第160話 ため息と絶叫
「かなり戦力は集まりましたね、姫様。ウォーカー達も、ほとんどが協力的な姿勢を示してくれています」
「後は相手がどれ程の戦力を用意してくるか、ですね……当の本人だけ現れ、見た事もない魔法を放ってくる。なんて事態にはならないで欲しい所ですが」
嫌な想像にチッと舌打ちを溢してみれば、書類に視線を落としているフォルティア卿からゴホンッ! と咳払いで注意されてしまった。
失礼いたしました。
人前に出ることも多くなったので、この癖は直さないと不味い。
まぁそれはともかく。
「もしも相手が単独で攻めて来た場合、主力メンバーにお願いする他ありませんね。兵士や騎士の方々も、厳選して少数精鋭のパーティを作っておいて下さい」
「わかりました。一人の強者に対して、連携の取れない数多くで攻めてもあまり意味がありませんからね。しかも、あんな化け物となれば……どれだけ犠牲が出るか分かったモノでは無い」
はぁぁ、なんて大きなため息が零れてしまう。
確かに煽りはしたが、出来ればあのまま帰って欲しかった。
下手な事をすれば、この国は彼に従属する事になりかねないのだ。
だからこそ、虚勢を張った訳だが。
「ここまで大事になってしまうとは……一体何なんですかねあの化物は」
「とてもではありませんが、“ただのエルフ”には見えませんでしたね」
二人してため息を溢してみれば、ズバンッ! と大きな音を立ててイリスさんが顔を出した。
「姫様! 学園からも志望者が幾人も現れましたわ! 本戦に出すまではいかなくとも、サポーターとしてはかなりの数に――」
「イリス、ココは王の滞在する場所だぞ? その態度はなんだ。あと、姫様ではなく女王だな」
「し、失礼しました……」
「いえいえ、あまり気にしなくて良いですよ? あと姫様で大丈夫です、呼ばれ慣れてますんで」
あはは、なんて乾いた笑いを洩らしながらひらひらと手を振ってみた。
もうそれどころじゃないのだ、というかイリスさんはかなり頻繁に訪れるので、変に遜る態度を取られる方が嫌だ。
「姫様……」
「お父様だって、姫様と呼んでいらっしゃるじゃないですか」
「ぬっ」
何処か気まずそうに視線を逸らすフォルティア卿。
年頃の娘さんを持ちながら、家庭環境が良さそうで何よりです。
とかなんとか、気の抜けた笑みを浮かべていれば。
開いたままの扉から、コンコンッとノックの音が響いた。
「失礼いたしますわ、姫様。ご報告が」
そんな声を上げながら登場したのは、エレオノーラ。
左右で縛った長い金髪を揺らしながら、キリッとした眼差しをこちらに向けてくる彼女。
今ではしっかりと騎士らくしなっており、私の護衛部隊の中では一番足が軽い部隊の隊長。
何処へでも仲間達と共に足を運び、予定以上の速さで戻って来る優秀な部隊。
その名は今も変わらず、“戦姫”。
「おかえりなさい、エレオノーラ。どうでしたか?」
「それが……」
今回彼女にお願いしたのは、周囲にいくつかあるダンジョンの調査。
“アレ”が消える最後の瞬間。
一瞬だったが、間違いなく何かを握りしめていた。
それが、“ダンジョンコア”。
だからこそ、ダンジョンと何か関りがあるのではと調査に向かわせた訳だが。
一つは戦風と悪食にお願いしたので、それ以外のモノはどうなっているか、という調査依頼。
だったというのに。
「入口が塞がっていて入れませんでした、全てです」
「はい?」
「私も訳の分からない事を言っている事は理解しています。しかし、塞がれていたんですよ。まるで昔からそうであったかのように、植物さえ育ち始めているような“壁”で塞がれておりました」
「それが、周囲全てのダンジョンで?」
「はい、全てです」
間違いなく、何かしているじゃないですかソレ。
向こうも向こうで準備中って事ですか。
しかし色々と疑問も残る。
彼はこの国に降りかかる厄災を呼ぶ。
それを数回に分けると言ったのだ。
彼自身が何かの魔法を行使すると言うのなら分かりやすいが、ダンジョンで何かをしているのも明白。
そして、相手は今回の厄災を“実験”と呼んだ。
何かを試そうとしている、何かを使おうとしている。
考えられるのは、やはりダンジョンのモンスター達。
以前協会が白い首輪を使って魔獣を操った様に、また何かおかしな事を始めようとしているのだろうか?
