第159話 唐揚げ丼とブイヨンスープ


 「よっ! ほっ! ゆっくりぃ、ゆっくりだぞぉ」


 「お見事です東様」


 「いやいや、南ちゃんやリードさんに比べれば拙いもんだよ……結構難しいねコレ」


 そんな会話を繰り広げながら、ゆっくりと停車する馬車。

 見事なもんだ、一週間でココまで上手くなるんだから。

 なんて、馬車の屋根に座ってウンウンと頷いてみれば。


 『全く成長しなかったリーダーは、今何を思うのか』


 「うっせぇカナ。お前だって似たようなもんだっただろうが」


 『早い方が、楽しくない?』


 「わかる」


 「そこは同意しないで安全運転してください……」


 呆れた視線を向ける聖女様が馬車から降りれば、西田と商人二人も体を伸ばしながら次々と降りて来た。


 「こっからは歩きかぁ」


 「実に楽しみですね、皆様の森での活動が直に見られる。迂回すれば村々には寄れますが、時間が掛かり過ぎますからね」


 「お父様、まずは足手まといにならない事を考えないと」


 なんて事を言いながら、皆揃って柔軟体操を始めてしまった。

 呑気だなぁ、とか思ってしまうのは仕方のない事なのだろう。


 「リード、塩と砂糖、あと醤油を売ってくれ。在庫はどんな感じよ?」


 「了解ですキタヤマ様。なぁに、あと一年は持つくらいに買い込んで来ましたから」


 「どれだけでけぇバッグ持ってんだよ……」


 「商人ですから」


 商人怖い。

 普通にそんな感想しか出てこない。

 呆れた笑みを浮かべて、ニコニコ商人を眺めていれば。


 「北君、馬車仕舞うよ? 屋根から下りないと落っこちるよ~」


 「ご主人様、参りましょう」


 いつの間にか馬車を降りていた二人が、こちらに向かって手を振っていた。

 リードから馬車の扱いを教えてもらった俺達。

 しかし合格を貰ったのは東と南の二人だけだった。

 望に関してはパニックになり、俺は単純に下手くそ。

 そして西田とカナの二人は、その、何だ。

 飛ばすのだ。

 物凄く飛ばすのだ。

 西田に関してはドリフトがどうにか出来ないモノかと研究し始め、ソレに感化されたカナが意気揚々とキャッキャウフフし始める始末。

 と言う訳で、リードが不合格を言い渡した。

 二人は非常に不満そうだったが。

 そんな事があり、まともに操縦できるのが南と東。

 以上。

 とてつもなくお粗末な結果となってしまった。


 「いやぁ、なんかスマン。二人共」


 「いえ、お役に立てるなら光栄です」


 「南ちゃん、そこは今日のご飯を何にするか決めちゃうくらいしてもバチは当たらないよ? 僕らの地元には唐揚げ丼っていうのがあってね? シャキシャキのキャベツを敷き詰めた上に大盛りの唐揚げ。ソレにマヨネーズと一味唐辛子が……」


