第158話 陸


 「到着じゃぁぁ!」


 「陸イエェェェ!」


 「僕らはやっぱり陸の生き物だぁ!」


 「ご主人様方……お願いですから周りを見て下さい」


 「囲まれてますねぇ」


 『さてさて、どうしたものかね?』


 陸に到着した途端、滅茶苦茶包囲された。

 周りには武器を構えた兵士さん達がわんさか居るし、俺らの船は明らかに警戒されている。

 わぁお、凄い。

 今まで以上に緊急事態だ。

 なんて事を思いながら、苦笑いを浮かべて手を振っていれば。


 「武器を下ろして頂けますか? 我々はシーラ王国の正式な使者として参りました」


 とかなんとか、恰好良い事を言いながら一枚の書類を提示する隊長さんと、シーラの旗を掲げる皆様。

 おぉ、なんか軍人っぽい。

 なんて、アホな事を思いながら眺めて居れば。


 「確認させて頂く……しかし、この船は何だ? あと、そっちの黒鎧は? 何故こんなモノに乗って、こんな奴等を連れて来たんだか……」


 相手の国の隊長さんだろうか?

 やけに渋い顔をした盗賊顔が、提示した書類を受け取ってからこちらに向かって舌打ちを溢した。

 なんだこのやろう、やるか?

 なんて思ってしまうが、相手は国の兵士だ。

 あははーと笑って誤魔化していれば。


 「我々の任務はこちらの方々、“悪食”を無事この場へとお送りする事。そして、この船は王から頂いた“異世界人”が作りあげた貴重な代物です。どちらも、“シーラ国が守る”と宣言している様な貴重な存在です。今の貴方の一言がどれだけ我々の国に喧嘩を売ったか、お分かりですか? あまり軽はずみな発言はしない事をお勧めいたしますよ?」


 静かに笑う隊長さんは、今までに彼から感じた事のない程の敵意を放ちながらニコッと微笑んで見せた。

 その額に、青筋を浮かべながら。

 そして彼に続く、黒船の乗組員達。

 誰も彼もニッと口元を釣り上げながら、八重歯をむき出しにしている。

 今にもガルルッとか吠えそうな勢いで。

 おぉ、こわ。


 「と、とにかく。了解した、今確認に向かわせるので……」


 「ロングバードで既に手紙は届いている筈です、我々はこのまま“お邪魔します”ね? そちらの王へとお渡しする手紙やら何やら、色々ありますので。まさか、まだ確認していない。 なんて事は、ありませんよね?」


 「た、ただいま馬車を用意いたしますので少々お待ちを!」


 さっきまで怖い顔をしていた相手の隊長さんが大慌てで走り去っていった。

 わぁぉ、凄いね。

 国家権力、半端ないわ。


 「我々はこの後相手国とお話する事がございますので、ここでお別れとなります」


 呆れ顔を浮かべていれば、隊長さんを始め一緒に旅をした面々がキリッとした表情で綺麗な敬礼を返して来る。

 あぁ、なるほど。

 そう言えばそうだ。

 随分と長い間一緒に居たが、彼らは海を渡る手伝いをする為に派遣された兵士達。

 だからこそ、役割が終われば別れが待っている。


 「ご安心下さいませ。またこちらに渉る際には船乗りを貸してくれる様に交渉しておきます。なので、いつでもお気軽に帰って来て下さいね?」


 「言ってくれるね、俺達は帰る為に船旅したってのに」


 「貴方達の“第二の故郷”となれるよう、今後も努力致します」


 「ハハッ、そりゃいいや。是非とも“帰りたく”なる、前の国に比べれば随分緩かったからな」


 そんな会話を交わしながら、俺達は握手を交わした。

 これで、お別れだ。

 いや、“しばらくの別れ”というべきだろう。

 もう会えない訳じゃないのだ。

 だったら、また会おう。

 そういう想いと共に、掌を合わせた。


 「待っておりますよ、“悪食”の皆さま。我々はちょっと、これから王宮まで行って“軽い交渉”をしてまいります。なのでこのまま出発して下さいませ、船も是非今後ご活用下さい。ですので、これでお別れです」


