第157話 救援


 「面白い動きだな。ふむ、これなら確かに体格差があっても制圧できる」


 「全く、気味の悪い」


 なんて言葉を呟きながら、侵入者を何度も投げ飛ばした。

 だというのに。


 「フフッ」


 「何が可笑しい」


 投げ飛ばした先からは、絶対に笑い声が返ってくるのだ。

 普通なら意識を失うどころか死んでもおかしくない。

 そんな酷い投げ方をしていると言うのに、相手は何度でも立ちあがる。

 むしろ、あえて攻撃を受けてこちらの動きを覚えようとしている様にも見えた。


 「もっとだ、もっと見せろ」


 「本当に気色悪い奴だ」


 また構えを変えて、腰を落とす。

 良くない、非常に良くない。

 いくら倒しても、戦意が削がれない。

 それどころか、殺しても死なない相手。

 本当に生物か?

 でも、戦うしかない。

 だと言うのに、相手はこちらの動きに徐々に慣れてきている。

 そんな感じがするのだ。


 「次は、確実に首を貰う」


 「好きに動いたら良い」


 ヘラヘラと笑いながら大して防御の姿勢も見せない相手に対して、私は膝裏を敵の首に掛け、空中で体を捻る様にして地面に叩きつけた。

 これは流石に相手にもかなりダメージが――


 「それは、似たような技をさっきも見たな」


 すぐ近くから、そんな呟き声が聞こえて来た。

 思わずゾッと背筋が冷えて、すぐに飛び退いたが。


 「チッ! 何なんだお前は」


 即座に距離を置いたのは良いものの、足の指が数本か折られていた。

 ジンジンと痛む足先を無視して、ダンッ! と地面を踏み締めてみるが。


 「グッ!」


 「もう無いのか? だとしたら、惜しかったな。君がもう少し強ければ、私を殺せたかもしれないのに」


 彼がこちらに掌を向ければ、周囲に現れた無色透明の剣がこちらに迫って来た。

 数えるのが馬鹿らしくなる程の数。

 そんな物が、とんでもない速度で迫ってくるのだ


 「生憎だな」


 「なに?」


 「私は弱い。だからこそ、元から避ける事に特化しているんだよ」


 こちらもニッと笑ってから、彼が放った剣をスレスレで避ける。

 それこそ、肌で風圧を感じる距離で。

 こんな事、柴田に同行してレベルを上げていなければ出来ない芸当だっただろう。

 普通なら目で追えない速度で放たれる攻撃を、ギリギリで避ける。

 最低限の動きで躱す事が出来る。


 「随分と遅いな、ハエが止まるぞ」


 「言ってくれる」


 実際にはそんな余裕などないが、軽口と共に放たれる剣のラッシュを回避し続ける。

 大きく動くな、その瞬間あの剣に貫かれる。

 よく見ろ、観察しろ。

 戦闘において、コレ以上重要な事はない。

 常に冷静であれ。

 その教えは、間違いじゃなかった。


 「そこ!」


 「ぬっ!?」


 一瞬出来た隙を見て影にナイフを放り込み、彼の影から出現させる。

 急に自分の影から刃物が飛んで来たのだ、普通なら防げる訳がない。

 だというのに、彼は防御魔法を使って防いで見せた。

 化け物め、なんて言いたい状況ではあるが。

 妙な違和感を覚えた。


 「お前……今ナイフが現れる前から防御したな?」


 「フフッ、よく見ているな。先程の言葉は撤回しよう、君は十分に強い」


 「勝手に言っていろ、馬鹿め」


 そう言ってから、窓の外へと視線を投げた。


 「一つ教えてやる。この国では“英雄”の称号を持つウォーカーの他に、“勇者”の称号を持つ者が確認されている」


 「……なに?」


 「私だけでは退屈そうだからな、是非とも試してみてくれ。柴田ぁぁ! 直線状に巻き込む物はなし! 放てぇ!」


 「“光剣”!」


 窓を突き破って来た柴田が、振りかぶった剣を振り下ろす。

 その瞬間室内は光に包まれ、相手は眩い光に飲み込まれる。

 救援信号を決めておいてよかった。

 彼の影から、“ソレ”が現れた時にはすぐに城に戻れ。

 城の破壊も気にせず姫様を守れ、それくらいの緊急事態。

 信号を戦闘中に送っていたからこそ、来てくれた。

 この国最強の“戦力”。

 個人にして、兵器。

 その彼が今、訪れた。


 「柴田、叩き潰せ! アレは化物だ!」


 「気配だけでも分かるってんだよ! こんな奴門を通した覚えはねぇぞ!」


 そんな事を叫びながら、彼は“光剣”を連発する。

 そして。


 「初美! 近くは任せる!」


 「了解した!」


 二人して背中合わせの態勢を取り、穴だらけの室内に視線を配った。

 相手の気配が消えた。

 しかし、敵意は未だに感じているのだ。

 どこだ、何処に居る?

