第162話 温泉
目的の休憩地点、というか村に辿りついた俺達。
リードの言う事には何と温泉があるらしい。
こいつぁ楽しみだぜ、てな勢いで特攻してみた訳だが。
「と、止まれぇぇぇ!」
「ヒィィィ!」
「人を呼べ! ありったけだぁ!」
とてつもない歓迎を受けてしまった。
黒鎧なら分かるけどさ、黒い馬車も駄目?
船も駄目だったんだから当然駄目か、そうか。
というか見た目馬車じゃないもんね、戦車だもんねコレ。
ごめんね?
「落ち着いてください皆様! 我々は怪しい物ではありません!」
そんな事を叫ぶリードが、戦車を止めるとすぐさま村人たちの元へと駆け寄り何かの書状を提示している。
流石大商人様、頼りになるぜ。
なんて視線を向けていれば、向こうからも疑わしいというか……ものっ凄く警戒した眼差しが俺達に向けられてくる。
もうね、慣れました。
いい加減鎧の色変えた方が良いかなって思ったりもするけど、その場合“悪食”って感じがしない気がする。
変えるとしたらなんだろう?
“良食”とかだろうか?
非常に健康になりそうなクランになってしまいそうだ。
とかなんとかアホな事を考えていれば。
「つ、着きました……か?」
「聖女様に回復して頂きましたからまだ生きていますけど……これは、ちょっと……」
「ヒールは掛けたのに、まだクラクラしてる気がする……気持ち悪い」
『娘っ子達、お疲れー』
一匹だけは気の抜けた声を上げているが、他のメンツは酷いモノだった。
馬車の扉からフラフラとゾンビの様に歩き出し、数歩で倒れた。
パタッと、そりゃもう見事に力尽きたかのように。
「……あの、本当に人攫いとかでは無いのですよね?」
「この状況で言うのも何ですが、書状は本物です……」
村の人とリードが、随分と引きつった顔で笑みを浮かべ合っているのであった。
――――
「ぶっはぁぁぁ……」
「温泉とか、いつぶりだっけか……」
「多分高二の時かな。皆で原付乗って下道で草津に行ったのが最後じゃないかなぁ……」
各々そんな言葉を洩らしながら、思いっきり息を吐きだした。
風呂自体は入っている。
宿屋にもホームにも風呂はあったし、野営地でも南に頑張ってもらって風呂を沸かした事もあった。
しかしやはり、温泉となれば別格だ。
活火山とか近くにあるのかね?
疲れがお湯に溶けだすこの感覚、非常によろしい。
「そんな皆様に差し入れです。湯に浸かったまま飲む酒というのも、また良いモノですよ?」
そんな事を言いながら、リードが酒瓶の入った桶をこっちに渡して来た。
いいね、一度はやってみたかったんだ。
温泉に浸かりながら酒を飲む。
漫画なんかではよく見る光景だが、実際の温泉に行けばまずそんな事は出来ない。
酒飲みながら風呂入るなって怒られちまう。
しかしここは異世界であり、しかも今は貸し切り状態。
マジで貸し切りにした訳では無いが、現状他の宿泊客は居ないそうな。
であれば、少しくらい良いだろう。
「んじゃ、遠慮なく」
「もうちょっとでホームに着くってのに、まったりしてんなぁ俺ら」
「ま、最後の休憩だと思えば良いじゃない」
各々杯を掲げてから、クイッと一口に飲みこんだ。
旨い。
野営中は酒が飲めないって事もあって、俺達の中ではより一層酒が特別なモノに変わった気がする。
安全だと判断出来る地域、外敵が居ない場所。
そんな場所でしか、基本飲む事が出来ないのだから。
「しかし……鎧を脱いでいる皆様を見ると言うのは新鮮ですね。船の時もあの服でしたし、少し違和感を持ってしまいます」
「なんたって俺らは、表情が“兜”らしいからな」
「面白い例えですね? でも何となく分かる気がします」
そこは出来れば分からないでほしかった。
ジトッとした瞳を向けてみれば、愉快そうに笑うリード。
ちくしょう、劇的ビフォーアフターしやがって。
今では割とスラッとし始めたイケメン面が、俺達と一緒に楽しそうに酒を呷っていやがった。
「ま、何はともあれ。久々にゆっくり出来るんだ、まったりしようぜぇ……」
「だねぇ、何か久々にしっかり休んでる気分……」
西田と東が、クラゲの様にお湯の中で伸びている。
だらしねぇなオイと言いたくなるが、気持ちは分かる。
“こっち側”に来てから、鎧を脱いでココまで脱力出来る場所などほとんど無かったのだから。
「警戒だけはしておけよ? ここだって安全だって決まった訳じゃねぇんだからな」