 「一旦の別れってだけだ。だから、“またな”。世話になった、サンキュ」


 「えぇ、そうですね。“また”、会いましょう。それでは!」


 そういって背を向けるシーラ国の兵士諸君。

 彼らの背中を見えなくなるまで見送ってから、俺たちは“黒船”を仕舞った。

 特大とも言えるマジックバッグに、誰も乗っていない船を放り込んだ。

 俺達を運んで来てくれた船は、誰にも声を掛けられる事なくマジックバッグに放り込まれる。

 ま、いいだろ。

 これからも“世話になる”だろうからな。


 「んで、どうすっか」


 「武器の消耗はほぼゼロ。マァジで平和な船旅だったからな」


 「海で食材も仕入れたし、調味料はまだまだある。だったら、この国は無視して突き進んじゃって良いんじゃない? 陸のお肉は欲しい所ではあるけど、道中で狩っても良いし」


 「隊長さんが話を付けてくれるとは言っていますが、現状かなり警戒されています。まともに買い物が出来るかどうか……なので、このまま帰路を急いでもよろしいのではないですか? あまり待たせると、皆様心配するでしょうし」


 なんて事を話しながら、ふーむと首を傾げた。

 飯島で随分と時間を使ってしまったから、急ぎたい気持ちは確かにある。

 でも、せっかく新しい国に来たのだ。

 少しくらい観光しても……なんて、思ってみた訳だが。


 「北山さん、もう行きません? 周りからの視線がヤバいです」


 『やっぱり黒い装備ってのは、結構嫌われてるんだねぇ』


 角っ子聖女の声に従って周囲を見てみれば、集まって来た人々は嫌悪した様な瞳をこちらに向けている。

 ふむ。

 黒い船で登場して、黒い鎧の俺達。

 久々に、まともな反応を返された気がする。


 「んじゃ、買い物だけ……いや、辞めた方が良いか。リード、道中で俺らが買い物出来るくらいには在庫はあるか?」


 振り返って小太りの商人に視線を向けてみれば。

 彼はニヤッと口元を釣り上げて、親指を立てた。

 であれば、だ。


 「飯島で随分と稼がせてもらったから、この国で金を稼ぐ必要も買い出しする必要もねぇな。道中でもリードが売ってくれんなら、どうにでもなるだろ。俺達はこのままイージスに向かう、いいな?」


 「「了解」」


 「割高にならなければ良いですけど……」


 「ご安心を、ミナミ様。その様な売り方は皆様には致しませんわ。ね? お父様」


 「お、おう。そうだな、その通りだ」


 「お父様? まさか悪食からも小銭を巻き上げようとでも?」


 「ま、まさか! 正規の値段で売って、買って。これからも良い関係を……」


 「だったら、その“遊び心”は引っ込めて下さいませ。信用を失いますわよ? 本当にそういう手段が必要になる事態じゃない限り、“お得意様”にはサービスするべきですわ。“多少”の出張費という事であれば、キタヤマ様に交渉してから値段を決めるべきかと」


 「あい分かった……」


 何やら静かな討論が行われたが、結局はそのまま出発という事で良いのだろうか?