 なんて、無手の拳を構えていた所に。


 「違う、違うんだよ……私の望む“勇者”は、君じゃない」


 すぐ近くから、その声が聞こえた。

 だからこそ。


 「カバー!」


 「分かっている! まかせろ!」


 すぐさま場所を入れ替え、私は“ソレ”に殴りかかった。

 一発、二発と。

 全力の拳を相手にぶち込んだ後、その場を離脱する。


 「柴田!」


 「おうよ! “光剣”」


 彼の魔法が炸裂すれば、壁を貫く勢いで光の槍が放たれる。

 そして、残っているのは。


 「「チッ!」」


 二人して舌打ちを溢した。

 逃した。

 その場には何も残っていない。

 だからこそ、避けたのだと分かる。

 再び二人で背中を合わせ、拳と剣を構えて周囲を警戒する。

 何なんだ、光の速度で放たれる攻撃を避けるって。

 頭おかしいだろ。

 そんな事を言いたくなるが、またさっきの違和感。

 柴田の初動を読んで避けたというのなら、まだ分かる。

 しかし彼は、柴田が動き始める前から回避の姿勢を見せていた様にも見えた。

 訳が分からない。

 余りにも強敵で、どこまでもやりづらい相手だ。

 悪食のリーダーでさえ、柴田の攻撃に腕一本持って行かれたと言うのに。

 コイツは、初見で避けて見せた。

 これは、本気でヤバイ。


 「柴田、頼む。全てを巻き込め」


 「良いのか?」


 「致し方ない。ただしこの部屋以外は壊さない様にな」


 そう言って、ハンドサインで全員に伏せる様に伝える。

 ダメだ。

 コレは普通の手段で勝てる相手ではない。

 だからこそ、最高戦力を使う。


 「いくぞ! 全員伏せろ! “白夜”!」


 横薙ぎに振るう長剣は今まで以上の輝きを放ち、彼の魔法は夜を昼に変える。

 それ程に強力な魔法。

 だと言うのに、だ。


 「なるほどな。流石は“勇者”、確かに強い魔法だ。しかしソレでは私には勝てん」


 そんな声が、私の耳に残ったのであった。


 「お前は……なんだ?」


 乾いた声が漏れた。

 柴田の振るった剣を、平然と防御しているエルフが居た。

 間違いなく魔法は発動した。

 しかし、周りにろくな被害すら出さずコイツは全てを受けとめて見せた。

 まるで、彼に触れる前に魔法が掻き消えたかの様にして。


 「“探究者”と名乗っている。ただの長生きなエルフさ」


 「言ってくれる……化け物め」


 なんて言葉を交わしている間、柴田が大人しくしている訳もなく。


 「“一閃”!」


 眼の前の防御魔法に対して、彼は魔法で無理やり突き破った。

 一閃。

 北山さんの腕を奪った程の鋭い魔法。

 それを、“突く”形で発動した様だが……。


 「腐っても勇者と言う訳か、やはり思い通りにはいかんな」


 手首から先を吹っ飛ばされたソイツは、つまらなそうに呟いてから飛び退いた。

 こんなの、どうやって倒せば良いんだ。

 思わずそんな感想が漏れてしまいそうな程の絶望、そして恐怖。

 アレはもう、人という括りを逸脱している。

 それこそ溶鉱炉に叩き落すくらいしないと、死なない気がする存在だ。

 どうしろというのか、こんな化け物を。

 なんて、冷や汗を流していると。


 「少し話を聞いてもらっても構わないだろうか? 代表以外の全員殺した後でも構わないが。部屋の隅に隠れているそこのお嬢さんが“今のイージス”の代表と言う事で良いのだろう?」