「「ういういー」」
一応注意だけしてから、俺も湯の中に体を放り込んだ。
結局三人揃ってクラゲになった。
あぁ、駄目だ。
滅茶苦茶リラックスするわコレ。
むしろ秒で眠くなるわ。
「帰ったら、トール達にお願いしてデカい風呂作って貰うかぁ~」
「いいねぇ~賛成ぇ~」
「温泉の素、とか売ってないかなぁ~?」
「皆様、満喫してらっしゃいますねぇ」
リードから呆れたような、微笑ましいような緩い視線を向けられながら、俺たちはひたすら温泉の中を彷徨うのであった。
――――
「ホームでも無ければ、武器が近くにない状態……どうにも落ち着きませんね」
「そう言わずゆっくりしようよぉ」
『休める時には休んで置かないと。ただでさえ人間は脆いんだから』
「温泉、久しぶりです……」
三人揃って、“温泉”というモノに浸かっていた。
とても心地よい、それは分かる。
けども……妙に落ち着かない。
脱衣所に武器も置いて来てしまっているし、ご主人様方は離れた場所で同じく温泉に浸かっているそうだ。
だとすれば、武装している人間が誰もいない事になる。
というより、皆裸なのだ。
今この時にもし襲われでもしたら……なんて考えると、妙にソワソワしてしまう。
『そんなにビクビクしなくても、いざとなれば魔法もある。もしくはあの三馬鹿が素っ裸でも素手のまま突入してくるさ』
「それはそれで問題があるけどねぇ~」
完全にまったりし始めた聖女様が、のんびりと体を伸ばしている。
クラゲの様にお湯に浸かる彼女を見てみれば、やはり目が行く所には目が行く訳で。
アナベルさんやアイリさん程とはいかなくとも、その……なんだ。
いや、止めよう。
哀しくなるだけだ。
「今度は皆で来たいなぁ」
その声に、思わずピクッと耳が動いた。
「聖女様は、その……」
「望で良いってば。なにー? 南ちゃん」
ふにゃふにゃした笑みを浮かべたまま、お湯に浮かんでいる彼女は随分と緩い顔をこちらに向けて来た。
こうしていると、恐ろしいと感じるほどの回復魔術を瞬時に使う人間、そしてあの“ブレス”を放つ竜人には思えない程。
「あの勇者、って言ったら失礼ですけど。彼と恋仲だった訳ですよね? 私としてはあまり良い印象がありませんが、貴女にとっては大切な人……なんですよね?」
「ん、恋人ではないけど。そうだねー私を昔から、それこそ本当に子供の頃から助けてくれて、ずっと一緒に居てくれた人だから。大切な人なのは間違いないよ? 優君が居なかったら、多分私生きていられなかったから」
偉く緩い声が返って来る訳だが、内容としては軽い物ではなかった。
彼女から“障害”というモノは聞かされていた。
“こちら側”で言えば、出来損ないだと言われすぐさま売られてしまう様な症状だろう。
だが、“あちら側”ではそういう人達を守る制度があったそうだ。
しかし、全ての人々が“そういう存在”を理解しているかと言えば、間違いなく否なのだろう。
聖女様の昔話からも、そういった表現は見受けられた。
だからこそ、生き辛い人生。
他の人間に出来る事が出来ない。
それが肯定されながらも否定される人生。
どちらとも言えない存在のまま、ただただ生かされる環境を想像すると思わず背筋が冷えるが。
でも、それでも。
助けてくれる人が居たのだ。
それこそ、“今の”私の様に。
「私はさ、嬉しかったんだよ。ずっと助けてもらってばかりだった、大切なその人が楽しそうに生きられるかもしれない世界に来られた事が。でも、失敗しちゃった。ちゃんと考えて、私が駄目だよって言ってあげるべきだった。でも、言って上げられなかった。私は結局、私の事しか考えられない臆病者で、卑怯者のままで、初美も居なくなっちゃって。なんにも無くなったら、この世界の人に利用されちゃった」
「……」
どこか遠い瞳で、聖女様はお湯に浸かりながら空を見上げている。
彼女の視線を追って見上げてみれば、広い青空が広がっていた。
こんな風に空を見上げた事など、随分と久しぶりな気がする。
奴隷商に飼われていた頃は、空どころから外さえ見えない環境に居た訳だし。
ご主人様達と行動を共にする様になってからは、目まぐるしいとも言える程忙しい毎日。
見上げる暇があったとしたら、夜空ばっかりだった。
あの人達は、日が出ている間は動き続けるから。
でも、嫌じゃなかった。