 商人の娘、サラに視線を向ければ無言のまま一つ頷いてくれるし。


 「とりあえず、まぁなんだ。かなりサッパリした別れになったが、これから俺達は森を抜ける。買い出しは不要! 食料は足りなくなれば現地調達! いいな!」


 「「おうよ!」」


 「調味料は買い込みましたし、買い物もしづらそうな雰囲気ですからね。参りましょう」


 「食料現地調達かぁ……お肉ばっかりになるのは避けたいなぁ」


 『野菜も買ったし、米も買い貯めた。大丈夫じゃない? 一応先を急ぐ旅なんでしょ?』


 そんな訳で、俺たちは着いたばかりの国を後にするのであった。

 些かサッパリ過ぎた兵士さん達との別れに、後ろ髪を引かれる想いではあったが。

 まぁ、それでも。

 彼らが“また”と言って去って行ったのだ。

 また会えるのだろう。

 と言う事で。


 「うっし、国には寄らず帰路を急ぐぞ。リード、悪いが案内を頼む。最短ルートでよろしゅう」


 なんて、声を上げてみれば。

 彼はクックックと黒い笑みを浮かべて見せた。


 「飯島で貰って来たマジックバッグ、今こそ開くべきですよキタヤマ様」


 「お?」


 何やら意味深な発言をかますリードに従って、飯島のお姫様から貰ったマジックバッグを開いてみれば。

 なんか、出て来た。

 マジで、何か出て来た。

 予想外なモンが。


 「おいおいおい、マジかよ」


 「いいねぇ。言ってた通り、まさに俺ら専用じゃん」


 「チャリオットだ……しかも、滅茶苦茶デカい」


 「この馬は……魔導人形でしょうか? 凄いです、初めて見ました」


 「なんか、戦車みたいなのが出て来たんだけど……」


 『これだけデカい馬なら、陸も一気に進めるね』


 そんな声を上げてしまうくらい、あり得ないモノが出て来た。

 船に続き、今度は戦車だ。

 とにかくゴツイ。

 非常にゴツイ癖に、人が多く乗れる様に改造されているのだ。

 あのお姫様、とんでもねぇ物渡してきやがった。

 どんな仕様かはしらんが、もはや森さえも突き抜けられそうな武装の数々。

 そして馬車を引くのは明らかに生物ではない、馬より二倍近くデカい物体。

 なにより。


 「武装もスゲェが……また真っ黒だな」


 「その名も“黒い戦闘用馬車ブラックチャリオット”と言うそうです」


 「まんまだな」


 「ド直球で良いではありませんか」


 どれもこれも、全て黒いのだ。

 お姫様が俺ら専用に変えるって言っていたのはこれか?

 アイツ、塗り替える為に数日も待たせたのか?

 まぁ良いんだけどさ、格好良いし。


 「詳細の説明は私が受けております、なので御者は私が。皆様は後ろに乗って下さいませ」


 「えっと、うん。頼むわ」


 色々と言いたい事はあるが、とりあえず俺達は馬車に乗り込んだ。

 結構広い、というか普通に快適なんだが。

 コレ街道走って大丈夫か?

 車幅的な意味で、他の馬車の邪魔になったりしない?