 急に、そんな事を言い始めた。

 その声に一番先に反応したのが。


 「話を聞きましょう、なので今すぐ攻撃をやめて下さいませ」


 「おかしな事を言う。最初に攻撃してきたのはソチラだ」


 「これは大変失礼いたしました。しかし、王族のいる部屋に知らせも無しに立ち入るのは些か無作法でしてよ?」


 「あぁ、なるほど。それは失礼した。今度からは“予約”を取ろう」


 「そうして頂けると助かりますわ」


 クスッと小さな微笑みを浮かべる姫様が前に飛び出し、後ろ手にハンドサインを送って来る。

 “戦闘準備”

 どうやら、姫様も虚勢を張って頑張ってくれているらしい。

 だったら、どうにかしないと。

 なんて事を考えながら、相手に視線を向けて見れば。


 「では幼き王よ、最初に聞いておく。お前は何処まで知っている?」


 「はい?」


 やけに冷静な顔を浮かべる姫様。

 しかし後ろ手に隠しているその手は小さく震えている。


 「イージスの過去を、だ。この国は昔から戦争だけには特化していてな。兵も多く、種族戦争時代などは“人族の最期の砦”なんて呼ばれたくらいだ。随分と古い過去だが……貴様はその末裔に間違いないな?」


 「古書にそう言った文献もありましたね、過去の王族の記録。最初の“勇者”を召喚したのが我が国であり、種族戦争を終わらせた国でもあると。ずっと遠い、それこそ大昔の話ですわ」


 姫様が、話しながらハンドサインを送って来た。

 それは……“合図を待て”。


 「種族戦争を終わらせた国……ハッ! 反逆者がよくもまぁ」


 「言っている意味が分かりかねます」


 二人の間に冷たい視線が飛び交いながらも、どちらも引かない。

 これだけでもすぐに前に飛び出したくなる状況だが、生憎と姫様から攻撃開始の合図が出ていない。


 「この国は腐っている、だからこそ仲間達に誓ったのだ。我々を裏切ったイージスを亡ぼすと」


 「……本当に意味が分かりませんね」


 そんな声と共に、姫様がハンドサインを変える。

 “攻撃開始”

 その瞬間、全員が飛び出した。

 彼が居る一点に向かって、全員が全員全力の一撃を叩き込んだ。

 だというのに。


 「また逃げられた!?」


 「十時方向! 外です!」


 アイリさんとアナベルさんの声に従って外を眺めてみれば、そこには空中に立つ先程のエルフが。

 本当に、何なんだコイツは。


 「勇者召喚における資料を全てこちらに渡せ、そして王族の首。大人しく差し出すのであれば……」


 「見逃してくれるとでも? 違うのでしょう? 貴方の目は、他者を“人”として見ていない」


 売り言葉に買い言葉。

 それを体現していく姫様。

 その体は微かに震えているが、睨みつけた視線を外そうとはしない。

 結果、相手の敵意が先程よりもずっと増していくが。


 「時代は変わっても、イージスはイージスか」


 「どういう意味合いで言葉を紡いでいるのかは知りませんが、民を放って死ぬ訳にはいきませんので」


 「綺麗事を……」


 どこまでも静かな笑みを浮かべながら、ウチの姫様が言い放てば。

 相手もまた、どこまでも冷たい眼差しをこちらに向けて、そして宣言した。


 「では試させて頂こう。三週間後、この国に厄災が訪れる。そうだな……数回に分けようか。その全てを防衛してみせろ。私の実験成果を、全て無駄だったと証明して見せろ。これもまた実験、それを叩き潰して見せろ。私の復讐は叶わなかったと体現して見せろ。出来ないのであれば、大事な大事な民と共に苦しみながらゆっくりと息絶えると良い。この国は、亡ぶべきだ」


 両手を拡げて宣言するエルフに向かって、白さんが容赦なく“趣味全開装備”の矢を放つが。


 「チッ! 逃げ回ってばかり、嫌な奴」


 彼女の矢が当たる瞬間彼は姿を消し、視線の先にある山の一部が剥げた。


 「本当に、厄介な事に巻き込まれましたね……」


 アレは、異常だ。

 人の枠組みどころか、生物としておかしな所まで進化している。

 そんなものに目を付けられてしまったのだ。

 だからこそ、この面倒事は避けて通れないだろう。


 「あの人とは理解し合える事は無いでしょうね。私……というより“イージス”に恨みを持っている様ですが」


 ギリッと奥歯を噛みしめる様に。

 今にも舌打ちを溢しそうな程に顔を歪めた姫様が、彼の去った方向を睨んでいた。

 これは、非常に良くない。

 あの化物一体でも危険だというのに、相手は“厄災”と表現した。

 ならば彼が単独で城を落とす訳では無く、何かしらの方法で国全体を巻き込むつもりなのだろう。


 「三週間後の厄災……備えてやりますとも、再び全てを使う事になろうとも。各々、準備を進めて下さい。私達はこのまま滅びる道を選ぶわけにはいきません。それとも、皆様だけでも今の内に退避しますか?」