 「ご主人様、次の食事は唐揚げ丼を希望します」


 「……あい分かった」


 と言う訳で、昼飯は決定した。

 隣で東が爆笑しているが。

 いいもんね、唐揚げ丼旨いし。

 なんならチキン南蛮にしてタルタルソースも乗っけちゃる。

 とか何とか思いながら、目の前の大森林を睨んだ。


 「こっから真っすぐ突き抜ければ良いんだよな? リード」


 「えぇ、地図とコンパスはお任せを。直線距離で言えば、ここが一番の近道です」


 今一度地図を開いたリードが、指でなぞりながら此方に見せてくる。

 確かに、地図を見れば道通りに行けば随分と遠回りになる様だ。

 だったら、抜けてやろうではないか。

 俺達が一番慣れ親しんだ、“森”なのだから。


 「全員武器を準備、突き抜けるぞ」


 「やっと動けるな。了解だぜこうちゃん」


 「船から馬車と、随分とゆったりだったかね。久々に運動しようか」


 「ご主人様方、油断だけはしませんように。なにぶん、“久しぶり”ですからね」


 そんな言葉を交わしながら、俺たちは全員武器を構えた。

 あぁ、懐かしい。

 船の上で過ごした筋トレの毎日は何だったのかと言う程の高揚感。

 やっぱり、こうじゃなきゃな。

 なんて事を思いながらニヤッと口元を上げていれば。


 「カナ、どうしよう。皆のテンションがうなぎ上りだよ」


 『野生児だからね、仕方ないね。森で遊ぶときは元気になっちゃうんだよ。ホラ北山、でっかいカブトムシがソコに居るよ?』


 なんか非常に呆れた声が聞こえて来る訳だが。


 「え、マジで? どこ?」


 ちょっと聞き逃せない事を言われてしまった気がする。

 思わず武器を構えた三人が周囲をキョロキョロし始めてしまった程に。


 『ホラ、アレアレ。なんか珍しい形してるよ? 多分カブトムシだよね?』


 そういってカナが指さす先には、見事な二本槍のカブトムシが休憩なされていた。

 普段は見ない様な色、異常にデカい二本角。

 間違いない、ソイツは。


 「「「ヘラクレスオオカブトじゃないですかぁぁぁ!」」」


 『名前なっが……って望!?』


 「アレは凄く貴重なモノだよ! 私達も捕まえよう!」


 「ご主人様方!? どうしました!?」


 「皆さん!? どちらへ!?」


 「あの……既に進む方向を間違えているんですが」


 皆して、あの超大型カブトムシを獲りに走り始めてしまった。

 なかなか苦戦させてくれるじゃねぇか、この森は。

 初っ端から凄いモノを見つけてしまった。


 「ピギュ」


 「いけぇ大根丸! アイツを確保しろぉ!」


 ぶん投げた大根丸は空を舞い、空中で回転しながら……飛び立ったカブトムシに短い脚で踵落としを決めた。

 そこは掴めよ、蹴るなバカ。


 「「「大根丸ぅぅぅ!?」」」


 叩き落されたカブトムシをキャッチしようと、俺達三人と聖女が手を伸ばす最中。

 目の前で短い矢がカブトムシを貫いて、隣の木にその体を標本の様に打ち付けた。

 皆して「あっ……」なんて声を上げる中、差し出した腕の中に落ちて来る大根丸。


 「皆様どうしたのですか? アレは別にすぐに狩らないと危険という“魔獣”ではありませんよ?」


 不思議そうな顔を浮かべた南が、俺達の元までやってきた。

 魔獣、いま魔獣とおっしゃいましたか?


 「まさか急に虫を追いかける事になるとは……」


 「どうしたんですか皆さん。あの魔獣に恨みでもあるんですか?」


 そんな事を言いながら、商人二人組も追いついてきた。

 え、嘘。

 さっきの魔獣だったの?

 人肉とか食うの?


 「確認しても良い? さっきのカブトムシ、間違いなく魔獣?」


 「えぇ、“槍兜”という魔獣です。小型の虫にしては力が強く、子供なんかは怪我をする事もありますね」


 「害獣? というか害虫?」


 「そう、ですね? 何でも食べますから、村では野菜や人にも被害が出ます」


 男の子の夢であるヘラクレスオオカブト、それは異世界では害獣だったらしい。

 いや、信じるよ?

 普通のヘラクレスも居るって。

 ちょっと違いが見分けられないかもしれないけど。


 「ピギュ!」


 「おう……お疲れ、大根丸」


 華麗に空中戦を決めたソイツをサラに預けてみれば、大人しく彼女の腕の中に納まっている。

 コイツも魔獣なんだけどな。

 じゃぁカブトムシ獲ったって良いじゃないか。


 「……行くか」


 「……おう」


 「……そうだね」


 「あのカブトムシ、“向こう側”では凄く高いって聞いてたのに……」


 各々とても酷い声を洩らしながら、もう一度森を睨んだ。

 活力は半分くらいに下がっている気はするが。


 「もう既に頭が痛いですが……参りましょうか。お父様、遅れないで下さいね?」


 「もちろんだとも、案内役が足手まといでは話にならない」


 そんな訳で、俺たちは森の中を進み始めた。

 リードが案内してくれる通りに。

 切り替えていこう、今回のカブトムシは魔獣だっただけだ。

 今度はノーマルヘラクレスに出合えるかもしれない。

 その希望を胸に抱きながら歩き出してみれば、非常に懐かしい感覚。

 この環境も、こんな風に森を歩くのも。

 そして何より。


 「戻って来たって感じがするなぁ」


 「最初はこんな感じの森ばっかりだったもんな、懐かしいわ」


 「でも油断はしない方針でね? 確かに懐かしいけど」


 「王猪が食べたくなってきました……」


 「「「分かる!」」」


 なんて会話を交わしながら、俺たちはひたすらに突き進むのであった。

 陸に付いてからは早いだろう、なんて言われていたのだ。

 だったら、もう少しだ。

 もう少しで、家に帰れる。

 アイツらに、“ただいま”って言えるんだ。

 なら、早く帰ってやらねぇとな。


 「おっしゃぁ! 折角森に入ったんだ! ペースを上げるぞ!」


 そんな事を言い始めれば、周りからは嬉しそうに頷いて来る連中が数名。

 残り数名は、げんなりとする声が上がった訳だが。


 「い、今でもかなり早いペースだと思うのですが……それこそ、予定よりも全然」


 「お父様、諦めましょう」


 「も、もっとペースを上げるんですか? ダンジョンの方が数倍マシだった気が……」


 『望頑張れぇ、最初は回復魔法を使いながらの方が良いと思うよ?』


 様々な声を頂きながら、俺たちはガシガシと足を動かす。

 見慣れている様で、見慣れない森の中。

 後どれくらい進めば知っている場所に出るのか、今ではまだ想像も出来ないが。

 着実に帰って来ているのだ。

 目的地はもうすぐなのだ。

 なら、気分が高まるのも仕方ない事だろう。

 だがしかし。


 「魔獣達が逃げていくぜぇ~ハッハー……泣けるわ」


 俺らを見た瞬間、色んな小さい魔獣が一目散に逃げていく。

 分かってはいたさ、でも泣けるわ。

 船の上なら、水面から距離があったから襲って来てくれたのかな?