毎日新しい発見があって、毎日生きているんだと実感できる忙しい日々。
それが、私は好きだった。
私は彼らに依存しているんだと思う。
だからこそ、聖女様の言葉も少しだけ分かる。
もしも私が“異世界”に連れていかれて、ご主人様達が幸せに暮らせる世界であった場合。
私は多分、その世界を無条件に受け入れるだろう。
そして今まで以上に楽しそうに笑うご主人様達を見た時、私は聖女様と同じように“止める”という選択が出来ない気がする。
むしろ、共に歩もうとしてしまうかもしれない。
それが間違った道に思えても、私は彼らについて行ってしまうかも知れない。
容易にそんな事が想像出来てしまう程、私は彼らに判断を委ねてしまっている。
今の聖女様の様に“自らの意思で立つ”という事が、私には出来ない気がする。
「それでもこうして立っている。強いんですね、聖女様は」
ポツリと溢してみれば、お湯に漂っている聖女様はケラケラと笑いながら此方に戻って来た。
「全然強くなんかないよ。私はカナと皆に助けられたから、やっとスタートラインに立てたってだけだもん。今でも他の何かに頼りながら生きている、それは変わらないし。むしろ南ちゃんの方が凄いと思うよ? 奴隷として売られていたのに、急にこのサバイバル生活でしょ? 私だったら普通に死んでると思う」
「そこはまぁ、慣れというか……」
なんて会話をしている内にサラさんが飲み物を注文したらしく、目の前には果実ジュースが運ばれて来た。
「せっかくのお休みなのです、どうせなら吐き出してみては如何でしょう? 男性が居る所では話せない事だってあるでしょう?」
そう言って差し出される飲み物を受け取りながら、視線を彷徨わせてから俯いた。
そこには、お湯に映った情けない顔をした獣人の顔があった。
ほんの少し彼らと離れるだけで、私が役に立てると証明できる武器が近くにないだけで、私はこんなにも不安になっている。
悪い癖だ。
あの人達と離れると、どこか胸の奥がザワつくのだ。
「私は……不安、なんだと思います」
「というと?」
「現状ではあまり不安になる様な要素が無い気がしますが……」
二人から首を傾げながら疑問を投げかけられてしまった。
本当にその通りだ。
不安になる方がどうかしている程、ずっと一緒に居てくれるご主人様方。
でも、それは永遠じゃない。
人は歳を重ね成長し、そしていつかは誰かと結ばれる事を望む。
だからこそ。
「私の本心は、とても臆病なんです。だから、未だにこの首輪を外す事を拒んでいる。いつかこの状況が変わってしまうその時、私だけ取り残されない様に。“道具”だったとしても、皆様の傍に置いて頂ける様に掛けた保険。そんな薄汚い保身の塊が、“奴隷”という身分に身を置き続けている私なんです」
弱音を吐きだしながら首元に触れてみれば、いつも通りの首輪の感触。
コレが、彼等と私を繋いでくれた。
でも、だからこそ怖いのだ。
コレを外してしまえば、私は自由になる。
つまり、“一人”の人間として認められる。
だが、それが怖いのだ。
自由になったその先に、彼らが居ない様な気がして。
一人で生きて来た、仲間なんか居なかった。
そんな“あの頃”に戻ってしまいそうで。
この首輪がある限り、彼等は私を近くに置いてくれる。
仕事をくれて、ご飯をくれて。
そして、仲間だと言ってくれる。
これまでの居心地の良さが、“自由”になる事で失われる様な気がして。
「私は、怖いんです。ご主人様達の“奴隷”でなくなる事が」
いつだって感じていた不安を、今日初めて。
私は、私以外の人に晒すのであった。
大した問題じゃないかもしれない、傍から見れば馬鹿みたいに思えるかも知れない。
でも、その“些細な問題”が怖いのだ。
普通に生きていなかったからこそ、“普通”になる事が怖い。
こんな事、皆に言ったって仕方ない事なのに――。
「私もさ、多分南ちゃんと一緒だよ。臆病になって、怖くて決められなくて。でも南ちゃんは“依存”しながらでも動けているんだよ。皆の為にどうすれば良いのかって、考えられてる。やっぱり凄いよ、私には出来なかったもん」
そう言いながら、どこか寂しそうな笑顔で。
聖女様は私に向かって笑いかけるのであった。
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