 先程のエルフが消えた方向を睨みながら、姫様が口元を歪めてみれば。

 ガツンッとアイリさんがガントレットを打ち鳴らした。


 「冗談じゃない。あの人達が帰って来る場所なんだから、守るわよそりゃ」


 「訳の分からない事ばかり口走って、挙句の果てに防いでみろ、ですか。随分と余裕じゃないですか」


 杖をクルクルと回転させながら、地面にその先を打ち付けたアナベルさんは無表情。

 しかし漏れているのだ、冷気が。

 そして、敵意が。


 「生憎、モルモットになったつもりは無い」


 「えぇ、その通りですね。流石にイラッと来ます。何が実験ですか」


 白さんと中島さんも、ニッと口元を釣り上げながら暗い笑みを溢している。

 アイツは、先程のエルフは。

 確かに強者かもしれない、勝てる気もしない。

 でも、“悪食”に真っ向から喧嘩を売ったのだ。

 この“国”に喧嘩を売ったのだ。

 全員が全員、相手の喧嘩を買う気になってしまった。

 正直買いたい喧嘩ではないが。

 とはいえ、はいそうですかと負けを認める訳にはいかないのだ。


 「勝てるかどうかも分からない戦いですよ? それでも、受けるんですか?」


 「イージスとの因縁を抜きにしても、アレは危険です。シーラから届いた手紙にあった、おかしな長耳。間違いなく彼の事でしょうね。だったら、どうにかして叩き潰しておかないと……」


 「そうは言っても、勝てる見込みはあるんですか?」


 「正直、わかりません。しかし、放っておけば間違いなくこちらが喰われる。だったら、戦う他ありませんわ。急に攻め込まれるよりも、前もって宣言を頂いただけマシというものです。それとも本当にろくに残ってもいない勇者召喚の資料と、私の首を差し出してみますか?」


 「はぁぁ……それだけはあり得ませんよ。どうあっても国を落とすつもりみたいでしたし、コレばかりは仕方ありませんね」


 ため息を溢しながら、私もまた彼女らと共に敵の消えた先を睨む。

 どんな国に喧嘩を売ったのか、分からせてやろうじゃないか。

 例え勝利する事は出来なくとも、撤退に追い込んでやるくらいには叩きのめしてやる。


 「とりあえず、柴田。それからギルさん。二人は悪食所属のドワーフ組に頭を下げる準備をしておいて下さい。柴田は新しい武器を、ギルさんは新しい義手が必要ですからね」


 魔法の連続使用で再び剣が塵に帰った勇者と、最大の武器である片腕を失った騎士。

 この二人は、最優先で作って貰う他あるまい。

 なんたって、後三週間しかないのだから。


 「皆さんの装備も改造を施します。このままでは、勝てませんから」


 「アナベル、思いっきりお願い! アイツ本気で頭にくる! 重くなっても良いからガントレットの威力倍にして!」


 「もっと、威力が欲しい。あの山一つ吹き飛ばすくらいの」


 「白さん、それは流石にやり過ぎでは……とはいえ、そのくらいないと勝てる気がしませんね」


 各々すんごい事を言い始めながら、わちゃちゃと話し始める。

 穴だらけの部屋の中で。

 今にも崩れそうだから、すぐに場所を移動して欲しいんだが。


 「ハツミさん」


 「はい?」


 スッと口元を上げるアナベルさんが、私に声を掛けて来た。

 なんか、嫌な予感がする。


 「最近会えなかったので、今お伝えしますが……出来てますよ? 貴女の武器」


 「それは……安全に扱えるモノなんでしょうか?」


 「さぁ? 我々は貴女程“影”の魔法に詳しくありませんから。ただ、威力は保証します」


 「……アリガトウゴザイマス」


 ついに私の元にも、届いてしまうらしい。

 悪食シリーズ、更に意味が分からない程威力に特化した“ソレ”が。

 あぁ、北山さんの槍みたいにふざけた威力じゃないと良いなぁ……。

 あんなの使ったら普通に肩外れちゃうよ。

 どこか遠い目をしながら、私達はボロボロになった部屋から退出するのであった。

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