エレオノーラの報告から考えられるのは、前回の規模を大きく上回るスタンピード。
しかも、戦力的に敵の大将の首を獲るのは難しいと来ている。
なんともまぁ……厳しい戦争だ。
相手の規模も、力も。
何もかも未知数で、どう防衛すれば“勝ち”なのかも明白ではない。
それが、もうすぐ始まる。
どれ程の期間になるかも分からない戦闘が、これから何度も続くのだ。
正直、最悪と言う他あるまい。
「はぁぁ。楽ではありませんね、国の頂点というモノは。というかウチの国は色々と恨みを買い過ぎじゃないですかね……少しくらい休ませてほしいものです」
「あんな挑発するからですよ、姫様」
フォルティア卿に対して曖昧な笑みを浮かべながら視線を向けてみれば、向こうも向こうで疲れた笑みを浮かべていた。
「では、ただ帰って下さいとお願いすればあのまま何事もなく終わったと思いますか?」
「いえ、あり得ませんね。彼はどう見ても私達の事を見下していました。どう答えた所で用が済めば“実験”とやらを始めるつもりだったのでしょう。それに、どうあってもイージスを亡ぼすつもりでいる様でしたからね」
そんな会話が終われば、二人して再び大きなため息を溢した。
何故こうも血気盛んな人達が多いのだろう。
なんて言った所で、どうしようもない訳だが。
「とにかく、警備の人数を増やして兵も常に動ける状態にしておいて下さい。三週間後とは言っていましたが、その言葉も何処まで信用できるか分かりませんから」
「了解です、姫様。エレオノーラ、各部隊への伝達の方はお願いします。私は選抜メンバーを決めて、新しい部隊を作ります」
「はっ、ダイス様。了解致しました」
「学生メンバーはどう使いますか? 姫様」
「そっちはひとまずイリスさんが指示を出す形を取りましょう。まずは城内や城門、その他武器庫や人を配置するであろう場所を案内してあげて下さい。その辺りを全て頭に入れておかないと、サポーターとしてもモタついてしまうでしょうから」
「了解しました!」
と言う訳で、皆が皆私の部屋を出て行った。
ふぅ、と息を溢しながら背もたれに体を預けた。
なんというか、ドッと疲れが押し寄せてくる様だ。
しばらく休む訳にはいかない、というかこれからが本番だというのに。
「ハツミ様、居ますか?」
「はい、ここに」
私の影から静かに現れる彼女に、小さく目を伏せた。
「また、悪食の皆様には依頼を出す事になります。すみません、毎度危険な事ばかりお願いしてしまって」
「いえ、依頼があれば動くのがウォーカーですから。中島さんにはしっかりと伝えておきます。それに皆リベンジするつもり満々みたいで、戦闘訓練がいつもの倍以上になっていますよ」
「逞しいですね、ホント。ギルさんの“腕”はどうですか?」
「そっちは……ちょっと、色々ありまして」
「やはり数週間では厳しいですか……」
予想はしていた。
アレだけ高性能な義手を、ポコポコ簡単に作り出せる訳が無い。
それに悪食メンバーの武具もあれば、勇者が使う剣だって依頼してしまったのだ。
最悪、間に合わないのなら既製品で戦ってもらうしかなくなってしまうが。
「あぁいえ、ウチのドワーフ達は鼻で笑っていましたよ? 予備のパーツはいくつも作ってあるから、組み合わせるだけだって」
「え? あれ? そうなんですか? では、何が……」
予想外の答えに、思わず目を丸くしてしまった。
あるんだ、予備。
しかもあんな義手がすぐ作れちゃうんだ。
だがそうなってくると、何が問題なのだろうか?
「ギルさんの腕、今度見る時には凄い事になっているかもしれません……」
「あぁ、いつもの如く改造してるんですね」
悪食が使う“趣味全開装備”と呼ばれるソレ。
どれもこれもとんでもないデザインに威力。
しかも元々は魔法が使えない三人の為に、魔石を使い捨てにする仕組みを取り入れたと言うのに。
今では魔力を消費しなくても高火力を叩き出せる武器、として扱われている様だ。
アイリ様やナカジマ様の様に、普段から魔法を使いながら戦うメンバーでさえ“あの装備”を愛用している程。
もっと恐ろしい事に、魔石を切らしても本人の魔力が尽きなければ使用を続けられるとの事。
より高火力をお手軽に、更にはより長く戦える便利な武器になってしまった、と。
そしてソレが、今度はギルさんの腕に取り付けられる様だ。
「ちょっと楽しみですね、どんな見た目になるのでしょうか」
「本人は滅茶苦茶嫌がっていましたけどねぇ……」
今頃、悪食の工房では叫び声が上がっている事だろう。
でも今度の戦闘には絶対に必要な力なのだ。
しばらくの間、彼には我慢してゴテゴテした左手で生活してもらおう。
代金もまた、凄い事になりそうだけど。
なんて事を考えながら、ふぅと一息ついてから体を背もたれから起こしてみれば。
「お茶にしましょうか、姫様」
「珍しいですね? しかもこんな状況だというのに」
「こんな時だからこそ、休みは入れませんと。倒れてしまいますよ?」
優しく微笑みながら、影の中からバスケットを一つ取り出したハツミ様。
中から出て来たのは。
「おぉ、クーアさんの方角クッキー」
先程までの憂鬱な空気を溶かすような、甘い香りが室内に立ち上る。
「一休憩したら、また頑張りましょう」
そんな訳で、私達は二人だけでゆっくりとした時間を噛みしめるのであった。
――――
「おい、止めろ。本当にやめてくれ」
「なぁに、慣れりゃ大した事ねぇって」
ドワーフ達に取り押さえられながら、やけにゴツイ“何か”が俺の左腕に近づいて来る。
いや、コレはねぇって。
もはや腕じゃねぇよ。
義手を頼んだ筈だよな? 間違ってないよな?