 そうだよね? 俺ら陸の生物だけに嫌われた訳じゃないよね?

 ダンジョンの中なら皆果敢に攻めて来たのにね、外では駄目なのかい?


 「ま、デカいの見つけたらこっちから仕掛けようぜ」


 「リスとか兎じゃ手間の割にお腹に溜まらないしねぇ」


 「兎肉は結構好きですけど。ん? ん! 青鶏です!」


 「南ちゃんがカブトムシ見つけた時の私達みたいになってる」


 『相変わらず鳥が好きだねぇ、猫娘は』


 緩い会話をしながらも、俺たちは森の中を突き進むのであった。


 ――――


 「こ、コレが唐揚げ丼……」


 南が頑張ってくれたおかげで、それなりの量の鶏肉を確保出来た。

と言う訳で、久々に青鶏を使った唐揚げ丼を早速作ってみた。

 そして頑張ったのは南だけでは無い。

 山野菜各種を大量に見つけて来た西田。

 植物や野菜といえば西田、そしてスープと言えば西田なのだ。


 「ほいよ、山野菜とベーコンのブイヨンスープだぜい」


 もうね、超久々に帰って来た感が凄い。

 現地調達、そして飯。

 最近では結構余裕も出て来ていた為、食材もストックしておく事が多かったが。

 今日はほとんどが現地調達の品ばかりなのだ。

 もうね、なっつかしいって気持ちになって来る。

 そんな訳で皆揃って手を合わせてから、ガッと丼飯を掻っ込んでみれば。


 「あぁ、やっぱうめぇわ」


 「この甘辛具合がなんとも、懐かしいねぇ」


 「俺マヨ追加しよっと」


 緩い会話をしながら甘辛の唐揚げ丼を頬張る。

 別に難しい事をした訳では無く、普通に揚げた唐揚げを酒や醤油、砂糖などの調味料で更に味付けをしたもの。

 ご飯の上にキャベツを敷いて、味付け唐揚げの上からマヨと刻みネギ。

 滅茶苦茶簡単ではあるが、コレがまた旨いのだ。

 衣に染み込んだ調味料の味わい、コイツが抜群に米と合う。

 そしてシャキシャキと良い音を立てるキャベツに、オマケとばかりに上に乗ったマヨネーズ。

 旨くない訳がない。


 「いいですねぇ、いっぺんに口に入れれば色々な触感と柔らかい味わいが返って来る」


 リードは一口一口味わいながら食っているが、サラの方は色々と試している御様子。

 ちょびっと黒コショウをかけてみたり、一味唐辛子をかけてみたり。


 「選択の幅が広がるかと思ったのですが、どれも合ってしまって広がり過ぎてしまいますね。好みによって調味料が使い分けられそうです」


 調べてるねぇ、なんて関心してしまう訳だが。

 店を出すって言ってたからな、彼らにとってはこれも仕事の内なのだろう。

 そして、ウチの女子二人はと言えば。


 「カナ! 待って! 色々かける前に普通に食べさせて!」


 『だって今商人の娘っ子が美味しいって……』


 「いっぺんに全部かけたら絶対辛くなっちゃうから止めて!」


 なんか、一人で喧嘩していた。

 あっちは放っておいても大丈夫そうだな、うん。

 更にもう一人はといえば。


 「……ふぅ」


 「いや、早ぇよ」


 もう食べ終わっていた。

 流石は鶏肉マイスター。

 とりあえずおかわりを盛って差し出してみれば、キラッキラした眼でお礼を言われてしまった。

 まぁいいかと視線を外して、西田特製スープを一口。

 相変わらず、旨い。

 体の奥から温まる様なホッとする味わいと、口の中をサッパリさせてくれるブイヨンと山野菜の味。

 そしてベーコンを入れた事により、しっかりとコクと旨味を併せ持っている。

 単品でもご馳走と言って良いスープだろう。

 本日収穫したセロリに玉ねぎ、あとはベーコン。

 非常に簡単に見えるスープだが、手間と時間を掛けた西田特製ブイヨンを追加しているらしい。

 何でも西田が暇な時に、じっくりじっくりと手間暇かけて製作したのだとか。

 スープ専用に幾つか大鍋を買う程で、普段は時間停止付きのマジックバッグに入れてあるとの事。

 凄いね、俺はそこまで拘れる自信がないわ。


 「あぁ……スープうめぇ」


 「今日は久々に青鶏が手に入ったからな。今度はコイツで鳥ガラスープ作ってみるか」


 「おぉ、いいね。ラーメンとかにも使えそう」


 三人揃ってのんびりと声を上げながら、久々に森ご飯を堪能するのであった。


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