた猪に槍を叩き込んでいると。
目の前には逃げ遅れたらしい熊が現れた。
相手も相手で逃げられないと判断したのか、思いっきりこちらに向かって牙を向く。
「おっしゃぁぁぁ!」
「俺のだ! ぜってぇ俺のだ!」
「ずるいよ二人共! 二人の方が足早いんだから、どうしたって僕だけ不利じゃん!」
色んな声を上げながら、飛び掛かる俺達。
完全に蛮族、盗賊。
だとしても、だ。
熊、ゲットだぜ。
「平和なのか殺伐としているのか分かりませんね」
「いいじゃないかサラ、頼もしい限りだ」
「お父様は数日歩いただけで脂肪が落ち過ぎです。別人みたいで気持ち悪いです」
「はっはっは、酷いな」
後ろからおかしな声が聞こえて来るが、まさにその通りなのだ。
娘のサラに関しては全く変化なし。
ドレスから森を歩くための戦闘服になったくらいで、相変わらずキリッとしたお顔をしている訳だが。
父親の方がヤバイ。
ビフォーアフターが半端ない。
「リード……その体重の落ち方ヤバくないか?」
「なぁに、元々運動すれば脂肪が落ちやすい体質なのと、筋肉は付きやすい体質なので」
はっはっはと爽やかな笑みを浮かべるイケおじが、そこには立っていた。
別にスラリとした訳じゃない。
お腹がぷっくりしていたのが、今ではぽっちゃり……でもないな、普通の体型に近い感じになっている。
このまま歩き続ければ、ウチの国に着く頃にはスラリとしたイケメン商人になっているか、肉が落ち過ぎて骸骨になっている事だろう。
そんな風に思ってしまうくらい、スピーディーダイエットをかましている。
更に言えばプロテインもビックリな程筋肉が付いている様に見える。
あれか、俗に言う「俺いくら食っても太らないんですよ」っていう都市伝説人間の逆パターンか。
すげぇよ、初めて見た。
「まぁこちらはいつもの事……いつもより贅肉が落ちるペースが速い気がしますが、ほんといつもの事なので気にしないで下さいませ」
「ちなみにさ、サラの母ちゃんにリードが告白した時、どっちだったかって話聞いてたりする?」
「太っている時だったと聞いた記憶があります」
「世の中は不思議で溢れてんだな」
「全くです」
やけに男前になってしまったリードを、サラと一緒に眺めながらため息を溢していれば、他のメンバーがわっせわっせと解体を進めていく。
ちなみに、リードも解体メンバーとして加わっていた。
慣れたね、ホント。
今じゃ他の面子と大差ない速度で解体していく程だ。
「キタヤマさん、この毛皮売ってもらってもよろしいですか? 物凄くめった刺しにしていた様に見えたのに、随分と綺麗じゃないですか!」
「まぁ、一か所に集中して攻撃したしな」
「そこらへんはもう癖になっちゃってるよねぇ」
のんびりとした声を上げながら、一人興奮するリードが熊の毛皮を拡げて見せていた。
後処理とかしなくて良いの? そのままだと臭いよ?
「まぁ、いいけどよ。それより進むか、そろそろ日が落ちる。もう少し歩けば森を抜けるんだろ?」
「いえいえ、このままのペースで歩きだと後数日かかりますね」
「うぉいマジか。あれ? この山超えれば何とかって、朝言ってなかった?」
マップは完全にリード頼りなので、あんまり意識していなかったが。
あら? 今日も野営で良いのかな?
聖女様と娘さんがそろそろ限界に達しそうなんですけど?
とか思いながら視線を向けてみれば。
「大丈夫ですよ。この山さえ越えてしまえば、平坦になり木々が薄くなるようです。なので、ブラックチャリオットが使えますよ」
「相変わらずその名前慣れねぇ……というか、あの馬車。いや戦車? 森の中でも使えるのか?」
「なんでもその辺の木々ならなぎ倒して進むそうです。当然揺れは大きくなりますけどね?」
自然破壊兵器、ここに爆誕。
良いのかソレ、本当に大丈夫か?
地主とかに怒られない?
おいおいと唖然としながら口を開けていれば。
「でも、早く戻りたいです。優君にも無事を伝えたいですし、初美にも」
「今後の対策はまた考えるとして、今回ばかりは“それ”で行きませんか? 野営には慣れているつもりでしたが、流石にこのペースで歩き続けると……その。すみません、皆様程慣れておらず」
やはり無理はしている様だ。
こればかりは致し方ない、慣れの問題なのだから。
女の子二人から貴重なご意見を頂いて、どうしたものかと仲間達に目を向けてみれば。
こっちはこっちで全くの無関心なご様子の仲間達。
「ご主人様、見て下さい。今日の鳥は大物です。いっぱい食べられます」
はいどうも、君はマイペースだね。
実にデカい青鶏さんを掲げている満面の笑みの南。
良かったね、美味しそうだね。
そんでもって。
「こうちゃん、こっちも魔石抜いておいたぜ」
「いざって時に“魔封じ”が使えないのは怖いからね、はいどうぞ」
君達もマイペースだったか。
ポイポイと魔石が渡され、ソイツをグッと握りつぶす。
すると。
「おっ?」
「ハイオク満タン入りました~」
「お、やっと溜まったね。北君燃費悪すぎだよ」
鎧の模様が輝き始め、友人達からは酷いバッシングを受けてしまった。
切ない。
俺だってもっと目立つ感じに立ち回りたいが、残念な事に一番“標準”なのだ。
これくらいは許してくれ。
というか、明らかに満タンになるのが早すぎる気がするんだが……本当に溜まったのこれ?
ぶっ壊れてない?