 心配事は色々残るが、そんな事お構いなしのヤツが一名。


 「ピギュ!」


 「おい、貰ったばかりの馬車に何してんだお前は」


 普段大人しく付いて来るだけの大根丸が、馬車の隅っこに南から奪い取ったマジックバッグから土を掻きだしている。

 マジで何してんのお前、その土いつどこで拾って来たの。

 なんて、全員で視線を送っていれば。


 「え、なんか口から出て来たぞ」


 「種、かな?」


 西田と東が興味深そうに覗き込む中。

 大根丸は口に手を突っ込んで一粒の種を取り出した。

 そして。


 「うん、待て。大根丸。ちょっと待て、今度プランター買ってやるから、もうちょっと待て」


 あろうことか、その種を土に埋めてペシペシと叩き始めやがった。

 止めろ、貰ったばかりの馬車に植物を植えるな。

 野菜が取れるかもしれないのはありがたいけど、それは止めろ。

 馬車が自然界に近い状態で緑に溢れてしまいそうだ。

 とかなんとか言いながら大根丸を抱き上げてみれば、本人はどうしても埋めたいらしくジタバタと暴れはじめた。


 「だぁもう! 何してんだお前は! 南、予備の兜か何かあるか!?」


 「えぇっと……黒鎧はありませんが、皆様が以前使っていた古い兜なら」


 「それで良い! くれ!」


 たまにはマジックバッグ整理しないと駄目だね、まさか最初期の頃の兜が出てくるとは思わなかった。

 しかも俺が使ってたヤツじゃん。

 と言う訳で、ソイツに土を詰め込んで馬車の隅に設置した。


 「ホラ、この中だったら好きに使え」


 「ピギュ!」


 「良く分かんねぇけど気に入ったなら何よりだ」


 大根丸は逆さまに置いた兜の隣に滞在し、再び種を植え始める。

 一体何が育つのか、今から楽しみではあるが。

 お前はソレで良いのかと言いたくなる。

 だって兜よ。

 馬車の隅っこに、土が詰め込まれた兜が転がってるのよ。

 何この状況。


 「皆様、よろしいですか? 出発しますよ?」


 小窓を開けて覗き込んでくるリードに、全員で頷いて見せた。

 まあいいや、とりあえず大根丸は放置。

 では、いざ行かん。

 我が家へ。


 「それでは出発致します。道を逸れる時には声を掛けますので、しばらくはゆっくりして下さいませ」


 そんな訳で、飯島のお姫様から貰った戦車が動き始めた。

 ガタゴトと地面を進む音が響く馬車。

 なんというか、旅してるって感じの気分にさせてくれるわけだが。


 「なんか、前乗った馬車より全然揺れなくねぇか?」


 「確かに。座る所が柔らかいからかなって思ったけど、凄いねコレ。サスペンションでも付いてるの?」


 そう、二人が言う様に妙に揺れないのだ。

 馬車に乗る時は、大概尻が痛くなっていたというのに。


 「いやぁ、良いモン貰ったなぁ……」


 「ちょっと眠くなってしまいそうですね」


 南の言う通りだ。

 本当コレ、車とまでは言わないがソレに近いくらい揺れない。

 揃ってウトウトとし始める俺達、むしろもう寝ている角っ子。

 そして目を擦っているサラ。

 いやぁ、なんつうか。


 「忙しかったり暇だったり、ふり幅がでけぇんだよな。変な時に眠くなるわ」


 「です……ね。船の上でも、結構……色々」


 「南も寝てていいぞ、お疲れさん」


 「いえ、私は……」


 そんな事を言ってから、南が寝落ちした。

 カクンッと首を下げたかと思えば、そのまま静かな寝息が聞こえて来る。

 それと合わせる様に、サラもまた瞳を閉じた。

 色々あったからな、疲れていたのだろう。


 「ちと、外の空気でも吸って目を覚ますかね」


 「それじゃ僕はリードさんに御者の仕方教えてもらおうかな」


 「んじゃ俺は屋根に上って警戒すっかな。席は三人の寝床にすれば良いだろ」


 なんて事を各々呟きながら、布団を用意して三人を横にする。

 ソレでも全然余裕のある横長の席。

 マジでデカい。


 『すまないね、皆』


 「お前は起きてんのか、寝てていいぞ。たまにはゆっくり休まないと、望の方にも影響すんだろ?」


 『お言葉に甘える事にするよ』


 カナに言葉を返してみれば、本当に静かになる車内。

 三人と一人の娘っ子たちは、全員寝入った様だ。

 そんな訳で俺たちは、窓から馬車の外へ出る。

 俺と東はリードの隣へ、西田は馬車の屋根の上へと。

 現在進行形で移動しているので、外に出る際はちょっとスリリング。


 「ハッハッハ、大変でしたからね」


 「ま、仕方ねぇわな」


 「今だけでもゆっくりさせてあげよっか」


 「リードさんも、キツくなったら言えよ? 御者のやり方教えてくれれば、俺らが変わるから」


 天井に居座る西田からそんな声が上がれば、リードもまたフフッと気の抜けた笑みを漏らすのであった。


 「全く、かなりの距離を物凄い速度で移動しているというのに。まるで旅行の様ですな」


 「いいんじゃねぇの? 危ない目に合うばかりじゃ疲れちまう」


 「それは貴方達が絶対言っちゃいけない台詞ですね」


 結局、なんか呆れたため息を溢されてしまった。

 まぁ良いけどさ。

 なんて会話を続けている内に、リードから御者のレッスンが始まった。

 馬の数が多いから、普通の馬車より扱いが難しいらしいが。

 要は大型免許を最初に取る様なもんだろ、なんて軽い気持ちで説明を受けていく俺達。

 皆車の免許は持っていたし、俺は大型二輪の免許も持っている。

 だからこそ余裕余裕、なんて最初は思っていたのだが。


 「お、おぉ? おぉぉぉ?」


 「キタヤマ様! 速度が、速度が出過ぎています! 落としてください!」


 「えっと、こう。引けば良いんだっけ?」


 「引きすぎですって!」


 結果、馬車が急停止。

 後ろから、ゴンッ! と鈍い音が三つほど聞こえて来た気がする。


 「一体何が……」


 「お父様? 一体何をしておられるのですか? こんな荒い馬車の扱いをする人では無かったと記憶していますが」


 「痛いです……」


 『絶対三馬鹿だ、三馬鹿が何かやった』


 馬車の中から、色んな声が上がって来た。

 やっべぇ。


 「えっと、ごめんな? また寝てて良いぞ?」


 小窓を開いてそんな事を呟いてみれば。


 「いえ、目が覚めましたので交代します」


 「あぁ、なるほど。キタヤマ様が御者をしていらしたのですね……納得です」


 「安全運転で、お願いします……ヒール」


 『北山あぁぁぁ、寝てて良いって言ったのは何処の誰だったかなぁ?』


 いや、うん。

 ホントゴメン。

 俺、御者には向いてないのかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る