それを、パーツは予備があるからすぐ出来るって言ってたよな?
なのに、何だ“コレ”は。
「そう心配するな、ベースの義手はそのままじゃ。ち~っと上から新しいのをくっ付けるだけじゃって」
「脱着可能にしておいた、問題ないわい」
「問題大有りだろうが! 何だこの腕! でけぇよ! デカすぎんだよ!」
新しい義手の上から、更に新しい義手が取り付けられていく。
もう自分でも何を言っているのか分からない。
「はなせぇぇ! こんなモンつけて家に帰れると思ってんのかお前らぁぁ!」
「大人しくして下さいギルさん、今から最後の付与を掛けますから」
「それってどんな付与なんですかねぇアナベルさんよぉ!?」
「……これだけ大きいモノですから、外れたら大変でしょう?」
「やめろぉぉぉ!!」
色々叫んでみたが、結局はくっ付いてしまった。
俺の左腕に。
もうね、肘から下だけじゃないんだ。
何故か生身が残っている肩口まで、“義手”という名のおかしな兵器がくっ付いているんだ。
そして、禍々しいを通り越して“あり得ない”武装と化した左腕。
「なぁ、俺は明日からどうやって服着れば良い? むしろ私生活どうすれば良い?」
普通の服など袖を通せる訳もないサイズの左腕が、すぐ隣にあるんだが。
明らかに右腕より長いし、掌開いたら爪が床に付きそうだし。
ナニコレ、ねぇコレ何?
「服……確かに」
「え? 嘘だろ? 考えてなかったとか言わないよな?」
悪食の魔女様が、不穏な事を言い始めた。
止めろよ? 俺はこれから常に上半身裸で生きなきゃいけないの?
絶対嫌だぞ?
「コレで今日から貴方も人間兵器、みたいな?」
「ほとんど人間なので元に戻してもらっても良いでしょうか?」
あははっと乾いた笑いを溢しているが、冗談じゃない。
ぬがぁぁ! と吠えながら義手を引っこ抜こうとするが。
全くもって外れない。
何これ、肌にくっ付いているみたいに取れないんですけど。
「仕方ありませんね……戦闘が始まるまでは今までの義手にしましょうか。ちゃんと取れますから安心してください。脱着は工房に来て頂くか、私の所に来て下さい」
「滅茶苦茶不便だよねぇソレ!」
ヤレヤレと首を振る魔女様に思いっきり突っ込んでしまった訳だが、ドワーフ達からは期待の眼差しが向けられてくる。
「とりあえず使ってみよう、そうしよう」
「威力を確かめてみんとな、この後の改造に支障が出る」
「あそこに的があるじゃろう? そこにそのデカい掌を向けて、ココを押すんじゃ」
「お前さんは随分と魔法の才能が有るみたいだからの。悪食の武装とはちょっと趣向が違うんじゃ」
こ、コイツ等……絶対俺を玩具にする気満々だろ。
ていうか結構前から作ってただろコレ、すぐにこんな物が完成する訳がない。
プルプルとデカい拳を震わせながら、とりあえず的に向かって掌を向けた。
そして、言われたスイッチは……ココか?
なんて、適当に押したのが間違いだったのだろう。
「ちょっとぉぉ!?」
ズドンという鼓膜を震わせる音と共に、体が後方に吹っ飛んだ。
何が起きた? 今俺は何をした?
慌てて起き上がってみれば。
「マジで、コレ何?」
狙った的が、溶けていた。
的に使われたのはそこらで売られている様な鎧。
だというのにそれが、砕けるとか凹むじゃなくて、溶けているのだ。
ドロッドロに、真っ赤になってポタポタ垂れるレベルに。
そんな威力の一撃を、お手軽に発射しやがった。
「やはり相性の良い人間が使うと違うのぉ、予想よりも火力が高いわい。今までの趣味全開装備を“武器”というのなら、お前さんのは“杖”に近い。本人の才能によって色々と出来る事が変わるぞい」
嬉しそうにそんな事を呟くドワーフ達は、人の腕を弄り回す。
いや、うん、マジで。
「戻してくれぇぇ!」
「だから外せますから安心してくださいって」
俺の叫びに対して、呆れた声の魔女様がスッと手を差し伸べれば。
ドガシャンッ! というとんでもない音と共に兵器が床に落ち、今まで通りの義手が姿を現した。
「この義手を見て安心する瞬間が来ようとは……」
「明日も試作品のテストを行いますので、朝から来てくださいね?」
「……了解」
改めて実感してしまった。
どいつもコイツもどこかぶっ飛んだ連中だったのだと、身に染みて感じる事になってしまったのであった。
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