まぁ気にしても仕方ないか。
俺達には魔法の事なんて分からないし、鎧の整備も大して出来ないのだから。
「とりあえず山抜けたら、今回は……“今回は”、戦車使うか」
「それなら明日の朝には一番近い村には付けるかと思います。ブラックチャリオットの性能次第、とはなりますがね?」
という訳で、今夜だけは環境破壊兵器になる覚悟を決めた俺達。
たまにはベッドで寝たいよね、そうだよね。
だったら仕方ないじゃないの。
聖女様はまだいけそうな感じはあるが、サラの方がちょっと心配なのだ。
“慣れている”とは言っていたモノの、やはり険しい山岳を突き進むような行為はあまり経験したことがないらしく。
更にはもう森に入ってから随分と経過している。
俺達だって疲れるのだ、むしろイキイキしているリードが異常。
そんでもって聖女様が元気なのはカナの影響が大きいのだろう。
「すみません、皆様……」
未だキリッと“いつも通り”な雰囲気は出しているが、明らかに疲れている。
こういう状態で森の中に長く滞在する事は危険だ。
ふとした瞬間に、ミスが出る。
ソレを知っているからこそ、環境より仲間の健康を取らせてもらった。
すまん、森。
今から一部だけバリカン掛けるぞ。
「んじゃ、タイミング見て“アレ”出してくれ。リード」
「了解致しました。ブラックチャリオットですね」
「お前結構気に入ってんだろその名前……」
呆れたため息を溢しながら、俺たちは再び足を進めた。
やがて平坦な地まで抜け、戦車が走れる環境に出た瞬間。
リードは「出でよ! ブラックチャリオットォ!」とか叫び出し、戦車が出現。
そして馬鹿二人が屋根の上と御者の席に飛び乗った。
「何してんのお前ら」
「森の木々なぎ倒して進むとか、見たくね?」
「あぁ~ホラ、僕は何か飛んで来た時にリードさんを守る為に、ホラ」
だ、そうだ。
もう知らん、勝手にしろ。
とかなんとか言いながら、俺も馬車の屋根へと登っていく。
「ご主人様方……」
「あの、北山さんまで登るんですか?」
『元気だねぇ』
「えっと、私達は中にお邪魔しますね?」
色んな声を上げては、馬車の中へと入っていく娘っ子達。
存分に休みたまへ。
俺たちはコレからロマンを見に行くから。
そんでもって、若い子達ばかり集まっている環境におっちゃん一人ってなかなか辛いよ。
気が済むまでガールズトークを繰り広げれば良いさ。
「ピギュッ!」
「お? お前はこっちか」
非戦闘員のサラが抱いているイメージが定着して来た大根丸だったが、今日ばかりは俺の膝の上に乗っかって来た。
全く、こんな所まで付いて来なくて良いのに。
何てことを思いながらペシペシ大根葉を叩いてみれば、なんとなく不機嫌な様子で人のバッグを漁り始めた大根丸。
そして、取り出したるは二本の串焼き。
「好きだなホント」
短い手とウネウネする蔦で串を持ち、顔面をベチャベチャにしながら串焼きを頬張る大根が一匹。
アレだろうか、この子からは肉の木とか生えたりするんだろうか?
そんなアホな事を考えていれば。
「マンドレイクがココまで人に懐くという話は聞いた事がありません。そもそも魔獣ですし、非常に興味深いですね。」
ハッハッハと笑いながらも、ギラリと光る眼で大根丸を見つめてくるリード。
その視線を遮る様に、腕でスッと大根丸を隠す。
「やらんぞ、コイツはあのダンジョンで唯一のドロップだ」
「いやぁ、実に惜しい。しかし仕方ありませんね。ホラ、大根丸もしっかりと捕まっていて下さい。走らせますよ?」
「ピギュ!」
やけに緩い会話をしながらも、馬車は走り始めた。
森の中を。
うん、間違いなく森の中を。
という事で当然、色々な物にぶつかる。
「うぉ、すっげぇ。今結構太い木なぎ倒したぜ?」
西田が言う通り、何かデッカイ木を轢いた。
車輪の横に付いている刃物で、根元から粉砕した。
ズガンッ! とか凄い音と衝撃もあったが、馬車には特に異常なし。
「ちょ、ちょ!? 結構色んなモノが飛んでくるね!」
「お手数おかけします東様。いやぁ、馬でさえ木々を粉砕してしまうとは」
リードはのんびりと声を上げてはいるが、彼を守っている東は忙しそうだ。
何かが飛んでくるたびに盾を動かし、御者の安全を確保している。
そして、俺はと言えば。
「あ~その、大丈夫か?」
窓から、馬車の中を覗き込んでいた。
すると。
「こ、これは結構効きますね……」
「見えない分余計にキツイ……」
「これも村に早く着くため、これも早く村に……うっぷ」
『望、皆にもヒール掛けてあげようか』
車内は、地獄絵図でした。
スッと天井に戻り、大根丸を膝の上に置き直した。
そうよな、これだけ揺れるんだもん。
車内は相当シェイクされるだろうさ。
俺達も落ちない様にしないと。
「リード、次の村ってさ。休憩とか出来そうな訳?」
「温泉などもある地の様ですから、大丈夫だと思いますよ?」
「なら、ちょっとゆっくりしようか」
「そうですな、我々も疲れを癒してから再出発しましょうか」
うん、違う。
休みが必要なの、多分俺らじゃなくて中に乗っている子達だわ。
なんというか、スマン。
リードが完全に馬車止める気とか無いみたいだから、しばらくシェイクされていてくれ。
ちゃんと休憩は入れるから。
そんな訳で、俺たちは翌朝まで馬車を走らせるのであった。
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